第37話 パメラドールの消失

 ペルシー達は、一週間ほど龍王城に滞在することを許された。

 龍王城の見学とレイランの研究の様子を見ることが主な目的だ。


 龍王城は外観からは分からないが、中は非常に広く、多数の個室があった。

 しかも大浴場まで設けているのである。

 さすがドワーフが手がけた城だ。

 まあ、大浴場はジュリアスの提案らしいが……。


 ペルシーたちが見学したのは龍王家の谷にある本丸だけだが、他にも居城が用意されているようだ。

 それにしても何故ここまで守りを固めているのだろう?

 少なくとも人間が龍神族に対して戦争を仕掛けるということは考えられない。


「レイランさん、いったい何から龍王城を守ろうとしているのかな?」

「ペルセウス殿は知らなかったのか? 龍神族にも敵がいるのだぞ」

「まさか……」

「そのまさかだ。下等な龍の一族がいてな。戦闘力だけなら龍神族の次くらいの能力を持っている」


 ルーテシア大陸の中央にはカーデシア山脈という大陸を南北に分断する山々がある。

 そこに生息している龍族が、わざわざ《はじまりの大陸》にあるこの城まで、攻撃を仕掛けてくることがあるそうだ。


「やつらの知性は低く、そこらの野生動物や魔物よりちょっといいくらだ。だが厄介なことに数だけは多いのだ」


 龍族同士の戦いを見てみたい気がするが、先日の魔物大戦よりも恐ろしい光景が目に浮かぶ。


「どのくらいの周期で襲ってくるのかな?」

「だいたい四年から五年周期だな。繁殖してから襲ってくるのだと思う」

「ひょっとしたら、その龍族の王が代わったあと、箔をつけるために襲ってくるような気がする。龍神族に喧嘩を売ることが、新しい王のパフォーマンスなんじゃないかな?」

「ほう~、それは新説だな。なるほど、調査する価値があるな。何故そう思った?」

「レイランさんは奴らが下等だとか、知性がないとかい言ってたでしょ。だから、その程度のことかなと」


「何か思い当たることでもあるのか?」

「人間の社会でもあるからね。特に閉鎖的な小国が大国に挑むふりをするとか。国内で威厳を見せるためにやるのさ」

「ありそうだな。魔法学園に通っていた時に、愚かな人間をたくさん見たぞ」

「ははは、これから魔法学園に通わなくちゃならない身としては頭が痛いな」


 魔法学園といえば、あと三週間ほどで入学試験がある。

 その準備もしなくてはならないだろう。

 ロマニア法国はルーテシア大陸の東側にあるので、決して近いとはいえない。

 そろそろ龍王城を御暇する必要がある。

 

「それでレイランさん、これからの予定なんだけど」

『ペルシー、シンクロ率が……』

「どうしたパメラ」


「ΔΘ●ΛΞΠΣΦ△ΧΨΩβ▲」

「えっ? レイランさん、今なんて言った?」

「γδ■εηθ○ικ」

「何を言ってるのか分からないぞ……」

「λ□μνξο◆π」

「パメラ! 言語変換が機能していないぞ」

『……』


 異変を感じ取ったのか、横にいたクリスタが妖精通信をしてきた。


『ペルシー様、クリスタです』

『クリスタ、言語変換がなくても妖精通信は使えるのか?』

『意識に直接話しかけているので、言語は必要ありません』

『なるほどね。それで、パメラの様子がおかしいんだけど』


「ρστ◇υφχω」


『レイランさんの通信回線を開きます』

『レイランさん、パメラの様子が変なんだ』

『いきなり言葉が通じなくなってびっくりしたぞ。パメラちゃんがペルセウス殿の言語変換をやっていたとは知らなかったぞ』

『クリスタ、パメラは壊れたのか?』

『そんなことはないと思いますが、どうなんでしょうか?』


 その時、ペルシーはパメラとのシンクロ率が著しく低下していることに気がついてなかった。

 パメラはペルシーとシンクロしないと、上手く機能できない。


『困ったな。ひょっとしたら……、いや待てよ……』

『ペルシー様、何か心当たりでもあるのでしょうか?』

『さっきパメラがシンクロ率がどうのこうのと言ってたんだ。そのシンクロ率が低下したのが原因なのかもしれないと思ってな』


 ペルシーはシンクロ率のことをほとんど知らなかった。

 すべてパメラ任せだったからだ。


 ペルシーとしてはパメラが機能しないと困るどころではない。

 まさに死活問題なのだ。

 リアルタイム言語変換が使えないのも困ったものだが、幻想魔法が使えないと、この世界を生きていく上で障害となる。


『俺にとって、パメラの存在がこれほど大きいとは……』


 そこで突然、パメラが少しだけ息を吹き返した。


『ぺ、ペルシー……』

『パメラ! どうした!』

『お、お風呂……』

『お風呂?』

『……』

『パメラ?』

『……』

『風呂がどうかしたのか?』

『パメラちゃん! パメラちゃん! どうしたの?』

『パメラ! 応えてくれ!』


『ペルシー様、確かにお風呂と聞こえましたよ。とりあえずお風呂に行ってみましょうか?』

『それもそうだな。パメラが死んだわけじゃないことが判って、ホッとしたよ』


 ペルシーは気がついていた。

 ペルシーが龍王に謁見したあとから、あんなに元気だったパメラが、日を追うごとに弱々しくなってきたことを――


 龍王城への逗留期間は明日が最後となる。

 パメラがもとに戻ってくれないと、ペルシーとしては非常に困るし、何よりもパメラのことが心配だ――

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