第65話 姫騎士(6)帝国騎士と三人の人質

 ここはギルトンの西側にあるアジュール山の中腹。

 およそ人が近づくことがないこの地に、ギルティックのアジトはあった。アジトは崖にできた洞窟を利用したもので、外側は広いテラス状になっている。

 そのテラスからはギルトンの町のほぼ全体を見渡すことができ、観光の名所になりそうなほどのロケーションだ。


 そこで俺達は大変なミスを犯してしまった。

 いや違う……、それは俺ひとりのミスだ。

 実質四人しかいないのに、俺とパメラ、クリスタとエドガーの二班に分けて行動してしまった。


 そこに運悪く、ギルティックの構成員――おそらく幹部だろう――紅蜘蛛が現れた。こともあろうに、紅蜘蛛はクリスタをエルザと同じ目に合わせた。


 俺は……俺はクリスタを失いかけた――

 幸いにもクリスタは命をとりとめたが、彼女をそんな危険にさらしてしまった。

 その事実が悔しい……。


「貴様は帝国の騎士らしいな。なぜギルティックと行動を伴にしていたのか教えてもらおうか」

「私は確かに帝国騎士だ。だが誤解しないでくれ。私はギルティックの仲間ではない」

「それでは何で俺達を襲った」

「成り行きだ。ギルティックからあるものを受け取りに来ただけだ」

「帝国騎士は成り行きで人を殺すのか。しかも犯罪組織ギルティックと取引だと……お前、汚物の臭がするぞ」

「ただの盗賊団だと思っていたんだ。暗殺組織だとは……」


 嘘だ。こいつは嘘を言っている。

 今すぐ叩き切ってしまいたい――


「来い! 斬魔刀!」


 俺は、はじめからそこにあったかのように、斬魔刀を右手に握っていた。

 斬魔刀を鞘から抜とる。

 ミスリル製の刀身から銀色の怪しい光が放たれる。

 そして俺は切っ先を帝国騎士の喉に当てた。


「帝国騎士がアムール王国に侵入しているんだ。遠足に来たわけではあるまい。応えによってはその首が胴体と離れることになるぞ」

「ちょっ、ちょっと待て。話を聞いてくれ」


 俺は満足の行く回答など望んでいない。

 こいつの首を刎ねる切っ掛けが欲しいだけだ。


「ある人を迎えに来ただけだ。本当だ」

「ギルティックに人質をとられたとでも言いたいのか?」

「そのようなものだ」

「人質を引き取りに来たのに、武装してくるとは妙だな……」


 もし俺がギルティックならば、人質の受け渡しには騎士ではなくて文官を寄越させる。

 怪しいな……。

 俺は魔眼で周辺の様子を探った。

 案の定、数キロ離れた登山道には三十数名ほどの人間が待機している。おそらく、こいつの小隊だろう。


「なるほど……、小隊規模が待機しているようだな。本当に人質なのかは疑わしいが、よほどの重要人物らしいな」

「わ、判るのか!?」

「いや、そんなはずないだろう。鎌をかけたのさ」

「くそ、騙したな……」


 この男の動揺からすると、探知魔法で痛い目にあったことがあるのかもしれない。

 俺達も探知魔法の対象になる可能性がある。

 探知されていることを知るすべはないものか……。


『パメラ、探知されていることを知る方法はあるか?』

『可能だと思う。でも、試したことはない』

『そうか、それでは後で試してみよう』


 それよりも先に、目の前の問題を片付けなければならない。


「ひとつだけ、訊きたいことがあるのだ」

「応えてやる義理はないが、言ってみろ」

「先ほどの私と戦った剣士は何者だ?」

「なぜ教えなければならない」

「あのような強者つわものに、今まで会ったことがない」


 人間にはエドガーの迅速な動きについていくことができるのだろうか?

 あの流麗で優雅な舞のような剣技を目にすることは?


「そんな事知るか。お前に……」

「エドガーだ」


 エドガー、戻っていたのか。


「俺の名前はエドガー。覚えておけ」

「エドガー殿か。生涯、忘れることはできぬ」


 帝国騎士は残った左手を胸に当ててエドガーに会釈した。


「私の名前はアルフレッド・シュタイナー。ソロモン帝国第三大隊の隊長だ。貴公の剣技には感服した。もはや人間の動きとは思えぬ速さだった」

「そりゃあそうだろう。俺は人間……、痛い」


 もちろん、エドガーの頭を小突いたのは俺だ。

 俺は帝国騎士の後ろの回り込み、後頭部と首筋の間に手刀を一撃した。

 帝国騎士は簡単に意識を手放した。


「エドガー、人間社会では安易に自分の身分や名前を曝すべきではない」

「ごめん、兄貴」


 どうやらエドガーも解っているらしい。

 この騎士に名前を明かしたことが大事になるとも思えないし、今回は赦してやろう。

 それに……。


「エドガー、ありがとう」

「何が?」

「いや、何でもない……」

「変な兄貴だな」


 俺はエドガーが来てくれたおかげで、騎士を殺さずに済んだ。

 一時的な怒りに任せて――


「パメラ、こいつの出血が止まる程度の治療をするぞ」

「わかった。シンクロ率は大丈夫よ」

幻想魔法イメージ・リアライザ治癒キュアリング!」


 これでシュタイナーがすぐに死ぬことはないだろう。


「クリスタの容態はどうだ?」

「もう大丈夫だよ。意識も戻ったし、レイチェルが看病しているから心配ない」

「よかった」


 これで俺は自分の失策をリカバーできただろうか?


「さてと、その人質とやらに会いに行くか」


 俺はパメラとエドガーを連れて、洞窟の中に再度侵入した。


「兄貴、さっきはどの辺りまで潜ったんだ?」

「五十メートルくらいは侵入したが、三人しか居なかった。ひょっとしたら他にも出入り口があるのかもしれない」

「すでに逃げてしまったということ? 盗賊だけに、逃げ足が速いな」

「でも、人質が居るのにか? 盗賊にとっては重要な人物ではないのかもな」


 俺達が更に奥へ進むと、ランプの照明が無くなっていた。


「使っているのはここまでか?」


 俺はうっかりして、魔眼を使うのを忘れていた。

 今日はどうも調子が狂う。きっと、クリスタの件が俺の精神状態を狂わせているんだと思う。注意しなくては……。


「そこに誰かいる」

「気配はあるな。二人? いや……」

「パメラ、幻想魔法イメージ・リアライザ、で照明をだそう」

「洞窟の壁全体を発光物質で覆うのはどうかな?」

「それがいいな。幻想魔法イメージ・リアライザ、ライト・エミッター!」


 魔法を行使すると、洞窟の壁全体が発光しだした。


「おお、凄い。日の光とは違った明るさだ。すごい魔法だな、兄貴」


 発光ダイオード照明の部屋に入ったような、それは日本の文明社会に戻ったような感覚だった。


「そこに誰か居るぞ」

「ひで~な」


 エドガーの言う通り、そこには酷い火傷をしている三人の騎士らしき人間が居た。

 一人は手足が消し炭になり、顔も火傷で爛れている。生きているのか?

 もう一人は右手と右足が消し炭状態。

 そしてもう一人は左手と右手が消し炭に……。


「生きているのが不思議なほどの酷さだな……」

「兄貴、助けよう」

「そうだな。パメラ、とにかく治癒魔法と回復魔法だ」

「シンクロ率は大丈夫なの」

「よし、幻想魔法イメージ・リアライザ治癒キュアリング!。続けて、回復ヒーリング!」


 三人の火傷の状態はたちまち治癒し、体力は回復したが、失われた手足がもとに戻るわけではない。

 だが、顔まで火傷をしていた騎士の顔はもとに戻った。

 その人は高貴な印象の美女だった。


「なんでこんなに綺麗な人が騎士の格好をしているんだろう?」

「まあ、確かに美人だな。後の二人は……、獣人か?」

「そのようだな。こちらもかなりの美形だと思うぞ、兄貴」


 獣人をこんなに近くで見たのははじめてだ。ここが異世界であることを改めて認識させられる。


「この状況から察するに、三人とも強力な炎で焼かれたようだ。全面に一人が立ち、その後ろに二人が隠れた? いや、二人を一人が庇ったのか?」

「それで後ろの二人は、片側の手足が失われているのか。なるほどね」

「でも、それだけの炎に焼かれたのにどうして助かったんだ?」

「お兄ちゃん、おそらくその鎧は魔法具なの」

「そうか、それで胴体や頭部は守られたのか」

「魔法具というのは便利なもんだな」


 魔法具……、これも古代魔法文明のアーティファクトなのか?


「パメラ、これも古代文明の遺物アーティファクトなのか」

「魔法文明のアーティファクトね。間違いないわ」

「これがなければ三人とも死んでたわけか」

「消滅するほどの火力だったと思うの」


 確かにそうだな。実際、アーティファクトからはみ出している手足は消し炭状態になっている。


「こんな物を身に着けられて、帝国騎士とも関わりがある……。ちょっと厄介な人達かもな」

「でも、助けるんだろ?」

「ああ……。そうだな」


 エドガーにしろ、クリスタにしろ、正義感が強過ぎる傾向がある。

 もちろんそれは悪いことじゃないのだけれど、厄介事に巻き込まれやすい体質の俺としては喜べないことも確かだ。

 でも、そんな苦難を跳ね返すことができる能力を俺は持っている。

 それを忘れてはいけないな――

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