第66話 姫騎士(7)女騎士達の事情
アジュール山にあるギルティックのアジトには、三人の女性帝国騎士が囚われていた。
どうやら彼女達は人質だったようだが、彼女達を引き取りに来た帝国騎士はギルティックの紅蜘蛛と結託してクリスタとエドガーを襲った。
その奇襲で、クリスタは命を落としかねないほどの怪我をした……。
俺の失策のせいでクリスタはこんなことになった。本当に申し訳なく思っている。
「クリスタ……、具合はどうだ?」
ここは異次元屋敷ミルファクのクリスタの部屋だ。
クリスタはベッドから起き上がり、ペルシーに微笑んだ。
「ペルシー様、助けていただいて感謝いたします。怪我のほうは完全に回復しております。心配なさらないでくださいませ」
エドガーからもらった紅茶をティーポッドからティーカップに注いで、クリスタに渡した。
クリスタはティーカップを暫く見つめてから口に運んだ。
「ペルシー様……、お茶を淹れるのがお上手なのですね」
「ポットのためもう一杯……茶葉を追加したからね。きっと、天使が紅茶を美味しくしてくれたのだと思うよ」
「天使が……ですか?」
「ああ、俺の世界ではね。紅茶を淹れる時、人数分の茶葉にポットのためにもう一人分追加すると、美味しく淹れることができるといわれているんだ」
英国の水は硬質だから紅茶の風味がでにくい。だから多めに茶葉を入れたほうが美味しく紅茶を淹れられるという理屈らしいが。
「まあ、素敵なお話ですね。私も真似をさせていただくのです」
「クリスタ、本当はね、この紅茶はポットのためにではなくて、妖精のためにもう一杯追加したんだ」
「ペルシー様……」
「今回のことは完全に俺の失策だ。赦してほしい」
「そんなことありません。私の浅はかな行動で隙きを突かれたのです。謝らなければならないのは私の方でございます」
「ふたりとも悪くない! 俺が魔法剣に早く気づけば、クリスタさんはこんなめに遭わなかった。俺のせいだ!」
今回の事件は三人とも非があるということなのかもしれない……。
「フフフフ……」
「ハハハハ……」
「ガハハハハ……」
「三人とも、何がおかしいの?」
パメラがキョトンとした顔をしている。
「もう止めるのです」
「そうだな、これからはお互いに注意しよう」
「分かったぜ」
この事件は三人の教訓にすべきだろう。
それに、ここで足踏みしている訳にはいかないこともある。
「ところで、レイチェルはどこにいるんだ?」
「私の代わりに食事の用意をしています」
とりあえず、レイチェルはいなくてもいいだろう。
俺は紅茶を飲み干した。やっぱり、エドガーのくれた紅茶はうまい。
「あの三人の騎士について話をしよう。彼女達はシュタイナーと同じ帝国騎士だと思う。鎧に同じ紋章がついているからな」
「それは間違いないと思うぜ」
「これ以上関わってはいけないと思う。シュタイナーの小隊が近くで待機してることだし、これ以上かかわると一戦交えることになりかねない」
「引き渡してお終いにしようということなのか?」
「俺はそうしたい」
「その前に、彼女達の話を聞いてみたい」
「ペルシー様、私からもお願いでございます。事情を知ってからでも……」
「もし、彼女達の事情を知ったら後戻りができなくなるぞ。それでも話したいのか?」
「お兄ちゃん、パメラも知りたいの」
「パメラもか……」
臭いものには蓋をしろとか、怪しいものとかかわり合いになるなとか、社畜時代の処世術はこの世界では役に立たないらしい。
「分かったよ。事情を聞きに行こう」
重症を負っている帝国の女性騎士達はミルファクの一室に収容済みだ。
あの体では意識が戻っても脱走を試みることはないだろう。もちろん、ミルファクからの脱走は不可能だが。
俺はもしものことを考えて慎重に扉を開けた。
「あっ!」
そこには右足だけで立っている女騎士がいた。
「もう立ち上がって大丈夫なのか?」
「兄貴! 上だ!」
天井から何者かが落ちてきて、俺の背中に取り付き、左手だけで俺の首を絞めにかかった。それとほぼ同時に前に立っていた女騎士がナイフを俺に突きつける。
だが、俺はあえて逃げないことにした。相手を有利にした方が本心を聞けると思ったからだ。
「お前は何者だ!?」
「少なくとも君たちの敵ではないぞ。味方でもないかもしれないが」
俺の背中に取り付いているのは獣人だろう。左腕だけで俺の首を締めている。すごい腕力だ。
そして前にいるのも獣人の騎士だ。本当に片足なのか疑わせるほど安定している。
「どうして私たちを助けたのだ? 何を企んでいる?」
「助けたのは成り行きだ。ギルティックという犯罪組織のアジトに囚われていたのでね。被害者だと思ったからだ。それに……、まだ何も企んでいないよ」
既にどちらが有利ということはない。
エドガーが俺の背中の女騎士の首を狙っていたからだ。
天井から落ちてきた時点で、エドガーならば首を刎ねることなど容易いことだっただろう。それをしなかったのはいい判断だと思う。
俺の前にいる女騎士は俺の背中に取り付いている女騎士に目配せをした。
すると、俺の背中が急に軽くなり、二人の女騎士が俺の前に並んで立った。
「済まなかった。今までの無礼を赦して欲しい」
「信じてくれるのか?」
「あれ程の重症を負ったのだ。我々は死を覚悟するしかなかった。そんな我々をあなた達は助けてくれた。疑う余地がない」
「意識が戻っていれば、このくらいのことされると思ってた。俺達は怒ってないよ」
「そういわれると助かる。改めて謝罪する」
「まあ、それはもういいよ」
俺は両手両足が炭にされた、もう一人の女騎士を見た。その騎士は間違いなく人間だ。
「ソフィア様は……、命に別状はなさそうだ。我々には治癒魔法をかけてくれたのだろうか?」
「そうだよ。それと回復魔法もね。だから、食事をして充分に休息すれば完全に回復できると思う。毒が盛られていない限りね」
「毒か……、それは大丈夫だと思う」
「名乗り遅れたな、俺はペルセウス・ベータ・アルゴル。みんなは俺をペルシーと呼んでいる。後ろの剣士がエドガー、メイド姿の女性はクリスタ、そして少女はパメラ。それとここには居ないがレイチェルという娘がいる」
「私はミリアム。そしてこっちがエリシアだ。二人ともソフィア様の従者だ」
ミリアムは体格がいいし、理知的な顔立ちをしている。文武両道といった感じの女騎士だ。そして、エリシアのほうは小柄で素早そうな印象を受ける女騎士だ。
問題なのはソフィアという騎士のほうだ。未だに意識が戻っていない。
片足で立っているのは大変だろうから、俺は二人にソファを勧めた。
最初は遠慮して座らなかったが、俺が強硬に勧めたので、最後には折れた。見ているこちらのほうが辛いから強く勧めたのだ。
その間に、クリスタが気を利かせて紅茶を用意してくれた。
その前に、俺はあれをやることにした。
「込み入った話をする前にだ。ミリアムさんとエリシアさん、君たちは臭いぞ!」
二人の獣人はみるみる顔を赤くした。人の数千倍も鼻のいい獣人が臭いと言われたのだ。人間が思う以上の屈辱だろう。
「そ、それは仕方がないだろう! 囚われの身だったのだから! いくらペルシー殿でも失礼だぞ」
「そのとおりだ。だから今から洗わせてもらうぞ」
「き、貴様! 何をする気だ!」
獣人達は身構えた。何故か片手で胸の前を抑えている。なぜだろう?
「パメラ! 準備は?」
「シンクロ率は大丈夫よ。いつでもいけるの!」
「
我ながら適当な詠唱であるが、要はイメージさえパメラと共有できていれば幻想魔法は発動できるのだ。
そして、二人の体から光の粒子が湧き上がり、消えていった。
上手くいったかどうかは、二人の表情を見ればすぐに分かる。
「か、感謝する……。生き返ったようだ」
「幸せそうで、何よりだ」
「ペルシー様、なぜ《洗浄》の前に《獣人》とつけたのでございましょうか?」
「彼女達の髪の毛と尻尾を見てみれば判るぞ」
「まあ、なんてフワフワなのかしら!」
「きゃあっ!」
パメラが早速エリシアの尻尾に抱きついてモフモフしている……。
俺もやりたい……。羨ましい……。
「とっても気持ちいいの!」
「まあ、そりゃあそうだろう」
「ペルシー殿、申し訳ないのだが、ソフィア様にもお願いできるだろうか?」
「愚問だ。すでに洗浄してある」
「おお、ソフィア様の金髪が蘇っている! 素晴らしいぞ」
やはり、洗浄魔法は女性には好評だということが再び実証できた。
以前は、レベッカとエミリア姫にも好評だったからな。
「そのソフィアさんはどんな人なんだろう?」
「ソフィア様はソロモン帝国の第三皇女である」
「その皇女様が騎士をやっているのか? なるほど……」
姫君が騎士を兼ねるのはありえないことではない。稀ではあるが、どこの世界にでもいるはずだ。
実際に目のあたりにするのは驚きであるが。
そう言えば、エミリアさんは王女で魔道士だったな。
「詳しい話をする前に一つだけ教えて欲しい。ここはどこなんだ?」
「ここはギルトンの西にある山の中だよ」
「ギルトンというとアムール王国か」
「ああ、そうだ」
「随分と遠くまで運ばれたものだな……」
「囚われたのはこの近辺ではないのか?」
「違う。ソロモン帝国の南西にある高原だ」
ここでパメラがテレパシーで話しかけてきた。
『ペルシー、その高原までおよそ五百キロ以上ある』
『あの重症ではそんなに運べないよな?』
『運んだのはレイチェルじゃないの?』
『ああ、なるほどね。それなら辻褄が合うな。後でレイチェルに聞いてみよう』
『待てよ……。このアジトの近くに転移させたのはレイチェルが仕組んだことかもしれないな。それにレイチェルが姿を現さない……』
『レイチェル、怪しい……』
後でレイチェルを問い詰める必要がありそうだ――
「運ばれた方法は後で解明するとして、ソフィアさんの意識が戻らないのはなぜだろう?」
「ソフィア様は……、我々とは違う特別な存在なのだ」
「特別な存在? でも、人間だろう?」
「もちろんそうだ。内密にしてほしいのだが、ソフィア様は召喚士なのだ」
俺達は顔を見合わせた。
そして歓声が上がった。
「おお~、素晴らしい」
「この出会いは運命的でございますね」
「羨ましいぜ」
「パメラも精霊を召喚したい!」
俺達全員が喜んでいるので、女騎士達は怪訝な顔をしている。
「君たちはいったい……。普通は疑うものなのだがな?」
「えっ? そういうものなのか?」
「ああ、そういうものだ。召喚魔法というのは時空魔法と同じく伝説的な魔法だ。その存在さえも疑われているほどなのだ」
レイチェルが使う魔法は、明らかに召喚魔法なんだが、本人は精霊魔法だと言い張ってたな。それと関係があるのだろうか?
「まあ、それはいいじゃないか。それよりも召喚魔法がどうしたんだ?」
「我々は赤竜の討伐に向っていた……」
俺達は彼女達の悲劇的な赤竜討伐の話を詳細に聞くことになった。
クリスタとエドガーが暴走しないことを祈るしかない――
【あとがき】
もふもふしたいよね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます