第69話 姫騎士(10)精霊の絆・ソフィアの目覚め

 俺は二人の精霊と話をした。それはもちろんクロノスとアルベルティーのことだ。

 二人との会話には明らかな共通点があった。それは彼らが俺に――友だちか?――と訊いてきたことだ。

 友だち……、精霊にとってそれはどんな意味を持つのだろう? どれほどの重みがある言葉なのだろう?

 俺はあの時、友だちとは彼らにとって絆なのだと直感した。

 おそらく彼ら、彼女らは応えてくれる。絆を結ぶもの――友だち――の願いならば――


 一つだけ疑問が残る。

 召喚魔法使いが身近にいなかった場合、どうやって精霊たちと絆を結ぶことができるのだろうか?

 偶然に彼らと出会うことがあるのだろうか?

 例えば、深い森に迷い込んでしまい途方にくれているとき、精霊が突然現れて道案内をしてくれるとか……。

 確か以前にクリスタがこう言っていた――「精霊はとても希薄な存在なのです」と。

 つまり、偶然の出会いはないと考えていいのではないか?

 それならいったい――


「レイチェル、知りたいことがある」

「なんでしょうか? お兄様」


 やっぱり、お兄様はやめないのか……。


「召喚魔法が突然開花したと言ってたけど、精霊と絆を結ぶ前にそんなことができるのか?」

「分かりません。救いを求めたら応えてくれた……。そんな感じなのです」

「過去に誰かと出会っていた……ということはないか? 例えば精霊王に」

「精霊王ですか?」


 レイチェルは小首を傾げて俺のほうを見ている。

 聞いたことはなさそうだ。


「ガンダーラ王国の守護神らしいのだけれど……」


 精霊が存在するのだから精霊王が存在しても不思議はない気がする……。


「いえ、会った事はないです。少なくとも記憶にはありません」

「ということは、レイチェルには最初から精霊を呼び出せる能力スキルがあったということか」


 俺は真祖という言葉を思い出していた。

 でも、それは吸血鬼に使う言葉だよな。最初に精霊を召喚するもの……、だから始祖だ。それだと始祖鳥を思い出してしまう。


「まあ、謎の解明は後回しにしよう」

「問題を先送りにするの? ペルシー」

「なんか嫌な表現だな」


 どこかの国の意思決定できない人たちを思い出してしまうぞ。


「問題の先送りではなくて、未来の自分に期待しているだけだ」

「ものはいいよう。でも、パメラはペルシーの未来にすごく期待している」

「そ、そうか……。あまり期待されても困るけどな」


 この場合、けなされたほうが安心できるんだけど、俺は根性が捻れているのかもしれないな。

 それと、問題の先送りといえばもう一つある。

 それはパメラの口調が変わったことだ。テレパシーで話しているときと口頭で話している口調がいつの間にか一致している。なぜだろう?





「さてと、それでは懸案の問題をひとつ解決したい」

「やっと、解決する気になったの? 答えは決まっていたのに」

「パメラは容赦ないな~」


 そうだ……。確かに答えは決まっていた。

 自分の中で折り合いをつけることができないでいただけなのだ。


「待たせたね。エリシアさん。ソフィアさんのところへ行こうか」


 暗い表情をしていたエリシアさんの顔がパアッと明るく変貌した。

 エリシアさんはソフィアさんが目覚めたことを俺たちに報せに来たのだが、俺の反応が薄いので、耳を垂れさせてしょんぼりしていたところだった。

 彼女は反応が分かりやすくて可愛い。


 エドが先ほどから一本足で立っているエリシアさんの体を支えようとしたが、彼女は丁重に断った。彼女からは、人の手は借りぬ、という強い意志を感じる。

 外見の可愛らしさからは想像できないが、精神的な強さはそうとうなものだと思う。もちろん、俺などとは比べ物にならない強さだ……。


 俺たちがソフィアさんの部屋に行くと、彼女はベッドではなくソファに座っていた。

 座っているといっても、彼女は黄金竜との戦いで両手両足は失っている。ひとりで座り続けることはできない。なので、ミリアムさんが彼女の左側に座り、体を支えている。

 ミリアムさん自身も左手と左足を件の戦いで失っているのだから、簡単なことではないと思う。


 さすがに、ソフィアさんは例の魔道具……甲冑を取り外している。


「ソフィアさん、はじめまして、俺はペルセウス、ペルセウス・ベータ・アルゴルといいます」


 もちろん、俺はみんなをソフィアさんに紹介した。


「ペ、ペルセウス殿、このような格好で失礼します。私はソロモン帝国の第三皇女、ソフィア・エルミタージュと申します」


 ソフィアさんは頭を軽く下げた。彼女のゆるふわ金髪も一緒に揺れる。

 当たり前だが、深く礼をすることはできない。

 それにしてもソフィアさんの挙動がおかしい。というか、ガン見されている。

 俺のどこかおかしいことがあるのか?


 クリスタがいないからパメラに聞いてみよう。


『パメラ、俺の格好……おかしいかな?』

『そんなことない。いつものように凛々しく見える』

『そうだよな。えっ? 凛々しい?』

『んっ? 何か変なこと言った?』

『いや、なんでもない』


 パメラからはよくわからない返事があって、話は終了した。


「みんなは俺のことをペルシーと呼ぶ。ソフィアさんにもペルシーと呼んで欲しい」

「わかった、ペルシー殿」

「ソフィア様、お茶をお持ちしました」


 いいタイミングでクリスタがお茶を運んでくれた。いつもながらクリスタの働きには感心する。まったく行動にブレがない……。


「ペルシー様、お話は食事を摂ってもらった後のほうがいいのではないですか?」

「ソフィアさんには早く回復してもらう必要があるから、そのほうがいいだろう」


 ミリアムさんとエリシアさんには、軽い食事を摂ってもらった。あれだけの酷い重症を負ったのだ。少しでも食事をしないと体力が回復しないからだ。


「クリスタさん、ソフィア様はすぐに食事を摂ることはできない。できればスープをお願いできないだろうか?」


 ミリアムさんから申し出があった。


「わかりました。すぐにお運びいたします」


 クリスタが部屋から出ていってもソフィアさんは口を開こうとしなかったので、俺から話を切り出すことにした。


「ことの成り行きはミリアムさんから伺っています。酷い目に遭いましたね」

「お恥ずかしいかぎりです。罠を仕掛けられることは判っていたのですが、赤竜討伐作戦で仕掛けてくるなど思いもしなかったのです」


 罠とは相手の意表を突くものだが、帝国が公式に計画した討伐作戦で仕掛けるとは。


「その罠というのは……、どのことですか?」

「えっ?」


 ソフィアはビックリしてバランスを崩しかけた。


「仲間の小隊が合流しなかったことですか?」

「もちろん、そうですよ。それ以外に考えられません」

「それでは、赤竜が四頭というのは?」

「赤竜を御することができるものなど、人間にはいないと思います」

「もし他の小隊と合流できたら、赤竜たちを討伐できたと思いますか?」

「……いや……、無理だと思います」

「ペルシー殿、何を言い出すのだ。小隊が三隊集まったところで、赤竜四頭を相手にすることなどできぬ」

「そうでしょうね。そうだと思います。むしろ連携が取れない分、もっと酷い結果になっていたでしょうね」

「ペルシー殿はそれが分かっていて聞いているのか?」

「いや、分からないから聞いているのです。帝国内部とカーデシア族の関係を」


 ソフィアさんたちは絶句した。

 お互いに顔を見合わせた。


「我々は帝国がカーデシア族と内通しているとは思えませんし、心当たりも……今のところありません」


 ソフィアさんがやっとのことで応えてくれた。

 そんなに驚くべきことなのだろうか?

 我々はカーデシア族や魔物の異常な社会的成長を目の当たりにしているので、内通もありうると思うのだが……。


「それなら、この話は終わりにしましょう。追求するつもりはありませんから」

「……」


 さてと、これからが本題だ。


「ソフィアさんたちは、これからどうしたいですか?」

「ペルシー殿、ソフィア様は今目覚めたばかりだ。できればもう少し時間がほしい」

「あっ、誤解しないでくださいね。すぐにここを追い出すようなことはしませんから」

「何から何まで……、ペルシーさん。感謝いたします」


 ソフィアさんが夢見る少女のように、俺を見つめているような気がする。

 気のせいだと思うが、レイランとはタイプが異なるが、これほどのクールビューティーに見つめられると、居心地が悪い……。


『ペルシーのエッチ。クリスタに言いつける』

『な、なにを言っているんだ、パメラ。それは言いがかりだぞ』


 そこへクリスタが、スープとパンを運んできてくれた。

 ちょうどいいタイミングだぞ、クリスタ。


「それでは、いったんお開きにしましょう。食事が終わったら報せて下さい。先ほどの回答は明日まで待ちます」

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