第63話 姫騎士(4)鮮血のクリスタ
帝国騎士がエドガーの前でバスターソードを上段に構えた。
その男はどう見ても盗賊に見えなかった。
それに隙きのない構え……。エドガーは斬りつけるのを躊躇した。
「お前は盗賊じゃないな。その甲冑は……、帝国の騎士か……」
「……」
「なぜ、お前のような騎士が盗賊に加担するのだ!」
エドガーの問いかけに、その騎士は何も応えずバスターソードを上段に構えたままだ。
明らかに時間を稼いでいるのが判る。
あのバスターソード……、妙な感じがする……。エドガーが感じた瞬間だった。
「エドさん! それは魔法剣です!」
クリスタが叫んだ瞬間、帝国騎士がバスターソードを上段から振り下ろす。
エドガーはバックステップで回避しようとしたが、バスターソードから特大のファイアーボールが放たれる方が早かった。
「ちぃ!」
だが、エドガーの前に魔法障壁が出現して、ファイアーボールを跳ね返す。
それはクリスタの光魔法だった。
しかし、それが裏目に出た。
クリスタの背後には紅蜘蛛が……。
次の瞬間、クリスタの背中から鮮血が舞った!
「クリスタ!」
エドガーがクリスタの前に俊足で移動し、帝国騎士を牽制する。
しかし、クリスタの背中を刺したはずの敵の姿が見つからない。
気配さえもないのだ――
「くそっ! 伏兵がいるのか!?」
エドガーは必死で辺りを見回すが、それらしき気配はない。
それどころか、クリスタが刺されたとこでさえ伏兵の姿を視認していないのだ。
「ちくしょー! どんなやつだよ。クリスタ! 大丈夫か?」
「はい、少し時間を下さいませ。治癒魔法を使うのです」
「判った!」
魔法剣の存在を知った以上、エドガーにとって帝国騎士を倒すのは容易い。
たかが人間風情に、龍人が遅れを取るはずはないのだ。
しかし、エドガーが帝国騎士と接近戦になった途端、クリスタが伏兵の餌食になるだろう。
それが判っているからこそ、エドガーは踏み込めないのだ。
ここはクリスタの様子を見て決めるしかない。
「いったいどこに隠れてやがる!」
どのくらいの時間が経っただろう。
数秒だろうか? 一分だろうか?
クリスタからの返事がない。
治療魔法はそんなに時間がかかるのか? エドガーが疑問を感じてクリスタを一瞥した。
クリスタは蹲ったまま動かなかった――
「クリスタ! どうした! 目を覚ませ!」
エドガーの必死の叫びもクリスタには届いてないようだった。
残る手は二つある。
クリスタを抱えてペルシーの後を追う。
しかし、この状態のクリスタを動かしても大丈夫なのか? それに、帝国騎士に洞窟内で魔剣を使われたら逃げ道がない。
もう一つは、龍形態に切り替わることだ。
龍の体ならば、クリスタを庇うことができる。あの程度の魔法剣など、龍には通用しない。
逆に炎のブレスを食らわせてやる。
伏兵も安易に近寄れないはずだ。
エドガーが決断しようとした時、彼の背後で微かに空気が震えた。
「舐めるな!」
エドガーの迅速の剣が空気を切ったかのように見えた。
しかし、剣の切っ先が何かを寸断した。
鮮血が迸り、ナイフを握った左手と思われる物体が中を舞った。
「ぎゃー!」
紅蜘蛛は認識阻害の魔法を維持できず、完全に姿を現した。
「貴様がクリスタを刺したのか!? 覚悟しろっ!」
紅いローブを纏っている。魔道士なのか? そんな事どうでもいい、エドガーが踏み込もうとした瞬間だった。
そこを狙って、帝国騎士がまたしてもファイアーボールを放ってきた。
今度は紅蜘蛛が近くにいるので、極大ではない。
エドガーがファイアーボールを切り裂くと同時に、帝国騎士に接近する。
紅蜘蛛が離脱したことが判ったからだ。
帝国騎士がバスターソードを横から薙いでくるが、エドガーは難なく弾き返す。
龍人と人間とではパワーが違い過ぎるのだ。
今度はエドガーが下段に構え、帝国騎士の右腹から左肩を斜めに一閃する。
鮮血が舞う。
しかし、それは戦力を削ぐ程度の深さだ。そして、次は右腕を切り落とす。
再び大量の血が吹き出る。
「ぐわーっ!」
帝国騎士は悲鳴を上げながらバックステップし、背中が岩の壁にぶつかる。
辛うじて立っていられる状態だ。
止血しなければ、出血のショックで死ぬだろう。
「殺しはしない。そのまま待っていろ」
エドガーは帝国騎士から尋問するために、とどめを刺すのをやめた。
「クリスタ!」
幸い、クリスタの意識はまだあった。
エドガーはクリスタに治癒ポーションと回復ポーションをクリスタに飲ませた。
「エドさん、ペルシー様を呼びました。すぐに来てくれるはずです」
「判った。それ以上喋らなくていい」
ポーションのお陰でクリスタの出血は止まりつつあったが、一向に塞がる気配がない。
ナイフに毒が塗布してあったのか?
エドガーにはその手の知識がないので、困惑するばかりだ。
もし、毒の知識があったとしても、今は何もできないのは同じなのだが……。
「クリスタ、ごめん。俺がヘマをしたばっかりにこんな目に合わせてしまって。兄貴に顔向けができない……」
悔やんでも悔やみきれなかった――
龍王騎士団として散々研鑽を積んだエドガーであったが、たったひとりの少女を守ることもできなかったのだ。
エドガーは自分の実践経験の少なさを嘆いたが、それはいいわけでしかない。
魔剣は龍神族の間でも使われていたし、何度も魔剣使いと対戦をしたことがある。
それなのに、気付くのが一瞬遅れた。
現実の世界では自分の未熟さを大目に見てくれるような寛容さは微塵もないのだ――
「クリスタ!」
洞窟の方からペルシーの声が聞こえた。
漸くペルシー達が来てくれたのだ。
「兄貴……」
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