第8話 クーダの称号
ペルシーはエルザと海辺の町シーラシアで三週間後に落ち合うことにした。
ほんとうに三週間でシーラシアに到着できるのか不安ではあるが、エルザが大丈夫たと言うので間違いないだろう。
「おじ様!」
ペルシーはエルザに思いっきり抱きしめられた。
「おじ様、お慕いしています。必ずシーラシアで再会しましょう」
こんなに愛されていたジュリアスとはどんな人だったのだろうか?
ちょっと嫉妬心を抱いてしまうペルシーであった――。
『ペルシー、ここには誰もいない。クリスタもいない』
『何が言いたいんだよ、パメラ』
『愚問』
『何もしね~よ。残念だったな』
『ヘタレが』
『おいっ!』
エルザは《はじまりの森》調査隊から見えないところまで行き、龍の体にスイッチした。
「本当に体が切り替わるんだな」
それはあくまでも美しく、靭やかなで、見るものを畏れさせるにはじゅうぶん過ぎるほどの威厳があった。
おそらく尻尾を含めた全長は三十メートルくらいあるだろう。
龍神山脈は《はじまりの森》の西側にある南北に伸びた山脈である。
エルザは涙を堪えて龍神山脈目指して飛び立った。
「エルザ。また逢おう――」
調査隊に戻ると、レベッカにエルザのことを訊かれたので、苦し紛れに精霊王に呼ばれて旅立ったことにした。
レベッカは訝しんだが、本当のことは言えない。それに、ペルシーとクリスタが調査隊に参加するのだ。レベッカとしてはそれ以上追及するわけにはいかない。
このあとペルシーたち一行は龍神山脈に沿って、《はじまりの森》を北に抜けることにした。
よく考えてみると、《はじまりの森》というのはゲームの世界では弱い魔物しかいない初心者用の森のはず。ところがこの世界では最強の魔物が生息する魔境といわれているのは皮肉だろうか?
◇ ◆ ◇
はじまりの森調査隊にペルシーとクリスタが加わるのだから、フォーメーションの確認をしなければならない。
燻し銀のミゲルは魔法剣士であるが、放出系の魔法は苦手なので、前衛に固定するしか無い。
レベッカは攻撃系の魔法が得意なのと、レイピアでも戦えるので、遊撃としてバランスを取ってもらう。
エミリアは攻撃魔法と回復系魔法が得意なので後衛を担当してもらう。
ペルシーは、今のところ中距離の魔法が得意なので、中衛に入ることになった。クリスタはペルシーの補佐として横につく。
そして、ペルシーの接近戦用の斬魔刀はまだ使えるレベルにない。下手に振り回そうものなら周りの味方を傷つけてしまう可能性もある。刀を使うのは訓練するまでは封印することにした。
出発する前に、ペルシーは試してみたい魔法があった。予めパメラと話して用意しておいた幻想魔法だ。
「みんな! こちらに集まってくれ!」
調査隊の三人が何事かとこちらに注目する。
「正直言って、みんな汗臭いんだよ」
ミゲルは気にしていない様子だが、二人の女性は顔を赤くしている。
「ちょっと魔法を使わせてもらう」
ペルシーはそう言うと、全員に両手を向けて詠唱した。
『パメラ、頼んだぞ』
『了解、ペルシー』
「身体洗浄!」
みんなの体には光の粒が纏わりつき、ゆっくりとた汗や汚れを気体に昇華させた。
ついでに、服や防具も一緒に――。
「「ええ、嘘でしょ!」」
女性陣から感嘆の声が聞こえる。男性陣は温泉に入ったあとのような爽やかな表情をしている。
ミゲルがこちらを向いて親指を立てているので、こちらも親指を立ててニッコリと笑った。
「さあ、行こうか!」
ペルシーたち一行は、シーラシアを目指して歩きだした。
クリスタには三十分置きに周囲の探知を繰り返すよう命じている。探知範囲が広いので、そのくらいの間隔でじゅうぶんだろう。
しばらくすると、巨大な熊型の魔物が現れた。
この魔物は大爪熊というそうだ。いずれにせよ、丁度いい練習台である。
まずは、ミゲルが剣を中段に構え、大爪熊を牽制する。
大爪熊は立ち上がると、四メートルの高さから鋭い爪をミゲルに叩きつけるが、ミゲルは簡単にそれを
そこへ、エミリアがアイスニードルを発射、大爪熊の両肩へ深々と刺さった。エミリアは詠唱するのが早い。
(本物のアイスニードルだ。今度使ってみよう)
隙ができたところに、ミゲルは剣を喉に差し込むが、少し浅かった。
ミゲルはすぐに後退する。大爪熊は追撃するが、そこには既にミゲルはいない。
「ファイアーバレット!」
レベッカがファイアーバレットを大爪熊に叩き込む。
(おお、本物のファイアーバレットを初めてみた。かっこいいな~)
『ペルシーの魔法はもっと凄いのに』
『いや、クリスタ以外の人が魔法を使っているところは見たのは初めてだから、ちょっと感動しているだけだ』
(やはり、ここは剣と魔法の世界なんだな――)
ペルシーは仲間の攻撃にいちいち感動していた。
それはそうだろう。異世界での本物のバトルを目の前で見ているわけだから。
『パメラ、ファイアーバレットに酸素を供給してくれ』
『お~け~、ペルシー』
ペルシーはレベッカが放ったファイアーバレットに幻想魔法で酸素を供給し、大爪熊は大炎上させた。そのくらいの元素の操作ならば、クリスタに訊かなくても簡単にできる。
数分で大爪熊は倒れた。案外とあっけなく戦いは終了した。
「私が消すわよ~!」
エミリアがすぐに水魔法で鎮火させた。エミリアは水属性の魔法が得意なのかもしれない。
「初戦にしては良いコンビネーションだったわね」
エミリアは満足そうに豊かな胸の前に両腕を組んだ。
『パメラはエミリアのおっぱいが好き。ペルシーはどう?』
『すきに決まってるだろ』
『クリスタのおっぱいとどっちが好き?』
『パメラ、俺はおっぱいに甲乙を付けない主義なんだ』
『ペルシーは筋金入りのおっぱい好きね』
『パメラに言われたくないぞ!』
(レベッカが俺を睨んでるな~。何か拙いことしたっけ?)
「私のファイアーバレットには、あれほどの火力はないんだけど……」
「補助魔法を使ったが、余計だったか?」
「補助魔法というと?」
「火が燃えるには酸素という元素が必要だ。その酸素を大量に供給しすると激しく燃焼する」
「酸素……? 私はこれでも賢者を名乗ることが許された身。それでも酸素という言葉を聞いたことがありません」
「そういわれても……説明が難しいな。話すと長くなる」
レベッカは少し考え込んでいる様子だった。
「ひょっとしてペルシーさんも賢者ではないのかしら?」
「賢者? そんな資格も称号も持っていないぞ。俺はただの社畜だったけどな」
この発言が後にペルシーの運命を大きく変えることになるとは、彼には知る由もなかった。
「シャチクダ……ですか?」
「ああ、俺は社畜だ……その通り!」
(胸を張ってい言えることじゃないけどな)
はじめの森調査隊の面々が輪になって何か協議をしはじめている。
何か問題でもあるのだろうか?
「シャーチ・クーダ様……、まさか……そんな」
「……しかし、ありえないだろ」
「……でも、称号を授与され……」
「……聞いたことがないぞ……」
『ただいま審議中……というやつか? 何が審議されているのか分からないが、いい得点が出ればいいのだが』
『悪いことではなさそうな気がする』
『困っているようでございますね』
『ペルシー、シャチクって、な~に?』
『それはだな……』
――社畜……それは会社に洗脳されて自分の意志で考えることを放棄し、家畜のように飼いならされ、長時間労働を強いられる奴隷のようなものだ。
因みに、社畜を英語で表現すると、コーポレート・スレイブらしい。
『ペルシー様の生まれ故郷にも奴隷がいるのでございますね』
『地球というところは、人々が幸せに暮している洗練された世界だと思っていた』
『そうだな。そうだと良かったんだがな……』
審議が終了したようだ――。
「ペルシー様、大変申し訳ありませんでした。まさかクーダの称号を持っている方だとは存じませんでした。ただ、私たちは半信半疑というか、それが事実だとは完全には信じられないのです」
(クーダ? ……何か誤解があるようだな。まあいいか……)
「何か勘違いしているようだけど、社畜は称号などいうものではないぞ。何も考えずに昼夜問わず働き詰めだっただけだ。その御蔭でこんな有様になっている」
「そんなに努力をなさったのですか……。御見逸れしました」
「いや、努力と言うか……。社畜だからな……」
『ペルシー、話が噛み合っていない気がする』
『そうだな。この世界では社畜が尊ばれているのか?』
「因みに、私が言っている賢者というのは、魔法学園を優秀な成績で卒業し、実績を上げたものが授与される称号なのです。私はそれを誇りに生きているのです」
「そうか、賢者というのは称号なのか。無知ですまなかった。それより、賢者の称号を授与されるとは、レベッカも並々ならぬ努力をしたのだろうな」
「ペルシー様に比べたら……。努力と言うにはおこがましく存じます」
『賢者の称号があるのは知ってるけど、ペルシーは社畜の称号を持ってたの?』
『パメラまで何を言ってるんだ? 社畜は称号などではないぞ』
『パメラには分からない……』
『私も何のことやらさっぱりでございます』
この時から《はじまりの森調査隊》のペルシーを見る目が変わったことに、彼は気がついていない。
「ところで、ペルシー様の魔法は精霊魔法と違うと思うのです。普通はウインドカッターが光り輝くなんてことはありませんし、無詠唱では精霊魔法は発動できないはずです」
「その『様』付けは止めてもらいのだが……」
「そ、そうでございますか。お気に召さないのならば……」
「話を戻すが、俺にはそれを説明することはできない。でも、ウインドカッターはウインドカッターだけどな」
『そうだそうだ。どこからどうみてもウインドカッターだ』
(パメラ、お前の言うことは聞こえてないぞ……)
幻想魔法についてはペルシー自身が完全に理解しているわけではない。
パメラの言うことを信じるしかないだろう。
ウインドカッターはウインドカッターなのだと――。
しかしとうぜんであるが、レベッカはそれで納得した様子ではなかった。
『この世界では安易に自分の能力を示してはいけないのかもな。面倒事に巻き込まれそうだ』
『それは正しいと思う』
『クリスタも同意するのです。ジュリアス様も時空魔法を使ったばかりに、あのような事になってしまったのでございます』
『たしかに、陰謀に巻き込まれたくないよな』
まさか、酸素を供給するだけの補助魔法から話があらぬ方向へと進みそうでペルシーは動揺したが、レベッカがそれ以上突っ込んで来なかったので、話は収束を迎えたように思えた。
レベッカとの会話の最中に、調査隊の他のメンバーは大爪熊の焼け残ったところから、次の食事に使える部分を切り取ってバックパックに収めていた。
それを見てペルシーは考えた。
そこで妖精通信――。
『時空魔法で荷物を収納することができそうだな。試してみるか』
『あの~、ペルシー様……』
『どうしたクリスタ』
『今更言いにくいのですが……、やっぱりあとでお話するのです』
『なんだ、歯切れが悪いな』
一行は再び歩きだし、二時間ほどすると小さな泉を発見した。龍神山脈から流れ出した地下水が湧き出している泉のようだ。とても透明感があり、とっても冷たい。
ここで、一旦休憩することにした。
お茶の用意は他の調査隊メンバーに任せて、ペルシーは少し離れた場所に行き、時空魔法を試してみることにした。それに、クリスタには話がるようだ。
◇ ◆ ◇
「ペルシー様、先程の話なんでございますが」
「なんだろう?」
「ジュリアス様はお屋敷をお持ちなのです」
「彼が屋敷を持っていても不思議はないよな。城を持っていると聞いても驚かないぞ」
「はい、お城もお持ちでございました。もう千年も経ってますから、今も残っているかどうか……」
「千年前の古城か……。それはそれで趣があって良さそうだ。人手に渡ってなければいいのだけれど。俺は古代文明とか遺跡が大好きなんだ」
「まあ、そうなんでございますか。それではいずれ城があった場所まで案内させて頂くのです」
『パメラは古代魔法文明のアーティファクト。ペルシー、パメラを好きになってもいい』
「何を言っているんだパメラ。アーティファクトじゃなくても、パメラのことは好きだぞ」
『ペ、ペルシーの女ったらし! ラノベの主人公!』
「なんでそうなるんだよ!」
(ラノベって……)
パメラは古代文明のアーティファクトだという。
いったい、パメラを創り出した古代魔法文明とはどのようなものだったのだろうか?
それに、大賢者ジュリアスはどれだけパメラに影響を与えているのだろう?
「それで、その屋敷のどこにあるんだ?」
「今ここにあるのです」
「つまり、共次元空間にあると?」
「その通りでございます」
「もっと早く言ってほしかったな……」
「申し訳ございません。すっかり忘れていたのです……」
屋敷があることが判っていれば、エルザと出会った場所で横穴を掘る必要がなかったのだから、ペルシーとしては早く言ってほしかった。
しかし、共次元空間で寝ていたらエルザと逢うことはできなかったのもたしかである。 「人生万事塞翁が馬」ということだろうか。
「それでは、大きな屋敷をイメージしてくださいませ」
「大きな屋敷ね……」
「屋敷の扉は大きく重厚なものなのです。その扉が目の前にあると感じてくださいませ」
「重厚な扉が目の前にあると……」
ペルシーの目の前にその扉はあった。現れたのではない。あったのだ――。
「……いつでもここにある。ということか?」
「はい。その通りでございます。屋敷の扉は常にそこにあるのです」
認識しなければ無いのと同じこと。認識すれば常に扉はある――。
「不思議だ。こんな感覚ははじめてだ……」
「ペルシー様、早速中に入りましょう」
玄関を入るとエントランスホールがあり、二階に続く階段が正面に見える。高い天井には大きなシャンデリアがふたつぶら下がっている。
向かって左側には五十畳ほどのラウンジがあり、右側には大型のダイニングキッチンとリビングがある。どちらも天井がかなり高い。
(このインテリアはどこかで見たことがある……。そうだシンガポールの由緒正しきあのホテルに似ている)
二階には十部屋のベッドルームがあり、すべてのベッドルームには風呂も備え付けれていた。それに大浴場まで用意されていた。
「ジュリアスは風呂好きだったんだな……。それともこの世界では普通のことなのか?」
「いえ、大浴場はあっても、個室にまではないのが普通でございます」
その中の一つはスイートルームになっていて、寝室とリビングと応接間が備わっている。それに加えてリビングの壁には暖炉があり、超高級ホテルのようだ。
このスイートルームはペルシーが使うことになるだろう。
「すごい屋敷だな。設備もインテリアも完璧だ」
「はい、ジュリアス様はかなり力を入れてお造りになりましたのです。それに、巨大な倉庫もあるのでございます」
「それって、もしかすると外から自由に物を出し入れできるような倉庫?」
「はい、仰るとおりなのです。ですから、旅の最中に荷物を持ち運ぶ必要はございません」
「それは便利だね。さっきの魔物も収納できるということか」
これがあると、旅がどれだけ簡単なものになるのだろうか――。
「中を見て回るには時間がないので一旦レベッカたちの元に戻ることにしよう」
ふたりは重厚な玄関の扉から外に出るとすぐに声をかけられた。
「ペルシーさん!」
(ま、まずい……)
ペルシーはビクッとして、すぐに扉を締めて異次元との接続を切った。
そこにはお茶の用意ができたので呼びに来たレベッカがいた。
『見られた……かな?』
『おそらく……』
「何をしていたのですか?」
「ちょっと魔法の研究をしてた」
「何の魔法ですか?」
「時空魔法だが……何で怒っているのかな?」
「時空魔法ですって! いくらクーダの称号を持っているからといって」
「いや、そこで社畜は関係ないだろ!」
(この人……どうしちゃったんだろう?)
「今の扉はなんですか?」
「なんのことかな?」
「惚けても無駄です。見てましたから!」
(レベッカさん、お人が悪い……)
「もう一度お訊きます。今の扉はなんですか?」
(なんで尋問されているんだ? 面倒だから正直に言うか)
「俺の屋敷だけど、何か問題でも?」
「時空魔法でペルシーさんの屋敷と行き来できるということ……ですか?」
「まあ、そんなところかな。正確には、その屋敷はこの世界には存在しないけどね」
「あなたは……やはり、正真正銘のシャーチ・クーダなのですね……」
レベッカは両手で口を抑えて、座り込んでしまった。
(だから、シャーチ・クーダって何?)
『ペルシーはシャチク』
「社畜って言うな!」
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