第25話 魔物大戦(6)絞首刑の朝

 深夜を回る頃、クリスタがリディアの執事ジョルダンのところから帰ってきた。


「クリスタ、ご苦労様。それでどうだった?」

「役人が全員避難しているので、明日の検死役はジョルダンさんになったそうです。既に許可は取っているとジョルダンさんは仰っていました」

「さすがジョルダンさんだ。判っていらっしゃる」

「はい、優秀な方でございますね」

「後は魔物たちをどうやって殲滅したらいいかだな」

「死刑執行直後に南門に転移して、魔物たちのところまで行き、時空振動波で仕留めるということでいいのでは?」

「それはすべてが上手く行った時だ。つまりAプランだ」


 魔物たちがこちらの都合で動いてくれるとは限らないのだ。

 想定外のことが起こった時のために、別のプランを考えておくべきだろう。


「魔物たちが想定外の動きをしてきたらどうするかでしょうか?」

「う~ん、魔物たちがどのような動きをみせるのか……、正直言ってよくわからない」

「背後で魔物たちを操る者の心理を読むとか?」

「クリスタには分かるのか?」

「いえ、クリスタには想像もつかないのでございます」

「想定外の状況に陥った場合を考えたらどうだろう?」

「例えばどんな状況でございましょうか?」

「魔物たちが町に侵入してしまったとか……」

「もし、魔物たちが町に侵入したら、時空振動波は使えませんね」

「それが最悪の状況かもしれないな。どうしようか……」

『ペルシー、いい考えがある』





    ◇ ◆ ◇





 死刑執行、そして魔物たちが攻め込んで来る日の朝である。


 騎士隊と冒険者たちの混成部隊は正式にシーラシア防衛隊と命名された。

 作戦本部は港側にあるデラウェア卿の屋敷に設置され、本隊は街の中心部にある冒険者ギルドを拠点にした。


 町の中心部にある十字路に絞首刑台が設置され、死刑執行を見守るために多くの騎士や冒険者が見物に来ていた。


 ペルシーは両手を後ろで縛られ、三人の警護員に連れられて絞首刑台に姿を現した。


『うわ~、見世物になってるな。やな感じ……』

『ペルシー、もう少しの我慢』

『了解、パメラ』


 絞首刑台の周りには、三ヶ国合同調査隊のレベッカ、エミリア、そしてミゲルの三人も来ていた。

 三人とも冷たい視線でペルシーを睨んでいる。


『三人とも怒ってるな……』


 その三人には、クリスタがペルシーの作戦を知らせてあるのだが、それに参加させなかったことを怒っているようだ。


 ペルシーは周囲を見回したが、さすがにデラウェア卿は来ていないようだった。

 おそらく作戦本部にいるのだろう。


「さっさと登れ!」


 ペルシーは背中を押された。

 一応、悲しそうな演技をしているが、嘘っぽさは拭えない。


 絞首刑台の高さは、およそ三メートルほどはあるだろう。

 いわゆる十三階段ではないが、ペルシーは項垂れた演技をしてゆっくりとその階段を登った。


 絞首刑台では死刑執行人が待っていて、ペルシーの首に縄を巻いた。

 たとえ、死ぬことがないにしても、嫌な気分なのは間違いないだろう。

 このシーンが夢に出てこなければいいのだが――。


 ペルシーの絞首刑の準備ができると、アスターテが現れた。


(どこに隠れていたんだよ……)


 アスターテは見るからにげっそりとした表情をしている。

 しかも顔が青い……。

 昨晩、ペルシーが大量の酒を飲ませたので、二日酔いになっているからに違いない。

 よくここまで来れたものだ。

 よほどこの場で演説でもしたかったのだろう。


 ペルシーとしては一向に構わないが、早く済ませてほしいものだ。


「諸君! 我々はこれから魔物たちと戦わなければならない」


 見学者たちは何も言わずに聞いている。

 この死刑が防衛隊への見せしめであることが分かっているからだ。

 何か発言したら、今度は自分が絞首刑台に登るハメになるだろう。


「その前に、不穏分子の処刑を執り行う」


 その時である。

 領主の娘のリディアがアスターテの前に躍り出て来た。


「なぜ、ペルシー様を処刑なさるのですか?!」


「これはこれはリディアお嬢様。異なことを……。これからシーラシアの町を守るために、魔物との戦闘がはじまるのです。その前に不穏分子は片付けておかないと、戦士たちの士気に関わるからです」

「ペルシー様は不穏分子ではありません。それどころか町を救うかもしれない程の戦力なのです。ただちに、死刑執行を止めてください」

「リディアお嬢様。お言葉ですが、その者は冒険者になったばかりのヒヨッコです。戦力になるはずがありません」

「ペルシー様は《はじまりの森》調査隊のレベッカさん達を救出したほどの実力者です。それをあなたは知らないのですか!」


 アスターテの顔色が更に青くなった。

 ただでさえ沸点が低い上に、体調の悪さが重なり、爆発寸前だった。


「あなたに、この作戦の参謀になる資格はありません」


 防衛隊の面前で罵倒されたアスターテはついに切れて暴挙に出た。


 「バシッ」という音がしたかと思うと、リディアが倒れた。

 アスターテがリディアを殴りつけたのだ。


『この野郎……』

『ペルシー、こいつ消していい?』

『消したい……がちょっと待て』


 ペルシーはそれを見て怒りはしたが、切れはしなかった。

 この程度のことで挫けたら、リディアはただの箱入り娘で終わってしまう。

 彼女自身の力でこの苦境を乗り越えなければならない。


 リディアはすぐに立ち上がり、そして……。


 「ドスッ」殴り返した――。


『『リディア、グッジョブ!』』


 しかも狙ったのはアスターテの腹である。

 二日酔いのアスターテとしたら堪ったものではない。

 当然のごとく、汚物をぶちまけたのだった。


「うわっ! きったね~。そこは俺が降ろされる場所だぞ! 馬鹿野郎!」


 汚物をぶちまけたのは絞首刑台の下。つまり、ペルシーが死刑執行後に降ろされる場所である。

 その場に降ろされるのは、ペルシーが死んだあとのことなので、どこに降ろされようが関係ないはずである。


 ペルシーの場違いな罵倒に、防衛隊の面々は大笑いをはじめた。


 アスターテはしばらく蹲っていたが、胃の中のものを吐き切ると徐に立ち上がり、ペルシーを睨んだ。


「死刑を執行しろ!」


 死刑執行官はリディアの方を見て戸惑っていた。

 それはそうだろう、リディアは領主の娘なのだ。無碍に扱うことなど出来はしない。


 その瞬間、遠くから怒号と共に何かが破壊される音が聞こえてきた。

 魔物たちが町の防護壁を攻撃しはじめたらしい。


 それを聞いてアスターテは慌てはじめた。


「予定よりも早いではないか!」

「ば~か、敵がこちらの都合のいいように動く思うなよ! ほらっ、早く行け!」

「貴様! そこで見てろ!」


 アスターテは青い顔をさらに青くして、南門の方へとよろめきながら向かっていった。

 絞首刑台の周りにいたはずの防衛隊の面々は、既に南門へと向かった後だった。

 どうにも無能な参謀殿である。


 しかし、状況は最悪であった。

 グリフォンたちが魔法や弓が届かないほど高い上空から大きな石を落としているのだ。


「ペルシー様! 魔物たちが町に雪崩込んで来ます!」


 光の妖精クリスタが、魔物たちがシーラシアの町に侵入しはじめたことを伝えた。

 つまり、町を防護する壁がすでに破られているということだ。

 魔物たちを一挙に殲滅するという最初の作戦であるプランAは無効になったのだ。


「クリスタ、パメラ、プランBに切り替えて、あの魔法を使うぞ」

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