第21話 魔物大戦(2)投獄されたペルセウス

 レベッカとエミリアがギルド長の方へ行ってしまった後、しばらくしてから年頃の綺麗なお嬢さんがお供を連れてペルシーのところに近づいて来た。

 金髪を綺麗に結い上げ、白い清楚なドレスを着ている。ひと目で上流階級のお嬢様だとわかる。


「おいおい、また誰か来たぞ……」

『ペルシーには女難の相が出ている』

「マジですか?」

「マジですよ、ペルシー様」


(お祓いとかした方がいいのか? でも、この世界に神社はないしな……)


「ペルセウス様でいらっしゃいますか?」

「はい、ペルセウス・ベータ・アルゴルといいます」

「私は領主の娘、リディア・リスナールと申します」

「はじめまして、リディア様」

「リディアで結構ですよ。ペルセウスさん」

「それならば俺のことはペルシーと呼んで下さい。それでリディアさん、何か御用でしょうか?」


 ここ領主というとデラウェア卿である。その娘がペルシーたちに何のようがあるのだろう?


「レベッカさんたちからお噂を聞いてまいりました。《はじめての森》ではたいそうご活躍されたとか」


 ペルシーは一瞬ドキッとした。まさか秘密が――。


「いえ、それほどでもないですよ。レベッカさんたちが疲弊していなければ、俺たちのでる幕はありませんでした」

「リディア様、そやつは冒険者になったばかりのヒヨッコです。お声をかける必要などございません」


(こ、こいつはミゲル騎士隊の副隊長だ! たしか名前はアスターテ……)


「アスターテさん、そんなこと言うものではありませんわ。レベッカさんたちから信頼されているお方ですよ」

「しかし……」


(こいつまだ懲りてないみたいだな)


『ペルシー、こいつ消したい』

『今は駄目だ。月が沈んでからな』

『け、消すのでございますか……』


「お話を伺いたいのですが時間がありません。今は挨拶だけにさせてください」


 リディアはとても残念そうな表情をしてペルシーを見つめた。

 社交辞令とは思えない視線であるのだが、当のペルシーはまったく気づかなかった。


「はい、俺たちはいつでもいいですよ。綺麗なお嬢様との再会を楽しみにしています」

「まあ、ペルシーさんったら。それでは御機嫌よう」


 リディアが急いでペルシーから離れる時、アスターテや取り巻きたちがこちらを睨んでいたのは言うまでもない――。


「あいつら、シーラシアで待機している間に領主に取り入ったみたいだな」

「リディア様だけなら問題は少ないかもしれませんが……」

「デラウェア卿と懇意にしていたら、いつか本格的に絡まれるかも知れないな」


 こういうことは最悪な状況へ向かうことになっている。

 面倒に巻き込まれる前にこの町から離脱するべきだろう。


「絡まれる前にこの町から退散したいな」

「魔物たちの問題を処理してからでございますね」

「クリスタ……。それって、俺に釘を刺してる?」

「さあ、どうでございましょうか?」


 クリスタはどうしても、レベッカたちを手助けしたいようだった。

 いや、クリスタは滅んでしまった自分の故郷と重ねているのかもしれない。もしそうだとしたら、ペルシーには背負うことができないほどの重責である。


 一方、ペルシーにもレベッカたちを助けたいという気持ちはあるのだ。しかし、目立たないようにサポートするのはとても難しい。

 レベッカたちと同じ部隊に編成されれば、サポートは容易いのだが、物事は最悪な方向へと流れるのが常である――。





「冒険者の皆さん! 集合してください!」


 エステルさんから集合の号令がかかった。

 どうやら、部隊編成と作戦が決まったようだ。

 ペルシーたちは冒険者になったので、今度は集合しなければならない。


「諸君! これから作戦と部隊の編成について説明する。その前にこの作戦の指揮をするデラウェア卿からお話がある」


「冒険者諸君。よく集まってくれた。このたびの魔物の侵攻は前代未聞の大災害だ」


 デラウェア卿は銀髪で綺羅きらびやかな服を着た、いかにも貴族という風貌の持ち主である。おそらく年齢は五十代だろう。


「だからと言ってこの地を放棄するわけにはいかぬのだ。それは、龍神山脈で採掘される鉄鉱石がアムール王国に多大の富をもたらしてくれるからである」


 デラウェア卿は自領がアムール王国にとってどれだけ大切かを暫く話した後、作戦の説明については他の者に引き継いだ。


 その人物はなんとアスターテであった――。


「それでは作戦を説明する」


 作戦は、先程ギルド長とレベッカが討論した内容とほぼ同じであった。

 巨人族の体当たりを防ぎ切るというのが作戦のかなめである。

 そして、巨人族を倒した後は出たとこ勝負……これは作戦といえるのだろうか?


 部隊編成は、前衛の長槍と長剣の部隊、中衛の弓士と魔法使いの部隊、そして防護壁上部の弓士と魔法使いの部隊の三つに分けられた。


 前衛部隊のリーダーはミゲル隊長である。騎士からは二十五人、冒険者からは七十五人が割り当てられた。


 後衛部隊のリーダーはレベッカである。騎士からは二十人、冒険者の魔法使いも二十人が割り当てられた。この中にはエミリアも含まれている。


 防護壁部隊のリーダーはギルド長である。騎士からは五人、冒険者の魔法使いが五人割り当てられた。ペルシーとクリスタはここに配置された。


 そして、デラウェア卿とアスターテは防護壁上部で指揮をとる。

 その他、ギルドの職員が防護壁の下に待機し、伝令となるようだ。


 魔物が八百以上いるのに対して防衛隊は百人ほどしかいない。

 もし、魔物の数とバランスを取るならば、騎士レベルが一万人規模で必要である。それを考えたら、現在の戦力差は絶望的と言っても過言ではない。

 このままでは町が破壊されるだけでなく、騎士も冒険者も全滅必至だろう。


 まともな指揮官ならば速やかに町の放棄を指示するはずだが、デラウェア卿はそのことが分かっているのだろうか? それともペルシーが知らない打開策があるのだろうか?


「魔物たちが南門に到達するのは明日の昼頃とみている。冒険者諸君は準備を整えて明朝までに南門に集まってくれ。この後、各部隊のリーダーの下で打ち合わせがある」


 ペルシーたちは防護壁部隊のリーダーになったギルド長の下へ集まった。


「それでは防護壁部隊の任務を説明する」


 ギルド長のディオンは相変わらず威厳を保っているが……。


「我々の任務は防護壁の上部でグリフォンを撃ち落とすことにある。報告によると、数はおよそ五十匹だ。つまり、一人当たり五匹撃ち落とす必要がある」


「ギルド長。弓でグリフォンは落とせませんよ」


 弓士として参加する騎士の一人がギルド長に進言した。


「それは分かっている」


 ギルド長の説明によると、魔法使いが詠唱している間の無防備な状態をサポートするのが弓士の役割になるそうだ。つまり、この部隊の主戦力は魔法使いの五人しかいない。


 ここで妖精通信を使う――。


『グリフォンって見たことないけど強いのか?』

『ペルシー、グリフォンなんてちょろい』

『パメラは黙ってて。ペルシー様、グリフォンは人族にとっては最悪の魔物です。上級魔法使いが五人がかりで一匹倒せるかどうかです』

『う~ん、それが五十匹もいるのか……』


 正直言って、笑えるレベルである――。

 ペルシーは今すぐ全員に逃げるように叫びたい衝動にかられた。


「ギルド長、グリフォンは我々を無視して町に攻め込む可能性もあるのでは?」

「もちろんその可能性はある。だから、町民には安全な場所へ避難してもらうしかない」

「安全な場所って?」

「老人や女子供は鉱山へ避難するように伝令が出ている」


 町の西門から鉱山に至る道には魔物は殆ど出現しないらしい。しかし、老人もいるので避難するのは一日がかりだろう。


「それにしても騎士の数が少な過ぎませんか?」


 ペルシーは、この町の人口は八千人ほどらしいが、魔物が多く出没するので騎士の数が少な過ぎる気がしたのだ。


「騎士はあと五十人ほどいるが、東部の魔物討伐に向かったので、今回の作戦には間に合わないんだ」

「まあ、五十人増えたとして焼け石に水ですね。圧倒的な火力があればいいのに……」

「それを言っても問題は解決しない」


 たしかにそうだ。愚痴を言っても何の解決にもならない。

 それにこの世界では魔法があるせいか、火薬の類も発明されていないようだ。武器を調達することもできない。


「ギルド長、この作戦だと我々は全滅しますね。撤退を……」

「貴様、今何と言った!」


 ペルシーはつい本音を口走ってしまった――。

 それをアスターテに聞かれてしまった。


「アスターテさん、落ち着いてくれないか」


 ギルド長が宥めようとしたが、駄目だった。


「このような不穏分子を放っておくのは危険だ!」


(やっぱり絡まれた……)


「そこの騎士たち。こいつを牢屋に閉じ込めておけ!」

「アスターテさん。それはやり過ぎではないですか。戦力がいくらあっても足りない状況なのに」

「いくらリディアお嬢様のお言葉でも、こいつを許すことはできません。不安というものは伝播しますので、全体の戦力低下につながります」


『へぇ~、まったくのバカではないんだな』

『ペルシー、他人事みたい……。でも、今こそ消したい』

『もう少し待て。干渉するのは最小限にしたい』


 その後、ギルド長とリディアが抵抗したのだが、アスターテの決断を覆すことはできなかった。

 ペルシーは二人の騎士に両腕をかかえられ、牢獄に連れて行かれた。

 その時は既にクリスタの姿は消えていた。


 牢獄は町の中央にある衛兵隊詰め所の地下だ。

 ペルシーは生まれて初めての牢獄で浮かれていたが、いつでも脱出できるという前提があればこそだ。


 牢獄は全部で十ほどあり、一番奥の一際厳重な部屋に投獄された。

 その牢獄は他の牢獄とは異なり、鉄の扉で閉ざされて外が見えないようになっている。ペルシーが想像していた鉄格子だけがあるようなオープンな牢獄とは違っていた。


「この閉塞感は半端じゃないな。暗いし……」


 ペルシーの物見遊山な気分は一気に覚めたのだった。

 ところが突然、牢獄が明るくなった――。

 クリスタが光の妖精形態で現れたからである。


「ペルシー様、これからどうするつもりでございましょうか?」

「どうするも何も……。防護壁部隊の魔法使いが三人になっちゃったな?」

「問題は魔法使いの人数ではないことくらいお分かりですよね? ペルシー様」

「まあ、逃げたかったからちょうどいいか?」

「まだそれを仰いますか? ペルシー様がいなければ彼ら……、いえ、この町は全滅するのでございます」


 ペルシーは《新生ペルシー宣言》をしたはずなのに、もう以前の煮え切らないペルシーに戻っていた――。

 クリスタはクリスタで、自分の信念を押し通そうとしている。





 その頃、領主の娘であるリディアは必至でペルシーを捜していた。


 魔物との戦いがすぐそこまで来ているので、さすがにリディアの取り巻き連中も彼女ばかりに構っていられない。リディアは彼らを振り切り、単独行動ができるようになったのだ。


 リディアはレベッカたちからペルシーの活躍を聞いてからというもの、ペルシーに心を寄せはじめていた。

 彼女の心の変化は、ペルシーの活躍を話した当のレベッカたちでさえ気づいていなかった。

 ところが、そのペルシーが理不尽な理由で幽閉されてしまったのだ。それも彼女の目の前で――。

 彼女の心のなかでペルシーは悲劇のヒーローにまで赤丸急上昇してしまったのだ。


 夢見る少女にありがちな勘違いかもしれないが、リディアにとって、はじめて男性を意識したできごとなのだった。

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