第64話 姫騎士(5)幻想魔法の弱点と精霊アクアリーナ
クリスタが大量の血を流して倒れていた。
「クリスタ!」
何が起こったてこうなったのだろうか? 俺には想像できない。
そしてもう一人、血だらけの騎士がいる。こいつがクリスタを……。
「こいつがクリスタを襲ったのか? こいつが!」
「兄貴! そいつは無力化してある。先にクリスタを助けてくれ」
そうか、こいつは動けないのか。ならばこいつの処分は後回しだ。
「クリスタ! 大丈夫か?」
何という馬鹿げた質問だろう。大丈夫のはずがないのに……。
「兄貴、すまん」
「済んだことはいい。それよりもクリスタの容態は?」
「背後からナイフで切りつけられた。クリスタが自分で治療をすると言ってたんだが、そのまま気を失ってしまって……。ナイフの毒でやられたのかもしれない」
「判った。パメラ! 実体化!」
『了解』
パメラは少女形態になると、急いでクリスタの側に駆け寄った。
彼女の動揺した顔を見るのは初めてのような気がする。
俺はパメラと一緒にクリスタの治療を試みるつもりだ。
ひょっとしたら、エルザが襲われたときと同じ毒かもしれない。
それにしても酷い傷だ。可哀想なクリスタ……。すぐに助けてやるぞ。
俺は魔眼でクリスタの傷口を調べた。
エルザが襲われたときと同じように、緑色の毒がクリスタの背中の傷口に広がっていた。
ということは、やはり紅蜘蛛の仕業か……。
「エド! 紅蜘蛛は近くにいるのか?」
「いや、そいつが紅蜘蛛かどうかは知らないが、逃げられた。ここにはいない」
「逃げ足の速いやつだ」
「ただ、そいつの右手を切り落としてやったぜ」
エドが指差した方向の地面に、手首から上と、ナイフが転がっていた。
「エド、よくやってくれた。後からでも追跡できるかもしれない」
紅蜘蛛め……、二度までも俺の大切な人を襲いやがって。許さない……。
必ず見つけ出して、落とし前を付けてやる。
「パメラ、
「お兄ちゃん! シンクロ率が低下している。
「何だって!」
俺は唖然とした。
パメラとイメージの同調ができないと、
おそらく、俺がクリスタの状態をみて動揺しているからだと思う。
「お兄ちゃん、落ち着いて! クリスタは助かるから。エルザさんの時と状況は同じだから」
「わ、判っている……」
落ち着け、落ち着け俺。だが、エルザは強靭な肉体を持つ龍族の姫だ。
どんなに強力な魔法を使えるとしても、クリスタは妖精だ。あの時と条件が違う。
「お兄ちゃん、悪い方向に考えないで、クリスタが助かることだけ考えて!」
「パメラ……」
「だめ、シンクロ率が上がらない」
どうしたらいい。今の俺達にできること……。
「ミルファク!」
異次元屋敷ミルファクの重厚な扉が現れた。
「エド! 大至急レイチェルを呼んできてくれ。彼女ならクリスタの治療ができるかもしれない!」
この際、レイチェルのマギとしての魔法に頼るしかないだろう。
彼女ならば直せる可能性がある。何らかの方法を知っているかもしれない。
しかし、手をこまねいている訳にもいかない。
「パメラ! 回復魔法だけでも使えないか?」
「シンクロ率が35%しかないけど、回復魔法ならできるかもしれない」
「やってみよう……。
クリスタの体を淡い光が包んだ。いつものように光の粒子が舞い散るような派手さがない。それが幻想魔法の特徴なのに……。
「お兄ちゃん、回復魔法は成功したけれど、すぐに容態が悪化してしまうの。毒を除去しないと駄目みたい」
「もう一度やろう!
俺はこれを数回繰り返した。その甲斐あって最初よりは出血が少なくなったが、すぐに悪化してしまう。
この毒はなんて強力なんだ。
「お兄様……。エドさんからクリスタさんのことは聞きました」
レイチェルが来てくれた。
「レイチェル、早速だけれど、毒の治療はできるか?」
「私が呼べるアルベルティーだと、残念ながら毒の治療まではできないと思います」
「そうか……。それでも試してくれないか?」
「判りました。やってみましょう」
レイチェルは虚空を見つめて、召喚魔法を唱えた。
「静謐なる湖の底に眠る水の精霊よ、清らかなる水の支配者よ、我が命じる。顕現せよ! アルベルティー!」
前回と同じように、レイチェルの前に鏡のような水面が現れて、その上に精霊アルベルティーが降り立った。
アルベルティーはレイチェルと俺を見つけると嬉しそうに微笑んだ。
「お願いアルベルティー。クリスタの傷を直して!」
アルベルティーはクリスタの傷口を暫く見つめていたが、首を横に振った。
「アルベルティー、お願いだ。回復だけでもしてくれないか」
通常、召喚した妖精や幻獣は召喚者の命令しか聞かないらしい。
しかし、精霊クロノスの時と同じように、アルベルティーは俺に質問してきた。
「貴方は私のお友達かしら?」
「逢ったのは二度目だ。もう友達だろう」
「それもそうね。でもね、恋人にしてくれてもいいのよ」
「人間の常識ではね、男女の仲というものは友達から始めるものなんだ」
そうとは限らないのは知っているけど、今回は勘弁してもらおう。
「そうなの? 残念ね。でも、その願い、承ったわ」
アルベルティーは大きな水の球体を空中に創り出し。クリスタをその中に移した。
「毒を消すことはできなくても、この中にいる限り、死ぬことはないわ」
「ありがとう。アルベルティー。感謝するよ」
「ふふふ」
「もう一つお願いがあるんだ。クリスタの容態が良くなるまで、アルベルティーにはここに留まって欲しい」
「いいわよ。でも魔力は貴方からもらうから」
「もちろんだよ」
レイチェルのマナ保有量だと、すぐにマナが底をついてしまうからだ。
「パメラ! シンクロ率は?」
「まだ駄目なの。35%以上にならないの」
俺は自分で思っている以上に精神的なダメージを負っているらしい――
「お兄ちゃん、エルザさんと話をしてほしいの。状況は説明済みなの」
アルベルティーを呼び出しているうちに連絡をとってくれたらしい。
『ペルシー様、パメラちゃんからクリスタちゃんのことは聞きましたわ』
『すまない、俺が付いていながら』
『罪悪感……ですわね』
『えっ? 罪悪感?』
『ペルシー様の心を乱しているものの正体ですわ』
『でも、クリスタの傷口を見ていたら動揺してしまって……。罪悪感とは違うんじゃないか?』
『それならば、私を救ってくれた時はどうでしたか? 私の傷口を見て動揺したはずですわね? でも、
『そうだ、あの時は妙に自信があったのを覚えている。絶対に直せると思った』
『あの時、ペルシー様と私は初対面でしたわ。それに、ペルシー様の与り知らぬところで紅蜘蛛に襲われた傷でした』
『た、確かにそうだな』
『そこにペルシー様が罪悪感を感じる状況はまったくありませんでした』
『そういえば、たしかにそうだ。あの時は何の責任も感じてなかった。でも、エルザを救いたいという気持ちでいっぱいだったと思う』
『私のときと、今の状況との違いは、ペルシー様がクリスタちゃんを守れなかったことに対して罪悪感や責任感を感じていることですわ』
『反論のしようがない。でも、どうしたらいいのか……』
『私達を見くびらないでほしいのです!』
エルザの口調が変わった。俺はエルザがこんなに怒っているところを見たことがない。
『私たちは自分達の責任においてペルシー様についてきているのですわ。そこで、傷つこうが死のうが、それは誰の責任でもありませんの』
『それは……』
解っていなかった……。
龍神族の女性も、妖精のクリスタも、自らの行動に自ら責任を持ち、自立している。自らの死をも他人のせいにはしないのだ。
『私はペルシー様に命を救われました。その時、私はペルシー様に恋をし、愛してしまったのです。それでも、自分の生き様は他人のせいにしたくないのですわ。そこは絶対に譲れないことなのです』
エルザの口調が柔らかいものに変わった。
いつものエルザだ。
『それは、クリスタちゃんも同じはずですわ』
『よく解ったよ。俺はみんなのことをちっとも理解していなかった』
それでも責任感は残る……。それが俺なのだから――
『それではもう一度
『今度こそクリスタを助ける』
『その前に……』
またエルザの口調が変わった……。
『女の気配がするのですわ!』
『な、何のことかな?』
先ほどから、アルベルティーが俺にまとわり付いている。
綺麗でグラマーで薄着のを纏ったお姉さんに抱きつかれていたら、振りほどくことなど健康な男子には不可能なこと……、だよな?
『今度、ゆっくりとお話しましょう。ペルシー様』
『そうだな。美味しい食事をとりながら、和やかに話そう……』
嫌な汗が流れてくるんだが……。
『それではご検討をお祈りいたしますわ。次にレイランが話があるそうなので、替わります』
レイランがこのタイミングで何のようだろう?
『ペルシー様、聞こえますか?』
『レイランか? 今は取り込んでいるんだが?』
『判っています。そこに愚弟はいますか?』
『エドガーならいるよ』
『後でお仕置きだと伝えていただけますか?』
『つ、伝えておくよ』
俺はエドの方を一瞥した。
ビクッとしたのが傍目で判るほど、俺の視線に反応した。
気の毒なエドガー。
魔法の研究材料にされなければいいのだが……。
「アルベルティー、クリスタの様子はどうだ?」
「治る速度と、悪化する速度が拮抗していて容態に変化はないわ。なんて悪質な毒なのかしら」
「悪化してないだけでも助かるよ」
「私に感謝しなさい。一つ貸しよ」
「判った。いつか埋め合わせはするよ」
精霊に埋め合わせって……、何をしたらいいんだろう?
ひょっとしたら、俺はしてはいけない約束をしたのでは?
レイチェルが俺の方を見て怯えた顔をしている。
アルベルティーは……悪い笑顔だ――
やはり、拙かったのか?
「お兄ちゃん、準備はいい?」
「それは俺の台詞だ」
「シンクロ率75%! いつでもいいよ!」
いい感じだ。やはりシンクロ率は75%以上でなくちゃ幻想魔法って気がしない。
「
クリスタの体から毒が緑色の雲のように湧き出て、アルベルティーの水球に吸収されていった。
「ふ~う。成功した……」
アルベルティーの水球の中で、クリスタの傷がみるみる塞がっていった。
その水球はゆっくりと着地し、クリスタだけを残して消え去っていった。
「クリスタ。目を覚ませ」
まだ意識は戻らない。
体力を回復させるには暫く安静にする必要があるだろう。
「エドとレイチェル。クリスタをミルファクの寝室で休ませて欲しい」
「判ったぜ」
「お任せ下さい、お兄様」
俺にはもう一つ、片付けないといけない問題があった。
「あら、私をお忘れかしら?」
「ごめん、アルベルティー。もう帰っていいよ」
「まあ、帰れっていうの? つれないわね」
「俺のマナも無限じゃないしね」
「仕方ないわね。それじゃあ今度は貴方が私を呼び出してよ」
「えっ、俺にそんなことができるのか?」
「もう友達じゃないの?」
「あっ、絆が結ばれたから呼び出せるということか」
「そういうことよ。それじゃあ帰るわね」
アルベルティーは俺の頬にキスをしてから消えていった。
色っぽ過ぎるよ、アルベルティー。
でも、イフリータもかなり色っぽかったな。
精霊って、そういう人が多いのか? まあ、人じゃないけど……。
とにかく、召喚魔法の正体がまた解った気がする。
「次はお前の番だ帝国騎士!」
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