第12話 暗殺者の影

「ちくしょう! またしても失敗だ!」


 黒いローブを纏った魔道士らしい男が怒りを露わにしている。

 年齢は四十に差しかかろうとしているくらいだろう。顔立ちは野性的ではあるが、どこか知性を感じさせる。


「龍王の娘を取り逃がしたのは痛かったわね」


 紅いローブを纏った女がヘラヘラと笑っている。

 この女も魔道士だろう。


「あんなこと。もういや……」


 白い仮面を被っている魔道士はまだ幼さが残る声色をしている。

 おそらく十代前半の少女だろう。


「お前の意見など聞いてない。黙って我々に従っていればいいのだ」

「でも……」

「白ちゃん、黒蜘蛛の言うことはちゃんと聞かないとね。さもないと……ね、分かるでしょ」

「……」


 その者たちがいる場所は薄暗い部屋のようだ。

 二本のローソクが揺らめいている。

 この部屋は土で造られている。おそらく土魔法で部屋を錬成したか、あるいは地下に魔法で穴を掘って作ったかのどちらかだろう。


「龍王の娘があれほど強いとは思わなかったぞ。人間形態のときならば捕獲は可能だと思っていたのに」

「あの娘が人間形態に変身できるようになってから十六年しかたっていませんわ。まだ、本来の強さが出せないはずなのに」


「それもそうだが、紅蜘蛛の毒が効かないなんて思わなかったぞ」


 紅いローブを纏った女は紅蜘蛛と呼ばれているようだ。

 黒蜘蛛は与えられた情報の不備がそうとう頭にきているらしい。


「そんなことないわ。絶対に効いているはずよ。ひょっとしたらその辺で野垂れ死んでいるかもしれないわね」

「もしそうならば勿体無いことをしたことになる」

「龍王の娘だからね。捕獲できなかったのは残念だけど、部下を三人も死なせてしまったのも痛いですわね」

「あの程度のやつらならすぐに調達できるさ。問題ない。それに金にならなかったわけじゃない。はじめの森調査隊のうち四人を始末できたんだ。約束の半額以上はいただくさ」

「隊長のリーナスを仕留めることができたからね。当然の報酬よ」


 この者たちの目的は、龍王の娘の捕獲とはじめの森調査隊を全滅させることだったようだ。


「それにしても、あの雷野郎はなんなんだ!」

「想定外というものは常にありますわね。だから慎重に計画を進めてきたのに」

「あの雷野郎がいなければ全滅できたのに。え~い、忌々しい!!!」


 黒ローブはテーブルを右の拳で叩いた。テーブルの上の酒瓶が倒れそうになる。

 白仮面はそれを見てビクビクしている。


「まあ、落ち着いてちょうだいな」


「それにしてもあの魔法は脅威ですわね。今まで雷魔法を見たことはあるけど、単独の相手に放電するだけでしたわ。だけど、あいつのは違っていた」

「そうだ、俺は今まで経験したことがない魔法だったぞ。紅蜘蛛よ、お前なら知っているんじゃないのか?」


 紅蜘蛛と呼ばれる魔道士は魔法に詳しのだろう。


「あれは自然に起こる雷のようでしたわ。それも広範囲に……。あんな魔法は私も見たことも聞いたことありませんわ」


 紅蜘蛛は賢者の杖を弄びながらそう言った。

 この女は賢者なのかもしれない――。


「調査隊の初期の隊員に雷野郎はいなかった。どこから湧いて出てきたんだ?」

「はじまりの森に単独で潜入する人間なんて……狂人しかいないわ。それもとてつもなく強い狂人」

「そんな狂人がいたのならば、名前が知れているはずだ。ありえない」

「もしかしたら、世を捨てて魔法の研究に没頭してきた仙人とか?」

「そちらの方が可能性としてはありそうだな」

「白ちゃん、あの雷男について何か意見はない?」


 突然紅蜘蛛に話しかけられて、白仮面の少女はビクッとしたが、他の二人は気にしていない。


「普通の人と違う種類のマナを感じた……」

「あれだけの魔法を発動できるのだ。普通の魔法使いとは違うだろ」

「もう一人いた……メイド服を着た女の子」

「雷男には連れがいたということ?」

「気配が妙だった。もしかしたら人じゃないかもしれない」

「なんだと! それを早く言わないか!」


 当然、白仮面は黒蜘蛛の怒鳴り声でビクつく。

 白仮面に黙っていろと言ったのは黒蜘蛛である。


「そんなに怒らないで黒ちゃん。新しい情報をくれたのだから」

「むぅ……」


 白仮面の少女は、この二人にとって奴隷なのだろうか?

 それにしては尋常ではない魔力を纏っているようだ。


「まあいいだろう。帰ったら身元を調べて、俺たちの邪魔をした落とし前をつけさせてやる」

「もし、メイド服の方が人間じゃなかったら……厄介かもしれませんわね」

「そうだな……神の類かもしれない。慎重に行動する必要がある」


 黒蜘蛛は酒を飲み干すと話を続けた。


「あいつらはサンドワームの穴に落ちて生きていられると思うか?」


 黒蜘蛛は白仮面に対して訊いて来た。

 白仮面は何か考え込んでから応えた。


「あの雷男も一緒ならば助かる可能性は高い」

「やはりそうか。俺もそんな気がする」

「それにしても、あんな単純な誘導に騙されるところが腑に落ちませんわね」

「砂漠に押し出す作戦のことか? 回避されたら部下に特攻自爆をさせるつもりだったがな」

「酷い人ですね……」

「はっはっは! お前がそれを言うか! 他人を罠にかける天才が!」

「それは言い過ぎでしてよ。それを趣味にしているだけですわ」

「俺を騙すようなことはしないでくれよ」

「そんなことしませんわ。命が幾つあっても足りませんもの」

「分かっているならいい」


 黒蜘蛛には紅蜘蛛に騙されないような対策があるようだが、それは語られなかった。


「それにしても雷男は気になりますわね。あれだけ強力な魔法が発動できるのに……」

「それに人外のメイドだな。そちらも厄介そうだ」

「今までも知られていなかったんだから、このまま地下に潜入されるかもしれないわね」

「そうかもな。だが、絶対に正体を暴いてやる」

「もし戦いになったら……。大丈夫かしら?」

「まあ、心配するこたぁねえよ。こちらには最強の魔道士様がいるんだ。そうだろう白仮面」

「彼らは強い。勝てる自信はない……」

「白ちゃんがそんなことを言うの……初めて聞きましたわ」

「マジかよ!」

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