第10話 謎の襲撃者

 はじまりの森調査隊とペルシーたち一行は、異次元屋敷ミルファクのお陰もあり、大いに前進することがでた。

 最悪、エルザとの約束に間に合わない可能性もあったが、このまま順調に行けば一週間くらい早くシーラシアの町に到着する計算になる。


 それと、はじまりの森調査隊の強さがランクアップした感がある。

 その理由は、ミゲルの初撃が確実に魔物を倒すようになったことが大きい。

 初撃で魔物を倒せるようになったのは、ペルシーがミゲルのバスターソードをミスリルで強化したからである。


 ミゲルの戦力アップはレベッカにも影響した。

 それは、レベッカがミゲルのフォローをしなくても、魔物に対して思う存分攻撃魔法を放つことができるようになったことだ。

 ふたりの躍進はエミリアにも影響した。エミリアの回復魔法の使用が激減し、攻撃魔法を少なくしてマナの消費を抑える必要がなくなったのである。


 パーティーというものは、ちょっとした歯車の噛み合せで強くもなり弱くもなる。今はいい具合に噛み合っているということだ。


 それにこの三人は、もともとかなり強いのではないだろうか?

 ペルシーが三人を助けた時は魔法切れを起こしていたし、満身創痍状態だった。もし、完全な状態だったらオーガから逃げ切ることくらいはできたかもしれない。


 しかし、なんといっても効果が絶大なのは異次元屋敷ミルファクの存在だろう。

 今は調査隊全員の完全休養ができているので、自分たちの能力を思う存分に発揮している。


 そして、ペルシーの出番は少なくなった。

 それは非常にいいことである。それもまた上手く噛み合っている証拠だろう。


 ペルシーはパメラの協力で新しい魔法を習得した。

 それは念願の幻想アイスニードルである。


 実際にはウォータージェットの派生型の魔法である。

 ウォータージェットは物を加工するのに丁度いい魔法だが、これを対象にパルス発射し、途中で水から氷に相転移そうてんいさせる。

 これが幻想魔法のアイスニードルだ。


 アイスニードルはエミリアも使っていたが、精霊魔法なので詠唱が必要なのだ。それに生成されるメカニズムがペルシーのものとはまったく異なるのは言うまでもない。

 それにこの魔法、無詠唱のアイスニードルだと言えば誤魔化すことができそうだと思ったが……。

 だが、そこは幻想魔法である。

 幻想魔法のアイスニードルは、なぜか光跡を残して飛んで行くのである。

 それだけはどうしても誤魔化しようがないのだ……。


 しかし、幻想アイスニードルは非常に効果的で実用的だということが判った。

 それは魔物でも獣でも必要以上に傷つけることがないので、食糧を調達するのに適しているからだ。

 それに静かなところがペルシーの好みである。





    ◇ ◆ ◇





 さて、午後のティータイムである。場所はもちろん、ミルファクのラウンジ。


「ペルちゃんの得意な魔法ってなにかな?」


 エミリアが唐突に得意魔法を訊いてきた。

 相手の魔法を詮索するのはあまりお行儀のいいことではないらしいのだが、エミリアの場合はどこ吹く風といったところなんだろう。


「え~と、よく分からないけど……」


 ペルシーはジュリアスの魔法の一部しか使っていない。

 だから、何が得意かと訊かれてもまだ分からないのが本音だ。

 しかし、今まで実践で使ったのは風魔法にみえるウインドカッターと水魔法にみえるアイスキャノンだ。


「私はね、熱い女なのよ」

「はい、暑っ苦しい? ……い、痛いです」


 エミリアにほっぺたをつねくられた。


「どの口が言うのかな~」

「さて、どの口だろう……痛いです」

「だからね、私は火属性の魔法が得意なの」

「それじゃ、俺は冷酷なので氷魔法が得意ということで……」

「きゃー! 私の熱い心を冷やして~ペルちゃん!」


 もちろん、抱きついてきた。

 ペルシーの得意魔法は何でも良かったらしい。


「雷属性魔法だったら?」

「痺れさせて~」

「火属性魔法だったら?」

「一緒に熱い夜をどう?」

「水属性だったら」

「水入らずで過ごしましょう」

「なんでもありなんだな」

「何でもじゃないわ。ペルちゃんだからよ」

「そ、そうか……」

「ペルちゃん、お願いがあるの」

「結婚以外だったら、聞いてやれるかもしれない」

「酷いわペルちゃん。でも、そうじゃなくて……。そろそろエミリーと呼んでくれないかしら」

「それくらいならいいだろう、エミリー」

「えへへへ……」


 自由闊達なエミリアであるが、結婚願望があるようだ。

 ペルシーとしては複雑な気持ちだろう。


『ペルシー様! 自重してくださいませ』

『ペルシーの結婚詐欺!』

『人聞きか悪いな!』


 エミリアのアピールが日を追うごとに大胆になってきている。

 とりあえずスルーするしかないペルシーであった。

 それに、クリスタの目がとても怖い――。


「みんなちょっと聞いてちょうだい」


 レベッカからいつものように話がはじまる。


「ここのところ順調に進んでいたので、《はじまりの森》と《ラーズ大砂漠》の境目まで到達しました」


 はじまりの森調査隊にペルシーたちが参加してから十日ほどでここまで来ることができたことになる。

 はじまりの森の異常さを考えれば記録的な早さだろう。


「来たときと逆に、龍神山脈と砂漠の境目を突っ切ることになります」

「俺はそこを通ったことがないんだが、森は完全に切れてしまうのかな?」

「いいえ、切れませんよ。龍神山脈の地下水のお陰で森ができ、その森が砂漠化を防いでいます」

「でも、魔物の数は減りそうだな」

「はい、減ります。強い魔物も少なくなります」


 強い魔物と言っても、はじまりの森に比べたらということで、他の大陸から見れば十分に強い魔物たちが出現する。


「ただし、砂漠にはサンドワームがいるかもしれません。私たちは遭遇したことはありませんが、砂漠で遭遇したら非常に危険です」

「砂漠に入らなければ大丈夫じゃないの?」


 なんとなくフラグっぽい発言であるが、今は気にしないでおくのが吉だろう――。


「はじまりの森調査隊は当初七人でここまで来ました。ところが、《はじまりの森》を甘く見過ぎていたため、四人もの犠牲者を出してしまいました」


 よほど悔しかったのだろう。レベッカが悔しそうに拳を握っている。


「計画が杜撰ずさんだったということもあるが、それ以前の情報が間違っていたこともあるんじゃないか」


 いぶし銀の戦士、ミゲルの発言である。


「たしかにそうね。はじまりの森の魔物がこんなに賢いなんて知らなかったわ」

「もともと、情報は少なかったんです。はじまりの森に入って、生きて帰ってくる冒険者や兵士はほとんどいませんでしたから」

「それなのに今回の計画が立てられたのか……。俺は参加するしかなかったが、何か仕組まれた可能性もありそうだな」

「もしそうだとしても、私には見抜けませんでした……」

「レベッカちゃんのせいじゃないわ。隊長はジェロームさんだったし、責任者は……」


 エミリアは責任者の名を口に出す前に話を切った。


「今はそれを詮索するときではないと思います」

「ああ、それもそうだな。生きて帰ることに集中しなくては」

「命を落とした四人のために、《黄泉送り》を行いたいと思います」


 はじまりの森で四人が命を落とした。この調査隊の目的は訓練であり、命を落とすような計画ではなかったはずである。

 いずれにせよ、犠牲者が出た以上死者の魂を慰めるのは当然の義務であり、一時的とはいえ、仲間になったものたちへの敬意である。


 こうして、はじまりの森調査隊は《黄泉送り》を行うことになった。


 レベッカの調査隊はティータイムが終了するとミルファクから出て、《黄泉送り》をする場所を探し始めた。


「ペルシー様! 魔物を二十匹発見しました。五キロメートル前方です」

「どんな魔物か判るか?」

「おそらく四つ足の魔物だと思われます」

「それならな砂漠狼ね。ちょっと数が多いから回避した方がいいかもしれないわ」


 エミリアは砂漠狼だと言っている。おそらく、来るときにも遭遇しているのだろう。


「どうするリーダー」


 レベッカは少し考え込んでから方針を決めた。


「この先も砂漠狼との遭遇が予想されるわ。練習しておきましょう」


 今回は魔物の数が多いのでフォーメーションを変えることにした。

 エミリアが左に、レベッカが右に大きく開き、砂漠狼が後ろに回り込むのをけん制する。

 そして、やや下がって中央にミゲルが位置し、さらに下がってペルシーとクリスタが中央に並び後衛の位置につく。

 ミゲルの位置が下がり気味ではあるが、真上から見るとアルファベットのWのようなフォーメーションだ。


 つまり、砂漠狼を中央に呼び込んで、一気に殲滅する作戦だ。

 砂漠狼がこちらの思惑通りにいかない場合はどうするのだろう? ペルシーはバックアッププランを考えるべきだと思ったが、彼らのほうが砂漠狼の行動を理解しているだろうから、様子を見ることにした。


「来たぞ!」


 魔道士と賢者はすぐに詠唱を開始し、砂漠狼が横に開かないように魔法を放った。

 エミリアが放ったのは特大ファイアーボールで、レベッカはファイアーバレットを連射した。

 初撃で七匹を倒すことができた。やはり、ふたりの魔法は強力である。


 砂漠狼たちは一瞬中央に集結したが、なぜかエミリアに向かって突進してきた。

 いまさら、フォーメーションの修正は効かないし、エミリアの詠唱は間に合いそうもない。


『ペルシー、あれではエミリーの詠唱が間に合わない!』

「エミリー! 伏せろ!」


 ペルシーが大声で指示を出し、アイスキャノンを四発放った。

 砂漠狼たちは集団でエミリアに向かったのが災いして、次々とアイスキャノンの餌食となって吹き飛ばされていった。やはり、魔物を一遍に吹き飛ばすことができるアイスキャノンの効率はいい。


 この時点で無傷な砂漠狼は五匹いた。

 そのうち一匹をミゲルが両断し、残りはクリスタが光子ライフルで精密に撃ち抜いた。


「ペルちゃん、ありがとう。助かったわ」

『ペルシーじゃなくて、パメラのお陰』

『パメラ、分かっているよ。ありがとう』

『どういたしまして、ペルシー』


 戦闘が終わると、エミリアは当然のようにペルシーに抱き着いた。

 エミリアは防具を付けているので、感触はそれほどよくなさそうである……。


「中央に呼び込めませんでしたね。私の作戦ミスです」

「ミスというよりも柔軟性が足りなかったのではないか?」


 ミゲルの言うことはもっともだが、どうやって修正するかが課題である。


「フォーメーションは悪くなかったと思うよ」


 ペルシーはすぐに修正案を出すべきだと思ったので続けた。


「今回の場合、エミリアがターゲットにされたので、ダブリュー型フォーメーションを左回転させればよかったんだと思う」

「私がペルちゃん側に下がればよかったのね」

「そう、ミゲルさんを中心にして全体が左回転して、砂漠狼たちを常に中央に位置するように動けばよかった」


 それなら初めから言えよというのは、多分違う。失敗させないと解らないこともあるのだ。


「たしかにそうね。バランスは大事よね」


 エミリアは感心しながらも当然のようにペルシーの左腕に絡みついている。

 そして、クリスタはなぜか右腕に抱きついていた。


「そうですね。先はまだ長いので急ぎましょう」


 ペルシーは調査隊の作戦に対して余り口出ししないほうがいいだろうと思っていたが、つい意見してしまった。

 それは、ペルシーが戦闘の素人なのは確かだが、長年のゲームで鍛えた戦術的な知識もあるからだろう。


「エミリー、そろそろ離れてくれないか? クリスタもな」


『クリスタは防具を付けていないので、とても感触がいい』

『パメラちゃんの変態』

『今日はパメラが言われている、クックック……』

『ペルシーの意地悪!』


 ペルシーたちは砂漠狼を撃退したことで気を抜いていた……その瞬間だった。


 大量の矢がペルシーたちに襲い掛かってきた――。


「全員砂漠方向へ退避!」

「えっ、それはまずい!」


 ペルシーの言葉が届かず、レベッカの命令で全員が一斉に動いた。

 だが、矢の攻撃が止む様子はない。


 ペルシーたちは更に砂漠側へ回避する。矢が飛んでくる。更に回避する。それを繰り返すうちに砂漠に出てしまった。


「これは明らかに誘導されている。まずいな、ここだと矢を避けるための障害物がない」

「ペルシー様。私が目くらましをするのです」

「頼む、クリスタ!」


 クリスタが人間形態で現れ、光のカーテンを森側に発動した。

 光のカーテンは物理攻撃には無効なので矢はすり抜けてくるが、こちらの位置は見えなくしてくれる。


『パメラ! 雷神槌サンダーハンマーを使うぞ』

『シンクロ率七十五パーセント。いつでもいける』


雷神槌サンダーハンマー!」


 「ピシャ―ッ! バリバリバリ」雷が落ちる凄まじい音が数秒間続いた。


 ペルシーは矢を放っている辺り一帯に雷を落としたのだ。

 直撃したかどうかは分からないが、矢が放たれることはなくなった。


「殲滅したのか?」


 ミゲルが聞いてきたが、まだ光のカーテンを解除するわけにはいかない。


「いや、まだ分からない。だが、手応えはあったと思う」


 そのとき、砂の地面から「ドーン」という地響きを感じた。


「うわーっ!」


 ペルシーたちのいる地面が砂とともに落下し始めた。


「次から次へとなんなんだー!」


 ペルシーたちは地下深くへと落ちていった。

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