第二章 冒険のはじまり
第5話 夜明けの訪問者
「さ~て、困ったなぁ~」
この世界に来てから数時間が経過し、さすがにお腹が空いてきた。
お腹が空いては戦はできぬ。ペルシーのお腹はまさにそんな状態だった。
それにしても、千年前から封印されているジュリアスの体はどうやってエネルギーの補給をしていたのだろうか?
幸いこの森には果実がたくさん実っているし――食べられるか分からないが――野生の動物もたくさんいる。ただし、ペルシーが騒音を立てていたので今現在、周辺に動くものはいない。
遠くで野鳥の囀る声が聴こえるだけである。
「クリスタ、魔物の気配はあるか?」
「あっ!」
「まさか……」
「迂闊でございました。周辺をゴブリンたちに囲まれているのです。申し訳ありませんペルシー様」
「状況を詳しく教えてくれ」
先程は数百メートル前方にいることを確認したゴブリンの集団だろう。
ペルシーは魔物を侮り過ぎたようだ。
(これほど移動速度が速いとは……。いや、こちらに気がついたからか?)
幸い、ゴブリンたちはペルシーを中心として二十メートルほど離れた周囲にいる。その数は三十体ほどだ。
奴らはこちらが気づいていないと思っているだろう。だから、まだ襲ってこない。
ペルシーは守りの薄いところを突破して、追ってきたところを各個撃破する作戦を思いついた。
『一挙にやっつけないの?』
「地味に敵陣を突破する練習だ」
突破する方向を決めるために、クリスタに命じて守りの薄い方向を調べてもらった。その結果、西側が薄いことが判った。
「クリスタ、妖精化! 肩に乗れ!」
「はい、ペルシー様!」
「ウインドカッター!」
ペルシーは西側に向けて走り出し、ウインドカッターを前方の四体に向けて放った。
四つの光の刃が虹色の尾を曳きながらゴブリンの首を音もなく
そのうち三体のゴブリンの首が冗談のように落ちて、血が噴出した。しかし、ひとつは外れてしまった。
『ペルシーのヘタッピ』
「う、煩いな~。ピラミッド神殿の時は上手くできたのに……」
(まだ訓練が必要だな~)
そのあと、ペルシーはその中央を疾風のごとく走り抜ける。
「グギャッ!グギャッ!」という叫び声が後方から盛んに発せされる。ゴブリンの叫び声をペルシーは初めて聞いた。
「あいつら、追って来れるかな?」
ゴブリンたちは何が起こったの分からなかったようだが、野生の本能だろうか、すぐに追撃をはじめた。ひょっとしたらリーダー格がいるのかもしれない。
だが予想した通り、ゴブリンたちはペルシーのスピードについて来るのがやっとで、徐々に縦長の隊列になって来た。
包囲されていた時とまるで違う状況だ。
「こんなに戦術がうまく決まるとは思わなかったよ」
「ペルシー様、油断は禁物でございます」
「ごもっともです……」
ペルシーは少しスピードを落とし、一体ずつ魔法を試してみることにした。
走りながら正確さを念頭にウインドカッターをはなつ。
「ウインドカッター!」
光の刃が十体のゴブリンに命中。
今度はすべて倒すことができた。
だが、あと十数体いる。
「こんどはアイスキャノンだ!」
ゴブリンに対してアイスキャノンは強力過ぎるが、動く複数の標的を倒す練習だ。
氷の弾丸は輝きながらゴブリンたちの胴体に命中し、そのまま吹き飛ばした。
しかし、三体だけ討ち漏らしてしまった。
「あれっ、また外しちゃったよ」
『アイスキャノンの方がウインドカッターよりも当たりやすいのに』
「パメラ、それを言うなって……」
それを見たクリスタは、すぐさま人間形態に戻った。
「ペルシー様、お任せを! 光子ライフル!!!」
クリスタが叫ぶと、光り輝くライフルが現れた。
クリスタはペルシーが討ち漏らした三体に狙いをつけ、次々と光子ライフルで光子弾丸を放った。
光子弾丸はゴブリンたちの頭を正確に撃ち抜いた。
「さすがだな。クリスタ!」
「もっと、褒めてくれてもいいのですよ。ペルシー様」
クリスタは自慢げに大きな胸を反らした。
『ペルシー、このくらいのことクリスタならできて当然よ』
「パメラは厳し過ぎです……」
「これからはクリスタのことを光魔法マスターと呼ぼう! これからもフォローをよろしく頼むよ」
「そ、それは褒め過ぎですよ~」
クリスタは両手を前に出しフルフルと振った。例によって、大きな胸がブルンブルンと揺れている。
(え~と……、こんな嬉しい状況は何年ぶりだろう?)
『ペルシーは巨乳好き』
『ああ、俺は巨乳が好きだぞ。最近は貧乳の需要もあるらしいがな」
「ペルシー様はエッチなのです」
「クリスタのも聞こえて……。と、ところで、その光子ライフルは具現化しているのか?」
「いえ、具現化しているように見えているだけなのです。ライフルがあるようにイメージしたほうが命中率が上がるので……そうしているのでございます」
「なるほどね。やっぱり、クリスタは凄い!」
ゴブリンたちの襲撃はペルシーにとって丁度よい実践訓練になった。
その甲斐あって、ウインドカッターとアイスキャノンの精度を多少なりとも上げることができたのだ。
そして、クリスタの実力の片鱗を垣間見ることができたのは良かった。これからの魔物との戦いで、作戦が立てやすくなるからだ。
それにしても光子ライフルは凄い魔法だと思う。クリスタからすれば低級魔法に属するはずなのだが……。
クリスタの上級魔法はどんな威力があるのだろう。期待せずにはいられない。
話は変わるが、ペルシーはウインドカッターが光り輝く刃であること以外にも、少し不満を持っていた。
「ウインドカッターは血が噴き出すところがちょっといやだな……」
クリスタは血を見るのに慣れているようだ。動じた様子はない。
もし、地球でならペルシーは生き物の殺傷は気が引けることだろう。しかし、なぜか魔物を倒すことに躊躇することはなかった――。
『ペルシー、ウインドカッターはアイスニードルやアイスキャノよりも確実性が高い。我慢してでも使ったほうがいい』
「そうだな。それは分かっているんだけどね……」
ペルシーはゴブリンの脅威から脱出したあとも、方向を北に戻してしばらく走った。
戦闘した場所からはすぐに離脱するのがセオリーだと、クリスタが進言してくれたからだ。
「ペルシー様……、お腹が空いているところ申し上げにくいのですが……」
「今度は何?」
「オーガが三体います。迂回しますか?」
「いや、倒そう」
ペルシーとクリスタは高速でオーガたちに近づき、中距離攻撃をしかけた。
「アイスキャノン!」
「光子ライフル! 発射!」
光の玉が二体のオーガを吹き飛ばし、光の弾丸が一体のオーガの頭部を貫通する。
そして呆気なく絶命した――。
喜ばしいことに、ペルシーとクリスタとの連携もうまくいっている。
しばらく前進すると、運が良いことに果物が大量に実っている場所を見つけた。
さすがに熱帯雨林の大森林である。
そこには小動物がたくさん集まっているので、ここにある果物は食べられるかもしれない。
「腹減った~。もう限界だ~」
『オーガって、食べられるんじゃないの?』
「どうなんだろう? オークなら食べられそうだけど」
(あれは豚に似てるから、きっと食べられるはずだ)
「オーガは筋っぽくて食べられないのです。ミノタウロスなら煮込むと美味しいのでございます」
「ここにはいないよな、残念だ」
『クリスタの手料理はとても評判がいい。ペルシーも食べてみるべき』
「パメラちゃん、食材がないから今は無理なのです。でも……、ちょっと待って下さい。食材を探してみます」
クリスタが食べられる果物や木の実を選別してくれた。
「これはキューリーという果実でございます」
クリスタが差し出す果物をペルシーはこわごわと少しだけ食べてみた。
食べた果物はキウィに似ていて、甘酸っぱくて、香りが良かった。それに食欲をそそる味だ。
「美味しいよ、これ」
「私もいただくのです」
『パメラも食べたいのに……。ペルシーのバカ』
「そう言われても、俺には何もできない。でもな、パメラを創り出したほどの魔法文明だ。食事ができるような体も創り出しているかもしれないぞ」
『……』
「ごめん、根拠のない期待をもたせるようなこと言って……」
(そうだ、俺はパメラの気持ちなど何一つわからない)
その後、クリスタは妖精のままキューリーを美味しそうに食べはじめた。
「妖精のときと人間形態のときでは食べる量も違うのか?」
「食べる量は変わります。人間の体のときは普通の女性くらいの量を食べます」
「それなら妖精のまま食べたほうが省エネなんだね――」
ペルシーは妙なことに感心しながらも、今度はマンゴーモドキを口にしていた。
「これも糖度が高くて美味しいな~」
「これは如何でございますか?」
クリスタが黄色に黒い縞模様の果物を渡してきた。
「うわっ、これ毒蛇みたいだな」
「擬態しているように見えるのです。でも、毒はないのでございます。名前はアナコンドリアという果物なのです」
「見た目はあれだけど、香りがよくて甘いね」
「この辺りの果物はみんな糖度の高いものばかりでございますね」
「こうしてると、俺たちって恋人同士みたいだな」
「ペ、ペルシー様、そのようなこと口にしてはいけないのです……」
「ごめん。ここ最近、俺は安らぎを感じたことがなかったから、ちょっと嬉しくなって……」
(失言ばかりだな……)
クリスタは暫くの間、顔を真赤にしていたが態度を変えることはなかった――。
ペルシーは食事をしながらも、この周辺の異変を感じ取っていた。なぜなら、小動物が集まるということは、それを狙った肉食動物が集まるのが普通だからだ。
ところが、魔物どころか肉食獣がいる気配がない。
「小動物は多いのに大型の肉食獣がいない。どういうわけだ……」
「探知魔法にも引っかからないのでございます。不思議なのです」
クリスタが言うには、周囲にはそれらしき魔物や動物は確認できないそうだ。
いやな感じがする――。
そのあと、ペルシーはパパイヤモドキのような果物など、いろいろと見つけて空腹を満足させた。
ペルシーにとって、ここが果物の豊富な熱帯雨林地帯であったのは幸運だったといえよう。
今度は寝床の準備をしなければならない。既に陽が傾き始めている。
ペルシーはしばらくその周辺を調べてみた。すると、龍神山脈の裾野と、はじまりの森の間に直径五十メートルほどの円形広場を見つけた。
森の中では安心して眠れないと思うので、隠れ家のようなところがほしい。
ここなら、もし魔物が近づいてきても視界を遮る物がないので、早めの警戒ができる。
もっとも、相手からもこちらが丸見えになるので、カモフラージュは必須である。
その広場の山脈側は崖になっているので、そこに横穴でも掘ればいい
「どうやって横穴を掘ろうか……」
ウォータージェットで岩石を切り刻むこともできるが、結構時間が掛かるし、水浸しになってしまうので、やはりここは時空振動波だろう。
『ペルシー、時空振動波で問題ない』
「やっぱりそうか」
ペルシーは時空振動波を思いっきり絞って、崖に横穴を開けた。深さが二十メートルになってしまったのはご愛嬌というものだろう。
その横穴は高さ二メートルほどの丸いトンネルだった。
横穴の内側は、鋭利な刃物でくり抜いたように滑らかだった。
ペルシーは中に入り、玄武岩を錬成して出入り口を塞ぎ、小さな穴を下から十センチくらいのところに開けた。
そこから外の様子を伺うことができるし、空気穴の代わりにもなる。
このとき、同じ構造の物質があると錬成し易いことが判った。玄武岩の蓋は複製する要領でつくった。
(幻想魔法は便利だな。というか、パメラが万能過ぎる!)
ペルシーは洞穴でへたり込み、今日の出来事を思い出してみた。
ピラミッド神殿で目覚めてからというもの、まるで嵐のようの数時間だった。
こんなに心身が疲れることは、そうあることではないと思う。
「ペルシー様、横に座ってもよろしいでしょうか?」
「もちろんいいよ、クリスタ」
クリスタが目覚めたときには千年の時が過ぎていた。
前の時代には家族や友人もいただろうに……。
クリスタも一人っきりになって寂しいのだろう――。
「クリスタはもう知っていると思うけど、俺は封印されている聖女ペネローペを捜さなくてはいけないんだ」
「はい、私は聖女様にお会いしたことがあるのです。でも、どこに封印されているのかは分からないのでございます」
「他にもピラミッド神殿はあるのかな?」
「あるはずなのです。魔法研究所が世界中のマナを収集するために、各大陸に設置したようでございます」
「何のためにそんなことをしたんだろう?」
「それは……」
『それはパメラが知っている。次元衝突の亀裂を塞ぐための実験をやっていた』
「次元衝突か……」
『それに失敗して、ユリシーズ大陸は消失した。無茶な実験だった』
「被害はそれだけなのか?」
(大陸が消失するほどの大災害が起こったんだ。それ以外にも障害はあるはずだ)
『以前よりも亀裂が増えた。ジュリアス様はその実験に反対していたのに』
「話が見えてきたぞ。ジュリアスの存在が疎ましかったから封印したんじゃないか」
『パメラも同意する』
聖女ペネローペを解放した後は、《魔法研究所》を調べる必要があるかもしれないが、大陸と一緒に消失したのだろうか?
「なあ、パメラ。次元衝突を起こしたってことは、この世界は滅びかけているのか?」
『そうかもしれない。現状が千年前とどのように変わっているのか、調べてみないと判らない』
「それもそうだな……」
「もし、この世界が滅びの道を歩んでいるとしたら、亀裂から湧き出した魔物によるものでございましょう」
「千年前から魔物が増加し続けたのなら、世界中が魔物だらけなのかもしれないな」
「それも考えられるのです」
流石に疲れたのか、クリスタは頭をペルシーの肩にのせて目を閉じた。
「ゆっくりお休み、クリスタ」
『ペルシーも休んだ方がいい』
「そうだなね、パメラ。後はよろしく」
『任せて』
――日本での生活……。
あくせくと働いて、一人の部屋に帰り、寝て、翌日にはまた仕事。
そうだ、あの時の俺には安らぎというものが全く無かった。
でも、今はそれを感じる。
それは確かにここにはある――。
さすがに心労の溜まったペルシーは眠くなってきた。肉体的にはまったく疲労していないのは皮肉としかいえなかった。
しばらくすると「ザーザー」という雨音が聞こえてきた。
雨が何もかも洗い流すように、雨音がペルシーの意識を少しずつ曖昧にしていった。
ペルシーもクリスタも、いつしか深い眠りに就いた――。
◇ ◆ ◇
『ペルシー、クリスタ、起きて! 外に何か来た!』
ペルシーが眠りについてからどれくらい経過したのだろう。外が薄っすらと明るくなってきたとき、それは現れた。
外の広場で「バサッ! バサッ!」と、大きな鳥類が着地する音が聞こえてきた。
ペルシーが目を覚まし、外を覗いてみると大きな銀色の龍がいた。
「うわっ! 本物の龍かよ?」
その龍はとにかく大きい。
おそらくチラノサウルスよりもふた回りくらい大きいだろう。
ここは龍神山脈と《はじまりの森》の丁度境目だ。ここも龍人族のテリトリーなんだろうか?
奇しくも出口を塞がれてしまったので、ペルシーはこの洞窟から出ることができなくなってしまった。
しかし、これで一つ謎が解けた。
この周囲の森に、魔物が近寄らないのはこの龍を恐れているからに違いない。
龍というのは、この大陸で、いやこの世界全土で生態系のトップに立つ生き物ではないだろうか? ほとんど全ての大型動物は龍の餌になるはずである。
それにしても、何でこんなところを
昨日も午後はここにいなかったから、そのうちどこかへ飛び立つだろう。それまでは辛抱して待つのが得策である。
「クリスタ! 共次元空間に退避!」
「了解したのです、ペルシー様!」
ペルシーは一時間ほど警戒した後、外の様子を諜ってみた。
銀色の龍は見当たらなかった――。
(飛び立った音は聞こえなかったよな。どこへいったんだろう?)
覗き穴をもう少し横長にしておけばよかったと思いながら、もう一度外を覗いてみた。
緑色の綺麗な瞳がこちらを覗いていた――。
ペルシーはその瞳と見つめ合ったまま動けなくなった。
「あなた、誰?」
「え~と、誰でしょう……。君は?」
その直後、玄武岩の蓋がいとも容易く破壊されて、ペルシーはその衝撃で洞窟の奥まで吹き飛ばされた。
「痛てぇ~」
さすがのジュリアスの体も痛みを感じたが、過擦り傷程度であった。
「何すんだよっ!!!」
柔らかい朝の日差しの中に立つ影は、
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