第90話 謎の武装集団
ウエスティアはロマニア法国の中でも二番目に広い州だ。日本で喩えるなら北海道くらいの広さがある。ペルシー達が向っている魔法学園都市フェラーラはウエスティアの西北に位置している。
ペルシー達は北側からウエスティアに入ったので、フェラーラへ行くには西に三十キロほど進めばいい。
移動手段として魔法を使ってもいいのだが、ペルシー達は馬車で向かうことにした。それはロマニア法国の郊外を楽しみたかったからだ。
この世界の馬車は地球とほぼ同じなので、フェラーラまで四時間くらいかかるだろう。問題はペルシーが初めての馬車での長距離移動に、肉体的にも精神的にも耐えられるかどうかだ。
「フェラーラまでは平地が続くんだよな?」ペルシーが青い顔をしてレイチェルに訪ねた。この地域のことを知っているのはレイチェルしかいない。
「小さい山がありますけれどほぼ平地ですよ、お兄様」
「それは良かった……」
「ペルシー、大丈夫? 顔色が悪いよ」
「あまり大丈夫じゃない……」
「まさかとは思うが、乗り物酔いじゃあないだろうな? 兄貴?」
「そ、そんなことはない。お腹を壊しただけだよ」
「それではお薬を飲んで下さいませ」
クリスタは内助の功よろしく、胃腸に効く薬と飲み物をペルシーに渡した。もちろん、ペルシーは乗り物酔いなのだが、今更本当のことを言えない。
「ありがとう、クリスタ」
「旦那様の健康を気遣うのは妻の務めなのです」
「クリスタさんは新妻の鏡ですね。お兄様は幸福者です」
「いや、まだ結婚はしてないんだけどな」
「結婚しているようなものではありませんか」
「まあ、そうだけどな」
ペルシーはクリスタからもらった薬を飲んでみた。乗り物酔いには効かないかもしれないが、胃腸の調子はよくなるかもしれない。しかし、龍人にどのくらい効果があるのかまったく分からない。
「私もペルシーさんと結婚したいのです」エリシアが呟いた。
獣人にも結婚願望があるのかなと、ペルシーは率直に感じたが、尋ねてしまうと藪蛇になりそうだ。
「エリシア、悪いけどその話は後にしてくれないか……」
「はい、分かったのです……」
――そんなに悲しい目をしないでくれよ。
ペルシーは罪悪感を覚えてクリスタの方を見ると、彼女は黙って微笑んでいるだけだ。クリスタが怒っているのか気にしていないのか、表情からは読み取れない。
その時突然馬車が止まった。何か問題でもあったのだろうか?
「だんな! ここから先は深い森があって、最近商隊が盗賊に襲われたらしですぜ。迂回したほうがいいんじゃないか?」
「問題ない。真っすぐ行ってくれ」
「お客さん、そんなことないだろ。盗賊に襲われた時に金目の物を渡してしまえば命を奪われることはないと思うが、その用意はあるのかい?」
「大丈夫。ここには最強の剣士と最強の魔法使いが乗っているから」
「そんなに青い顔をした人に言われても説得力はないな」
「俺じゃなくて、こっちのイケメンと、そっちの美少女だ」
ペルシーはエドとクリスタのことを言っているようだ。
エドは笑っているがクリスタはキョトンとした表情をしている。おそらく、クリスタは自分が最強の魔法使いという実感がないのだろう。もちろん、彼女は古の光の妖精だから、比肩する人間の魔法使いはいないと思われる。
「へぇ~、優男にみえるが強いのか。でも、そっちの美人さんは最強の魔法使いと言うには若過ぎる気がするぞ」
「甘く見ないほうがいいぞ~。怒らせると町を半壊するくらいの殲滅魔法を使うからな」
討伐ランキング二位のクリスタにとって、それくらいは造作もなくできそうだが、本人は気分を害したようだ。ペルシーを睨んでいる。
「あっ、ごめん。それは言い過ぎだった。とりあえず、盗賊に満足してもらえるだけの金品は持っているから大丈夫だから、真っ直ぐ言ってくれ」
「それなら安心だ」
御者は納得してくれたようだ。前方に拡がる森に向って再び馬車を動かし始める。
そして、二時間ほど経過して森の中央を過ぎてから雲行きが怪しくなってきた。
「お兄ちゃん、一〇〇メル先に団体さんがいるみたい。商隊じゃないことは確かよ」
「ペルシーさん、私も確認しました。馬車を取り囲む布陣なのです」
「人数はどのくらいかな?」
「前方に一〇人、道の両側に二十人ずつ配置されています」
「全部で五十人ということか? ずいぶんと大きな盗賊団だな。この街道は主要な幹線道ではない気がするけどな。それとも、この街道には商隊が頻繁に往来するのか?」
五十人規模の盗賊を養うにはそれなりの成果が必要だ。しかし、あまり派手にやると討伐隊が派遣されてしまう可能性もある。討伐隊と戦闘するなら五〇人というのは微妙な人数かもしれない。
「もしかしたら盗賊は副業かもな」
「お兄様、普段は農業に従事しているけれど、農閑期は盗賊で稼ぐというような?」レイチェルは心あたりがあるのかもしれない。
「そう、そんな感じ」
「お兄ちゃん、ちょっと違う気がする。魔法使いが何人かいるみたい」
「おっちゃん! ちょっと馬車を止めてくれないか?」
「どうした? もうすぐ森の出口だぞ」
「ああ、それでも止めてくれ」
御者はしぶしぶ馬車を止めた。森から早く出たいのかもしれない。
「エド! 先日の編成で戦うぞ。軍隊やそれに準ずる相手ならば遠慮しないで構わない」「分った。農民だったら手加減すればいいんだな。まあ、魔法使いがいるなら農民の可能性はほとんどないけどな」
エドはレイチェルとジーナの三人でチームを組んで戦う。ペルシーは残りのパメラ、クリスタ、エリシアの四人でチームを組む。
「いきなり魔法を放ってきたら、俺が次元障壁で初撃を跳ね返す。そしてそのまま戦闘に入る。もし、交渉してくるなら、話だけでも聞いてみよう。内容次第で戦闘になるだろう」
「魔法使いはどうやって無力化したらいい?」
「どちらの場合もクリスタと俺が魔法使いを無力化するから、エド達は突っ込んでくれ」「私はどうしたらいいですか? 後衛はできないのです?」
「そうか……。エリシアの力を試してみるか……。エリシア、相手の後方に回り込んで魔法使いを無力化できるか?」
「もちろんできるのです」
「それでは俺の合図で魔法使いを無力化してくれ」
「了解なのです!」
エリシアは返事をするとすぐに馬車を降りて、森の中に消えていった。獣人のエリシアにとって、気配を消して敵の後方に回り込むのは簡単なことなのかもしれない。
「おっちゃん、出発してくれていいぞ」
御者はニヤリと笑って、馬車を動かし始めた。
ペルシーは漠然とではあるが御者の笑いに嫌なものを感じた。ひょっとしたら、罠にかかったのかもしれない――
「ペルシーさん、私達の素性がバレている可能性もあるのです」
「クリスタもそう思うか。もし、そうなら戦闘は避けられないな」
「お兄ちゃん、討伐ランキングのせいなの?」
「それ以外、考えられない……。いや、ギルティックの可能性もあるのか?」
「お兄様、その可能性は少ないかもしれません。ギルティックは自分たちに利益のない戦いはしません」
「でも、誰かの依頼ならば可能性はあるよな?」
「はい、それはそうですね。でも、それだと討伐ランキングとは関係ないので、目的がわかりませんね」
「あっ、そうか……。討伐ランキングが目的ならば自分達で倒す必要があるよな」
自分で相手を倒さなければ討伐ポイントは自分の討伐ポイントに反映されない。つまり、ギルティックを使う意味がない。
「でも、抜け道があるかもしれない。ギルティックに相手を弱らせる依頼をして、依頼主が止めを刺すとか?」
「お兄ちゃん、討伐ポイントは止めを刺した人の総取り式じゃないと思うわよ。古代魔法文明のアーティファクトがそんな間抜けのはずないわ」
「そうだよな。総取り式なら貴族のバカ息子が上位にランキングされそうだし、討伐ランキングの信頼性が失われるからな」
疑問はいくらでも湧いてくるが、敵と接触する時間は直ぐにやって来た。
「だんな、道を塞がれてしまった。盗賊かもしれないが、どうする?」
御者の動揺はまったく感じられない。演技することさえ放棄しているようだ。
――こいつを〆て情報を聞き出すか?
ペルシーは一瞬だけ迷ったが、御者が詳しいことを知っているはずはない……。
「俺達に任せてくれ」
「ああ、頼むぜ」
ペルシー達は馬車を降りて、前で陣形を整えた。左翼はペルシー、右翼はエドが担当する。謎の武装集団は扇型の陣形で、ペルシー達を囲むようにしている。
武装集団は烏合の衆ではなく、武装も陣形も整った軍隊のようだった。しかし、軍隊と呼ぶには何かが違う。
「さてと、俺は誰と交渉したらいいのかな? それとも、すぐに戦闘開始するか?」
ペルシーが武装集団に話しかけると、一人の男がペルシーの前に歩み寄ってきた。
――この男が隊長か?
隊長らしき男はエドのような感じの細マッチョで、しかも美男子だった。
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