第108話 帰還
〈ペルセウス座流星群 極大期〉を発動した後、その上空の時空が歪みだしたのは、想像でしかないが、単位空間内の魔力許容量を超越してしまったからだろう。
ペルシーの魔力は時空を歪めるほどの高密度だったのだ。
その知識がペルシーにはなかった。
本来ならばパメラが助言するべきことがだ、彼女に相談しないで発動してしまった。
だが、すでに時空が歪んでしまっている。それが自然に収まるまで待つしかないだろう。
そして、ペルシーは魔物軍団の中心にいる謎の少女の前に転移した。
もし、被害者なら助ける必要があるし、敵ならば事の真相を暴きたいからだ。
ペルシー達の前に立っていたのは黒い髪、黒い瞳の少女だった。
衣服はボロボロで、体中が火傷痕で痛々しい。
今にも崩れ落ちそうなほどフラフラになっている。
それにしても、魔物達が消し炭になるほどの火力に晒されて、人間が生きていられるだろうか?
もし、魔法障壁を使ったにしても、人間の上限値を超えるほどのマナと魔力が必要なはずなのだ。
それほど、ペルセウス座流星群という魔法は圧倒的なのだ。
「君は誰?」
彼女が被害者であるはずがない。彼女はおそらく首謀者なのだ。
上空は相変わらず赤く燃えて徐々に高度を下げてきている。
早くこの場を離れなければ巻き込まれるだろう。
どう見ても時空が歪んでいる。ペルシーでさえ巻き込まれたら無傷ではいられないだろう。
その前に、目の前の少女から真相を聞き出さねばならない……。
「私はペネローペ。聖女ペネローペ。ペルセウスさん、待っていたわ」
ペネローペだと名乗る少女は、自分自身に回復魔法を掛けて、火傷を治した。
高度な回復魔法を使うことから、聖女であることは本当のことなのかもしれない。
しかし、ペルシーはまったく信じていなかった。
彼は今までにこれほど存在の違和感を感じたことはない。
「嘘つけ! 君はどう見ても日本人だ。聖女ペネローペのはずがない!」
ペルシーが怒鳴ると彼女はガクッと膝を地面に落とした。
頭を押さえて苦しんでいるようすだ。
回復魔法が効いていないのだろうか?
――ブレている……。存在が安定していないんだ。この娘は聖女じゃない。
ペルシーには彼女の姿が二重、三重にブレて見えていた。
しかも、異なる二つの姿が重なって見えているのだ……。
これはただごとではない。
「そ、それならば、あなたは誰? どうみても日本人には見えないのだけれど」
言葉に詰まった。
反論のしようがないからだ。
ペルシーはミストガルにアストラル体だけが転移していて、大賢者ジュリアスの体に憑依しているのが実態だ。
だが彼女の場合は……。
「そういうことか。ペネローペさん……。あなたは俺とは逆のことをしている。いや、ジュリアスさんとは逆のことをしているよな」
ジュリアスは聖女ペネローペを助けるため、自分のアストラル体が消滅する前に俺のストラル体を自分の肉体に憑依させた。だが、この聖女は逆のことをやった。
自分が助かりたいばかりに、日本人の少女を犠牲にして、憑依したのだ。
「そうよ。私は千年間、この方法を模索し、ついには自力で牢獄から脱出することに成功したのよ」
「ふざけるな! その娘はどうなる。あんたのために犠牲になれとでもいうのか!」
「ペルセウスさん、あなたがいけないのよ! さっさと私を牢獄から解放してくれないから」
たしかにペルシーは真剣に彼女が幽閉されているピラミッド神殿を探そうとはしていなかった。
だが、それは簡単に見つかるものではないし、ペルシーの活動基盤が出来上がっていなかったからだ。
しかし、それを説明しても、ペネローペからしたらいい訳でしかないだろう。
聖女ペネローペは千年間も幽閉されていたのだ――
「ペネローペ様、千年ぶりでございます」
「あなたはクリスタさん。再び逢えるとは思っていませんでした」
「私もでございます。本当ならば……」
クリスタは苦悩の表情を見せた。
「ペネローペ様に労いの言葉をお掛けしたいところでございますが、今はできません」
上空で大爆発が起こった。だが、クリスタはそれを無視して続ける。
「ペルセウス様は何も悪くはございません」
「そう、そうなの。ペルセウスさんはあなたのことが大好きらしいわよ。あなたもペルセウスさんが……」
クリスタがペネローペの言葉で動揺している。
ペルシーはペネローペと精神感応で接触したことをクリスタに話していなかったからだろう。
「クリスタ、惑わされるな。今はそのことに何の意味もない」
これ以上話しても、平行線だろう。
今はこの場を離れる方が先だと、ペルシーは判断した。
(この場を離れる前に一つだけ確認する必要がある)
「みんなには、この娘はどう見えているんだ?」
「マナ放射が揺らいでいるわ。ひょっとしたら、アストラル体の異常かもしれないわ?」
「お兄ちゃん、この人にはアストラル体が二つ宿っているの。正常に戻さないと死んでしまうの」
その少女の体には二つのアストラル体が居座っている。どちらかが本人で、どちらかが憑依している。
(つまり、まだこの娘はペネローペに肉体を乗っ取られている訳ではないのか)
再び空で大爆発が起こった。
「空が落ちて来るのです。早く離脱しないと!」
クリスタが叫ぶ。
「お兄ちゃん! それは逃げてからにしようよ」
「時間がありませんわ! ペルシー様!」
――時間切れだな。
転移するためにペルシーは聖女の腕を掴んだ。
「バチッ!」
その瞬間、何かがはじけ飛んだ――
「うわっ! 何だ今のは!」
その少女はゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと顔を上げてこう言った。
「私は
「えっ、ペネローペは?」
(理由は解らないが、俺がペネローペのアストラル体を
「もう、ここには居ないわ」
「ああ、そうだろうな。君は鮎川栞、俺と同じ日本人だ」
彼女はペルシーの姿を見て困惑した。
彼の姿はどうみても日本人には見えないからだ。
「えっ……。あなたが日本人?」
「詳しくは後で話そう。今は時間がない」
ペルシーは空を指差した。
そこには燃え盛る炎を纏った空間が迫ってきていた。鮎川栞は声にならない悲鳴を上げた。
「みんな! 俺に掴まれ!」
エルザ、クリスタ、パメラはいつものポジションに収まった。
そしてはペルシーは栞の左腕を掴む。
「パメラ! 大丈夫か?」
「ちょっと、シンクロ率が下がっているけど大丈夫!」
「
ペルシー達が光りに包まれて、姿が消失した。
◇ ◆ ◇
ペルセウス・ベータ・アルゴルは宇宙空間から青い星を見下ろしていた――
(ここに来るのは三度目だな。不思議な場所だ……)
エルザ、クリスタ、パメラもペルセウスの周辺に漂っている。
彼女達は気を失っているようだ。
その星はペルセウスにとって、いや、
(地球か。なんだかほっとするよ)
「お兄ちゃんなの?」
「パメラ……。気がついたか」
「ここは何処なの?」
「よく解らないけれど。神の領域なんだと思う」
「お兄ちゃんの体が小さくなってる。髪の毛は黒いし、目も黒い。どうしたの?」
(そうか、元に戻れたんだ。元の地球人の肉体に)
「俺が地球人だった頃の体だよ」
「その体も素敵なのでございます」
「クリスタ……。お世辞でも嬉しいよ」
ミストガルという異世界には、美男美女が多かった。
凡庸を絵にしたような星野悠斗の姿形が素敵だとは思えない。それは悠斗の正直な気持ちだ。
「卑下する必要はないのですわ。たとえ体が元に戻っても、私がペルシー様のものであることに変わりはないのです」
「エルザ……。君の言葉にはいつも助けられる」
「お兄ちゃん、パメラはお兄ちゃんと一心同体なの。引き剥がすことはできないんだからね」
「了解だ、パメラ」
ペルシーは三人を抱きしめてこう言った。
「みんな、これからもよろしくな!」
おそらく、悠斗達はこのまま地球へ降り立つことになるだろう。
その後のことは分からない。
まったくの謎だ。
「あのぅ……。私はどうしたらいいのでしょうか?」
突然の地球帰還劇は、彼女の存在が鍵になったのかもしれない。
彼女とすれば、異世界の経験は夢のように短いものだっただろう。
だが、それは間違いなく悪夢だった。
悪夢から早く覚めることができたのは幸いとしか言い様が無い。
「鮎川さんは自分の家に帰ればいい。家族が心配しているだろう」
「そうですね。そうします。でも、どうやって帰ったらいいのか分からないです……」
「もうすぐ、帰還できるよ」
悠斗はニコリと笑って。日本列島を見た。
鮎川にとっては異世界転移は悪夢だっただろう。
しかし、悠斗にとってはどうだったのだろうか?
いや、彼の夢はまだ続いているのだ。
なぜなら……。
「エルザ、クリスタ、パメラ、地球へようこそ。そして鮎川さん、日本への帰還、おめでとう」
五人はゆっくりとゆっくりと地球に落ちていくのだった――
【後書き】
この物語は今回で完結とさせて頂きます。
次回作はもっとパワーアップしてお届けしたいと思っています。
長い間のご愛読、ありがとうございました。 玄野ぐらふ
幻想の魔法使い 魔法AIパメラドールとシンクロ120% 玄野ぐらふ @chronograph
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