第22話 魔物大戦(3)まさかの絞首刑

 アスターテは苛立っていた――


 《はじめの森調査隊》が全滅していれば、アムール王国第三騎士隊の隊長に昇格することができたはずだった。しかし、彼等は半壊したものの、ミゲル隊長は生還したのだ。

 アスターテは、第三騎士隊の隊長になれなかっただけでなく、多額の費用まで闇の組織に支払う羽目になってしまったのだ。


 アスターテは自分の腹心に愚痴りはじめた。


「凄腕の暗殺者だというから雇ったのに、あいつら失敗しやがって」

「ギルティックの連中も五人中三人が死んだそうです。かなり危なかったらしいですよ」

「それは報告を受けた。奴らはたった一人の魔法使いに叩きのめされたそうだな」

「その魔法使い――彼らが言う雷野郎とはだれなんでしょうか?」

「ミゲル隊長が連れて帰ったのは、新米冒険者のペルシーとその従者しかいない」

「まさかあんな小僧にギルティックが負けたなんて……」

「ミゲル隊長はあの小僧のことを詳しく話してくれなかった。間違いなく何か隠してやがる」


 アスターテが怒り狂っているのは、ミゲル隊長の暗殺が失敗した件だけではないのだ。ペルシーは知らないうちにアスターテのもう一つの計画を邪魔していた。


 もう一つの計画とは、アスターテがデラウェア卿の娘との婚姻を結び、デラウェア領の領主になることだった。

 デラウェア卿には跡継ぎがいるが、それは問題ではない。謀略の限りを尽くして失脚させてやる。アスターテはそう考えていた。


「リディアのやつ十五歳になったばかりなのに急に色気づきやがって」

「リディア嬢がペルシーの小僧に興味を持っていることは分かりますが、気にされることはないのでは?」

「ばかやろう! その油断が命取りになるんだよ!」

「しかし、婚姻はデラウェア卿の一存で決まることでしょう。もしリディア嬢がアスターテさんとの婚姻を嫌がったとしても、拒否はできないはずです」

「ああ、デラウェア卿については大丈夫だ。俺が魔物討伐の参謀に指名されたのは信頼されている証だ」


 アスターテはミゲル隊長が不在の間にデラウェア卿と懇意になることに成功したのだ。計画に向けての第一歩だった。


 だが、アスターテは心配症であり、執念深い男だった。

 参謀の地位でさえ、彼にとっては満足できるものではなかったのだ。


「散々我儘を聞いてやっているのに、あの娘はなびきやがらねぇ」


 リディアはペルシーの噂話を聞いてからというもの、何をいっても上の空である。

 ペルシーはアスターテにとって、まさに目の上のたん瘤なのである。緊急排除しなければならない問題なのだ。


 その緊急排除は今のところうまくいっている。

 ペルシーは自らの失言で牢獄に囚えられているのだ。


 しかし、アスターテはそれだけで満足できる男ではなかった――。





    ◇ ◆ ◇





 ここは町の中央にある警護隊詰め所の地下である。

 ペルシーは牢獄の一番奥にある独房で、一人寂しくしょげげているはずだった。


 だがペルシーは異次元屋敷ミルファクのラウウンジでお茶を飲みながら考え事をしていた。この男の辞書には自重という言葉はないようである。


「お茶請けにマドレーヌがほしいな」

『パメラも食べたい』

「君は食べられないだろう」

『むーっ』


 いくら、魔法AIだとしても、形態がヘッドギアなので食べることは不可能である。


「冗談はともかくとして、見落としていることがあると思う」

「なんのことでございますか?」

「魔物たちが種族を超えた連携をしているところだよ」

「たしかにそうですね。はじまりの森では種族内の連携はされていたようですが」

「魔物というか、生き物は同じ種族でも敵同士になるだろ?」

「そうですね、縄張りの奪い合いもありますから」

『それは人間でも同じ。むしろ人間の方が酷い』

「それは、生き物のさがかもしれないな。でも、今考えているのはそういうことじゃないんだ」


 ペルシーは前から疑問に思っていたことを二人にぶつけてみることにした。


「あいつら、誰かに操られてるんじゃないか?」

「ペルシー様。クリスタは前からそう思っていたのでございますが……」

『パメラもクリスタと同じ』

「あれっ、そうなのか。誰もそのことを口にしなかったから、俺の考え過ぎかと思ってたよ」

「口に出すのが怖いのかもしれませんね。だって、魔物を操ることができるのは……」

「まさか……。ミストガルの歴史上、魔族・・が存在したことなんてないんだろ? ジュリアスさんが言ってたぞ」

『それを言うのなら、魔物も存在していなかったはずではございませんか?』


 ペルシーの背中を冷たいものが流れた――。

 今までペルシーは魔物を倒しさえすればミストガルは救われるのだと、安直に考えていた。ところが、魔族が相手となると話は違ってくる。

 人間と魔族が直接戦うことになれば、ミストガルは滅びの道を歩むことになるだろう。


 この時ペルシーは、ミストガルと別次元の世界が衝突状態にあることを、完全に失念していた。普通は忘れることなどでないはずなのだが――。


「この大陸の魔物は他の大陸の魔物と比べて知能が高い。だから種族内での連携がうまくできていた。そこまではいいか?」

「もちろんです」

『パメラも異存ない』

「もし奴らよりも高位の存在がいて、命令を下すことができたらどうだろう?」

「種族を超えた連携をさせます」

『パメラもそうする』

「それだけか? クリスタやパメラがあいつらに命令を下せるならどうする」


 魔物たちの知能が高いとしても、さすがに複雑な命令はできないだろう。

 もし、魔族でないにしても人間が彼らに指示することができるとしたら、どうするだろう?


「俺ならば、武器の使い方を教えると思う」


 グリフォンが弓や魔法の届かない上空から石を落としたらどうなるだろ?

 オーガやミノタウロスが棍棒ではなく剣を持っていたらどうなるだろう?

 ゴブリンやオークたちが槍を持っていたら?

 巨人族が体当たりではなく遠距離から投石してきたら……。


 ただでさえ全滅が必至のシーラシアの町が、奇跡が起こっても助かることはなくなるだろう。


「机上の空論かもしれませんですし……」

『見当外れな推論だとは思わない。でも、それを裏付ける情報が必要』

「そうだな。情報収集は必要だと思う」

「ただ、冒険者ギルドからはそのような情報はありませんでしたね」

「そう言えばそうだね。俺の考え過ぎなのかもな。それならいいけれど……」


 そもそもデラウェア卿も参謀になったアスターテも、魔物と戦ったことはないはずだ。だから、ああも無謀な戦術を考えられる。

 まともな指揮官ならば、撤退の一言に尽きるはずだ。


 もし、魔物たちが武器を使用するという情報をもたらしたとしても、戦術が修正されることはないだろう。もちろん、正しい戦術は撤退に尽きるが――。


「あの~、ペルシー様」

「何かな、クリスタ」

「そろそろホッペタをプニプニするのは止めていただけませんか」

「おっと、ごめんごめん。最近無意識にプニプニしちゃうんだよね」

『ペルシー様は女心が分かっていない』

「えっ?」

『ホッペタじゃなくて無駄に大きな胸をプニプニした方が、クリスタは喜ぶ』

「パメラちゃん! いい加減なことを言うんじゃありません!!」

「ごめん、クリスタ。気づいてあげられなくて」

「ぺ、ペルシー様がそうしたいと仰るなら……」


 クリスタはモジモジしながら目を閉じた――。


『ペルシー様、誰か来た』


 タイミング良く、独房に訪問者が来たようだ。


(あ、危なかった……。なんか変なスイッチが入りそうになったよ。後でパメラを懲らしめてやる)


『ペルシー様、ごめんなさい』

『だから、頭の中を覗くの止めなさい』


 早速、ペルシーはミルファクから外へ出た。

 とうぜん独房は真っ暗で何も見えない。


「ペルセウス! 面会人だ」


 牢の番人が声をかけてきた。


「はい、どなたでしょうか」


 「ガチャリ」という音を立てて、鉄の扉が開いた。

 牢の中に入ってきたのは執事服を来た老人だった。

 険しい目をしてペルシーを見ている。


「はじめまして、ペルセウス様。私はリディア様の執事をしております、ジョルダンと申します」


 自己紹介を終えると、ジョルダンは急に相好を崩した。


「はじめまして、ペルセウスです」

「思っていたよりも、お元気そうで何よりです。むしろお肌がツヤツヤしているような気がします」

「そ、そうですか。たしかに今のところ元気いっぱいですよ」


 まさかミルファクで悪ふざけをしていたなんて言えない……。


「それで、どんな御用でしょうか?」

「私はリディア様の代わりにペルセウス様のご様子をお伺いにまいりました」

「リディアさんが……」

「お嬢様はお立場上ここへは来れないものですから」

「それは構いませんが、そんなに心配していただけるとは思っていませんでした」

「お嬢様はペルセウス様をこの牢から開放しようと、リスナール様に掛け合っているところでございます」

「リスナール様とはデラウェア卿のことですよね」

「はい、その通りでございます。このような牢獄でご不便だとは存じますが、今しばらくお待ち下さい」

「この牢獄は俺にとってなんの意味もない空間なのです。お気になさらずに」

「おや、それは興味深いですな。牢屋に入れられてもなお気遣いができるとは……。このジョルダン、ペルセウス様という御仁の器を読み違えていたようです。どうかご容赦ください」

「ジョルダンさん。それこそ読み違えです。俺はどこにでもいるブロンズ級冒険者ですよ」


 ジョルダンは、好々爺然とした笑顔を崩さずに、突然強い気を放った。

 それは、一般人であれば気を失っても不思議ではない程の強い気だった。

 しかし、ペルシーはそれに気がつかない振りをした。

 実際、ペルシーからすれば蚊に刺された程にも感じなかった。

 ジョルダンの経験上、これだけ強い気を当てて平静でいられたものなど誰一人としていない。この男……只者ではない――そう見えたはずである。


「それと、俺なんかを助けるために無茶なことはしないでください。なにやら不穏な空気が流れているようです」

「はい、心得ております」


 ジョルダンはリディアのサポートもあるため、すぐに帰っていった。

 リディアはペルシーに何を期待しているのだろうか? ペルシーには想像もつかなかった。


『リディア様はペルシーに恋心を抱いている』

「パメラはすぐにそっちへ話しを振るな」

「不本意ながらクリスタもパメラちゃんと同意見でございます。ペルシー様」


 クリスタがいつの間にかゴスロリメイド服でペルシーの横にいた。


「まじか……。でも、今の俺は罪人扱い・・・・だからな……」


 魔物とシーラシア防衛軍との激突は明日の昼頃の予想である。

 ペルシーが参加しない場合、防衛軍の全滅どころか、シーラシアの町が瓦解する。

 いまさら、ペルシーに何ができるのだろうか? 合法的には何もできないのが現状である。ペルシーは待つしかなかった――。





『ペルシー、また誰か来た』

「二人目の面会か」

『おそらく衛兵隊が三人です。ペルシー様』


 クリスタは再び共次元空間に退避した。


 鉄の扉が再び開いた――。

 三人の衛兵が牢の中に入ってくると、いきなり書状を読み上げた。


「ブロンズ級冒険者ペルセウス・ベータ・アルゴル。貴公を国家転覆罪で絞首刑に処する」


 その書状には、デラウェア卿とアスターテの署名が記されていた。


「執行は明朝である。以上」


 ペルシーは罪人扱いではなく、罪人として処刑されることになった――。

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