第7話 はじまりの森調査隊

 ペルシーとエルザは気配を絶ちながら三人の冒険者に近づいていった。


 気配の絶ち方はエルザが教えてくれた。

 パメラから教えてもらってペルシーからマナが漏れ出すことはなくなった。だが、それと気配は別だ。

 思いのほかうまく気配を絶つことができたのは、エルザの教え方がうまかったからだろう。龍神族の能力の高さが窺い知れるというものだ。

 そして、クリスタはというと妖精形態でペルシーの肩に乗っている。


 この世界の生態系は地球のものとは違う。

 草木には詳しくないが、見たことのない植物がたくさん生えている。

 流石に大森林であるため、下草が少なく、藪のようにはなっていない。

 木の背丈は地球のものよりも高いのではないだろうか?

 いずれにせよ、速度は遅くなるが走ることもできるので、冒険者パーティーにはすぐに追いつくことができた。


「あいつら魔物と戦っているな」

「はい、そのようですね」


 冒険者たちの間近まで来ると、たしかに魔物の群れと戦っている。

 対する魔物はオーガたちだ。

 オーガは全部で四体いたが、そのうち二~三メートルほどのものが三体、もう一体が三メートル以上ある大物だ。ひょっとしたら、オーガジェネラルかもしれない。


 オーガというと、日本式に言えば鬼である。

 筋骨隆々の鬼がこれだけ集まると、正直言って怖い。

 しかし、ペルシーはオーガに余裕で勝てることが分かっている。


「おじ様、冒険者たちが苦戦しているようですわ」


 エルザが淡々と状況を報告してくれる。

 龍神族のことはまだ良く知らないが、彼らからすればオーガなど雑魚のようなものなのだろう。というよりも、食材なのかもしれない。


「そうだね。前衛の剣士が一人、遊撃の魔道士が二人。前衛と後衛がスイッチしないフォーメーションだから前衛に負担がかかり過ぎてる」


「おじ様。彼らがどんなに強くても、これだけのオーガを相手にしては逃げることすらできないと思いますわ」


 ペルシーはこの世界に来て初めて普通の人間――冒険者だが――を見ることができた。その実力のレベルがどのくらいなのか、今の時点ではまったく判らなかった。


「ここにいるオーガに対抗するには、少なく見積もっても五十人規模の討伐部隊が必要ではないかと思います」

「クリスタもエルザ様の意見に賛成するのです」


 オーガ一体に対して、最低でも兵士が十人必要なのか――。


 現在、前衛の剣士は傷を負っているようだった。

 その剣士も魔法が使えるようだが、それも焼け石に水だ。


 ペルシーは初めて見る魔物との戦闘に興奮していたが、このままでは冒険者たちは全滅してしまう。だが、エルザを襲撃した冒険者なら自業自得というものだ。


「おじ様、私を襲ったのはこの人たちはではありませんわ」

「えっ? そうなのか」


 エルザを襲った冒険者たちを懲らしめるためにここまで来たのだが、ターゲットではなかったようだ。


「それじゃあ助けるか?」

「はい! おじ様!」


 エルザは弾けるような笑顔で元気に返事をした。


(エルザちゃん、まじ天使)


 ふたりはさらに近づき、冒険者たちに叫んだ。


「助太刀するぞ?!」


 魔法使いの一人がこちらの存在に気がついた。


「ダメだ! 逃げる!」


(おっと、想定外の反応。でも助けるよ!)


「パメラ! 準備はいいか!?」


『シンクロ率七十五パーセント。問題ない』


 ペルシーは右手を剣士と対峙していたオーガに向けて叫んだ。


「ウインドカッター!」


 三日月型の光り輝く刃が虹色の光跡を曳きながら、一体のオーガに高速で向かっていった。

 その直後、そのオーガの首が落ち、首の根元から血が吹き出した。


「まあ、おじ様。素敵!」


 ペルシーの好感度スキルがレベルアップしたようだ。でも、女の子なんだからもう少し怖がってほしい気もする。


 オーガたちは何が起こったのかまだ気づいていない。まだ、前衛の剣士にオーガたちのヘイトは集中している。


「ウインドカッター二連発!!」


 ふたつの光る刃がオーガに向かっていった。

 その直後、オーガ二体の首がほぼ同時に飛んだ。スプラッターな場面が再び――。


 最後はオーガジェネラルである。

 こいつは強いだけではなさそうだ。

 案の定、オーガジェネラルはペルシーを睨みつけると、図体の割には速く近づいてきた。


「ウインドカッター乱れ打ち!」


 ペルシーは四つウインドカッターをオーガジェネラルの腹に叩き込んだ。

 ウインドカッターはオーガジェネラルの腹を貫通したものの、オーガジェネラルは絶命には至らず、そのまま突進してきた。


(やばい。接近された――)


 オーガジェネラルは棍棒をペルシーめがけて叩き込んできた。


 「キャー!」と叫びながら、いつの間にか出現させた神槍ハルバートンで棍棒を受け止めた。エルザが――。


「「「えっ?」」」


 冒険者たちも呆気にとられている。

 エリザは神槍を回転させながらオーガジェネラルの胴体を一閃した。


「おお~、凄い槍さばきだ! エルザ、ありがとう」


 オーガジェネラルの上半身が下半身から自由になり、地面に落ちた。


「どういたしましてですわ、ペルシー様」


 戦闘は終わった――。


 その後、ペルシーとクリスタが手分けして満身創痍の彼らの治癒と回復をおこなった。

 しかし、傷が治り、体力が回復した後でも彼らはすぐに話ができる状態ではない。

 それはエルザの衝撃的な強さを目の当たりにしたからというわけでもないようだ。

 何か事情があるのだろう。かなり精神的にもまいっているように見える。


「助けてくれて本当に感謝します。全滅するところだった」


 遊撃を担当していた魔法使いがようやく口を開いた。

 きっと、この人がリーダーなのだろう。戦闘中も一番指示を出していた。


「それは何よりだ。余計なおせっかいだったかな?」


 ペルシーは、逃げろといわれたことに対する皮肉を込めて応えた。


「あの時は申し訳ありません。あなた方がこんなに強いとは……」

「まあ、状況が状況だから仕方のないことだ。気にするな」

「そう受け取ってもらえると助かります」

「ところで、あなたたちは冒険者のように見えるが、どうしてこんなところで戦っているのかな?」

「それは話すと長くなります。食事をしながらというのはどうでしょう?」


 戦闘後は離脱する。それは戦闘の基本だ――。


 ペルシーたちと冒険者たちは場所を移して昼食を摂りながら話すことにした。

 冒険者たちは手慣れたもので、荷物から調理道具と素材を出すと、さっと調理をし、食事を提供してくれた。

 この世界でのまともな食事は初めてなので、ペルシーは興味津々である。


 内容は当然ながらシンプルである。

 主食は黒パン、これは定番か。

 そしてボルシチのようなスープ、中には芋と干し肉が入っている。

 それとサラミを少々。

 魔物の巣窟で食べるにしては上等な料理だと思う。ただの冒険者と違うのだろうか?

 食後の紅茶を飲みながら、ペルシーは想像した。


「食事はどうでしょうか? 口に合うといいのですが」


「こんな森の中で、まともな食事にありつけるとは思ってもみなかった」

「私たちは食事にも気をつけています。食事がまずいと、張り合いがなくなりますので」

「それは全面的に同意するよ」


 話をしてくれているリーダー格の人は、レベッカ・セルダンという名前の賢者で、ロマニア法国という国の人らしい。

 栗色の髪をした女性で、瞳は青く、気品の高い美女である。


 着ているのは臙脂えんじ色のローブで、一段と品の良さを際立てている。賢者も魔道士と同じようにローブをまとうようだ。


 身長はエルザと同じ百五十センチ台の半ばくらいで、よく鍛えて引き締まったスタイルである。そして、胸もエルザほどではないが大きそうだ。

 年齢はおそらく十七、八くらいだろう。

 因みに、ペルシーの肉体年齢は十六歳くらいにみえる。もちろん実年齢は三十二歳で、元社畜だ。


「あなたたちの名前を教えていただけないでしょうか?」

「おっと、これは失礼しました。俺は……、ペウセウス、ペルセウス・ベータ・アルゴル」

「聞いたことのない名前ですね。でも、アルゴル家はひょっとして……」


(あれっ? まずかったかな? 実在する家名なのだろうか?)


「神官服を着ているようだが、どこの国の方でしょうか?」

「いや、どこの国にも属していないよ。いわゆる旅人だ」

「妙ですね、普通はこのようなところに旅人はいなのですが……」

「そうなのか? そして、この少女はエルザ」

「エルザと申します。おじ様と……、ペルシー様と一緒に旅をしています。以後お見知りおきを」


 エルザは膝を軽く曲げてお姫様らしい挨拶をした。


「はい、こちらこそよろしく、エルザさん。ずいぶんと若いおじ様なんですね」


 レベッカはエルザにビビっているような――気のせいかもしれない。

 それにしても何で「おじ様」なんだろう?


「そして、もう一人、こちらの少女がクリスタ」


 クリスタはメイド姿に戻っている。


「クリスタと申します。ペルシー様の召使いをさせていただいております」


 そこで、歴戦の剣士と言った風体の男が話しかけてきた。


「俺の名前はミゲル・ローデだ。ペルセウス殿は剣を持っているようだが、魔道士と思っていいのか?」


「俺はどこにも仕えてないから、魔道士ではなくてただの魔法使だよ。この剣は接近戦ように準備したのだが、剣術は全くの素人だ」


 話しかけてきた男はミゲル・ローデという名前の魔法剣士だった。

 金属と革を組み合わせた鎧をまとっている。スピードを重視した防具なのだろう。

 銀髪をオールバックにして燻し銀の剣士といった趣があり、身長は現在のペルシーと同じ百八十センチ位で、年齢は三十歳前半だと思われる。


 彼の話では、彼はアムール王国を代表するような剣士だそうだが、魔法よりも剣技に長けているらしい。

 ペルシーが持っている刀に興味津々のようすだ。

 機会があれば見せてやってもいいだろう。


 続いて艶っぽい魔法使いらしい女性が話しかけてきた。


「私の名前はエミリア・フローレンスよ。職業は魔道士。よろしくね」


 エミリア・フローレンスと名乗った女性は魔道士で、ガンダーラ王国から来たそうだ。

 髪の毛は黒く、彫りの深い南国の美女という趣がある。

 身長は百六十センチくらいで、レベッカと同じく臙脂えんじ色のローブを着ているが、ウエストはキュッと締り、大きな胸が強調されている。


 ただ、なぜか革の胸当てをしているので、本当の大きさはよく分からない。おそらくエルザと同じくらい大きいのではないだろうか?

 年齢はペルシーよりも少し上かもしれない。


「エミリアはガンダーラ王国の第三王女様なんですよ」

「えっ、お姫様ですか……」


『ペルシー、レベッカとエミリアは人間としてはかなり魔力が高い』

『たしかに、何か圧力を感じるな』

『おそらくこの人たちは選ばれた存在。特別な任務でこの森に来たんだと思う』


 パメラの推測は当たっていた――。




    ◇ ◆ ◇





「私たちがこの森に来たのは三ヶ国合同で調査をするためなのです」


 三ヶ国合同の調査? 何のための調査なんだろう?


「最初は冒険者かとおもったよ」

「詳しくは話せませんが、私たちは強力な魔物が棲む《はじまりの森》を調査する必要がありました」

「この森では、腕試しのために訪れた者たちの殆どが命を落とすと聞いている。調査するにしても無謀な計画ではないのか?」

「仰る通りです。私たちの調査隊は当初七人だったのですが、そのうち四人は途中で命を落としてしまいました。この森を甘くみ過ぎていたようです」

「もしかしてオーガたちにやられたのか?」

「この森の魔物たちは他の大陸の魔物と全く違い、異常に統率が取れていました。情けないことに、ゴブリンやオークの奇襲にやられてしまったのです」

「それならば、引き返すという選択もあったと思うけど?」

「引き返そうとしたのですが、やつらはとても狡猾でした。森の奥へ奥へと追いやられてしまい……」


(あいつらはそんなに賢いのか……。そんな魔物達を問答無用で殲滅した俺の魔法って、反則レベルなのかもしれない。隠した方がいいな)


「それで、あなた方三人は、どうしてこんなところにいるのですか? この森がとても危険であることはご存知のようですが?」

「ああ、ちょっと精霊王が散歩をしようというから……」


 ペルシーは返答に困り、適当にでまかせを言ったつもりだったが――。


「精霊王……ですか?」

「ああ、そうだよ」


『あれ? 精霊王って本当にいるの……』

『はい、もちろんいらっしゃるのでございます』


「凄い! 本当に精霊王は存在するのね。あなたちは運がいいわ」


 そこへ黒髪の美女、エミリアが口を挟んできた。


「精霊王はガンダーラ王国の守護神なのよ。どういう経緯で精霊王に会えたのか知らないけれど、ぜひ一度ガンダーラ王国を訪ねてちょうだいね。歓迎するわ」

「ああ、行く宛のない旅だし、いつかガンダーラ王国にも立ち寄るよ」


 エミリアは満足げに頷いた。


「それで、このあとも三人で旅を続けるのでしょうか?」


 レベッカが潤んだ瞳でペルシーを見つめてくる。


「もし、迷惑でなければ我々と一緒に行動を伴にしていただけないでしょうか?」


 レベッカたちからすれば、自分たちの調査隊にペルシーたちが同行するかどうかは、この森での生死にかかわる重大な問題である。


 だが、エルザが怖い目でこちらを睨んでいる。

 そこで会話を聞いていたエルザは急に立ち上がり、話し声が聞こえない場所までペルシーを引っ張っていった。


「どうした。エルザ」

「おじ様、すでに彼らに対する義理はじゅうぶん過ぎるほど果たしましたわ」

「たしかにそうだな」

「私はお父様のところに戻りとうございます」

「エルザが無事であることを報告しないと、龍王様も心配するだろう」

「それで、おじ様にも一緒に来ていただきたいのですが……」


 なぜかエルザは顔を赤らめてモジモジしていた。


「そうしたいところだけど、俺たちがいなくなったら、彼らは全滅するだろうね」

「それは可哀想ですわね、せっかく助けたのに……」


 もし、龍王に会えば、ペルシーがジュリアス・フリードではないことがバレる可能性が高いように思える。バレたあとのことを考えるとちょっと怖い。

 一方、ペルシーたちがいなくなれば、あのパーティーは間違いなく全滅するだろう。

 まあ、全滅するとしたら自業自得なのだが、日本人のメンタリティーを持っているペルシーには人道的に彼らを見捨てることはできなかった。


「エルザ……。悪いけど一人で帰ってくれないか。俺はあの調査隊に同行したほうがいいと思う」

「はい、それしかなさそうですわね。でも、あの調査隊を送り届けたら、お父様と会ってくださいませ。お願いしますわ」

「あ、ああ。分かった」


(龍王か……。ハードルが高そうだけど、エルザの悲しむ顔は見たくないしね)


「クリスタさん」


「はい、何でございましょうか、エルザ様」


「くれぐれもペルシー様に悪い虫がつかないように見張っていてくださいね」

「お任せを!」

「悪い虫って……」

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