第80話 隠れ家の放棄とミゲル隊長との再会

 俺たちはエドとレイチェルを残して冒険者ギルドの建物から脱出したあと、エドたちの筆記試験をサポートするのを忘れたことに気がついた。


「レイちゃんは大丈夫だと思いますが、エドさんはサポートが必要なのです」

「それもそうだな。クリスタの妖精通信で助けてやるしかないな」


 そんな訳で、クリスタはエドたちの筆記試験を助けるために冒険者ギルドへ戻って行った。そして俺たちは観光しながら隠れ家に帰ることにした。


「ペルシー、下ろして」

「目が覚めたか、パメラ」


 パメラを背中から下ろすと、彼女は大きく背伸びした。よく眠れたようだ。


「ソフィアたちが来る」


 パメラに言われて前方を見ると、ソフィアさんたちが走ってくるのが見えた。三人とも荷物を背負っている。旅の準備ができたのかもしれない。


「ペルシーさん、大変です」


 帝国へ戻るための準備をしていたはずのソフィアさんたちに声をかけられた。


「旅の準備は終わりましたか?」

「それどころではありませんよ」

「何かあった?」

「ペルシーさんの借家が何者かに包囲されています。どうしたことでしょうか?」

「なんだって!」


 分かったぞ。捜索依頼のせいだな。不動産屋と契約した時に自分の名前を記入したからだ。あの時は捜索依頼が出されているとは知らなかった。


「ソフィアさん、悪いけどあの隠れ家は放棄します」

「そ、そうですか……。それは構いませんが、どういった理由でしょうか?」


 俺はソフィアさんに冒険者ギルドで起こった出来事を話した。ソフィアさん自身も討伐ランキングが三位だから、まったくの無関係というわけではない。


「討伐ランキングのせいで何か問題が起こることは予想していましたが、捜索依頼ですか……」

「ソフィアさんに前もって討伐ランキングのことを教えてもらってよかったよ。そうでなければ今頃逃げ回っているところだった」

「それは良かった、と言いたいところですが、これからどうするつもりですか?」

「そうですね……。とりあえず宿泊先を確保する必要がありますね。ソフィアさんたちは?」

「旅支度はほとんど整いました。武装関係は嵩張るし重いので、後回しにしましたが」

「それでは武装の準備をしてください。今持っている荷物は俺が預かりましょう」

「それは助かりますが、ペルシーさんは大丈夫ですか?」

「心当たりがありますから大丈夫です。ところで、馬車と御者ぎょしゃの雇い入れは済んでますか?」

「それは一番最初に済ませました。随分と金を積むはめになりましたが」

「さすがですね。それでは準備が整ったら中央公園で待ち合わせましょう」

「はい、それでは後程。お気をつけてください」

「ソフィアさんもね。エリシア、頼んだぞ」

「任せてください!」エリシアはニッコリと笑って胸を叩いた。以前は甲冑を纏っていたので気がつかなかったけど、エリシアの胸って結構大きいんだな……。


 俺たちはソフィアさんたちの荷物を受け取り、ミルファクの格納庫に収納した。そして、冒険者ギルドがある通りのオープンカフェでクリスタたちを待った。


「宿泊先はミルファクがあるから問題ないけれど、できればミルファクのことをソフィアさんたちに知られたくないな」

「なんじゃ。あの娘子はペルシーの屋敷について知らないのか?」

「あの屋敷は考えようによってはとても危険だからな。軍人とか騎士にはなるべく知られたくない。それがソフィアさんであってもね」

「軍事利用されるからか? 人間は野蛮だから判らないでもないのじゃ」

「時空魔法がこの世界に及ぼす影響は大きい。大賢者とか、マギとかいわれて祀られそうだ」

「祀られてしまうという選択肢もあるのではないのか? 贅沢三昧できるのじゃぞ」

「それは俺の性分に合わない。それに、何からも縛られるのはゴメンだよ」

「それでこそペルシーじゃ。ますます気に入ったのじゃ」


 ペロン! ジーナに顔を舐められた……。


「あのな……、その姿で俺を舐めないでくれないか。変な性癖を持っていると疑われそうだ」

「そうなのか? 親愛の表現なのじゃが?」

「それは嘘。ジーナはペルシーを食べたいと思っている」

「小娘よ、お主は妾の心が読めるのか!」

「マジかよ!」

「冗談じゃよ。美味しそうな香りがするのは確かじゃがな」

「どれどれ……」今度はパメラにペロンされた……。

「パメラ……、おまえもか」


 ついに、パメラにも舐められた。隣のテーブルでお茶を楽しんでいた貴婦人たちが固まっているじゃないか。


「思ったのと違う」

「あたり前だろ!」

「でも、美味しい」

「食わないでくれ!」


 俺はパメラのホッペタを両手で伸ばしてプニプニしてやった。


「う~、ひゃめて……」

「今回はこのくらいで赦してやろう」と言いながらもう一回プニプニ。

「ペルシー、妾にもそれをやってたもれ」

「おまえたち、気が合うだろう」


 ところで、貴婦人たちの視線が痛いのだが……。


「ねえねえ、あの人変態ですわよ。目を合わせないほうがいいのではなくて?」

「でも、よく見ると結構可愛い顔してるわよ。お持ち帰りしたいくらい」

「まあ、悪趣味ね。でも、良さそう」

「あなたも好きねぇ」


 あっ、この人たちは有閑ゆうかんマダム(死語)だ? 近づかないようにしておこう。


 ん? あちらから武装した兵士たちが来るぞ。先頭の数人は騎士のようだけど。


「ペルシー、隊列を組んでいるから何かあったのかもしれない」

「クックックッ。きっとペルシーを捕獲しに来たに違いないのじゃ。面白くなってきたの」

「冗談でも止めてくれよ。俺は今のところ犯罪者じゃないぞ。それに、あいつらは本格的に武装しているし、後ろには魔導士たちもいる。人を捕獲するような部隊じゃないぞ」

「あれは魔物を討伐する規模だと思う」

「ジーナ……。まさかおまえ」

「妾は知らぬのじゃ。それに魔物ではないぞ! 失礼な」

「ペルシー、あれはミゲル隊長じゃないの?」

「あっ……」


 はじまりの森調査隊のメンバーだったミゲルさんだ。あの時とは見違えるほど豪奢な出で立ちなので気がつかなかった。いずれにせよ、ここで名前を呼ばれるのは拙いな。


「パメラ、悪いけどミゲルさんだけ連れてこれないか?」

「わたしはミゲル隊長と直接会ったことはない」

「ちょっと、作戦がある……」簡単な作戦をパメラに伝授した。






 ミゲル隊がオープンカフェの前を通りかかると、一人の少女が走ってきた。そして、ミゲル隊長の前でペタンと転んだ。

 優しいミゲル隊長は当然その少女を抱き起こす。


「少女よ。大丈夫か」

「ミゲル隊長、お願いがある。声を上げないで聞いて欲しい」


 ミゲル隊長は怪訝な顔をしたが、頷いてみせた。


「ペルシーが呼んでいる。一人できて欲しい」

「……」ミゲル隊長は再び頷いた。


「みんな聞いてくれ。急用ができたので、ちょっとだけ時間がほしい。俺が戻るまで中央公園で待機してくれ」

「了解しました!」あれが副隊長か。当たり前だけど、アスターテじゃなくてよかった。


 俺はゆっくりと埠頭の方向へあるき出す。途中に寂れた公園があるからだ。そこはミルファクの玄関を設置する予定の場所だ。ミゲル隊長は黙ってパメラと一緒について来くる。


「ここは草むらや大きな木が生えているからミルファクの玄関を設置しやすいんだよな」

「これを秘密にするのは難儀じゃのう」

「苦労するだけの利点があるから問題ない」


 俺は木の陰でミルファクの玄関を出現させる。そして全員を招き入れた。


「久しぶりですねミゲルさん」


 ミゲルさんとミルファクのラウンジで話をするのは久しぶりだ。


「ペルシー殿は元気にしているようだな。魔法学園の入学試験はもうすぐだと聞いているが、大丈夫なのか?」

「それなんですが、明日にはここを発つ予定です」

「普通ならば完全に間に合わんぞ」ミゲルはニヤリと笑った。

「まあ、普通ならね」

「ところで、その武装はどうしたのですか?」

「二週間くらい前からボスコニア山方面で大型の魔物が出現したらしくてな。調査に出動するところだ」

「その魔物はどんな種類ですか?」

「狼型の魔物だ。ウォーウルフよりも二回りは大きいらしい。それに、ウォーウルフと違って、白い毛並みが特徴だ」


 やっぱり、それはジーナだな。


「目撃者はいますか?」

「ドワーナからこちらに来た商隊が山賊に襲われている時に現れたそうだ。二匹のウォーウルフを従えていたそうだぞ」


 あのウォーウルフの夫婦はジーナの舎弟だったんじゃないのか? ジーナは俺に目を合わせないようにしているし。


「被害はありましたか?」

「商隊の被害は山賊によるものだけで、白い狼たちは山賊たちだけを襲ったそうだ。理由は分からん。だからこそ、討伐ではなく調査なのだ。この武装はもしものことを想定している」

「その魔物に詳しい少女がここにいます。ちょっと聞いてみましょう」

「ジーナ、盗賊を襲ったのは本当か?」

「商隊が襲われていたのでな。つい手を出してしまったのじゃ。だが、問題はなかろう?」

「まあ、そうだな。でも、ウォーウルフの夫婦が人を襲う心配はないのか?」

「個体差があるのじゃ。あの夫婦には妾からも人を襲ってはいけないと釘を差してきたから大丈夫じゃ」

「ちょっと待ってくれ、ペルシー殿。その少女は何者なのだ?」

「この娘は神獣フェンリルですよ」

「神獣……」

「ミゲルとやら、妾の名前はジーナじゃ。よしなにな」


 ミゲル隊長は唖然としている。


「パメラ、ミゲルさんにお茶を差し上げて」

「ミゲル隊長、これを飲んで落ち着いて欲しい」

「あ、ああ」


 再起動するまでどのくらいかかるかな?

 おっ、再起動しそうだ!


「神獣とは神話の世界に登場する神の使いだぞ。実在するとは聞いたことがない」

「このように人間の姿にも成れますから、人間社会に溶け込んでいるのだと思いますよ。そうだろ、ジーナ?」

「その通りじゃが、普段は山奥で暮らしておるぞ。ほかの神獣は知らんがの」


 ジーナが俺を見てニヤついている。龍人も神獣だと言いたいのだろうか?


「わ、判った。ペルシー殿と関わると驚くことばかりだ。これ以上追求するのは止めておこう」

「そうしてください。でも、白狼の調査は形だけでも続けたほうがいいですね」

「そうだな。そうしよう」


 ミゲル隊長も苦労が絶えないな。ひょっとしたら、俺にも責任があるのか?


「ところでペルシー殿、討伐ランキングが凄いことになっているが、釈明することはあるか?」

「いえ、特には……」

「おいおい、今さら黙秘もないだろう。秘密は漏らさないから教えてほしい」

「最近まで、討伐ランキングのことは知りませんでした」


 冒険者カードや騎士カードは一種の魔道具だ。魔物を倒すと、その魔物の脅威により得点算出されて自動的にカードに記録される。すべてのカードの記録はいつの間にか集計されて討伐ランキングとして公表される。討伐ランキングは実名入りで、すべてのカードで参照できる。まったく不思議な魔道具だ。


「ペルシー殿のランキング一位は何かの間違えではないのか?」

「間違いではないと思いますよ。おそらくシーラシアの町で起こった魔物大戦が原因です」

「ということは、魔物の大群を殲滅したあの魔法は……」

「はい、俺がやりました」

「なんで言ってくれなかったんだ?」

「さっきも言いましたが、あの時、討伐ランキングの存在を知らなかったんです。だから、隠し通せると思っていました」

「そういうことか。なるほど」

「俺には捜索依頼が出されているようですが、それと関係があるのでしょうか?」

「捜索依頼は我が国から出されたものではない。おそらくガンダーラ王国だ」


 ミゲル隊長はアムール王国の騎士隊長だ。ガンダーラ王国はエミリア姫の国だ。そういえば、俺はガンダーラ王国の出身として冒険者ギルドに登録してある。


「そうか! ガンダーラ王国からの捜索依頼ならば納得できる。クリスタと俺はガンダーラ王国出身ということになっているし」

「それもダントツの一位と二位だからな」

「三位もいますよ」

「ちょっと待てよ」


 ミゲル隊長は急いで自分の騎士カードを取り出し、討伐ランキングを調べだした。


「ソフィア・エルミタージュのことか? たしか彼女は帝国の姫君ではないのか?」

「そのようですね」

「世界最強の三人が揃っているとは……。まさか大災害の前兆ではないだろうな!」

「まさか。偶然ですよ」

「ずいぶんと都合の良い偶然があったもんだ」

「よく考えると不思議ですが、偶然です。そうだ、ミゲルさん、お願いがあります」


 俺はミゲル騎士隊にソフィアさんたちの護衛ができないか話してみることにした。果たして、受け入れてもらえるだろうか?


【後書き】

 お盆なので、帰省で疲れてる方も多いと思います。天候が不順なこともありますので、体調を崩されぬようご自愛下さいませ。

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