第11話 砂漠の底からの帰還と黄泉送り

 ペルシーたちは二十メートル以上は落とされて着床した。

 彼らの上からは大量の砂が降り注いでいる。


「花崗岩で退避部屋を錬成!」


『了解、ペルシー』


 地上からの砂を防ぐために、ペルシーはパーティー全員を囲うように花崗岩で退避するための部屋を作った。

 錬成といっても無から物質を生じさせたわけではない。周囲の花崗岩を分解して、成形し直したのだ。パメラが迅速に対応してくれた。


「はぁ……。やっぱりペルシーさんってシャーチ・クーダなんですね」


 レベッカがジト目でペルシーを見ている。

 ペルシーの底が知れない魔力に嫉妬しているのかもしれない。


 それを実現しているのはパメラなのだが、その存在は他人に知られないほうがいいだろう。


 レベッカはすぐに自分の役割に戻った。


「みんな! 大丈夫ですか!?」


 レベッカの問いかけに全員が返事をした。


「俺は大丈夫だ!」

「私は足を痛めちゃったわ」


 落ちた場所には大量の砂が積もっていたのが幸いし、全員に大きなダメージはなかったようだが、エミリアだけは足首を痛めたらしい。


「クリスタ、エミリーに回復魔法を!」

「はい、すぐに」


 クリスタはこういうとき、妖精になって凌げるようだ。

 まったくの無傷であるというのは流石である。

 今は人間形態に戻ったが。


「この洞窟は地下水脈と言うには大き過ぎるようだな」

「それに自然の洞窟ではないみたいでございます」


 高さが五メートルほどあり、奥深くにまで続いていて先が見えない。

 因みに、クリスタが光魔法で周囲を照らしてくれているので、周辺はよく見える。


「この洞窟はサンドワームの通り道じゃないのか?」

「もしそうならば、早く脱出する必要があるのです。みなさんにはミルファクに一旦退避してもらってはどうでしょうか?」


 クリスタの提案に一同が賛成し、ミルファクへ移動した。ミルファクならば危険はまったくないからだ。





    ◇ ◆ ◇





 全員が砂だらけになったので、大浴場で砂を洗い流してから会議を開くことになった。

 大浴場まで備え付けられているミルファクは、精神的な拠り所になりうる存在であろう。


 ミルファクの大浴場は楕円形をしていて、長軸が十メートル程もある。


「はぁ……」


 ペルシーは地下にある大浴場に浸かると溜息をついた。


「魔物が相手ならば遠慮なく魔法を使えるのに、人間相手はいやだな~」

「ペル様が、お嫌ならばクリスタにお任せください。汚れ仕事も召使の役目ですから」

「でも、女の子にはやらせたくない仕事だよな。んっ!?」

「まあ、ペルシー様ったら。女の子だなんて……」


 クリスタが素っ裸でペルシーの右隣にいた。

 気配を消していたのだろうか? ペルシーは全く気がつかなかった。


「なんで、一緒に風呂に入ってるんだ?」

「どんなときでもペルシー様をお守りできるようにです」

「まあ、それは嬉しいけれど、俺も若い男だし……目の毒だし……」

「ペルちゃん、照れてるの? 可愛いわね~」


 エミリアは左隣にいた……。


「エミリーまで……。タオルくらい巻いてくれないか」

「でも、クリスタちゃんだって素っ裸でしょ。不公平だわ」

「いや、そうじゃなくてな……」


『ペルシー。両手に花。しかも裸体』

『パメラッ!』


(気がつかなかった俺が悪いのか? 二人とも気配を消すのがうま過ぎだろ)


 突然の出来事であったがペルシーにとっては僥倖であった。しかしその後、彼が風呂を上がれなくなったのは言うまでもない――。





    ◇ ◆ ◇





「あいつらはいったい誰なんだ!?」


 ミゲルがかなり怒っている。相手が魔物ではなく、人間であることが問題なのだ。

 穿った見方かもしれないが、はじまりの森調査隊自体が胡散臭いことに、全員が気がつきはじめている。

 苛立つのは当然のことであろう。


「敵が誰にせよ、タイミングが良すぎるよね」


 ペルシーが布で鼻血を押さえながら、飄々ひょうひょうと応える。


「ペルちゃん、変な声……」

「砂漠狼と戦闘がはじまる直前の探知では見つけられませんでした。申し訳ありません」

「クリスタのせいではない。おそらく、気配を絶つことができるのだろう」

「でも、気配を絶っても探知魔法からは逃れることはできないのでございます」

「そうなのか……。もしかしたら探知魔法から逃れる方法があるのかもしれないな」

「魔法を遮断しようとしたら、それはそれで分かってしまいますし、時空魔法ならば可能ですが……」

「探知魔法から逃れるだけならば、地下に潜ればいいんじゃないか? 俺ならばそうすると思う」


 ミゲルから目から鱗の発言が飛び出た。


「土魔法の使い手ならば、探知魔法の外からでも地下道を造って接近することができるかもしれませんね」

「ただし、そこまでできるのは上級者以上ね」


 探知魔法を逃れた方法は地上に出てから調べても遅くはない。それよりも、襲われた理由を知るほうが先だろう。


「それほどまでして我々を襲撃する意味がどれほどあるのだ?」

「レベッカちゃんが狙われたんじゃないの? 重要人物だし」

「重要人物という括りならば、エミリアさんのほうが狙われる可能性は高いと思いますよ。アムール王国のお姫様ですから」


 エミリアはペルシーの左側から腕に絡みついていてきた。女性特有の香りがペルシーの鼻孔をくすぐる。また鼻血が出てきそうだ。


「ペルちゃん、私を守ってくれないかしら」

「高いですよ……」

「ペルシー様、安易に仕事を受けてはならないのです」

「クリスタちゃん、そんなに堅いこと言わないでちょうだい」

「いずれにせよ。敵が誰であるか推測するには情報が足りなすぎるか……」


 レベッカたちが持っている情報だけでは、敵の正体は判らない。

 判ることと言えば、この襲撃が計画的に行われた可能性があること、そして的には土属性魔法の上級者がいる可能性があることの二つである。


「このままではらちが明かないので、先にここから脱出する方法を考えましょう」


 レベッカが方向転換を提案した。


「ペルちゃんが時空魔法で外に転移してしまえばいいんじゃないの? この屋敷はどこにでも着いていくんでしょ?」

「そうだな。やってみるか」


『できるよな? パメラ?』

『もちろんできる。転移魔法には行ったことのある場所にしか転移できないという制限があるけれど』

『イメージできなければ転移できないわけだな。でも、俺が強くイメージできるのは十日前の泉だが』


 ペルシーは転移魔法が使えることを調査隊のメンバーに伝えた。

 そして、近場では十日前の泉であることも。


「我々は以前よりも強くなっているとはいえ、十日戻るのはキツイな」

「真上の砂漠に転移できないでしょうか? 待ち伏せされている可能性もありますが」

「決めた! クリスタと俺で真上に転移することにする。全員一緒に地上にでると危険だからな」

「それは待って。ペルシーさんたちだけにそんな危険な役をさせるわけにはいかないわ。私も着いていきます」

「レベッカちゃん。あなたはリーダーなのよ。私がついていくわ」

「エミリー、それは断るよ。待ち伏せされていたら守りきれないかもしれない」


 たしかに、待ち伏せは考えられるが、十中八九、待ち伏せはないだろうとペルシーは考えていた。

 なぜならば、ペルシーが放った幻想雷神槌サンダーハンマーの手応えを感じていたからだ。


 話し合いの後、全員がミルファクから出て、ペルシーたちの帰りを待つことになった。

 もし、ペルシーたちに何かあった場合、ミルファクに閉じ込められてしまう可能性があったからだ。

 調査隊のメンバーはミルファクの倉庫からはロープなどの脱出に必要な道具類を外に運び出し、ペルシーが造った退避所で待機することにした。


「クリスタ、俺につかまって」

「はい、ペルシー様!」


 クリスタは少女形態でペルシーに抱きついてきた。

 エミリアが何か言っているが、スルーするのがいいだろう。


 ペルシーは目を瞑ると、真上の砂漠をイメージした。

 次の瞬間、クリスタとペルシーは砂漠にいた。


「クリスタ! 探知魔法」

「はい!」


 クリスタの探知魔法を使っている間は、ペルシーが周囲の警戒をしている。


「周囲には誰もいません!」


 たしかに、気配は感じなかった。

 その後、ペルシーも魔眼で周囲を調べてみたが、やはり敵の存在は確認できない。

 彼の魔眼は半径五十キロメートルほどが有効範囲だ。


「撤退したようだな」

「私もそう思うのです。でも、手際が良過ぎるのでございます」


 クリスタとペルシーは敵がいた周辺へと足を運んだ。

 そこには消し炭になった遺体が三体あった。

 焼け残った遺品からは魔法使いの形跡くらいしか分からなかった。


 おそらくだが、生き残った人間がいたはずだ。三人ではあれだけの攻撃はできなかったはずだからだ。


「まいったな~、あの状況だと応戦するしかなかったから……」

「ペルシーは悪くないのです。こうしなければ私たちが殺されていたのです」

「そうだな、クリスタ。ありがとう」

「ペルシー様。本当のことでございますから、礼など必要ないのです」


 ペルシーは魔物と戦う決意はあったが、人間と戦うことになろうとはまったく考えていなかった。


 クリスタが擁護してくれたお陰で、ペルシーの精神的ダメージは少なくなったのはたしかだ。彼女には本当に感謝したい――。


 地球でもそうだったのかもしれないが、人間同士の殺し合いは、この世界ではよくある話なのだ。今までも、そしてこれから先も――。

 ペルシーには新たな決意が必要なときが来たということだ。


『ペルシー』

『なんだ、パメラ』

『魔法の残滓が検出された』

『どんな?』

『よく分からないけど、いやな感じがする』

『パメラらしくないな……』





    ◇ ◆ ◇





 そのあとすぐに、レベッカのパーティーを地上に救い出した。

 そして、彼らからは予定通り《黄泉送り》をしたいという申し入れがあった。


 既に夜のとばりが下りていたが、レベッカたち三人は《はじまりの森》の方を向いて、テーブルを設置し、少ない遺品を置き、そこに花を手向けた。

 そして三人はその前に並び、レベッカが中央で祈祷をはじめた。

 ペルシーにはわからない言葉である。


「クリスタ……」

「はい、ペル様。私にお任せを」


 クリスタはそう言うと、光魔法を発動した。

 その直後、《はじまりの森》全体の地面から聖なる光の粒が薄っすらと光だし、ゆっくりと空に登っていった。光の粒は尽きることがないかのように次々と湧き出してきた。


『パメラ。四つの魂が揺れながらゆっくりと空に登っていくイメージで』

『わかった。ペル様』


 クリスタに続き、ペルシーは幻想魔法を発動した。

 四つの金色に輝く淡い珠が三人の前に出現し、ゆらゆらと揺れながら光の粒の中をしばし踊ったかと思うと、ゆっくりと空に登っていった。


 死んだ四人の仲間のためにレベッカたちの祈りは続く。

 この世界での死亡率はかなり高いはずだ。だからといって人の命が軽いわけでは決してない。

 人の命は尊いからこそ、レベッカたちは祈るのだ。死んだものを慰めるめに、そして生き残ったものたちの心を救うために。


(俺はこの世界で何を成すべきなのだろう……。未だに関わり方が分からない)

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