第9話 異次元屋敷ミルファク
レベッカたちがお茶の用意をするのにそれほど時間がかかるはずがない。
それなのに、ペルシーたちは異次元屋敷のために時間を使い過ぎたのだ。
異次元屋敷の扉をレベッカに目撃されてしまった事実を覆すことができない。
「あなたは……やはり、正真正銘のシャーチ・クーダなのですね……」
レベッカにはペルシーが時空魔法を使ったことが相当にショックだったようだ。しかし、肝心のペルシーには何が問題なのかまったく分からなかった。
レベッカは膝を地面についたまま語りだした。
「賢者という称号にはもう一つ上のランクがあります」
「上のランク?」
「はい、そのランクのことを正式には大賢者といいます。でも、一般的には『クーダ』といわれています」
「クーダ……か」
大賢者と言えば、ジュリアス・フリードも大賢者と呼ばれていた。
ただし、それは千年も前のことである。
「シャーチ・クーダというのは伝説の賢者様のことです」
「その称号を授与されるには、ある条件が必要なのです」
「その条件というのはまさか……」
「はい、時空魔法が使えることです」
ここで妖精通信――。
『時空魔法を使うところを人に見られてはまずかったということか?』
『そうみたいですね。千年前でも時空魔法を操れる魔法使いは数人くらいしかいませんでした。その人たちは《マギ》と呼ばれていたはずなんですが?』
『今では伝説の賢者シャチ・クーダか……』
時空魔法というのは
レベッカは詳しく話してくれた。
およそ千年前、失われた大陸であるユリシーズには時空魔法を使える魔法使いが二人存在していたと記録には残っているらしい。
もちろんその一人は『魔王ジュリアス・フリード』で、もう一人は『大賢者ガロア・セルダン』だということだ。
しかし、クリスタの話では時空魔法使いは数人いたようだが、千年前の話なのでそれくらいの
「ガロア・セルダン? ひょっとしたら、レベッカさんのご先祖様ということ?」
「そうです。ご先祖様の継ぐものとして私も賢者になりました」
レベッカはガロア・セルダンの子孫であることが判った。この世界でも血筋というものは重要なのだろうか?
「でも、何でマギがシャーチ・クーダになったんだ?」
「五百年ほど前のことです。はじまりの森の魔物たちを一掃した勇者がおりました」
「はじまりの森には誰も近づけなかったんじゃないのか?」
「一般的にはそう言われています。しかし、我々もこうしてここにいます」
「なるほど。全滅しそうになったけれど、まったく近づけないわけじゃないと」
「仰る通りです。その功績によりクーダという称号が設けられたのです」
「それがいつしかマギよりも有名になったということか」
「それどころか、マギという言葉は歴史を習った人々しか知りませんし、この森の別名はクーダの森といいます」
『シャーチ・クーダとは何者なんだろうな? そもそも、千年前から時空魔法が使える魔法使いは出現していないはずでは?』
『クリスタや私が封印されている間に何があったのか知らない。でも、一人でこの森の魔物を一掃したというのは眉唾もの』
『もしそれが本当ならば神の如き存在かもしれません』
『神の如き……。それって比喩だよな? 一応聞いておくけど』
『いえ、比喩ではないのですが?』
『そうなのか……』
(まいったな。この世界では神の降臨とかありそうだ。なるべくなら関わり合いになりたくない)
「その失われた
「そう言われても困るな~。見なかったことにしてくれないかな~」
『可愛く言おうとして失敗している……。最悪』
『ペル様……可愛くありませんし……』
『……』
レベッカは涙目でペルシーを睨んでいる。
(まずい、彼女怒ってるよ……。とにかく、この場を離れて皆のところへ行こう)
「ちょっと、お手を拝借」
「あっ、ペルシー様」
(また『様』に戻ってるな)
レベッカが動こうとしなかったので、ペルシーはレベッカの手を引いて泉に戻った。
「ペルちゃん、遅いじゃないの」
エミリアが声をかけてきたが、レベッカの様子がおかしいことに気づいた。
「レベッカちゃん、どうしたの? まさかペルちゃんに襲われたの?」
冗談まじりにエミリアが言うと、レベッカは急に蹲って泣き出した。
「おっ、おいっ! それはないだろう!」
「ペルちゃん! 説明してもらいましょうか!」
ミゲルもいつの間にか傍で腕を組んでいた。
しかもペルシーを睨んでいる。
「俺が説明しても説得力がないだろ。クリスタ!」
「え~と、ペルシー様はレベッカ様を襲ったりしてないのです」
「それじゃ~何でレベッカちゃんが泣いてるの? 泣くようなことをしたんじゃないの?」
「ある意味……そうでございますが」
(クリスタに振ったのがまずかった。俺が悪い……)
「ペルちゃん! 貴方から説明してもらいましょうか」
「レ、レベッカさん。何か言ってくれないと……」
当のレベッカは、「古の魔法」だの、「マギ」だのと呟くだけで、まともな説明ができなかった。
(仕方がない、話すか……)
ペルシーはあったことを
「レベッカちゃんのご先祖様が大賢者ガロア様だったんで、時空魔法には思い入れがあったから、ショックを受けたんだね」
エミリアはレベッカを抱きしめて頭を撫でている。
「なんか俺が悪いみたいになってるけど、世間的にはどうなの?」
「隠しておいたほうがいいだろうな。時空魔法を使えることが他人に知られれば、有象無象が湧いて出てくる。それに、各国が動くのは目に見えている」
口数が少なかったミゲルからの忠告があった。
「でも、クーダの称号を正式に貰えれば、一生安泰に暮らせるかもしれないわね」
「そんなことにまったく興味のないエミリアがよく言う」
ミゲルの指摘通り、エミリアは王族でありながら
「時空魔法を使えることがどれだけ世の中に影響するのかよく解ったよ。隠しておくことにする。それで、レベッカはどうしたいんだ」
と言っても、ペルシーにできることなど何もないのだが……。
レベッカは何も言わなかった。もう少し考えさせてあげよう――。
「さて、クーダという称号に興味はないが、時空魔法には興味がある。というか見せてほしい」
「そうね、ペルちゃんの時空魔法、見てみたいわ~。レベッカもそうでしょ」
レベッカは泣きべそをかきながらも頷いた。
「それでは我が屋敷にみんなを招待しよう」
ペルシーは破れかぶれで詠唱する振りをした。
「いでよ! 次元要塞……、もとい、異次元屋敷ミルファク!」
屋敷には名前をつけたほうが呼び出しやすいので、ミルファクという名前をつけた。もちろん、ペウセウス座の恒星の名前である。
ペルシーの前には、はじめからそこにあったように、重厚な両開きのドアが現れた。
「「「えーっ!!」」」
一同が驚いているスキに、ペルシーは扉を開けた。
内装はシンプルでありながら豪華、屋敷ではなくてお城ではないかと思うほどの贅をつくした作りになっていた。
「キャーッ! 凄いわ~。屋敷じゃなくてお城じゃないの!」
エミリアには気に入ってもらえようだ。
ミゲルはずかずかと入り込んで、あちこち見て回っている。
「いや、そこまで広くはないんだが……」
『広さを定義しなおせば、いくらでも広くなる。それこそ都市を造ることも可能』
『面白そうだな。何か造ってみるか』
ペルシーの共次元空間は、まさに無限の可能性を秘めている。
ただし、上手く使えるかどうかはペルシー次第である。
「レベッカはどう思う?」
「ええ、凄いわ。この屋敷は魔法で錬成したのかしら?」
「はい、魔法で錬成した屋敷でございます」
クリスタが慌てて答えてくれた。
やはり魔法で作ったのか。これほどの屋敷を錬成するとは……。
レベッカはまだショックから立ち直れていないようだが、話はできるようになってきた。
まあ、すぐにショックから立ち直るのは無理だろう。
「ペルちゃん、私ここに住みたいわ~。お嫁さんにしてちょうだい」
エミリアはそう言うと、ペルシーに抱きついてきた。
(だから胸が当たるって……)
『ペルシー、もっと密着して。ペルシーの感情がパメラの中に流れ込んでくる……』
『おまえはどれだけ巨乳が好きなんだよ』
『それは違う。巨乳に触って喜んでいるペルシーの感情が好きなだけ』
『それって、俺が巨乳好きってことになるのか?』
『当然そうなる』
『パメラ、俺を騙してるだろ』
『そ、そんなことない。ペルシーの変態』
『……』
「ここを使うのに嫁さんになる必要はないぞ」
「それはそうだけど……。でも、お嫁さんのほうがいいんだけどな~」
「それはまだ……、考えておくことにしよう」
『ペル様……。安易な考えは身を滅ぼすのでございます』
『あっ、そ、そうだな……』
どこまで本気なのか分からないが、ペルシーはエミリアの天真爛漫さに翻弄されそうだった。
しかし、ペルシーとしては綺麗なお姉さんにそんなことを言われて、悪い気はしないのも確かである。
「せっかくだから、この屋敷でお茶にしましょう!」
エミリアの一言で、みんなが一斉に動き出した。こういう団結は早いものである。
いい機会なので、ラウンジでお茶を飲みながら、今後の方針を皆と話すことにした。
ミゲルが口火を切った。
「この屋敷には外部から魔物は侵入できないんだよな」
「屋敷に入ると外の扉は消えるので、誰も侵入できない」
「それはありがたい」
「この屋敷に入れば、我々はミストガルの世界に存在しないことになる。だから、誰からも探知不可能になる」
「
この仕組を最大限に活かせば、国家間の争いごとでさえ優位に運べるだろう。
余り考えたくはないが、異次元屋敷ミルファクは戦略兵器にもなり得るのだ。
「ペルちゃん、この屋敷に倉庫が欲しいわ。その倉庫にいろんな物を収納できれば旅が楽になると思わない?」
「それなら裏手にあるよ。それに、この屋敷に直接はいらなくても物を出し入れすることができる」
「キャー! 素敵!」
エミリアは一旦エントランスホールに抜けて、そこから倉庫を見に行った。
(エミリアはフットワークいいな――)
エミリアがいくなったところで、ミゲルは刀を見せてほしいと言い出した。
前から気になっていたらしい。背中から下ろしておいた『斬魔刀』をミゲルに渡した。
「長さはショートソードくらいか、反りが入っていて、軽いな」
「剣のように叩きつけて切る武器じゃなくてね。獲物に当ててから引かないと切れないんだ」
「なるほど。でも、この細さじゃ魔物は切れないんじゃないか? すぐに使えなくなりそうな気がするが」
「もし鋼鉄製だったら、魔物を数体切ったら刃がボロボロになるかもしれない。でも、それは特殊な金属で出来てるし、実際に使う時は魔法剣として使うから問題はないよ」
「特殊な金属? ひょっとしてオリハルコンか?」
「いや、ミスリルだよ」
「いずれにしても希少金属だな。なかなか出回らないので、王族の宝物庫にしかないと思っていた」
「ちょっとミゲルさんのバスターソードを見せてもらえるかな?」
ミゲルのバスターソードは、いつの間に手入れをしたのか、綺麗に磨かれていた。しかし、刃こぼれの修繕はできていない。
『パメラ。このバスターソードをミスリルで修復したい。斬魔刀のミスリルを再利用できないか?』
『ペルシー、問題ない。でも、斬魔刀が使えなくなる』
『どうせ俺には斬魔刀を使いこなせない』
『了解した』
ペルシーは斬魔刀をバスターソードの近くに置き、人差し指と中指を合わせて、バスターソードの刃に沿って移動させた。
すると、刃先だけ輝き方が変わった。
「何をした?」
「刃をミスリルで修繕した」
ペルシーは自分の斬魔刀からミスリルを抽出し、バスターソードの改造に使った。
「それはありがたい。すごい魔法だな」
「切れ味がかなり良くなっているはずだ。それにミスリルは魔法を
「ああ、その通りだ。切れ味が悪くて困っていた。本当に助かる。でも、斬魔刀が短くなってしまったようだな」
「宝の持ち腐れだったから問題ない。使う必要があればまた錬成すればいい」
ペルシーは短くなった斬魔刀を短刀に錬成し直し、同時に鞘もそのサイズに合わせた。
レベッカはその一部始終を見ていて、ため息をついた。
「ペルシーさんって、何でもありなのね。やっぱり、クーダだわ」
「でも、今のは時空魔法ではない。俺には使えない魔法がたくさんあるぞ。例えば、ファイアーバレットも使えないし」
「でも、私のファイアーバレットを補助しましたよね?」
「あれはあくまで補助魔法だし、それくらいならばできるよ。でもファイアーバレットはまだ使えないんだ」
正しくは使ったことがない、だ。
これからも使う機会はないだろう。
ペルシーは精霊魔法が使えないからだ。
そこにエミリアが嬉しそうに帰ってきた。
「いや~、広い倉庫だね~。私の国のオペラハウスよりも広いわよ~。倉庫だけに使うのは勿体無いかもしれないわ」
別の施設が必要なら増設すればいい。都市さえ造れると、パメラが言っていた――。
「それにね……。面白いものが沢山収納してあったわよ」
「見たな……エミリア姫、秘密にしておいてくれよ」
「どうしようかな~」
エミリアが悪女のような笑顔でペルシーを見つめてからこう言った。
「嫁にしてしまえば秘密は守れるわよ。うふっ」
「か、考えておこう……」
◇ ◆ ◇
「それでは本題に入ります」
レベッカがやっと復活した。リーダーがいないと話が進まないので喜ばしいことである。
異次元屋敷ミルファクの存在により、戦略・戦術が大幅に変化した。
これからは、食事場所、休憩場所、宿泊場所の心配がなくなったこと、武器以外の荷物を運ぶ必要がなくなったことから、体力を余り気にせずに強行軍ができる。
「魔法を使いすぎてマナが空っぽになる心配をしないでいいのは嬉しいわ。ペルちゃんのお陰よ」
「俺も魔法剣を使い放題だ。でも、ミスリルで強化されたバスターソードがあるし、魔法剣が必要な状況も減るな」
フォーメーションはペルシーを中心にし、速度もペルシーに合わせる。
体力がなくなったものから異次元屋敷ミルファクで交代で休憩する。
「それでは早速出発しましょう!」
方針が決定すると、夕刻まで実践してみることにした。
だが、すぐに破綻した。クリスタを除く全員がペルシーの走る速度について来れなかったのだ。
いっそのこと、ペルシー以外の全員にミルファクにいてもらい、ペルシーが全速力で走ったほうが効率が良い気がした。
だが、それでは身も蓋もない。この旅は彼らの旅なのだから。
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