第74話 姫騎士(15)討伐ランカーの憂鬱
ソフィアさんたちを彼女たちの部屋に連れて行くのは簡単だった。
ただし、ソフィアさんとミリアムさん独り言で煩かったが……。
「いきなり完全再生魔法は拙かったかな?」
「あの反応は当然のことなのです。前もって説明しておく必要があったのではございませんか?」
「そ、そうだな」
「クリスタの言うとおり。ペルシーが悪い」
「パメラだってノリノリだっただろ!」
「それは仕方がない。パメラはペルシーの奴隷のようなもの。従わないとお仕置きされる」
「えっ、兄貴はそんなことしてるのか? さすがにそれは俺でも引くぞ」
「パメラの冗談を真に受けるな、エド!」
「みなさん、落ち着いて下さい。内輪揉めしている場合ではありませんよ」
それもそうだな……。落ち着こう。レイチェルが意外と冷静なのはよかったと思ったが、「でも、『通りすがりすがりの魔法使いさ』って何?」と呟いて笑いだした……。
「『これは神の奇跡……』も面白かった」
「パメラ、燃料を投下するんじゃない!」
レイチェルが笑い転げている。ツボに嵌ったようだな。
「それでは、昼間で解散!」
ソフィアさんたちには口止めをするべきだな。それと、護衛の話はなかったことにしたほうが良さそうだ。実際、俺たちは必要ないだろう。
パメラが俺の肩に寄りかかって寝ている。あれだけの大魔法を使ったのだから、疲れて当然か。俺も眠くなってきた……。
§ § §
「ペルシー起きて。誰か来た」
「あっ、俺は寝ていたのか」
「ペルシー様、入ってもいいだろうか?」
ん? 「ペルシー様」だと? 今のはミリアムさんの声だよな?
「ちょっと待ってください」
「パメラ、今は何時頃だ?」
「昼前なのは確か。ソフィアたちも一緒にきている」
「分った」
目覚めのコーヒーが欲しいところだが、この世界でコーヒーに相当するものは残念ながらまだ見つけていない。
「どうぞ、お入り下さい」
そこには、扉を恐る恐る開けるミリアムの姿があった。
「どうしました。遠慮しないで、お入り下さい」
「それでは、そうさせていただく」
「失礼します、ペルシー様」
ミリアムの後ろからソフィアとエリシアが続けて入ってくるが、どこかよそよそしい。
「先ほどは取り乱して済まなかった」
三人は頭を深々と下げた。
「いや、こちらこそ何の説明もしないであんな魔法を掛けてしまい、済まなかったと思っています。驚かれるのも無理はないことですよね」
「事前に説明を受けても信じられなかっただろう。それは気にしないで欲しい。それよりも、ペルシー殿……、ペルシー様は……」
「ミリアムさん、今までどおりに呼んでくれてかまわないよ。こちらも調子が狂うからね」
「しかし、そういうわけには……」
「ペルシー様、あれは神の御業としか思えません。もしや、ペルシー様は神の使いではないのですか?」
やっと、ソフィアさんが口を開いた。彼女はどうも信心深い人らしい。どうやって説明したらいいのややら?
「もちろん俺たちは神の使いなどではないけれど、特殊なスキルを持っていることは確かだよ」
「なるほど、特殊なスキルですか……。稀にですが、そのような人間が突然あらわれることが歴史上ありました。ペルシー様もそのような稀人なのかもしれませんね」
ソフィアさんは何かを考え込んでいるようだったが、次の質問をしてきた。
「もう一つお訊きしたいことがあるのですが」
「俺に答えられるかな?」
いったい何だろう? 簡単な方から答えよう。それを世間では問題の先送りともいうが……。
「ペルシー様は冒険者でいらっしゃるのですよね?」
「そうですよ。最低のブロンズ級ですけれどね」
そういえば俺は冒険者だった。依頼を受けたことも忘れていたよ。
「それならば、討伐ランキングの存在をご存知だと思いますが?」
「何それ? 知りませんけど?」
「冒険者カードをお持ちならば、その裏を御覧ください」
「え~と、冒険者認定証のことですよね?」
「はい、正式名称は冒険者認定証です」
俺は彼女たちに見えないように、冒険者認定証を共次元空間から取り出して、裏側を見てみた。そこには何やら魔法陣のようなものが書かれている。
そういえば、シーラシアの町で冒険者認定証カードを貰った時、魔物大戦の慌ただしさで、このカードの説明を受けていなかった。エステルさん……色仕掛けの前に説明してくれよ。
「これがどうかしましたか?」
「ペルシー様はなにもご存じないようですね……」
「これを冒険者ギルドの受付嬢から受け取った時、魔物の大群がシーラシアの町を襲う寸前だったから、ちゃんと説明してもらえなかったんですよ」
「そうだったんですか。それならば、わたしが説明します」
ソフィアさんは自分の騎士カード(?)を持ち出し、呪文らしき言葉を口にした。
「古き神エル・ミラドールよ。我の情報を開示せよ」
ソフィアさんの目の前に半透明のスクリーンが現れた。こちらからでは見えないが、何か表示されているようだ。
「えっ、それって《ステータスオープン》のこと?」
「ステータスオープン? それは何でしょうか?」
「あっ、いえ、気にしないでください」
「ペルシー様も詠唱して見て下さい」
「分かりました」
冒険者カードの裏側に向ってと。
「古き神エル・ミラドールよ。我の情報を開示せよ」
おお、ステータスウインドウだ! 凄い!
・名前 :ペルセウス・ベータ・アルゴル
・職業 :冒険者(ブロンズ級)
・年齢 :十六歳
・性別 :男
・出身国 :ガンダーラ王国
・使用武器:刀
・得意魔法:風魔法、土魔法
・特技 :気配察知
・特記事項:なし
そういえば、俺はガンダーラ王国出身ということにしていたな。通行証の関係もあったから、そうしたんだけど。
「こんな使い方があるとは知りませんでした。面白いですね」
「問題なのはそこではないのです。もっと下の方を御覧ください」
《討伐ランキング》
ランク ポイント 氏名
――― ――――― ―――――――――――――――――
1位 1,481,750 ペルセウス・ベータ・アルゴル
2位 674,250 クリスタ・ベータ・アルゴル
3位 304,600 ソフィア・ヴァイス・エルミタージュ
4位 8,301 サイラス・フォン・ガーゼス
……
「これは……」
「これが討伐ランキングです」
俺の名前がトップだ。クリスタとソフィアさんの名前も載ってる……。
「討伐ランキングは冒険者カードと騎士カードの共通の機能です……」
ソフィアさんの説明によると、魔物の種類によってポイントが決まっていて、魔物を倒す度にポイントが加算されていくそうだ。
取得したポイントは、毎日一定の割合で減算されていき、1年で半分にまで落ち込むようにできている。
つまり、アクティブな冒険者や騎士でないとトップを維持できない仕組みになっているということだ。
俺とクリスタがダントツでトップなのはシーラシアの魔物大戦で大量にポイントが加算されたからだろう。
ソフィアさんが3位なのは、赤竜を3頭倒したポイントが入ったからに違いない。
「これはどんな仕組みなんですか?」
「古の魔法文明の遺産なのです。規定通りに造られたカードなら機能を付加することができるようになっています」
「これは人対人でもポイントが入るのかな?」
「はい、決闘形式でポイントの奪い合いができます。ただし、相手を殺した場合、ポイントは加算されません」
「合意の上での決闘でなければポイントの移動はないということか、なるほど」
「そうです。移動するポイントは予め決めておく必要があります」
いわゆるデュエルというやつだな。おもしろい仕組みだけど、争いを助長することにならなければいいのだが。
「最初にペルシー様の名前を聞いた時、覚えがある気がしていたのです。その理由が討伐ランキングを見て分かりました」
「今のところ俺たちがトップを占めているけれど、どのくらい凄いことなのかな?」
「上級討伐ランカーでも、通常は1万ポイントを上回ることはありません。殆どの場合、パーティを形成して大物を討伐するので、ポイントが分割されるからです」
「それじゃあ今までトップだった4位の人は今頃どうしてるだろう?」
「泣いているかもしれませんね」
4位の人には気の毒なことをしたな、まさかこんな仕組みがあるなんて知らなかったし。でも、魔物大戦の時は避けようがなかった。
「討伐ランキングと冒険者ランクは連動してないんだね。俺の冒険者カードは最低ランクのままだし」
「冒険者のランクは依頼を達成すれば上がりますが、依頼を達成することが討伐することとは限らないのです」
「ああ、そういうことか。依頼者としては問題を解決してくれればいいことだから、場合によっては討伐の必要はないんだ」
「そうです。それに、依頼を必ず達成するという信頼度も冒険者ランクには含まれています」
「なるほど、分かったよ」
今頃になって、冒険者の意味が分かってきた。今度はもう少し真面目に取り組んでみるべきか?
「それで、俺たちの立場はあまりよくない気がするんだけど?」
「よくないですね。お二人合わせて2百万点を突破しているんですよ。なんでこんな事になっているのでしょうか? わたしはお二人が神だとしても驚きませんが」
「商売繁盛の神様とかだったらいいのに」
「ペルシーはどちらかというとエロの神様という感じ」
「ペルシー様、パメラちゃん、ソフィア様は真面目に訊いておられるのでございます」
「失礼しました」
「ごめんなさい」
魔物大戦は今考えてみると俺にとっての黒歴史だな……。
「シーラシアの町に魔物が大挙して押し寄せてきたことは知ってますか?」
「もちろんです。教会が大騒ぎをしていました。あれは神の裁きの鉄槌だとか」
「それ、俺たちがやったことなんだ」
「正確にはペルシー様でございます」
「でも、クリスタだってグリフォンを派手に叩き落としてたよな」
「それはそうですが、神の裁きではないのです」
「あの、揉め事は後にしてくださいませんでしょうか?」
「「はい」」
「あの事件と討伐ランキングを結びつけて考える人は少なくありません。ペルシー様は冒険者ギルトや教会などから追われることになるでしょうね」
ソフィアさんは小声で、貴族とか王族とか秘密結社とか……、と呟いている。
「ようするに、権力者とか組織全般から追われることになるということだよね?」
「はい、ぶっちゃけて、そうです」
「ソフィアさんは?」
「わたしたちは帝国内に戻りますから、そこである程度の地位を確保できるかもしれません。討伐ランキング3位の人間を襲う強者がどれだけいるかですね。まあ、毒を盛られる可能性はありますが」
そうか、ソフィアさんにとっては、討伐ランキング3位が有利に働くのか。帝国としては政争の相手というよりも、利用したほうが得るものが多い。
「どうしようか、クリスタさん……」
「わたしたちは顔を知られていませんから、名前さえ名乗らなければ見つからないのではございませんか?」
「そうだな、希望的観測というやつだけど……。どう転ぶかわからないが、名前は伏せることにしょう」
いっそのこと、改名したらどうだろう?
「ペルシー様、討伐ポイントは一年でも半分にしかなりません。つまり、暫くの間はダントツのトップですから、数年は隠れる必要があります」
「それならば改名するか、覆面をするか……」
この冒険者カードを破棄すればいいのか。でも、冒険者カードは身分証明になるからもったいないな。
「わたしたちと一緒に帝国に来るといるう選択肢もあります」
それも魅力的なんだけど、ほとぼりが覚めるまで龍王城に戻るというのが正解なんだろうな。でも、それでは冒険にならないし、レベッカとの約束もあるし。
「俺たちはロマニア法国の魔法学園に入学するという使命があるんだよね」
「いまさら魔法学園ですか? その必要性を感じませんが」
「俺自身も精霊魔法を勉強してみたいということもし、約束したことだから」
「帝国でも精霊魔法の勉強はできますが……、どなたと約束したのですか?」
「レベッカ・セルダンさんです。知ってますか」
「もちろん知っていますよ。若くして魔法学園を主席で卒業した賢者様です。それに、大賢者ガロア・セルダンの子孫らしいですね」
「そう、そのレベッカさんと約束したんだよね」
「でも、入学するときに名前が知れ渡ってしまいますね」
「そうだよね。困った」
ソフィアさんたちをどうするかという話し合いだと思っていたのに、自分たちの問題が降って湧いてきた。簡単に解決できそうにないな……。
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