第23話 魔物大戦(4)アスターテとギルティック

「絞首刑かよ」

「絞首刑でございますね」

「どうしたらいいかな?」

「どうしたものでございましょうか?」

『絞首刑って、な~に』

「知ってんだろ?」

『知ってましたの』


 とても死刑執行前の囚人とは思えない寛いだようすのペルシーたちだった。

 まあ、ミルファクのラウンジにいるのだから緊張感も薄れるというものだろう。


『絞首刑ではペルシーを殺すことなどできない。茶番もいいとこ』


 この国では死罪には絞首刑が適用されるらしい。

 だが、ジュリアス・フリードの超人的な肉体を、絞首刑ごときで死に至らしめることはできない。それはパメラの言う通りである。


「ペルシー様は、汚名を挽回したいとお考えでございますか?」

「その気持ちはある。でも、この町の連中を助けるのがバカバカしくなってきた」


 ジュリアス・フリードは、この世界を守るために魔物たちと戦い続けた。

 その結果はどうだ。魔王の汚名を着せられて、ピラミッド神殿に封印されてしまったのだ。


 ペルシーの絞首刑はその縮図なのだ――。


「さて、封印される前に退散するか――」

「逃げるのでございますか?」

「変な言い方するなよ。これは戦略的撤退だ」

「ものは言いようでございますね」

『ペルシー、汚名はどうするの?』

「ペルシーは死んだことにして、別人として生きていくから問題ないさ」


 ペルシーはシーラシアの町を死んだ振りをして脱出する作戦を考えた。

 題して《死んだ振りして脱出しよう作戦》――。

 しかし、それには検死官や、絞首刑に携わる役人たちを買収する必要がある。


「裏工作が必要だよな」





    ◇ ◆ ◇





 アスターテはデラウェア卿の屋敷の中に急遽設置された魔物対策本部に詰めていた。

 時刻は地球時間で夜の八時ごろに相当する。


「思惑通りペルセウスのやつを絞首刑にもち込めましたね」


 アスターテの腹心がへつらうように言った。


「デラウェア卿を説得するのは容易たやすかった。たかがブロンズ級の冒険者だからな」


「明日は魔物との決戦ですから、すぐに執行した方がよかったのではないですか?」

「決戦前だからいいのだ。我々に逆らった者の末路を見せつけてやる」


 アスターテの人間掌握術は、地位や威厳や恐怖だ。

 つまり、飴がなく、鞭だけで士気を高めようとしているのだ。

 しかも、おべっかだけでのし上がってきた小心者だ。部下たちからの信頼など微塵もありはしない。


「それに、リディアの悲しむ顔が見てみたいしな。今から楽しみだ」

「未来の花嫁を悲しませてもいいのですか?」

「少しは成長してもらわないとな。いつまでも夢見る乙女では困る」


 アスターテはさも愉快そうな笑みを浮かべた。


 しかし、部下のほうはアスターテとは逆に、不安な表情をしていた。

 現状の作戦が危ういことに気がつき始めたようだ。


「魔物たちとの決戦ですが、急遽編成した防衛隊が百五十人なのに対して、魔物は八百匹以上来襲するようです。戦力的に大丈夫なのでしょうか」


「一人あたり五匹から六匹倒せば事足りる。問題ないだろう」

「でも、巨人族やグリフォンまで来るのですよ」

「騎士隊の連中がなんとかするだろう。ミゲル隊長の腕の見せどころだ」

「しかし、ミゲル隊長は最前線に配置されています。指揮をとることはできませんが?」

「お前は俺の作戦に意義を唱えようというのか」

「いえ、そんなことはありません。でも、ちょっと心配なだけです」


 聞きたことだけを聞く……。アスターテは組織をダメにする典型的な人間なのだ。


 しかも、アスターテはゴブリンの討伐くらいしか経験がない。

 オーガや巨人族の恐ろしさをまったくもって知らないのだった。


「大丈夫だ。俺には強い味方がついている」


 アスターテは話していた部下とは違う、もうひとりの男に向かって言った。


「アスターテ様の作戦はまったく問題ありません。我々ギルティックが責任をもって保証いたします」


 黒いローブを纏った男は不敵な笑みをたたえて応えた。


「暗殺の専門家集団がそういうのだから、作戦に問題はない。納得したか?」

「は、はい、アスターテさん」

「それなら明日の準備をしろ」


 黒いローブを纏った男はアスターテの対応に満足すると、魔物対策本部から静かに消え去った。





『ふ~ん。俺ってアスターテとリディアさんの婚姻の邪魔になるから殺されるのか……』

『そのようでございますね』

『ペルシーはお邪魔虫』

『……』


 ペルシーたちは魔物対策本部に忍び込んでいた。もちろん、クリスタの光学迷彩でだれからも見咎められることはない。


『それにしてもアスターテは小心者なのにベラベラと喋ったな』

『ペルシー様、おそらくアスターテは気分が高揚している』

『ああ、なるほど』

『あの黒いローブの男は危険な香りがしますね』

『そんなにいい男に見えないんだけれど……』

『いえ、女ったらしという意味ではありません』

『ははは、分かっているよクリスタ』


 ペルシーたちは先程外に出ていった男から情報を聞き出すことにした。


『パメラは人の心を読むことができるだろ』

『もちろんできる。ペルシーの心はしょっちゅう覗いている』

『それ……止めてもらえないかな……』

『それはできない。パメラのたった一つの楽しみ』

『……』

『パメラちゃん、どうすればあの部下から心を読み取れるのかしら?』

『パメラをあいつの頭に密着させる必要がある』


 ペルシーたちが本部から出ていこうとした時、アスターテはひとりで酒を飲みはじめた。取り巻き連中は全員出払っている。


『クリスタ、ちょっと待って』

『どうされましたか?』

『こいつから直接情報を引き出そう』


 ペルシーはアスターテの背後に回り込み、後頭部を手刀で軽く小突いた。

 アスターテは電池が切れた人形のようにソファの上に崩れ落ちた。


『パメラ頼む』

『了解』


 ペルシーはアスターテの頭を持ち上げてヘッドギアパメラを頭に押し付けた。


『どうだパメラ?』


『検死官はアゼルという男。おそらく葬儀屋と癒着している』

『なるほど、アゼルを買収すればいいのか』

『それから、あの黒いローブの男はギルティックという秘密結社の暗殺者』

『ヒュ~ッ、たしかに危険な男だったな』

『それだけじゃない。その男は砂漠で私たちを襲撃した奴らの生き残り』

『マジか……。手がかりを何も残さずに消えた連中だ。厄介かもしれない』

『そいつは黒蜘蛛と呼ばれている』


 《死んだ振りして脱出しよう作戦》は簡単な仕事のはずだった。

 ところが想定外の組織が絡んでいることが分かった。

 ものごとは最悪な方向に流れがちである。脱出作戦がうまく行けばいいのだが――。


『もう夜も遅いから、早く買収工作を進めなくては……』

『了解でございます』

『了解した』

『あっ、ちょっとその前に……』


 ペルシーはテーブルの上の酒瓶を開けて、アスターテに全部飲ませた。


『この酒は強そうだな~。明日は凄いことになっているぞ』

『ペルシー、グッジョブ!』

『何でそんな言葉知ってるんだ?』

『ジュリアス様に教えてもらった』

『なるほどね』


 その後、ペルシーたちは誰にも知られず、検死官のアゼルを捜しに町へ出ていくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る