第89話 魔物暴走

 ペルシー達はウエスティアの北東にあるガラフ大草原に転移した。

 爽やかな風がペルシー達を優しく撫でる。ここはギルトンのような熱帯の暑さはない。

 この草原を更に北東に向かうとソロモン帝国の領土があり、ガラリア大穀倉地帯が広がっている。

 ソロモン帝国とロマニア法国が戦争に踏み切れないのは、この穀倉地帯があるからだ。つまり、この地域はお互いの弱点なのだ。


「お兄様、今度は指定された地点に転移しましたよ」

「そのようだね。レイチェル、ありがとう。クロノスもな」

「どういたしまして」


 時の精霊クロノスは体を独楽のように回転させながら空中に溶け込んでいった。


「おお~、クロノスの新しいフェイドアウトだ!」

「クロノスちゃんはイタズラ好きですからね」


 レイチェルが楽しそうに笑っている。

 前回は故意にギルティックのアジトの近くに転移したので、その事を本人は気にしていた。だが、そこに悪意はなかった。それどころか、ソフィアやエリシアを救うための善意からの行動だった。あの時はクリスタが重症を負ってしまったが、レイチェルの行動を咎めるものはいない。


「ペルシー、様子がおかしい。ロマニア法国の方向に人が集まっている」

「クリスタも感じるか?」

「はい、陣形を整えているから軍隊かもしれません」

「ロマニア法国の軍隊か? よし、俺もロングレンジで魔眼を使ってみよう」


 ペルシーの魔眼はおよそ百キロの範囲を探知できるし、人と魔物の区別も可能だ。普段は一〇〇メートル程度の近距離をパメラに、五〇キロほどの中距離をクリスタに任せている。


「なんでだろう? 一個師団ほどの人数が集まってる」

「えっ、まさか戦争でも始まるのか? それなら早く離脱しようぜ」

「そうだな。でも、戦争ではなさそうだ」

「魔物なのですか?」クリスタが心配そうに両手を胸の前で組んでいる。

「北西の方角からこの草原に魔物の大群が押し寄せてきている」

「魔物の大群だって! 魔物暴走スタンピードじゃないのか、兄貴」


 エドはシーラシアの魔物大戦を知らない。魔物暴走スタンピードを連想するのは当然のことだろう。


「魔物の数は五〇〇程度だ。大型以上の魔物もいなさそうだし、魔物暴走スタンピードの可能性が高い」

「ペルシー、一個師団ならば二十倍以上の戦力差だから、余裕で人間側が勝てる」

「そうだな、離脱しよう!」

「なんじゃ、戦わないのか? 中型の魔物ならば妾が二〇頭くらいは引き受けてやるのじゃ」

「でも、五〇〇頭もいるしな」

「中型が五〇〇頭いる訳じゃなかろうに」

「それでも、一〇〇頭くらいはいるぞ」

「一〇〇頭はしんどいのう。残りはエドに任せればいいのじゃ」

「いやいや、五〇〇頭は剣で倒す数じゃないぜ。殲滅魔法で数を減らさないと」

「そうなのか? 残念じゃな」

「ジーナの無双するところを見てみたかったが、次の機会にしよう」


 魔物暴走スタンピードの原因が何なのか、疑問はある。しかし、今のペルシーは下手に首を突っ込まない方がいいだろう。


 ――後でエルザ達に事情を訊いてみよう。

 ペルシーはクリスタとパメラを除く全員をミルファクに収容し、上空に転移した。

 そして、高高度からの目視転移を数回繰り返し、誰にも気づかれないままウエスティアの北門に到着した。


「さてと、堂々と正面から入国しよう」

「パメラちゃん、手をつなぎましょう」


 クリスタとペルシーはパメラと手を繋いだ。二人の子供にしてはパメラは若干大きめだが、傍目には子連れの夫婦に見えるだろう。


「ペルシー、親子連れに見えると思ってない?」

「そう見えないか?」

「私はそんなに幼く見えないと思うんだけど……。子供より、ペルシーの妹がいい」

「そうか? それじゃあ妹でいいか。ということはレイチェルとパメラは姉妹だな」

「うん、それでいい。ペルシーお兄ちゃん」

「またお兄ちゃんに戻るのか?」

「前は音声ユニットが幼女モードになっていたのが原因。今は意識的に『お兄ちゃん』と言える。その方が世間体を気にしないでいいし、好都合でしょ」

「幼女モードか……。それも可愛かったかもしれないな」

「お兄ちゃんは変態さんなのです」



 エミリア姫から貰ったガンダーラ王国の通行証の威力はここでも有効だった。三人は何の問題もなく入国の許可が降りたのだ。


「あの~、ガラフ大草原を通過した時に、法国の軍隊を見かけましたが、何かあったんですか?」ペルシーは入国管理官に訊いてみた。

「詳しくは知らないが、魔物討伐の訓練だと聞いています」

「一万人以上で討伐訓練ですか? 随分大掛かりな訓練ですね」

「大規模な軍事訓練は毎年やっているから、その時期がずれただけだと思いますよ。心配には及びません」

「そうでしたか、安心しました」


 どうやら、本当のことを知らないようだ。魔物暴走スタンピードを公にできない理由があるのだろうか?

 ペルシーは通行税を四〇ギルを支払い、晴れてウエスティアに到着した。

 ウエステイアの北門周辺は民家が少なく、ミルファクの門を開く場所には困らない。


「この辺りでいいか。みんな出ておいで」


 レイチェル以外はウエスティアに来るのは初めてなので、みんな楽しそうにしている。しかし、町の中央には程遠いので、ウエスティアらしさは微塵もない。


「魔法学園の所在地はここから西に進めばいいはず。早速行こう!」


 ペルシー達は魔物暴走スタンピードの原因に一抹の不安を抱えながらも、魔法学園での新しい暮らしに思いを馳せるのであった。

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