第19話 ブロンズ級冒険者実技試験

 白鯨亭はシーラシアの町を南北に縦断する道の港側にある。

 ペルシー達は夕食を済ませた後、部屋に篭って今後の方針について話し合っていた。


「ペルシー様は聖女ペネローペ様を封印から開放するのが最終目的ですよね」

「そうなんだけど、今のところ手がかりはないな。世界中のピラミッド神殿を調べることができればいいのだけれど」

「それではお急ぎになりますか?」

「慌てて捜す必要はないかもしれない。聖女が封印されて既に千年も経ってるし、俺自身もこの世界をもっと楽しみたい」

「そうですね。ゆっくりと旅を楽しむのも一興かと存じます」

「ああ、俺もそう思うよ」

「あの、ペルシー様……」

「はい?」

「ほっぺたをプニプニするのは止めてくださらないでしょうか?」

「あっ、ごめんごめん。無意識にやってた」


 現在の時刻は地球時間でいうと夜の九時頃である。

 ペルシーは道路を往き交う人々を窓越しに眺めていた。すると、強い気配を感じたので魔眼を使ってみた。


「クリスタ、こちらの様子をうかがっている者がいるぞ」

「……そのようですね。いかがされますか」

「敵意はないようだな。しばらく泳がせておこう」

「敵意がないというのは不自然ですね……」

「この宿にはレビィ―達も宿泊予定だから、目的は俺達だけではないかもしれないな」

「はい、警戒はしておくのです」


(俺たちはまだ悪目立ちしていないはずだよな……。あっ、ギルドでちょっとやらかしたか)


「ところでペルシー様、明後日はエルザ様と落ち合う約束の日なのです。お忘れなきよう」

「ああ、そうだったな」


(まさか、いきなり龍王のところへ連れて行かれないだろうな。それだけがちょっと心配だ――)


「さて、そろそろ寝ようか?」

「はい、ペルシー様」


 クリスタはそう言うと、いきなりメイド服を脱ぎだして、肌着だけになった。

 大きな膨らみがタユンと揺れる。


「クリスタ……。俺の前で着替えるとはいい度胸だな」

「一緒にお風呂に入った仲なのです。今更恥ずかしいなんて……いえ、恥ずかしいのでございます。ジロジロ見ないでくださいませ」


 やっぱり、ジロジロ見られると恥ずかしいらしい。すぐにベッドへ飛び込んでいった。

 すぐには眠れそうにないな……。





 ペルシーたちは目覚めると、白鯨亭の食堂で朝食をとった。

 ウエイトレスの少女は相変わらず元気である。


「お客さんたちはこれから観光です?」

「いや、冒険者ギルドに用があってね。これから行くところなんだ」

「お二人は冒険者だったのですか?」

「これから冒険者に成りに行くとこだよ」

「それじゃぁ、頑張るのです」

「ははは、了解」


 昨晩のこともある。冒険者ギルドまでの道のりは警戒した方がいいだろう。





 冒険者ギルドは朝から混み合っていた。すぐに受け付けをした方がいいだろう。

 ペルシーたちは迷わず、昨日受付をしてくれたエステルさんの窓口へ向かった。


「おはよう! エステルさん」

「あらっ、昨日のお二人さんね。おはようございます」

「ブロンズ級の実技試験を受けに来た」

「もうすぐ準備ができるので、名前を呼ぶまで少し待っててね」


 エステルさんは相変わらずの美人である。それでいて物腰が柔らかいところは受付嬢の鑑のようだ。


「ペルシー様、なにやらよからぬことを考えていませんでしょうか?」

「き、気のせいじゃないかな……」


(クリスタは妙に感がいいな。ひょっとしたら心の中が読まれているのか?)


『ペルシーの心の中を読まなくても、行動だけで分かる』

『そ、そうなのか』


(これからは注意しよう……)


 冒険者ギルドのロビーには様々な防具に身を包んだ冒険者が依頼書を吟味していた。


「結構ごっつい武器を持った冒険者が多いな」

「人間相手ではありませんから、ある程度重量が無いと太刀打ち出来ないのでしょう」

「そうだよな。レイピアなんかは補助で持っているみたいだしな」

「ペルシー様が持っているような短刀は、ここでは補助にもなりませんね」

「飾りみたいなもんだな。ところで、この中に魔法使いは何人いるんだろう?」

「この中のほとんどの冒険者は、ある程度の魔法が使えると思うのです。魔法専門の冒険者がいたとしても、防具をしているので外見では分かりにくいのです」


「俺みたいに、護身レベルの武器を持っている冒険者が魔法使いなのかもな」

「たしかにそうかも知れないのです」


 実際に、短刀やレイピアくらいしか持っていない冒険者がいるようだが、全体的に少ない気がする。

 そう言えば、レベッカやエミリアも片手剣とかレイピアだったはずだ。


「それにしてもペルシー様の神官服は、この場ではかなり浮いているのです」

「それを言うならクリスタの飾り気の多いメイド服も浮いているぞ」


 ここでは二人とも目立っているが、冒険者達は思ったよりも気にしてないようすだ。


 そうこうしているうちに、時間が来たようだ。


「ペルセウスさんとクリスタさん、実技試験の準備ができました」


 ペルシーたちは冒険者ギルドの裏手にある訓練施設に連れて行かれた。

 訓練施設の広さはテニスコート四面分くらいありそうだ。地面はクレーコートのような感じだ。訓練施設の周りは石の壁で囲われていて、観客席も設けられている。

 もちろん、これだけの広さを覆うための屋根などはない。今日は天気が良くて太陽が眩しいくらいだ。


「それでは実技試験方法を説明いたします」


「お願いします」


 エステルさんが説明をはじめた。

 今日の試験官はゴールド級の冒険者で、カリストさんというそうだ。

 カリストさんのメイン武器はバスターソードで、魔法剣も使える。

 勝敗が目的ではないので、カリストさんが試験終了を告げるまで試合を行うというのが実技試験だそうだ。


 エステルさんの説明が終わる頃に、カリストさんがやって来た。

 年齢は二十代後半といったところか。長身で筋肉質な体型をしている。防具はスピード重視のためか、軽量なものを身につけている。


「やあ、お待たせ! 準備はいいかな?」


 爽やか系のイケメンであるが、底知れない力強さが伝わってくる。


「ああ、準備はできているよ」


「それではペルセウスさんから試合をしてもらいます」


 ペルシーとカリストは十メートルほど離れて向かい合った。


「おや、君の武器は短刀かい?」

「剣術は苦手なんでね」


 ペルシーの持っている武器は短刀といっても、日本刀でいうところの脇差で、長さは四十センチほどある。


『パメラ、準備はできたか?』

『ペルシー、シンクロ率75パーセント。問題ない』


「まあ、いいか。エステルさん、合図をしてくれ」


「それでは、試合開始!」


 カリストはいきなり踏み込んで来て、左から右へバスターソードを薙いできた。

 ペルシーはバックステップで躱す。

 カリストは逆から追撃してきたので、今度は短刀で受けた。


(カリストさんって結構パワーがあるな……)


「へえ、僕の二撃目を受けきれるとは思わなかったよ」


 一撃目を受けずに躱したのは正解だったようだ。いずれにせよ、ペルシーには通用しない連撃だ。

 今度はペルシーの反撃開始だ。


「ファイアーボール!」


 特大のファイアーボールをカリストに向かって放った。しかし、これはフェイクだ。

 カリストは慌ててバックステップを踏み、バスタソードにアイスシールを張った。魔法剣なので、魔法の詠唱は必要ないようだ。

 そしてそのまま右に回避したと矢先に、今度はペルシーのアイスニードルが大量に飛んできた。


「無詠唱かよ!」


 カリストはアイスニードルの殆どをアイスシールドで防いだが、左の太ももに一本だけ刺さってしまった。


「試合終了!」


 カリストの試合終了宣言があった。


「いや~、参ったな~。普段は先入観を無くすために、相手の能力は訊かないことにしているんだけど、今度ばかりは訊いておけばよかったよ。無詠唱とはね……」


 カリストさんはエステルさんに回復魔法をかけてもらいながら言い訳をした。

 どうやら幻想魔法を精霊魔法の無詠唱と勘違いしてくれたようだ。パメラドールに感謝しなくては――


『パメラ、ありがとう。上手く誤魔化せたよ』

『ペルシー、お安い御用』


「カリストさんのバスターソードは凄い威力だった。俺はミゲル騎士隊のミゲルさんの剣技を見たことがあるから分かるのだが」

「ミゲルさんの技だって。闘技場で見たのかい?」

「いや、魔物と戦っている時に見た」

「それは羨ましいね……」


 ミゲルさんの名前を出してみたのは正解だったようだ。さすがにアムール王国の騎士隊長だ。


 さて、次はクリスタの番だが、空気を読んで手加減してくれるだろうか?


「クリスタ、分かってるよな?」

「何のことですか?」


 試合が開始されたが、カリストは踏み込んでこない。

 クリスタの出方を待っているようだ。さすがに学習したようだが、それでもゴールド級の冒険者か?


 そこでクリスタは光学迷彩で体を消した。

 カリストは目を瞑って気配に集中したが、それは悪手だった。

 クリスタが消えた場所とは反対方向から、大量の光子弾がカリストに音もなく・・・・降り注いだ。

 威力を抑えているとはいえ、カリストは光子弾の餌食になった。


『クリスタ、かっこいい』

「よくやったクリスタ。戦闘メイドの称号を与えよう!」

「それは有り難き幸せなのです。謹んでお受けするのでございます」


 カリストが目覚めると、試合の終了宣言がされた。

 今回の試合はゴールド級冒険者のカリストにとって災難としか思えなかった。


 さて、試験結果だが、ギルド長との面談の後に分かることになっている。


 ペルシー達はロビーに戻り、しばらく待っていると、再びエステルに呼ばれた。

 冒険者ギルドの応接室に行くと、既にギルド長は待っていた。


 ギルド長の名前はディオンといい、大柄な熱血漢という風体だった。

 民族服のようなものを着ていて、不思議な雰囲気を醸し出している。


「ペルセウスくんとクリスタさん。面接は二人一緒で構わないな?」

「ああ、そうして欲しい」

「カリストから試合の結果は聞いたよ。あいつが実技試験で負けたことなどなかったから、正直言って驚いている」


「カリストさんにとって俺達は相性が悪かったのかもしれない」

「そうかもしれないが、もし魔法使いを試験官にしてもゴールド級では相手にならなかっただろう。まさか無詠唱が使えるとはね……」

「ところで、この町には魔法使いが少ないようだけど、魔法が使える冒険者も少ないのか?」

「この町というか、どの国でもそうだろう。千年前ならいざしらず、冒険者の中でも二割くらいしか魔法専門はいない」


 千年前というのは、失われた大陸の魔法文明人のことを暗に指しているのだろう。


「まあ、その代わりに魔法を使える冒険者はたくさんいるけどな」

「なるほど」

「それで、君達は冒険者になって、何をしたいんだ?」

「世界中を旅したい。そのためには冒険者になっていた方が何かと便利だと思っている」

「金を稼ぎながら世界旅行か? まあ、それもいいだろう。よくある話だ」

「そういう冒険者は多いのかな?」

「少なくはないとしか言えないな。実際にどれだけいるのかは検討がつかないな」


 ギルド長はしばし考えているようすだったが、こう訊いてきた。

 

「この町でしばらく滞在してくれないか? 最近特に魔物の襲撃が多くなってな。冒険者が不足している」

「私たちはこの後、ルーテシア大陸に渡ることになっているのでございます」


 クリスタが慌てて答えた。おそらく魔法学園入学のことを気にしているのだろう。


「そうか、それは残念だな。ゴールド級以上にならないと義務は発生しないからな」

「それは俺たちにとっては好都合というもの」


 それの義務が嫌なので、冒険者の階級はシルバー級までに抑えようと考えている。


「俺の裁量でゴールド級にしてしまう手もあるか……」

「それは反則ではないですか」

「ははは、冗談だよ。でもできない話じゃない」


 ギルド長はニヤニヤしながらこちらの出方をうかがった。


「それはお断りしたいですね」

「それは残念だな。よし! それでは面接は終了だ!」


 その後、ロビーで試験結果を待っていると、冒険者たちが騒ぎ出した。


「冒険者の皆さん! こちらに集まってください!」


 なにか緊急の案件でもあったのだろうか?

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