第73話 姫騎士(14)神の奇跡
昨夜はミリアムさんの罠にまんまと嵌ってしまった。
我ながら情けないが、交渉事は慎重にすべしという教訓を得たことは今後の役に立つだろう。とくにミリアムさんのようの智謀スキルを持った人と話す時は、安易に約束をしてはいけない。
昨夜はパメラが帰ってこなかったので先に寝てしまった。酒が回っていたので、眠気には勝てなかったのだから仕方がない。
「なんだか重いな……」
この重さはパメラだろう。俺の上で寝るのは止めて欲しいんだが……。
「パメラ、昨夜は帰るのが遅かったな」
「レイチェルのところに泊まってきた」
「それはいいんだけど、何で俺の上で寝ているんだ?」
「このほうが落ち着くからに決っている」
「とりあえず、どいてくれないか」
「キスしてくれたら」
俺がパメラのおでこにキスをしてあげると、素直にどいてくれた。
「頭が痛いな~。ちょっと飲みすぎたかもしれない」
「今日はソフィアたちに再生魔法をかけるんでしょ?」
「そのつもりだよ。その後のことは話しあう必要がある」
「二日酔いは早く解消した方がいい」
そこにクリスタがやってきた。
「やはり二日酔いでしたか。ペルシー様はお酒に強くないのですから、ほどほどにしませんとね」
と言って、冷えた水を渡してくれた。
二日酔いのときは水を大量に飲むと早く解消できる。クリスタはよく分かっているらしい。
「これも内助の功というの? ペルシー」
「さあ、どうだろう。いずれにせよ、ありがとうクリスタ」
「どういたしまして、でございます」
「クリスタも同じくらい飲んだはずだよな?」
「妖精はお酒に強いのです。ペルシー様には負けませんよ。フフフ」
なるほど、妖精には酔った勢いで押し倒すという手が使えないということか。覚えておこう……。
「そうだ。外の様子を見てこよう。シュタイナーたちはもういないと思うが」
異次元屋敷ミルファクの中からでは、残念ながら魔法探知を使えない。いったん玄関の扉を開く必要がある。
「わたくしは朝食の準備をレイチェルさんとしてくるのです」
「ああ、頼んだよクリスタ」
俺は静まり返った屋敷の中を玄関へと向った。もちろんパメラも一緒だ。
「洞窟の中にはいないか……」
「外でキャンプしている。どうするペルシー」
その時、パメラの髪の毛が逆だった。
「ど、どうしたパメラ?」
「一人だけ魔力が突出した人間がいる」
「魔道士じゃないのか?」
「魔法剣士かもしれない」
「それって、シュタイナーのことじゃないのか?」
「彼よりも強い魔力を持っている」
「魔法剣士とか魔道士が相手だと面倒だな。俺たちが出発する時もいるようなら、レイチェルに頼んでギルトンの入り口まで転移しようか」
「それがいいと思う」
帝国騎士隊のみなさんもご苦労なことだな。考えてみれば彼らも政争の巻き添えだし、シュタイナーなどは自業自得とはいえエドに片腕を切り落とされちゃうし。
さてと、腹が減ったので朝飯を食べに行こう。
この後、ソフィアさんたちと話をしなければならないので、頭に栄養を補給しておかなければ。
「ペルシー様、レイチェルちゃんが手伝ってくれたので、朝食の用意が早くできたのです」
「レイチェルは家事もできるのか。ありがとう」
「どういたしまして、お兄様」
「それじゃあ早速いただこう!」
俺たちの朝食は至ってシンプルだ。
クリスタお手製のパン、ミネストローネ、サラダ、こんがり焼いたベーコン、スクランブルエッグ、そして飲み物はフレッシュジュースだ。
ミネストローネに使うスープストックは、作り置きして冷蔵庫で保存している。クリスタの作る料理の美味しさの秘密はスープストックにある。
どんな獣の肉を使っているのかは聞かないことにしている。地球の動物とはだいぶ趣が違うので、想像してしまうと食欲が失せてしまうからな。
「クリスタさんの作るスープは最高にうまいな。兄貴は幸せものだ」
「エドさん、褒めすぎなのです」
「褒め過ぎじゃないぞ。外食する気がしなくなるよ」
「胃袋を掴まれたというやつだな」
「そうともいうな」
「わたしもクリスタ姉様のようにお料理がうまくなりたいです」
「それじゃあ、しっかりとクリスタから習わないとな」
「はい、よろしくお願いします、クリスタ姉様」
「任せてほしいのです!」
レイチェルは料理に興味があるのか。そういえば、先日はひとりで料理を作っていたな。
食事が済むと、みんなをラウンジに集めた。
「クリスタ、レイチェル、ありがとう」
クリスタとレイチェルがテキパキとお茶の用意をしてくれた。
「さてと、今日はソフィアさんと話をしなければならない。そこでみんなには前もって俺の考えを伝えておく」
「兄貴、彼女たちの体を再生するだけじゃないのか?」
「再生することは決定事項だ。それは変わらない」
妖精のメソッドだ――
彼女たちは何の因果か俺たちと知り合った。だから、俺は彼女たちを完全回復させる。
クリスタとレイチェルは喜んでいる。それが彼女たちの望みでもあるようだ。
「その後のことなんだが、俺たちとしばらくの間、同行することになると思う」
「それは構わないけど、どうして?」
「ミリアムさんから護衛の要請があったんだ」
昨晩は断ろうとしていたが、ミリアムさんの策略にハマって護衛の要請を受けざるを得なくなった。
「俺たちはギルトンを出発した後、ボスコニア山脈を越えてドワーナに行く。そこまでは俺たちが彼女たちを護衛することになる……かもしれない」
「かもしれない? いずれにせよ、彼女たちの体がもとに戻ったら、護衛なんていらなそうだけどな」
「じつはまだ彼女たちに言ってないんだ。完全回復させることを」
「彼女たちは自分たちの体が元に戻ることを知らない。だから、護衛の要請を俺たちにしてきた。もし、彼女たちの体が元に戻ったら……」
「そうだ。護衛の話は必要なくなる可能性もある」
「なんか、面倒な話になっているな」
「もう一つ話がある。エリシアさんのことなんだが」
「彼女がどうかしたのか?」
「俺たちの仲間として受け入れることになると思う」
「ペルシー様、それも決定事項なのでございます」
「そうだな。覆されることはないだろう」
「でも、どうしてそんな話になったんだ? もちろん、俺たちは構わないけど」
俺はパメラとレイチェルの顔色を伺った。彼女たちに反対する意志はなさそうだ。
「分った。そのことはソフィアさんの承認も得ているので、問題はないと思う」
これで、事前説明は終わりだ。
ソフィアさんたちと話をはじめよう。
§ § §
「ソフィアさん、昨夜はよく眠れたかな?」
「ああ、お陰様でよく眠れました。それにしてもこの屋敷は静かでいいですね。外の音がまるで聞こえませんでした」
「まあ、それはちょっと事情があってね。外の音はしないんだ」
「不思議な屋敷ですね。外がどうなってるのか見てみたいですわ」
いや、屋敷の外へ出るのは止めたほうがいいと思うよ。ちょっと怖いからね。
「ソフィア様、これはエドさんが提供してくれたシーラシアのお茶でございます。気分が落ち着くので、お飲みくださいませ」
「クリスタさん、エドさん、ありがとう。ミリアムとエリシアも冷めないうちに頂きなさい」
「御意」
「はいです」
彼女たちが落ち着くのを見計らって、俺は話を切り出した。
「昨日の話だけど、ソフィアさんたちはこの後どうするつもりなんだ?」
「わたしたちは故郷へ帰ることにしました」
「俺たちが途中まで護衛することになったからね。それは知っているよ。聞きたいのは故郷で何をするかだ」
「故郷に帰ったら、遅かれ早かれ命を狙われることになるでしょうね」
「既に狙われてるよね。屋敷の外には帝国騎士隊が待ち伏せしている」
「はい、エリシアから聞きました。だから、ペルシーさんに護衛を頼んだのです」
「護衛のためにあいつらを皆殺しにしてもいいのか? 一応帝国の騎士隊だろ?」
「……故郷に帰るという事は、そういうことだと仰りたいのですね?」
「そうだよ。政争という名の騙しあい、殺し合い……。その覚悟があるのか?」
「死ぬ覚悟はありますが、この体では勝てる気がしないですね。彼らに近づくことさえできないでしょう」
「なんの勝算もなしに帰ると?」
「……ペルシーさん、それは今のわたしたちには酷な問いかけです」
「ソフィアさん、ほかの道はないのかな? 戦いを避けるような……」
「そうですね……、ほかに道があるとしたら帝国を捨てることが前提になります。しかし、わたしは、わたしの領民を見捨てることができません」
そうか……、それがあったか。
「もし、ソフィアさんが領地に帰らなければ?」
「領地は解体されて、領民には悲惨な運命が待っています。帝国は公式には奴隷を禁止していますが、奴隷同然の暮らしが待っているでしょう。ですから、わたしたちが帰らないという選択肢はないのです」
ソフィアさんの領民のことまで考えていなかった。俺とは背負っているものが違うんだな……。
「帰ったからといっても、結果は変わらないと思いますが……」
「それでもわたしは自分の責務を果たしたい」
俺はミリアムさんのほうを見たら、彼女は首を横に振っている。そして、エリシアさんは俯いたまま肩を震わせている。
「分かりました。俺はソフィアさんに別の道を歩んでほしかったのですが、無理そうですね」
これ以上の会話は無意味だ。彼女たちと俺たちの道は交差しただけだったんだ。
俺はソフィアさんたちの前に立ち、パメラを呼び寄せた。
「ソフィアさん、俺たちからのせめてもの
「ペルシーさん、何をするんですか?」
「ペルシー殿、聞いていませんぞ!」
ソフィアさんとミリアムさんはかなり動揺しているが、そんなことは気にしない。
「パメラ! 準備は?」
「シンクロ率80%! いつでもいける!」
「
ソフィアさんたちの五日前の過去に遡る。彼女たちの失われた手足をコピーする。そして彼女たちにコピーした手足を接合する。完全再生魔法とは、これらの三つのプロセスを順次おこなう複合魔法だ。
魔法を行使すると、ソフィアさんたちの体が幻想魔法の特徴的な眩い光に包まれていく。
そして、数分が経過し、光が消え始めると、彼女たちの体が元に戻っていることが確認できる。
「成功だな」
「ペルシー、おめでとう。これで新しい可能性が開けた」
「そうだな。これが成功したのはパメラのお陰だ」
「もっと、パメラを褒め称えるがよい」
「ああ、そうするよ。パメラ最高!」
三人とも自分たちの手足を見て唖然としている。まだ現実感がないのだろう。
俺はミリアムさんのほうを見てニヤリと笑った。昨夜のお返しだよミリアムさん。
「ペルシー殿、これはいったい?」
さすがにミリアムさんは話せるようになったが……。自分の手足を確認し続けているのは、まだ違和感があるのかもしれない。
「見ての通りだよ。完全再生魔法が成功したんだ」
「こんなこと、帝国の上席宮廷魔導師でもできない。いや、世界最高の魔法使いでもできないだろう。あなたは何者なんだ!」
「ミリアムさん落ち着いて! 何者でもないよ。通りすがりの魔法使いさ」
ミリアムさんは冷静だと思っていたのにそうじゃなかったようだ。しばらく話がまともにできそうにないな。
でも、宮廷魔導師なんて本当に存在するんだな。ちょっと、見学に行ってみたい気がする。
「こ、これは神の奇跡……」
あれ? ソフィアさんがちょっとヤバイ感じになってきた。まずいかも…………。
エリシアさんは……、気を失っているのか? そうとうショックだったんだろう。ごめんね、エリシアさん……。
「ペルシー、ソフィアさんはまだ立ち直れそうにない」
「あ~そのようだな。いったん、お開きにするか?」
「そうしてくださいませ、ペルシー様」
続きは昼過ぎだな……。
【後書き】
ちょっと、ショックが大きすぎたようですね。
でも、彼女たちはしたたかなので、すぐに復帰するでしょう。
次回から面白い展開になるかもしれません。
お楽しみに(笑)
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