第24話 魔物大戦(5)リディアとデラウェア卿

 ジョルダンはリディア嬢の部屋でペルシーたちの様子を報告していた。


「そうなの……。ペルシー様は精神的にもお強い方なのね」


「精神的にだけではありませんぞ。正直言って、このジョルダンにもペルセウス様の底が知れません。あの若さで歴戦の強者のような気配を感じます」


 ジョルダンは現役の冒険者だったころ、ミスリル級まで登った強者である。

 しかし、時の流れに逆らうことなどできず、力の衰えを感じたジョルダンは冒険者を早々に引退し、デラウェア卿に仕えたのである。


 そのジョルダンの強力な気を当てられて動じないとは、余程の鈍感か、超人的な能力の持ち主以外いない。

 ペルシーの場合、前者はあり得ない――ジョルダンはそう考えていた。


「魔物たちの大群が明日攻め込んでくるというのに、ペルシー様のようなお方を牢獄に閉じ込めるどころか絞首刑に処するなど、正気の沙汰ではありませんね」

「はい、ジョルダンもお嬢様と想いは同じでございます」


 ジョルダンとしても腑に落ちなかった。

 いつもの聡明なデラウェア卿ならば、このような過ちを犯すはずがない。

 もちろん、裏でアスターテが動いたとしてもである。


「それではお父様に直談判しに参りましょう」

「お伴いたします」


 ジョルダンには分かっていた。

 リディアの願いはデラウェア卿に聞き入れられないだろう――。





    ◇ ◆ ◇





 その頃、ペルシーたちは兵士たちの心を読みながら、検死官などの絞首刑に関係しそうな人物を探していた。


「ペルシー様、町民どころか文官や役人たちのほとんどがこの町から避難しているようですね」

「そのようだな……」


 ペルシーたちは、文官たちはまだ避難していていないと考えていたが、町民どころか文官や役人たちも避難を終えたあとだった。

 女子供や老人が早々に避難していたのは知っていたのだが、ペルシーが牢獄に入っている間に、彼らの避難も完了したようである。


「まあ、当然といえば当然か……」


 領主たちは魔物の大群を撃破するつもりらしいので、最低限の文官や役人たちを残しているはずだった。

 戦闘がはじまる前に文民たちを逃がす――それは正しい対処だろう。

 しかし、魔物たちとの戦闘における戦術のお瑣末さと比べると、文民たちの完全な避難はあまりにも見事だった。


「町民たちの避難を優先させるのは俺が望んでいたことでもあるし、これでこの町が瓦解したとしても心残りはないな」

「クリスタも、ペルシー様に町を救えなどという無理をお願いする必要もなくなりましたのでございます」


 町民の完全な避難を指示したのはアスターテではないはず。

 それができるのはデラウェア卿くらいしかいないだろう。


『ペルシー、どうするの?』

「ちょっと気になることがあるんだよな。デラウェア卿の屋敷にもどろう」






 デラウェア卿の屋敷は、この町の港がよく見える高台にある。

 屋敷を警護する兵はほとんどいなかったので、ペルシーたちは何の苦労もなく侵入することができた。

 ペルシーはデラウェア卿の部屋の前まで来ると、光学迷彩を纏ってから部屋に潜入した。

 さすがにデラウェア卿付きの執事は残っていたものの、メイドたちは一人もいなかった。


 デラウェア卿はソファに座り、一人で酒を飲んでいるだけである。

 ここにきて取り乱しているようすはない。


『ひょっとしたら、デラウェア卿も避難しているのかと思ったけど、まだ残っているな』

『明日の勝算があるのでしょうか?』


 そこへ予想外の訪問者があった――。


「リスナール様、リディアお嬢様がお見えです」

「なんだと、まだ残っているのか……。通せ」

「畏まりました」


 その執事は扉を開けてリディアとジョルダンをデラウェア卿の部屋に招き入れた。


「お父様。お願いがあります」

「リディア、アランと一緒に避難しろと命じたはずだ」


 アランというのはデラウェア卿の息子の名前である。


「お父様が残っていらっしゃるのに、逃げるわけにはいきません」

「なんと愚かな……」

「何故そのようなことを仰るのですか?」

「明日の戦いで、この町は壊滅するだろう。生き残るものなど誰もいなくなる」

「お父様は勝算があって明日の戦いに臨まれるのではないのですか?」

「それは違うぞリディア」

「違うって、どういうことです」


 デラウェア卿はあれだけの魔物たちに、たった百五十人の騎士や冒険者が抗えるはずもないことを判っていた。

 それ故に、後継ぎのアランや文官たちを早々にルーテシア大陸に渡航させ、町民たちを鉱山に逃したのだった。


「それならば何故戦うのですか! お父様も逃げればよいではないですか!」

「リディア、お前は貴族社会のことがまだ解っていない。私がこの町を捨てて逃げたらどうなると思う? 貴族の社会というものは冷酷なのだ」


 デラウェア卿はリディアに逃げない理由を説明した。


 もし、デラウェア卿が何もせずにこの町を捨ててルーテシア大陸に逃げたら、襲撃が大災害レベルであったことを説明できないし、説明したとしても他の貴族たちは信じないだろう。


 その結果、デラウェア卿は間違いなく汚名を着せされて失脚し、爵位は剥奪される。

 デラウェア卿はそれを避けるため、勇敢に戦ったという実績を残したかったのだ。たとえ自分が死ぬことになっても――。


 領地が滅びるのは仕方がない。

 このような大災害に抗うすべなどもとからないのだ。

 たとえ、一年前からこの襲撃が判っていたとしても、町を一旦捨てることは戦略的に正しいことだ。


 問題はその後だ。

 時間をかけて魔物たちを削り、時間をかけて町を復興させる。それが、一番早く領地を復興させる戦略である。

 デラウェア卿はそれが早期に領地を復興させる唯一の方法だと考えた。

 それを実現するため、施政の中心人物たちをルーテシア大陸に逃がしたのだ。


「そんな、お父様……」


 リディアはその場で泣き崩れた。


「リディア、お前はルーテシア大陸に逃げるべきだった」

「お父様を置いて逃げるわけにはまいりません!」

「愚かな娘だ――」

「お父様の考えは解りました。私も貴族の娘。自分の成すべきことを成します」

「そうか。それでよい」

「それで、お願いがあります!」

「最後の願いになるが……、聞こう」

「ペルシーさんの死刑執行を取り消してください」

「ペルシーというと下級冒険者ではないか。何故今それを言う」

「いえ、ペルシーさんは只者ではありません。レベッカさんたちのパーティーを《はじまりの森》で救い出したのですよ」

「その噂は聞いているが、信じられんな」

「信じなくても構いません。どうか、死刑執行を取り消してください」

「それはできない」

「何故でしょうか?」

「アスターテのやつがその冒険者に固執していてな、今は大事なときなのだ。やつにへそを曲げられると困るのだ」

「あんな者、どうでもよいではないですか!」

「アスターテにはこちらの思うように踊ってもらわなくては困るのだ」

「それであのようなものが参謀になったのですか……」

「あたり前ではないか。頭の働くものが参謀ならば、逃げることを諫言かんげんされるだろう」


 つまりこの作戦では、アスターテは捨て駒を演じることになっていたのだ。


「やつを踊らせるには餌が必要だ。なぜだか分からぬが、アスターテのやつはペルシーがよほど憎いらしい。それを利用しない手はない」

「お父様。ペルシーさんを侮ってはいけません。ひょっとしたらこの町を救えるほどの能力をお持ちかもしれないのです」

「何を血迷いごとを! だれに唆されたか知らぬが、それができるのは精霊王か神しかいない!」

「唆されてなどおりません!」

「もしペルシーとやらがそれほどの能力を持っているなら、何故おめおめと捕まったりする? 何故牢獄から出られない?」

「それは……、施政を尊重しているからです!」

「そこまで言うのならば、自分でなんとかしてみろ。私に頼るでない!」

「はい、そうさせていただきます」


 リディアはそういうと部屋を出ていってしまった。


 そこで、今まで黙って聞いていたジョルダンが口を開いた。


「リスナール様」

「何だジョルダン」

「お嬢様はジョルダンが命にかえてお守りいたします」

「そうだな。お前ならば娘を守ることができるだろう。頼んだぞ」

「お任せを……」


 執事のジョルダンはデラウェア卿に深々と頭を下げたあと、リディアのあとを追った。

 ただ、ジョルダンは部屋を出ていく際に、光学迷彩で見えないはずのペルシーたちの方を一瞥したようだった。





 ペルシーたちは一旦牢獄に戻り、異次元屋敷ミルファクのラウンジで作戦会議を開くことにした。


「デラウェア卿はただのぼんくら貴族だと思っていたけど、そうじゃなかったんだな」

「あそこまで領地のことを考えていたとは……」

「この町に来て最初に感じたのは、とても裕福な町で人々が活気に満ちているということだった。今考えてみると、領主の施政が良かったからなんだろうな」

「そうですね。私もそう思いました」

『それで、どうするの? ペルシー』

「ペルシー様にはこの町を守る理由ができたような気がしますが?」

「絞首刑で死んだ振りをするところまでは計画通り。その後は前線に出て一挙に魔物達を殲滅する。それでどうだ?」

「さすがクリスタのご主人様です」


 クリスタはペルシーの胸に飛び込んできた。


(あれっ、この感触は久しぶりのような気がする……)


『ペルシーはパメラのもの。でもペルシー、今はクリスタを押し倒してもいい』


 相変わらずの二人だった……。





 ペルシーの絞首刑は明日の早朝に執行される。

 その後、ペルシーは南門を素通りし、魔物たちを一気に殲滅すればよい。

 魔物たちが町に到達するのは昼頃のはずなので、十分に余裕のある計画である。


「それで、リディア様の件はどうするのですか?」

「死刑執行の時に何かあるかもしれない。今思うと、ジョルダンを仲間に引き込めばよかった」

「今からジョルダンさんのところへ行ってきましょうか?」

「そうかだな。クリスタは自由の身だから、ジョルダンのところへ行っても問題ない」

『クリスタ、頑張って』

『了解、パメラちゃん』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る