第3話 光の妖精クリスタ

 ペルシーの体から強力な波動が放出された。


 その波動は物質と衝突するたびに光り輝き、放射状に拡がっていった。

 それは十秒ほど続き、水蒸気と土煙と木や肉が焼ける嫌な匂い、オゾン臭、そして虹色に輝く光の粒子を残した。

 視界が悪くて森林がどうなったのか分からないが、小規模の放電がまだ続いている。


「時空振動波ってこんなに強力な魔法なの? まだ光り輝いてるし……」


 《時空振動波》の威力は、ついさっきまで魔物たちに囲われていた恐怖を忘れさせるほどの衝撃だった。


「で、でも、とにかく助かった……」

『ああ、気持ちよかった……。ペルシーとパメラは相性がいい。カタルシスを感じた』

「カタルシスだって? 千年間も封印されていたんだ、無理もないか」

『そう、鬱憤が溜まっていた』

「そうか、解放されてよかったなパメラ」

『因みに、シンクロ率は七十五パーセントくらいまで行った』

「そのシンクロ率って何だよ。それに微妙な数字だな」

『ふふふ。百パーセントを超えるといいことがある』

「何だそりゃ? 気になるな~。誰にとっていいことなんだよ」

「二人の愛の結晶」

「はい? まさか子供とか?」

「それは秘密……」


(人工知能と子供を作れるわけ無いか。

 もしかしたら、パメラドールは虚言癖でもあるのかもしれないな。

 彼女のことはまだ良くわからない……。いや、分かる日が来るのだろうか?)


「ところで、何で俺はあんなに大量の魔物に襲われたんだろう?」

『ペルシーがマナを放出しているから魔物たちが集まってきた。魔物たちは自分たちとは異質のマナを感知すると集まってくる習性がある』

「でも、マナを放出しているつもりはないんだけどな」

『ペルシーのマナの量は規格外だから意識して抑えないと漏れ出てしまう』

「今も放出しているのか? どうやったら止められるんだ?」

『魔眼で自分の体を見てみるといい』


 ペルシーは目に意識を集中して、自分の体を見た。

 すると、ドライアイスから放出される冷気のように、彼の体から煙が流れ出ていた。


「なんか煙のようなものが出てる……」

『それを体にまとうように意識して』

「これでどうだ!」


 すると、その煙はペルシーの体に薄い膜を作り、留まるようになった。


『それでいい。慣れれば意識しなくても纏えるようになる』





 一旦危機は去ったが、今の状況はどうなったのだろうか?

 ペルシーはピラミッド神殿に向かって猛ダッシュし、三歩で頂上の神殿に到達した。


「これだけ体が動くと、ほんとうに気持ちいいな~。地球ならガチでヒーローになれそうだ」


 もし地球だったら、その力を隠しながら生きていかないと、社会的に大変なことになるだろう。ヒーローがヒーローらしく活躍できる世界ではないのだ。

 だが、そこまで想像する余裕が、今のペルシーにはなさそうである――。


 ペルシーはピラミッド神殿の頂上で、周囲の森林を見渡してみた。

 どうやら、時空振動波の衝撃波に巻き込まれたのは、ペルシーの前方だけのようだ。その形は扇型をしていて、半径五キロメートルほどである。


 しばらくすると、土煙や水蒸気は風に流されて、それにともない小規模な放電も、虹色に輝く光の粒子も収まってきた。そして全貌が判った。


 なんと、衝撃波の射程に入っていた森林は消失していた。

 そして地面は巨大な蟻地獄のように深く抉れている。


「想像していたよりも、消滅している範囲が広い……。迂闊にこんな魔法は使えないだろうな」

『この魔法を使うような場面は、そうあるものではない』

「それもそうだな」


(パメラの言うことを信じたいよ)


 いくらここが異世界だからといって、千匹以上の魔物に襲われることが度々あったら、堪ったものではない。





    ◇ ◆ ◇





「パメラはコンピュータのプログラムとは違うんだな。ジュリアスさんが人間以上だって言ってたけど、本当だと思うよ」

『コンピュータ? プログラム?』

「それは……つまり……、機械みたいなものだと」

『パメラは機械とは違う。魔法で作られた人工頭脳といった方が正しい』

「なるほど、知能ではなくて頭脳ね。よく分からないけど凄いな……」

『仕組みはどうでもいい。パメラを人間だと思って接して欲しい』

「もちろんだよ、パメラ」


 ペルシーとしてはパメラドールがいてくれて助かった。

 ちょっと変な性格だが、魔物が跋扈するこの世界では、パメラは頼りになる相棒だ。


「ところで、口調からするとパメラは女の子かな?」

「もちろん女の子。子供も産める」

「はい?」

『その証拠に、今から女の子を産む』

「おいっ、誰の子だよ!?」

『もちろんペルシーとパメラの愛の結晶。う~ん……』

「おいっ、息むなよ! まだ、シンクロ率は百パーセントを超えてないだろ?」


(俺は何を言ってるんだ?)


『もう少し……』


 パメラがそう言うと、ペルシーの目の前の空間が歪み始め、その中央から光の粒が溢れ出した。


「まじかよ……」


 そしてそこには玉のように美しい赤ちゃんが……、じゃなくて、小さな妖精が現れた。


「パメラ……、妖精を産んだのか」

『ペルシー、ごめんなさい。パメラの嫁を産んだ』

「そんなことあるかいっ!」


 パメラが産んだ、もとい、出現させた妖精はペルシーの目の前に浮かんでいる――。


「あの~、お取り込み中申し分けございませんが、ここはどこでしょうか?」


 その妖精は、十五歳くらいの少女がそのまま小さくなった容姿をしている。

 髪の毛は金色でショートカット、背中に半透明の羽が生えているのは妖精だからだろう。着ている服は、白を基調として緑色の模様が入った丈の短いドレスだ。


『クリスタ、久しぶり』


「その声はパメラですね。それと……、あっ! ジュリアス様!」


 その妖精はペルシーの胸に飛び込んできた。


「うわっ!」


 妖精の動きがあまりにも速かったので、ペルシーは反応することができなかった。


「クリスタさん? 俺はジュリアスじゃないんだ」

『クリスタ、今イメージを送る』


 どうやら彼女たちはメッセージを高速で送る手段を持っているようだ。


「そうだったんですか……」


『ペルシー、この娘は光の妖精クリスタ。おそらく光の妖精は、クリスタが最後の生き残り』


「ペルシー様、はじめまして。クリスタと申します。ジュリアス様の最後の命に依り、ペルシー様にお仕えすることになりました。末永くよろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしく頼むよ。それにしても妖精なんて初めてみたよ。可愛いなぁ……」

「そんな、可愛いだなんて。恥ずかしいです」





 クリスタはジュリアス・フリードの召使い――というよりもメイドだったようだ。

 ジュリアスが封印される時、パメラが共次元空間に逃したので、千年の封印期間を経験することはなかったらしい。

 つまり、クリスタの時は千年前から止まっているのだった。


「ジュリアス様のことでお願いがあります――。あまりジュリアス様のしたことでお怒りにならないでください」

「それはどうしてかな?」


(パメラのやつ、余計なことまでクリスタに教えたのか)


「ジュリアス様はとてもお優しい方でした。ミストガルを魔物から救うために世界中を旅して、人々のために戦いました。それなのに封印までされて……。不憫過ぎるのでございます」

「どんな事情があろうとも、まったく関係のない俺をこの世界に呼び寄せるのは正しいことなのか? その行いを正当化できるのか?」

「ジュリアス様がなぜそのような行動を取られたのか、私にも分かりません。ですが、ジュリアス様を恨まないでくださいませ。きっと、やむにやまれぬ事情があったはずでございます」


(どうやらクリスタはジュリアスの願いのことは知らないようだな。ということはパメラも聖女ペネローペのことを知らないのか?)


「やむにやまれぬ事情か……」


(ジュリアスの願いは聖女ペネローペを救うこと――。

 彼は愛ゆえにペルシーを一方的に召喚したのだ。

 だが、俺が地球で幸せに暮らす権利はないのか?

 いや、社畜だし、独り身だったから幸福とは言い難いけどな。

 その代償としての異世界冒険……。まあ、それも面白いかもしれないな)


「俺はジュリアスさんの事情を知っている。だからこそジュリアスさんを恨みきれていない」

「ありがとうございます。今はそれ以上望むべくもありません」


 クリスタは深々と頭を下げた。


(ジュリアス・フリードはいい召使いを持ったよね――)


「パメラ、それにクリスタ」

『なに?』

「何でございますか?」


「ジュリアスのことはこれ以上恨んでも仕方がない。だから俺は決めた」


(そうだ、ここはミストガルという異世界。くよくよ考えていても前に進めないどころか、命を失う危険性もある。考え方を変えよう)


「二人には俺の冒険を、とことん手伝ってもらうぞ。俺が地球に還るまで」


(あるいは死ぬまで……)


『ペルシー、それはパメラの望むところ』

「クリスタはプロのメイドでございます。ペルシー様が地球に還るとしてもついていくのでございます」

「ありがとう、二人とも」

『ペルシー、絶対に死なせはしない』


(あれっ? 俺はそこまで言ったっけ? まあ、いいか……)


「ところでクリスタ、そのサイズでメイドはできないと思うけど?」

「大丈夫です!」


 クリスタはそう言うと、どこからどう見てもりっぱな人間の少女に変身した。

 金色の髪も、白い肌も、青い目も、妖精形態のときと同じだった。

 この姿ならばジュリアスの世話をすることもできただろう。


 ただし、着ている服に少々問題があった――。


「何でゴスロリ?」


「ジュリアス様がメイド服はこれに限ると仰ったので……」

「ジュリアスのやつ……。やっぱり日本人だったのか」


(それにしても妙だな。

 ジュリアスがミストガルに召喚されたのは千年以上前のはず。

 なんで、ゴスロリのメイド服を知っているんだ?

 地球とミスとガルの時間軸にズレがあるのだろうか?

 ジュリアスは現代人で、召喚された時代が千年前だった……。

 それならば辻褄が合いそうだな)


「何をお怒りになっているのですか? この服は似合いませんか?」


 クリスタが潤んだ瞳でペルシーを見上げる。


「いや、とても似合っているよ。というか、クリスタはとてもかわいいし、スタイルがいいし……」


(やばい、一目惚れしたかもしれない……)


「そそそ、そんなことないですよ。褒めすぎですー」


 クリスタは慌てて両手を前に突き出し、フルフルと振った。

 そんなことをしたら別のところもブルブルと震える……。

 何も考えてはいけない――。


『ペルシーのエッチ』


(パメラは俺の考えていることが分かったのか?)


「あれっ?」


「どうかされましたか? ペルシー様」

「どうして言葉が通じているのかな? そう言えばパメラとも会話できたし……」

「パメラドールは言語を自動的に翻訳してくれる能力を持っているのです」

「パメラって、魔法を教えてくれるだけじゃないんだな」

『ペルシー、パメラを尊敬してくれていい』

「ああ、尊敬したよ。凄いなパメラ(棒……)」

『ふふん』


(パメラの能力はまさに人工頭脳・・・・だな……)


「ところで、クリスタにはこの世界の案内役をやってもらいたいんだけど」

「もちろんでございます。ただ、千年も経っているので、正確な案内は難しいかもしれません」

「それは仕方ない。俺は右も左も分からない状態だからな、それよりはずっとマシだ」


 千年前に、魔法文明はユリシーズ大陸ごと消失してしまったし、それが他の大陸に及ぼした影響は大きいだろう。

 クリスタの知っている千年前とはだいぶ違っているのではないだろうか。


「それで、旅立つ前にクリスタの能力を教えてほしい」

「はい、ペルシー様の魔眼と同様に探知魔法が使えます。光の妖精ですから、十キロくらいの範囲なら余裕です」

「おお、それは頼もしい。ということは、クリスタと交代で周辺の警戒をできるわけか」

「任せてくださいませ!」


『パメラも百メートルくらいの近距離なら警戒できる』

「百メートルか。それでも十分すごいと思う。俺が寝ている時に警戒してくれると助かる」

『任せてほしい』


 この先はサバイバルだ。寝てる間に魔物に襲われたら目も当てられない。

 クリスタとパメラの探知能力はきっと役に立つだろう。


「それ以外にはなにかあるか?」

「もちろんあのでございます。お料理に、お掃除、お茶も美味しく淹れることができます」

『クリスタはこう見えてもメイドマスター。クリスタはパメラの嫁』

「どうリアクションしていいの……。でも、生活に役立つスキルは歓迎だ」


 この世界で人々がどんなものを食べているのかは知らないが、口に合わない可能性もあるので、クリスタが料理上手なのはよかった。


「魔物と戦うのに役立ちそうな能力を知りたいんだけどな?」

「暗いところを明るくしたり、毒を検知したり……」

「へぇ~、地味だけど、必要な魔法だな。素晴らしいぞ」


 ダンジョン探索に連れて行きたくなるな……。いや、ダンジョンってこの世界にあるのか?


『ダンジョンはあるから、安心して』

「あれっ、俺は口に出していったっけ?」

『細かいことは気にしないでいい』

「そ、そうか? 攻撃的なスキルはないか?」

「もちろん、あるのでございます。光子ライフルとか、光子キャノンとか、光子サイクロンとか……」


「そにそれ? 最後のは殲滅魔法なんじゃないの?」

「光の粒子が渦を巻きながら範囲を狭めていく魔法です。それはそれは綺麗ですよ」

「綺麗なのか……。妖精がそんな殲滅魔法を使っていいのかな?」

「とくに制限はないと思いますが?」

「まあ、妖精の魔法管理局があるわけじゃないしね」


(ひょっとして、俺は戦わなくてもいいんじゃないの? 見てるだけで……)


「それと、光属性ですから、治癒魔法、回復魔法、浄化魔法なども得意です」

「それも素晴らしいな。でも浄化魔法って何?」

「アンデッドにはよく効きますよ」

「やっぱり、そんなのがいるのか。滅入るな……」


(ゲームとか映画でゾンビを見るならば面白いが、本当のゾンビなど見たくないものだ)


「浄化魔法は体の洗浄にも使えるのですよ」

「野宿をする必要があるときには使えるな」


(これから先、野宿するよな……。異世界だし)


「それから防御系の魔法はある?」


「光子ウォールあります。魔法防御なので物理的な攻撃の防御はできませんが。あとは身を守るという意味では光学迷彩もあります」


「やっぱり最強の妖精メイドだな――」

「それほどでもありませんよ~」


 クリスタはまた手をフルフルと目の前で振った。

 もちろん大きな胸も一緒に震える。


(考えちゃいけない、考えちゃいけない……)


『ペルシーのエッチ』

「パメラ、頭の中を覗いてるだろう!」

『大丈夫。パメラもエッチだから』

「いや、そうじゃなくてね……」

「ペルシーさま、クリスタにも聞こえているのでございます」

「え~とっ……」

『クリスタはパメラの嫁。ペルシーが望むなら、クリスタにエッチな何をしてもいい』

「それって、エッチなことも?」


『愚問』


「な、な、な、何を言っているのですか! パメラちゃん!!!」


 こうして、ペルシーには光の妖精クリスタという頼りになるメイドができた。

 魔法に関してはパメラドールがサポートしてくれるので問題なさそう……である。

 あとはペルシーがもう少し魔法を使いこなせるようになれば旅立ちの準備は完了だ。

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