第78話 クリスタとデート

 あっ、ウォーウルフの夫婦が帰ってきた。


「早いな……。エドが倒した後だからあたり前か?」

「そうだな。まともに戦えた奴はいないはずだぜ」

「ご愁傷様。まあ、自業自得というやつだな。でもウォーウルフって、魔物じゃないのか?」


 この世界において魔物は人間の敵のはず。例外なく……。


「たしかに魔物じゃが……、見ているがよい」


 ウォーウルフの夫婦が少女姿のジーナにじゃれはじめた。なんという違和感だ……。


「この光景の違和感というか、ちょっと怖いな」

「ウォーウルフと神獣の関係が良好だとはいえ、魔物と人間の関係が好転する未来が想像できないのですが」


 ソフィアの言うとおりだと思う。俺たちのパーティーにいるレイチェル以外のメンバーには、彼女の懸念は理解できないだろうな。


「想像できなくても仕方ないと思うよ。でも、生き物を安易に殺すと、しっぺ返しがあるかもしれないという教訓を学べたからよかったな」

「そうですね。まさか神獣が魔物の味方につくとは、考えも及びませんでした」

「神獣にとっては、どちらも同じ生き物ということなんだろうな?」


 あっ、ジーナがいつの間にか俺たちの横にいる。


「そのとおりじゃ。奴らは我を襲うことなどないからな。ペルシーも襲われたことはないはずじゃが?」

「えっ、そんなことないぞ。魔物の集団に襲われたことがあるぞ」


 この世界に来た時、魔物の大群に襲われたことがある。その原因は俺がマナを制御できなかったからなんだが。


「龍人が……うっ……」


 俺は急いでジーナの口を押さえた。ソフィアさんたちに聞かれたら拙い。


「ちょっと、ちょっと、ジーナさん。人間もいるんだから」


 ジーナさんの耳元で囁くと、彼女は顔が紅く染まりだした。そしてすぐに彼女はテレパシーで応えた。


『そ、そうじゃったの。人間がいることを忘れておったわ。スマンスマン』


 さすがに俺が龍人だとソフィアさんたちにバレるのはよくないだろう。龍神族が人間界に紛れ込んでいることが噂にでもなったら困るからな。


『それにしてもペルシーは美味しそうな匂いがするのう。ちょっと舐めさせてくれ』


 べろんっ!


「あっ、おま……」


 全員が俺とジーナに注目した。

 いつの間にか、ジーナの体からは尻尾と耳が生えている。


「ジーナ、獣人になってるぞ」


 ジーナは嬉しそうに尻尾を振りながら応えた。


「感情が高ぶると、耳と尻尾が飛び出てしまうのじゃ。ペルシーが美味しそうな匂いをさせるからいけないのじゃ」

「ペルシー様、ジーナさんに抱きついたと思えば、何をさせているのでございますか!?」

「クリスタは誤解しているようだが、抱きついてもいないし、舐めさせてもいないぞ。そこは間違えないように」


 パメラがいつの間にか俺の前にいるが、まさか……。


「パメラ、真似しようとしてないか?」

「ジーナが美味しそうだって言うから……。ダメ?」

「ダメだ」


 パメラは一瞬だけがっかりした表情を見せたが、すぐさまジーナの尻尾にまとわりついている。お前にはエリシアの尻尾があるだろう、浮気者め。


「それにしてもペルシー様と一緒にいると、不思議なことがたくさん起こりますね」

「そんなことないだろ?」

「治癒魔法のことしかり、洞窟の屋敷しかり、神獣のことしかり……」


 藪蛇だった……。


「不思議なことは頻繁に起きているものさ。目にしても気づかないだけでね」

「そういうものでしょうか?」

「そういうものだよ」


 これで誤魔化せたとも思えないが、とりあえずこれでいいだろう。


「この後、俺たちはギルトンの町へ行くけど、ソフィアさんたちもくるだろう?」

「もちろんです。旅の準備をする必要がありますし」


 レイチェルの転移魔法でギルトンまで行きたいんだけどな……。さすがに転移魔法を人に見られるのは拙いよな。


「さて、出発しようか。徒歩で……」


 徒歩で、とほほ……。


「ジーナ、背中に乗せて」


 パメラは遠慮ないな。乗せてくれるはずないだろ。


「よかろう」


 いいのかよっ!


 ジーナはフェンリルの姿に戻り、パメラとレイチェルを背中に乗せてやった。

 ソフィアさんが羨ましそうに二人を見ている。そんなに乗りたいものなのか?


「ソフィアさん、まさか……」

「いや、そんなことありませんよ。断じてありません」


 それにしても、少女たちのはしゃぎようが半端ない。頭の上が煩い……。





 出発してから三時間あまり。やっと、ギルトンの西側にある森に到着した。

 西門をみると門番が二人いる。おそらく、町の中には門番の詰め所もあるはずだ。


「やっぱり門番がいるんだな。通行証を見せればいいのか?」


 クリスタと俺しか通行証を持っていない。俺たちだけならば話は簡単なんだが。


『パメラ、ソフィアさんとミリアムさんを眠らせてくれないか』

『ミルファクに収納するのね? 分かったわ』

『収納って、ものみたいだな』


 パメラはソフィアさんとミリアムさんに気配を消して近づき、あっという間に彼女たちを眠らせた。

 パメラの気配は俺でも気づけないほど巧妙だ。いくら彼女たちが歴戦の騎士だとしても、パメラの気配に気付くことはできない。


「パメラちゃん、なんてことをするんですか!」

「エリシア! 落ち着いて、彼女たちに危害を加えようとしているわけじゃないんだ」

「それならどうして!?」


 エリシアは俺たちの仲間になったんだから、これから起こることを見られてもかまわない。まあ、はじめは驚くかもしれないけれど、説明するよりも実際に体験してもらったほうが早い。


「ギルトンの町へ入るのに必要なことなんだよ。エリシアにも手伝ってもらいたいんだけどな」

「ペルシーさんが、そういうのならば従います」


 彼女とは主従関係になりたいわけじゃないんだけどな。それとも、それが獣人の性質なのか?


 俺はミルファクの扉を開いた。


「ペルシーさん、こ、これは?」

「俺の屋敷、ミルファクだよ」

「そ、そんな……」

「さあ、クリスタ以外はミルファクの中に入ってくれ」


 エリシアはすぐに起動することができなかったので、レイチェルが彼女を中に引っ張っていった。


「レイチェル、エリシアを頼むよ」

「もちろんです、お兄様」


 ソフィアさんとミリアムさんはエドとクリスタが運んでいった。


「お待たせしました、ペルシー様」

「それじゃあ行こうか」


 クリスタと俺はガンダーラ王国のエミリア姫が用意してくれた通行証を持って、ギルトンの西門へと向った。


「この通行証はガンダーラ王国のものだな。よし、問題ない。通行料は一人20ギルだ」

「二人分だから40ギルだね」


 換金した通貨がもう底を突きかけている。また換金しないと。


「クリスタ、この通行証の威力は凄いと思わないか」

「王家の紋章が刻印されていますから、王家縁の人物だと思われているのではありませんか?」

「まあ、実際にエミリアさんとは知り合いだしな」


 通行に問題なかったのはよかった。それはともかく、ギルトンはこの世界に来てから二番目の人間の町だ。堪能することにしよう。

 西門からはロマニア法国へつながる街道が通っている。そのためか、行商目的の馬車の往来が激しい。

 町の中央に向かって左側には問屋街が、右側には宿屋街が続いている。


「この町はきっとハブ港なんだな」


 ギルトンはロマニア法国とガンダーラ王国の中間に位置しているアムール王国の都市だ。好立地の上に大きな港もある。商業が盛んなのは当然のことかもしれない。


「とりあえず、人気のないところを探さないと」

「ペルシー様、もう少しこのまま探索したいのですが」


 そう言ってから、クリスタが腕を絡ませてきた。当然、クリスタのふくよかな胸が左肘に当たり……。

 そういえばクリスタと二人っきりのときはほとんどなかったな。このまま少しデートでもしよう。

 ギルトンの町はとても大きいので、どこに何があるかわからない。とりあえずどこかの店に寄って聞いてみよう。


「思い出した。通貨の持ち合わせが少ないから換金しておきたいな」

「商人ギルドか冒険者ギルドなら換金できるのではございませんか?」

「そうだな。あそこのかき氷屋で聞いてみよう」


 今の気候は日本でいうと梅雨明けのさわやかな暑さだ。かき氷を食べたくもなる。


「おっちゃん。かき氷を二つたのむ」

「兄ちゃんたちデートかい? いい身分だね」

「初デートなんだ」

「それなら大盛にしといてやろう」

「ありがとう」


 かき氷の大盛か、お腹を壊さなければいいけどな。その前に眉間の間がツーンとしそうな予感……。

 かき氷は一つが2ギルだった。日本の物価で換算すると、1ギルは200円くらいか?

 さっきの通行税が20ギルだから、日本円だと4千円くらいか。まあ、妥当な金額だよな。


「おっちゃん、装飾品などを換金したいんだけど、どこに行けばいいかな?」

「両替商か、商人ギルドだな。場所は中央広場に行けばわかるぞ」

「ありがとう、おっちゃん」


 両替商があるとは、さすがハブ港だ。でも、三ヶ国の通貨が飛び交うのだからあって当然かもしれない。


 俺は赤いかき氷をクリスタに渡し、緑色のほうを食べてみた。


「あれっ、期待以上に美味しい。これはなんの果物だろう?」

「こちらも美味しいですよ。『あ~ん』して下さいませ」


 うっ、恥ずかしいけど「あ~ん」した……。


「これもいいね。日本で食べたかき氷よりも遥かに美味しい」


 日本で食べたかき氷のシロップは合成なんとかだらけの偽物だが、こちらは本物の果汁で作られた濃厚なシロップがかかっている。元は濃厚だけれど、氷でいい具合に薄まって、とてもいい感じだ。

 異世界のかき氷、最高!


「次は買い食いをしてみよう! クリスタ、何か食べたいものはないか?」


 町の中央に近づくと観光客が多くなり、食べ物屋をたくさん見かけるようになる。


「それでは、あそこの店にある串焼きはどうでしょうか?」

「たこ焼きのような丸い物体が、串に刺さっているやつか。いいね、それにしよう」


 たこ焼きの様に見えたものは、何かの肉の塊に小麦粉をまぶして上げたものだった。


「これはたこ焼きじゃなくてたこ揚げだな。でも、表面がパリッとしてて、中身はジューシー。めちゃくちゃ美味い!」

「この肉は何でしょうか? 私にも作れそうなのです」


 クリスタが店のおっちゃんに聞きに行った。

 何の肉かは聞かないでおこう。食欲が失せそうな気がするからな……。

 でも、これは本当に美味しい食べ物だ。


「ペルシー様、聞いてまいりました。これは海獣揚げという食べ物なのだそうです。肉が手に入れば、みんなにもごちそうできるのでございます」

「海獣? 魚はシーラシアの町でも食べたけど、海の獣は見たこともないな」

「海獣といっても総称なので、具体的な種類は判らないのでございます」

「市場か……。楽しそうだな。でも、市場に行くならみんなを連れて行こう」

「そうでございますか……」


 クリスタが少し残念そうな顔をしたので、彼女が喜びそうな提案をした。


「あそこの服飾店でクリスタのものを買おう!」

「ペルシー様……」


 クリスタ……、大きな胸が潰れるくらい俺の腕に押し付けられているのでございます……。


【後書き】

 本格的な夏になってきましたね。皆さんはどのようにお過ごしでしょうか?

 玄野は先週、海で魚を捕まえてきました。

 なかでもカゴカキダイとキヌバリの幼魚は大きな成果です。

 釣ったのではなくて網で掬い上げたのですが、この場合でも釣果というのでしょうか?

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