第20話 魔物大戦(1)冒険者ギルド混乱
「冒険者の皆さん! こちらに集まってください!」
緊急の案件でもあったのだろうか?
「俺たちはまだ一般人だから隅っこに隠れて……邪魔にならないように聞いていよう」
「光学迷彩をご使用するならば、いつでもご命令くださいませ」
クリスタは、はっきりとは言わないが、ペルシーが自分の能力を隠して全面に出ないのが気に食わないようだ。
「そんなに皮肉っぽく言わなくてもいいじゃないか……」
『ペルシーは陰気で引きこもり体質だから、クリスタはもっと温かい目で見守るべき』
「パメラ! 俺をニートみたいに言うな! 一応社畜だったんだぞ」
「だから社畜って何でございますか?」
「は、話したくない。今はな」
『ペルシーの闇は深い』
「……」
集まった冒険者はロビーに入り切れないほど集まったので、先程の訓練場に集合することになった。
冒険者は全部で百人近くいるようだ。
「冒険者の皆さん、集まっていただきありがとうございます。緊急依頼があります」
説明を担当するのはエステルさんだ。
「最近になって魔物たちの襲撃が頻発していましたが、今までにない規模の魔物達がこの町に向かっていることを確認しました。南門への到達予想時刻は明朝です」
冒険者たちがざわめき出した。
ペルシーはギルド長が最近魔物の襲撃が多いと言っていたことを思い出していた。
「ギルド偵察部隊によると、魔物の数は八百体以上のようです」
エステルさんはギルド偵察部隊が確認した魔物の内訳を説明した。
・ゴブリン:300
・オーク:200
・オーガ:100
・ケルベロス:20
・バジリスク:10
・ミノタウロス:100
・サイクロプス:20
・トロール:20
・ギガント:10
・グリフォン:50
正確な数ではないだろうが、これだけ調査できるとは凄いことだ。
おそらくギルド偵察部隊には特別な能力を持った者がいるに違いない。
次に登場したのはギルド長のディオンだ。
「諸君! 緊急招集に応じてくれてありがとう。まずは礼を言う」
さすがギルド長だ。人を惹きつける力が半端ではない。
「ここに集まって貰った冒険者の数はおよそ百人だ。そして、この町に逗留している騎士隊はその半数ほどだ。つまり、我々の戦力は百五十人ほどだ」
おそらくミゲル騎士隊以外にも騎士隊が滞在しているのだろう。それにしても五十人ほどしかいないとは――。
「正直言って、今回の襲撃は異常だ。これだけの種類の魔物が徒党を組んで襲ってくるなど、普通はありえないのだ」
ペルシーはピラミッド神殿の前で一度経験しているが、やはり異種族同士が一緒に襲ってくるのは異常なことのようだ。
「特に厄介なのが、サイクロプス、トロール、ギガントだ。こいつらが一斉に来たら防護壁が破壊されるだろう」
たしか防護壁は石で造られていたが、巨人族はそれを破壊するだけのパワーがあるようだ。
「その次に厄介なのは空を飛ぶグリフォンだ。防護壁の上から魔物を迎え撃つにしても、上空からグリフォンに襲われたら一溜まりもない」
ペルシーはまだグリフォンを見たことがなかったが、たしかに厄介そうである。上空と防護壁の下の両方を警戒しなくてはならない。
「そこで今回の作戦を説明する」
作戦内容はこうである。
三つの部隊を編成する。
一つは弓士と魔法使いの混成部隊で、グリフォンたちの殲滅にあたる。
もう一つは、後方からやってくる巨人族を背後から撃つ部隊である。この部隊には強力な魔法を放てる魔法使いが必要になる。
そして残りは、防護壁を守ることに専念する。
この作戦で一番困難なのは巨人族を攻撃する別働隊だろう。失敗する確率はかなり高いように思える。
「グリフォンは弓矢では落とせない!」
「防護壁が破られたらどうするんだ!」
「別働隊は的に囲まれたら終わりだぞ!!」
「巨人族だけでも五十体もいる。我々だけでは倒しきれない!」
当然の反対意見が冒険者から次々に発せられ、喧々囂々とした状態に陥ってきた。
「ペルシー様ならばおひとりで殲滅できますよね……。クリスタはペルシー様が千体の魔物を蒸発させたところを目撃したのでございます」
「なんで言い直す!?」
「他意はございません」
「俺がそんなことしたら、大騒ぎになるだろ」
「目撃されなければよいのでございます」
「まあ、それもそうだけど、この町の人たちが協力してこの危機を脱することに意味があるんじゃないか?」
「ペルシー様は何もしないのでございますか?」
「どうしようかな……」
そんな状態の中でペルシーの知っている女性から意見が述べられた。
「みなさん、聞いてください! 《はじまりの森》調査隊に参加したレベッカ・セルダンと申します。はじまりの森で魔物と戦った経験から意見を述べさせてください」
冒険者たちは《はじまりの森》調査隊の失敗を知っているので、一気に静粛ムードになった。
「はじまりの森の魔物たちは、ただ強いだけではありませんでした。そこを読み違えて我々のパーティーは半壊してしまったのです」
自分たちの失敗を認めることは辛いことだろうと思う。
「その読み違えは何か! それは《はじまりの森》の魔物たちが戦術的に連携をとって攻撃してくることを我々は知らなかったことです」
「魔物たちが連携するだって!?」
「嘘だろう!」
再び喧騒としはじめたところでギルド長が質問してきた。
「最近の魔物は組織的に動いていることは確認されている。しかし、種族を越えてまでそれが成り立つとは思えないのだが」
「はい、仰ることは分かります。我々のパーティーも多種族に攻撃されたことはありませんでした。しかし現在の状況は、多種族による組織的な連携が行われていることを裏付けていると思いませんか?」
「たしかに一理あるな。現在の状況は魔物達のスタンピードだけでは説明がつかない。それではどうしろと?」
魔物達の群集事故、それがこの世界のスタンピード。
スタンピードは、サメに追われている鰯の群れのように、弱い生き物が群れを形成して暴走するのと同じメカニズムで生じる。
だが、今回のスタンピードは様子が違うようだ。
「もし彼らに、人間並みとは言いませんが、知能があるならば、最初は巨人族に防護壁を破らせるでしょう」
「巨人族は移動速度が遅いから後方から来ると思うのだが……」
「他の種族に守られながら防護壁まで来るはずです」
「ということは、戦力を分散せず、防護壁の前で巨人族に集中砲火を浴びせた方がいいということか」
「はい、仰る通りです」
ただし、この作戦は部隊の配置が難しい。
町の防護壁は城壁ではないので、壁の上に多くの人員を配置できないのだ。
防護壁の前で迎え撃とうとすると、その部隊は壁と巨人族に挟まれて身動きが取れなくなってしまう。
しかし、最大の問題は、魔物に対しての戦力があまりにも貧弱なことである。
その劣勢を戦術で覆すのは容易ではあるまい――。
問題は解決していないが、魔物達はすぐ近くまで来ている。これ以上議論している猶予はなかった。
「諸君! 有史以来、これほどの数の魔物との戦いはなかったはずだ。それにやつらの組織だった作戦行動。もはや下等生物との戦いではない」
ギルド長は思った以上に柔軟性がある。この状況を正しく認識しているだけでなく、次のアクションを取ろうとしている。
「俺はギルド長としてここに宣言する。これは『魔物大戦』だ!」
冒険者全員から驚きの声が上がった。
「一旦この会合は解散するが、すぐに集まれるようにギルドの周辺から離れないでほしい!」
その後すぐに、ギルド長は冒険者のリーダーと騎士隊の隊長達と部隊の編成について話し合いをはじめた。
「クレスタ、俺たちはそろそろ退散しようか。一般人だしな」
「ペルシー様……」
そこへ聞いたことのある女性の声が……。
「ペルシーさん! 捜しましたよ」
「エステルさん!」
(見つかっちゃったよ……)
「はい、これがブロンズ級冒険者の認定証です」
「あ、合格したのか」
「当たり前です。カリストさんを負かしたんですから」
ペルシーとクリスタは冒険者認定証を受け取った。これでペルシーたちは晴れて冒険者となってしまった。
「あの~エステルさん」
「何でしょうか?」
「俺たちは退散してもいいですよね? ブロンズ級になったばかりだし」
「町の危機を見て見ぬ振りをしようということですか?」
「いえ、戦力にならないかな~と思って」
「それならば心配ありませんよ。実力なら分かっていますから」
エステルさんはニヤリとして、ペルシーの耳元に顔を近づけた。
「参加してくれたら、お姉さんがいいことして、あ・げ・る――」
大人の魅力が香るエステルさんの囁きに、ペルシーが抗えるはずはなかった。
(社畜になったおかげで大学時代からご無沙汰していたが、久しぶりに……)
『ペルシーのエッチ。クリスタというものがありながら』
『おいっ』
『今のペルシー様とはそんなことしたくないのです』
『ペルシーが振られた』
『……』
「ペルシー様、勘違いをされませんように!」
「はい……」
今度はクリスタにノックアウトされたペルシーであった。情けない――。
認定証の授与(?)が済むとエステルさんは急いで何処かへ行ってしまった。
「ペルシーさん! 捜しましたよ」
(あれ? デジャブー?)
今度はレベッカとエミリアだった。
「ペルシーさん、冒険者になられたようですね」
「冒険者といっても、一番下のブロンズ級ですよ」
「ペルちゃん、かっこいいわ!」
とりあえずペルシーに抱きつくエミリアであった。
「エミリーさん、人前だから離れたほうがいいですよ」
「レビィ―ちゃんは相変わらずかたいわね。まあ、しょうがないか」
エミリア姫はガンダーラ王国の第三王女である。立場上大胆な行動はとれない。
「ところで、レビィ―。先程の諫言はとてもよかったよ」
「そ、そんなことないですよ。はじまりの森で経験したことが役に立つと思ったので」
「俺も巨人族が先頭を切って突っ込んでくると思っている。間違いなく体当たりで防護壁を破壊しにくるね」
「やはりそう思いますか……」
「どうやって戦うんだろう? ここの冒険者達に巨人族を攻撃する火力はあるのか?」
「プラチナ級の魔法使いが三人ほどいるようです。彼女たちなら極大魔法で数体は倒せそうです」
「数体しか倒せないというのは、マナの量による制限か?」
「そのようですね」
ペルシーが持つマナの量は一般人に比べて桁違いに多いので、あまり気にしたことはないが、プラチナ級レベルの魔法使いだとしても極大魔法を放てる回数はせいぜい三回が限度だろう。
「まだ部隊編成は決まっていませんが、エミリーと私は先陣を切ることになりそうです」
「それは《はじまりの森》からの生きて帰ってきたからってこと?」
「ええ、魔物との戦闘経験が重要視されるからです」
「それならば、中衛で指揮をとった方がいいと思うけどな」
それを判断するのは、今回の作戦のリーダーだろう。
「そう言えば、この作戦のリーダーって誰ですか?」
「シーラシアを含むこの辺りの領地はデラウェアといいます。その領主であるデラウェア卿です」
「シーラシアの町の危機だから当たり前か?」
デラウェア卿がどんな人物なのか知らないが、まともな指揮をとれるのだろうか?
そこへレベッカが意を決したようにペルシーに質問してきた。
「もしかすると、ペルシーさんなら魔物達を殲滅することができるのではないですか?」
レベッカはペルシーではなく、クリスタの方を一瞥した。
当のクリスタは、すまし顔で黙っていた。
「やっぱり……」
「ちょっ、ちょっと待ってよレビィ―。俺は何も言ってないぞ!」
「いえ、独り言です。クリスタさんありがとう」
クリスタはそれに応えるように、優雅にお辞儀をした。
『クリスタ、まさかレビィーに妖精通信はしてないよな』
『まさか……そんなことしてないのでございます』
『ペルシーはこの町を救いたくないの?』
「救いたいさ。でもな、俺があまりこの世界に干渉するのはよくないことだと思うぞ」
「といいますと?」
「俺は偶然通りかかった余所者だ。その偶然に救われることがあっていいと思うか?」
「ペルシー様はすでのこの世界の人間でございます。偶然ではないのです」
クリスタは真剣にペルシーの目を見てこう言った。
「神様が遣わした必然でございます」
「……」
クリスタに嵌められた気がする……。
この時、クリスタとの会話に妖精通信を使っていないことに、ペルシーは気がついていなかった。
「ペルシーさん……」
「ペルちゃん、あなたはいったい何者なの?」
ペルシーは何も言わなかった。
言えなかった。
本当のことを――
「それじゃ私たちはギルド長のところへ戻ります」
「ペルちゃん、また後でね!」
その後すぐに、レベッカとエミリアはギルド長の方へ走っていった。
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