第79話 冒険者ゼロ

 俺は、パメラ、レイチェル、エリシア、そしてジーナに囲まれていた……。

 クリスタと一緒に買い食いしたり、クリスタに洋服を買ってあげたり、クリスタと芝居を観に行ったり……。

 まあ、やり過ぎたかもしれないが、今までクリスタと二人っきりになったことがなかったんだよ……。


「ペルシー、クリスタとデートしたことを怒っているのではない。私たちのことを忘れたことを怒っている」

「そうです、お兄様。私だって遊びたかったのに!」

「あの~、事情はつかめましたが、私もギルトンの町を散策してみたかったのです」

「ペルシーは女子に責められる趣味があるのか? とんだヘタレじゃのう! わっはっはっ」


 少し離れたところで、エドも笑っている。

 エドのやつ、俺を助けようと思わないのか?


「みんな、もういいだろ。兄貴も反省していることだし。俺たちも遊びに行こうぜ!」


 助けてくれた。エド、ありがとう。


「みんな悪かった。これから夕食までは自由行動にしよう。エリシアはソフィアさんたちと一緒に旅の用意をしてくるといい」


 エリシアもそうだが、ソフィアさんとミリアムさんは戦闘服と甲冑しか持っていないので、俺は町民が着るような服を三着買っておいた。この服を着ればギルトンの町を出歩いても目立たないはずだ。


 異次元屋敷ミルファクの玄関は、ギルトンの外れにある屋敷の玄関ホールに設置した。

 不動産屋とこの屋敷を借りる契約をしてある。廃屋同然の屋敷なので、不動産屋は怪訝な顔をしていたが、現金を目の前に晒したらあっさりと契約できた。契約期間は二日間なので、大した出費にはならない。

 ギルトンを楽しむためには宿に泊まった方が面白いのだが、ミルファクへの出入り口は確保しておきたい。


 クリスタ、パメラ、レイチェル、エド、ジーナ、そして俺はソフィアさんたちと別れて冒険者ギルドへ行くことにした。エドとレイチェルを冒険者に登録するためと、俺が討伐ランキングで目立っていないか調査するためだ。

 因みに、パメラは冒険者に登録するつもりはないらしい。まあ、俺と一心同体だから必要ないだろう。


「それにしても、なかなか冒険者ギルドにたどり着かないな……」


 パメラ、レイチェル、ジーナの買い食いと買い物のせいで、なかなか進むことができない。ジーナは装飾品に興味はなさそうだが。


 それにしてもギルトンは活気のある街だ。どの店も繁盛しているように見えるし、人の往来も激しい。

 石畳の道路も、煉瓦で造られた建物も、非常に近代的だ。ここになら永住してもいいかなという気にさせる。


「兄貴よぉ。俺たちだけでも先に行くか?」

「でも、レイチェルも一緒に冒険者登録したいからな」

「レイチェル! 買い物は冒険者登録の後にしてくれ!」

「そ、そうですね。パメラちゃん、買い物は後にしましょう」

「うん、分かった」


 それから歩くこと三十分……、町の中央より南の港側にある冒険者ギルトに辿り着いた。


「長かったな~」

「ペルシー様、ここの冒険者ギルドはシーラシアの冒険者ギルドより大きいのでございますね」

「ギルトンは町というよりも都市だからな。ギルドの規模も大きくなるんだろう」


 おそらくではあるが、ギルトンの人口は五〇万人以上ではないかと思う。


「兄貴、冒険者登録って時間がかかるのか?」

「実技試験があるから……、あっ、そうだ……」


 試験官の予定が合わなければ、明日ギルトンを出発できないかもしれない。


「試験官の予定が合わないと、すぐに実技試験はやってもらえない……。まあ、悩んでも仕方ない。さっさと登録を済ませよう」


 俺はギルドの扉を開けて、すぐに掲示板の方へ向った。冒険者たちの視線を感じるが無視することにしよう。目を合わせて絡まれたら面倒だ。


「依頼の数が凄いな。昼過ぎなのにまだ捌けてないぞ」

「ペルシー様、あちらにも掲示板があるのです」


 別の壁にも掲示板があった。

 そこには冒険者に限らない依頼が期間限定で表示されている。


「こんなものはシーラシアのギルドにはなかったな」

「兄貴……、これって兄貴のことだよな?」


 <捜索依頼>

  尋ね人:ペルセウス・ベータ・アルゴル、ならびにクリスタ・ベータ・アルゴル

  報酬 :情報提供者には一万ギルが支払われます。

  期間 :アムール王国歴 五二〇年六月まで

  依頼人:ギルトン冒険者ギルド長 エリック・バレンシア


「私もですか……。でも、名字も同じなので夫婦みたいなのです」

「登録した時は兄妹ということにしたけど、それが記録に残っているわけじゃないから、夫婦だと思われているかもしれないな」

「嬉しいのです」


 クリスタさん、人前だから腕に絡みつくのはやめてほしいのです……。

 因みに、クリスタはメイド服ではなく、白いワンピースを着ている。いいところのお嬢様といった感じだ。


「でも、こうして掲示板に載っているお兄様って、犯罪者みたいですね」

「ちょっとだけそんな気もするよ、レイチェル」


 後ろめたいことはしていないと思うのだが……。


「俺が二人を突き出せば、一万ギルもらえるのか?」

「まあ、そうだろうな。出頭する時はエドに頼もう」

「おう、任せてくれ」


 因みに、エドは通貨の価値が判っていないと思う。


「でも、なんで捜索依頼が?」


 それは討伐ランキングが原因だろう。あれだけ他者をぶち抜いてのトップだ。俺たちに依頼したいことがあるに違いない。


「ソフィアさんも入れたら、上位の三人がいるわけだからな。最強のパーティーだぜ」

「でも、ソフィアさんの捜索依頼はありませんね」

「彼女は帝国騎士だし、お姫様だし、冒険者ギルドでどうこうできないからな」

「それもそうでございまね」


 それにしても討伐ランキングが冒険者と騎士や軍人で共通なのはどういう仕組なのだろう? 古代魔法文明の魔法科学はそうとう進んでいたようだな。もっとも、ここにいるパメラのほうが遥かに凄いと思うが。


 そのパメラは俺の背中で寝ている……。


 幸い、クリスタも俺も顔を知られていない。コソコソするのはやめよう。返って目立つからな。


「さあ、二人とも登録するぞ」


 エドとレイチェルが登録にしに行くと、三人の冒険者が近寄ってきた。一人は見るからに剣士で、頑強そうな男である。ほかの二人は女性で、魔法使いだと思う。

 ひょっとすると、この世界では女性のほうが魔法使いの素養があるのかもしれない。


「ちょっと失礼。君たちも冒険者だよな?」

「そうですよ」

「俺は《ウエスティアの風》のカイル。ちょっと訊きたいことがあのだが」

「はい、俺はペルセウスです。なんでしょうか?」


 拙いぞ。つい名乗ってしまった……。


「君たちの冒険者ランクはどのくらいなんだ?」

「ブロンズ級ですよ」


 ブロンズ級というのは見習い冒険者を除けば最低のDランクだ。


「不躾な質問で悪かったね。俺たちはこう見えてもゴールド級なんだ。メンバーの補充をしたかったんだけど、ブロンズ級ではきついよな」

「二階級も上では話になりませんね」

「カイル、この子は強そうよ」


 魔法使いの一人が言った。俺はマナの放出をちゃんと抑えているはずなんだが?


「でも、二階級も違うと底上げが大変だしな……」


 三人は相談を始めてしまったが、俺は彼らのメンバーに加わって遊んでいる暇はない。


「邪魔をして悪かった」


 カイルがそう言うと、残念そうに去っていった。


 パーティーの補充はよくある話なんだろうな。冒険者は魔物を相手にすることがほとんどなので、欠員がでるのは日常茶飯事なんだと思う。


「あっ、エドさんが手招きしているのです」


 試験日が決まったのかもしれない。行ってみよう。


「試験日が決まったのか?」

「筆記試験はこれからやってもらえるけど、実技試験は明日の朝になった」

「それはよかった。滞在が長引くと嫌だからな」

「それと、ここには面白い検査装置があるんだ」

「何の検査をするんだ?」

「魔力の検査装置だよ。俺は一万ジュラ越えで測定不能らしい」


 ジュラというのは魔力の単位のことだろうな。でも、マナの保有量を測定するならわかるけど……。

 魔力というのは車に例えるとエンジンのパワーのことだ。つまり、事象に働きかける仕事量なのだけれど、どうやって測定するんだろう?


「私は六八〇〇ジュラでした。プラチナ級らしいですよ」

「そいつは凄い。偉いぞレイチェル」


 良く分からないけど、レイチェルが嬉しそうなので誉めておこう。


「兄貴もやってみたらどうだ?」

「面白そうだな……、でも……」


 検査装置が壊れるということはないだろうな?


「やってみたいのです。ペルシー様!」

「そうか、それじゃあやってみるか」

「エリーちゃん! この二人の魔力も計ってみてくれないか」


 エドのやつ、受付嬢と仲良くなったみたいだな。そんな才能があるなんて知らなかったぞ。


「冒険者登録をしたときに測定しなかったのですか?」

「シーラシアの町で冒険者登録したんだけど、その時は測定しなかったよ」

「ああ、あそこには魔力検査装置はありませんね。あそこで冒険者登録をする人は少ないですし」


 冒険者が仕事を探してシーラシアに行くパターンが殆どらしい。まあ、分かる気がするよ。


「それではここに手を乗せてください」


 エリーちゃんがカウンターに出したのはB4サイズ位の板状のものだった。板の上部には横にスライドする針がついていて、メモリが〇から一万まである。


「クリスタからやってくれないか?」

「はい」


 クリスタはいきなり右手を検査装置の上に乗せた。すると、十秒ほどして針が動き出し、右側に振りきれた。


「まあ、どうしたことでしょう。二人も一万ジュラ超えが出るなんて……」


 エリーちゃんの後ろで見ていた別の事務員が慌てて走り出したぞ……。不味いことにならなければいいが。


「次の方、どうぞ」


 俺は恐る恐る右手を検査装置に乗せた。

 そして十秒後……。


「動きませんねぇ。一万ジュラ超えの人を見たのは初めですが、まったく針が動かない人も初めてです」


 この検査装置は壊れてるんじゃないの? といいながら、エリーちゃんは別の事務員と話し始めた。

 拙いことに、その様子を数人の冒険者に覗き見されていた。彼らが俺を見てクスクスと笑いはじめている。


「魔力がゼロなんだってよ」

「マジかよ。信じらんね~。一万ジュラ超えがでて驚いているのに、今度はゼロかよ」

「一般人でもゼロにはならないぞ。病気なんじゃないか?」

「あいつの名前を知ってるか?」

「さあな? 見たことない顔だぜ」

「魔力ゼロなのに冒険者をやってられるのか?」

「ミスターゼロだな。気の毒に」


 拙いことに、噂の連鎖が止まらない。

 《ウエスティアの風》の三人は俺を見て苦笑いしている。絶対にあいつらのパーティーには入ってやらない。頼み込んでもだぞ!


 それにしてもだ! 驚くべきなのは一万ジュラ超えの二人だろう。俺を嘲笑う前に、二人を讃えたらどうだ?


「俺は退散したいなぁ~。いや、退散するべきだ。クリスタ、行くぞ! ジーナもな!」

「ペルシーよ、何を怒っているのじゃ!」

「怒ってないよ!」


 俺たちはエドとレイチェルを残して冒険者ギルドの建物から脱出した。

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