第61話 姫騎士(2)奇襲と奇襲
ギルティックのアジトはギルトンの西にあるアジュール山の中にあった。
岩山の壁にある洞窟をアジトとして使っていて、その前には岩棚があり、そこからギルトンの町を一望できる。
とても暗殺を生業とした秘密組織のアジトのようには思えないな。どう見ても盗賊のアジトだろう。
俺達は転移した直後の広場からギルティックのアジトを見上げるような位置に移動した。広場にいたら奴等に見つかるかもしれない。
「とりあえず奴等と出会い頭の戦闘にならなくてよかったな」
俺は人間同士の戦闘はごめんだ。
ラーズ大砂漠でギルティックに襲われた時、
「お兄ちゃん、あれは不可抗力というものだよ。この世界ではよくあることだから、いちいち気にしてたら生きていけないのよ」
「それは判ってるつもり何だけどな……。簡単には割り切れないんだよ」
よく考えてみると、日本で流行っていた異世界ファンタジーでは、たくさん人が死んでた。ここは異世界とはいえ現実だ……生きることはハードモードなんだ。
「奴等は何でこんなに不便なとこにアジトを作ったんだろうな?」
エドの疑問は当然のことだと思う。
彼等の活動の中心はギルトンなのだから、町の中心に居を構えたほうが利便性はいいはずだ。
「それは、私がギルトンのメンバーだったからですわ、お兄様」
「あっ、そういうことか。時空魔法の利点を最大限に活かそうとしたわけか」
アジトの岩棚からは町が一望できる。つまり、時空魔法で町の殆どのところへ転移可能になる。よく考えたものだ。
「見渡せる場所なら行ったことがなくても転移できるのでございますね」
「それで間違いないか、レイチェル?」
「はい、お兄様」
組織からレイチェルが去った今、ギルティックの次の行動は決まっている。
「時空魔法使いがいないこんなアジトなど、不便なだけの洞窟だ。街道の近くにあるわじゃないから、盗賊でさえ寄り付かないかもしれない」
「ギルティックとしてはアジトを町のどこかに移設する必要があるのでございますね」
「今は引っ越しの最中だと思うの。だから見張りの気配が少ないの」
「そのようだな」
いずれにせよ、戦闘は避けたいから、さっさとギルトンの町に転移するか?
それとも、徒歩でこの山を降りるか……。
「お兄ちゃん、パメラはなんだか怖いの。ここを早く離れてほしいの」
「えっ、パメラは怖いのか?」
パメラが何を怖がる必要があるのだろうか?
彼女が自分から感情を表に出したことはいまだかつてなかったはずだ。
もしかすると俺の心を読み取っての発言なのかもしれない。
「それとも、俺が……怖がっている……ということか?」
「パメラが怖いの……」
俺のことを気遣ってくれているのか。パメラだけにテレパシーで礼を言おう。
『パメラ……ありがとう』
『パメラはいつでもペルシーの味方。感謝の言葉は必要ない』
「判った。それならさっさと離脱しよう」
「ちょっと待てよ兄貴!」
「何だよエド。大きな声を出すなよ」
「ギルティックのアジトだぜ。潰しに行こう」
「戦力が分からない以上、みんなを危険に曝す訳にはいかない」
「俺達の中に人間に負けるような弱いやつはいないぜ。それに龍王様に命令さていなかったのか?」
俺はギルティックと戦闘になることなどまったく考えていなかった。
おそらく諜報戦になるだろうと……。
「ギルティックを調べるようには言われていたが……」
時空魔法使いを調べろとは言われていた。しかし、レイチェルを確保している今、いや、仲間にできたのだから、殲滅する必要はないのでは?
「ペルシー様、クリスタからもお願いなのです。暗殺集団を野放しにすれば犠牲者が増えるのです。少しでも戦力を削いで下さいませ。弱き者を守りたいのでございます」
「えっ、クリスタもそう思うのか……」
嘘だろう……。ギルティックを潰すということは、俺に人殺しをやれということなんだぞ。二人とも判っているのか?
「申し訳ないのでございます。私の我儘を……聞いてほしいのです。ペルシー様」
エドとクリスタはギルティックを潰せと言う。
同じ結果を求めていても、そのモチベーションは異なるようだ。
だが、俺は日本人なんだ……。
今度はパメラの方からテレパシーで話しかけてきた。
『ペルシー、気に病むことはない。この旅はペルシーの冒険。ペルシーが選択するのならばどちらも正しい。どんな結果になっても、パメラはペルシーの味方』
『そうだったな。パメラはいつでも俺の味方だ』
俺は覚悟を決めた――
仲間を危険に曝すこともしたくなかったんだが……。
だけど、ここは異世界だ。戦いを避け続けることは不可能――
「よし、みんな聞いてくれ」
作戦はこうだ。
俺とパメラが洞窟の向って左側から先に仕掛ける。その後、右側からクリスタとエドが後に続く。
本来はエドが前衛になるのが望ましいが、今回は俺が先陣を切りたい。
今回、レイチェルはミルファクで待機してもらう。本心はどうあれ、以前は仲間だった相手だ。戦いたくないだろう。
「ペルシー様、もしかしたら囚われている人達がいるかもしれないのです」
「ああ、解っているよ。いきなり殲滅魔法は使わないさ」
あくまでクリスタは弱い者の味方なんだな。
「パメラ! 準備!」
パメラはヘッドギア形態になり、ペルシーはパメラを頭に取り付けた。
『ペルシー、いつでも行ける』
§ § §
「あら~、我らのアジトに奇襲をかけようというのかい? 無謀な連中だね~」
紅いローブを纏った魔法使いが、ペルシー達の後方でつぶやいた。
「アジトが発見されたということか? ギルティックとあろうものが」
「いいんだよ。ここは廃棄しているところだからね。それに想定外というものは常にあるものなのさ。だから二重三重に罠を張る必要があるんだよ」
話し相手は帝国騎士の鎧を纏っている。
納得していないようだが、話を続けた。
「まあ、いいだろう。ところで、お前たちの仲間はどのくらい残っているんだ?」
帝国の騎士らしき男がバスターソードに手をかけていた。
「十人くらいじゃないかしらね。まだお宝が残っているから、そちらの方が重
要なのよ」
紅いローブを纏った魔法使いは、暗殺集団ギルティックの中では紅蜘蛛と呼ばれている上席幹部である。
彼女は毒薬の専門家であり、毒薬による暗殺を得意としている。
そして、認識阻害魔法の使い手でもあるのだ。まるで暗殺のためだけに自分の技術を磨いてきたような狂人、それが紅蜘蛛なのである。
帝国騎士が何か言おうとしたが、紅蜘蛛が制した。
「心配するんじゃないよ。あんたのお目当てはアジトの奥にあるから」
「それでは邪魔者を始末しないとな」
彼女は認識阻害魔法を使って、ペルシー達を監視していた。
残念なことに、その認識阻害魔法はクリスタの探知魔法でも認識できない。
つまり、彼女に監視されていることをペルシー達はまったく気づいていないのだ。
「あら、最初の二人が早速動き出したわよ」
「どうするんだ?」
「残りの二人から片付けましょうよ」
「俺が囮に成ればいいんだな」
「そうよ。解ってるじゃない。その隙きに乗じて私が後ろからこのナイフでブスリ。簡単でしょ」
紅蜘蛛は真っ赤な舌をぺろりと出して、手にしたナイフを舐める振りをした。
そのナイフはエルザの肩を切りつけた時のものだ。エルザはその毒のせいで重症を負った。その時ペルシーと出会わなければ死んでいただろう。
龍人をも倒すことのできる毒……それが紅蜘蛛の毒だ。
おそらく、この世界の希少金属――ミスリル――で造られているものだろう。
そして、その刃先には紅蜘蛛の毒が塗られている。
「おっ、二人がアジトに入ったわね。今よ!」
帝国騎士が洞窟の入り口に飛び出し、クリスタとエドの前に立ちはだかった。
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