第71話 姫騎士(12)エリシアの願い

 久しぶりにひとりで風呂だ~。

 この大浴場は無駄に広いんだけど、そこがいいんだよな~。


「ペルシー、独り占めはずるい」

「パメラか……。いつもどこから風呂に入ってくるんだ?」


 パメラはいつも知らないうちに俺の傍にいる。ひょっとしたら気配を消すスキルを持っているんじゃないか?


「ペルシーとわたしは一心同体。離れることなどできない」

「まあ、たしかにそうだな。パメラがいなかったら俺は言葉も話せなくなるし、魔法もろくに使えなくなる」

「そう。わたしがいなければペルシーはこの世界で生きていけない」

「まったくそのとおりだ。はっはっはっ」


 おっ、誰かが風呂場に入ってくるみたいだ。

 片足で跳ねながら接近してくるということは、獣人のうちのどちらかだ。湯けむりで誰だか視認が難しい……。それにしても、跳躍するものだから胸が……。


「エリシアさん?」

「お邪魔だったでしょうか? 大浴場があると聞いたものですから、来てみました」

「邪魔だなんて……。むしろ歓迎したいくらいだよ」


 やっぱり、素っ裸だ……。

 この世界の女性は、風呂にはいる時は大胆なんだよな。そういえば、江戸時代には男女混浴があたり前だったらしいけど、それと同じ感覚なんだろうか? でも、この世界に大浴場とかなさそうだし、謎だ……。


 それにしても、エリシアさんは獣人だけど下は薄いんだな。


「ペルシー、どこみてるの?」

「あっ、しまった。獣人の裸を見るのは初めて何でつい……。エリシアさん、ごめん」

「こんなからだでも興味があるのですか?」


 エリシアさんは右手右足を黄金竜との戦いで失った。そのことを卑下しているのだろう。


「手足を失ってしまったことは災難だったと思うけど……」


 困ったな……、エリシアさんのスタイルは抜群だし、美乳だし、とても好みですとは言えないだろう……。


「ペルシーはとてもエッチだから、前を隠したほうがいい」


 と言いながらも、パメラは自分の小ぶりな果実と、エリシアさんの大きなメロンを見比べて溜息をついている。

 いずれにせよ、パメラのお陰で助かったよ。


「こんなからだでよければ……見て下さい。でも、ペルシーさんは変わり者ですね」


 やはり、直視するのは失礼かもしれないので、横を向いて話をすることにしよう。パメラも煩いし……。


「俺は自覚ないけど、どこが変わっているのか教えてくれないか?」

「わたしたちのような獣人に情けをかけてくれる人間は稀なんです」

「えっ、そうなの? でも、ソフィアさんは?」

「ソフィア様はわたしたちの恩人です。感謝してもしきれません」


 エリシアさんは湯船の縁に腰かけてからゆっくりと湯船に浸かり、俺の横に来た。


「深い事情がありそうだね。詳しくは聞かないけれど……」


 エリシアさんは軽く頷くと、俺に向き直る。キラキラと輝く瞳が、俺には眩しすぎる。


「ペルシーさんは貴族ではないんですよね?」

「もちろん、貴族じゃないよ」

「王国では貴族でなくても、こんなに素敵な屋敷に住めるのでしょうか? それに玄関が洞窟に繋がっているなんて、かなり特殊な事情がありそうですね」


 この世界の職業のことはまだ良くわからないけれど、商人や役人……、冒険者はどうだろう? いずれにせよ、貴族でなくても大きな屋敷を持つことはできるような気がする。


「俺はこの世界……アムール王国に来て間もないから、そのへんの事情はよく分からないけど、貴族以外でも屋敷は持っているんじゃないか? この屋敷はちょっと事情があって、玄関が変なことになってるけどね」

「やっぱり、ペルシーさんは変わり者です。この世界なんて言葉は、普通使いませんよ。ペルシーさんはどこか別の世界から来たんですか?」

「ばれたか……。実は異世界からこの世界を救いにやって来た勇者なんだ」

「ふふふ、ペルシーさん、おもしろい……」


 異世界からやって来たのは事実だけど、俺は勇者ではないし、なれるとも思えない。


「勇者は別としても、ペルシーさんは冒険者……ですよね?」

「そうだよ。ランクは一番下だけどね。それからクリスタも冒険者だ」

「最下位の冒険者なのにこの屋敷をお持ちとは……。いえ、その事情は聞かないことにしますね」

「そうしてくれるとありがたい。説明が難しいし、長くなるのでね」


 エリシアさんが小声で「本当は知りたいですが」と言ったが、俺は聞かなかったことにした。


「ギルトンの町ではパメラも冒険者になろうと思う」

「そうだな。エドと一緒に冒険者に登録しようか」

「わたしも冒険者になって、冒険がしたいです……」

「エリシアさんは騎士じゃないのか?」


 エリシアさんが突然、俺の右肩に頭を乗せて泣きはじめた。

 目の前で耳が動いて俺を誘っているけど、今はそれどころじゃない。


「どうしたんだ? エリシアさん」

「わたしは生まれてから一度も自由に生きたことがないんです」

「まさか、奴隷じゃないよね?」

「奴隷にされそうでした。でも、ソフィア様のお父上に拾われて、ミリアムさんと一緒に従者になったんです。人間ならば騎士になる道もあったのかもしれませんが……」

「ソフィアさんの従者ならば、それなりの社会的な地位に就けたということじゃないのかな?」

「立場上はそのとおりなんですが……。帝国内では、ソフィア様を守るため、常に神経をピリピリさせていなければなりませんでした。それに、敵側についたメイドたちからのいじめも酷くて……」


 エリシアさんは顔を上げて話を続けた。


「わたしはソフィア様の従者であり戦士です。だから戦うことに不満はありませんし、戦いの中でならば命を落とす覚悟はできています。でも……」


 ここから先は話しにくいんだろうな。


「安全なはずの屋敷でさえ毒をもられることもあるんです。実際に、先日第二皇女が毒殺されました」


 エリシアさんは頭をたれて、心が休まる暇もない……と言った。


「きっと、ソフィア様は復讐のためにあの城へ戻るでしょう……。でも、わたしは戻りたくありません。ペルシーさんと一緒に旅がしたい……、冒険がしたい……」


 まったく予想外だった。

 エリシアさんの本音を聞くことができたのはよかったけれど、彼女が俺たちと来たいと言い出すとは……。


「エリシアさんの気持ちはわかったよ。でも、ソフィアさんたちのことはどうするつもりなんだ?」

「……分からない」


 いや、分かっているはずだろう。でも、ソフィアさんに言い難いよな。今までのことがあるから、不義理になるし――


「エリシア、あなたが望むならわたしたちは喜んであなたを受け入れる。でも、その前にソフィアたちと話をしないと」


 パメラ……、俺が言いたいことを先に言ったな。


「はい、逃げちゃ駄目ですね……」


 エリシアさんは来たときと同じようにゆっくりと湯船から出ていった。

 片足で跳ねながら帰っていく姿は痛々しいが、それも今夜で終わりだ。明日は俺が再生してやる。もう、耐えられない。

 だがその前に、今夜は彼女にとって長い夜になるだろう――


「あっ!」

「ペルシー、どうしたの?」

「尻尾を触らせてもらえばよかった」

「フッフッフッ、わたしはたっぷりと堪能したのだ」

「羨ましい……」


 ところで、俺の目の前でプカプカ浮いているこれはいったい何だろう?


「クロノスか……」


 それに気づいたパメラが普段見られないほどの速い動きでクロノスを捕まえた。

 クロノスはぬいぐるみじゃないんだけど、嬉しそうにしているから、まあいいか……。


「レイチェル、どこにいるんだ?」

「ここです……」


 レイチェルは俺の背後から湯船に入ってきた。

 なんと、体にタオルを巻いて、恥ずかしそうにしている。やっと、まともな反応の女の子に逢えた。

 この反応はレイチェルが人間だからだろうか?


「この風呂に入るのははじめてか?」

「いえ、三度目です。エリシアさんが出てきたので、今なら誰もいないかなと思って」


 彼女は人見知り……というよりも、人との交流が殆どなかったから、ひとりのほうがリラックスできるんだろうな。


「そうか、俺はすぐに出ていくから、ゆっくりしていくといい」

「お兄様……、ソフィアさんたちを、助けてくださるのですよね」

「助けるというのは、手足を再生することかな?」

「はい」

「もちろんだよ。俺はそのつもりだよ」


 レイチェルは嬉しそうだった。心根の優しい子なんだな。

 でも、俺はそれ以上のことはしないつもりだ。


「パメラ、先に部屋に戻ってるよ」

「わたしはレイチェルとクロノスと少し遊んでいく」

「分かった。のぼせないようにしろよ」


 パメラはレイチェルと仲良くなったみたいだ。ひょっとしたらクロノス効果か?

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