第一章 憑依転生

第1話 大賢者ジュリアスとの邂逅

 星野悠斗ほしのゆうとは宇宙から青い星を見下ろしていた――。


 その星には大陸がひとつしかなかった。


「あれは《パンゲア》みたいだな――」


 太古の昔、地球にはパンゲアという超大陸があり、それが長い年月をかけて分裂し、現在の大陸が形成された。


 悠斗が見ている超大陸は、ビデオを早送りをするかのように徐々に形を変えながら分裂していった。

 もしこの星が地球ならば、やがてユーラシア大陸やアメリカ大陸などが形成されていくはずだ。


 ところがそうはならなかった――。


 早送りが終わって生まれた大陸は七つあった。地球よりも一つ多い――。


 悠斗は勘違いかと思いじっと見ていると、中央にあった大陸が突然消失した。


「あれっ?」


 中央の大陸が消失した跡には、地球の太平洋に相当する大海洋が現れた。


「今の大陸って、もしかするとムー大陸か?」


 奇しくも大陸の数は地球と同じになったが、残された大陸は相変わらず地球の物とは異なる形をしていた。


「この星は地球ではない。どこの星なんだろう」


 すると、悠斗の体が急に降下しはじめた。不思議と恐怖は感じない。

 むしろ自由に飛んでいる気分にさせる。


「そうか、これは夢なんだ――」


 次第に地表が近づき、悠斗はある大陸に吸い込まれていった。





    ◇ ◆ ◇





 真っ白な部屋――。


(そうだ、ここは以前見たことがある部屋にそっくりだ。

 たしかスタンリー・キューブリックが監督したSF映画だったと思う。

 俺は何でこんなところにいるんだろう――。

 たしか俺はオフィスでプロジェクトの残務整理をしていたはずだ。

 時間は二十三時を回っていたと思う。

 そこから記憶がない……)


 星野悠斗は三年がかりで難航したプロジェクトを完了させたばかりだった。

 そして、プロジェクトのメンバーを帰宅させ、残務整理を一人で引き受けていた――。



「シックスナインだって!? 君は凄いな~。ぼくでさえ適合率は84%なのに!」


 シックスナイン? 何のことだろう? 悠斗は朦朧とする意識の中で、誰かの声を聞いた。


「目が覚めたようだね」


 どこか愛嬌のある声が聞こえてきた。


「あんたは誰だ?」


 悠斗の目の前には長身で筋肉質な男が立っていた。


 金髪で碧眼、顔の彫りは深くとても精悍だ。

 日本人でないことはすぐに判る。

 おそらく三十二歳の悠斗より若干年上だろう。

 と言っても、外国人の年齢は判りにくいのだが――。


 ただ、奇妙なのは神官服のようなものを着ていることだ。

 このような衣服はヨーロッパの教会や、ゲームの中でしか見ることはできない。


「ぼくの名前はジュリアス・フリード。この世界では大賢者フリードと呼ばれているものだ」

「この世界? 大賢者? 俺は……星野悠斗だ」

「星野悠斗くんか……。短い付き合いになるけどよろしく」


 ジュリアス・フリードと名乗る男は、好奇心丸出しで悠斗を舐め回すように見つめている。


「俺は死んだのか? それとも夢を見ているのか?」


(もし死んだのならば過労死だろうな。どう考えても仕事のし過ぎだ。

 おそらく脳卒中の類だろう。健康に注意できるような環境じゃなかったしな。

 いや、人のせいにしてはいけない……。

 結局は自分が何も考えずに流されていたからだ。

 そのツケが回ってきたんだ)


「死んでもいないし、夢でもないよ。急に呼び出して悪かったと思うけど、こちらの都合もあるし……」

「えっ? どういうこと?」

「申し訳ないけれど、今の状況を丁寧に説明している暇はないだよね」

「そんなこと言われても困るんだが……」

「よく聞いてほしい。かい摘んで説明するよ」


 大賢者ジュリアス・フリードと名乗る男は、彼自身のことを滔々とうとうと話しはじめた。


 彼が存在する世界はミストガルといい、地球に隣接する並行世界であるということが判った。

 ミストガルには魔法が存在していて、古くから魔法が盛んに研究され、魔法文明を築いていたそうだ。


 隆盛を極めた魔法文明であるが、千年以上前にミストガルとは別の並行世界と次元衝突を起こしてたそうだ。

 それが原因で次元の切れ目が生じ、そこから多くの強力な魔物が異世界から侵入しはじめた。

 もともとミストガルには魔物などいなかったので、魔物は各地に被害をもたらす脅威となり、世界は滅びの道を歩みはじめた。


 魔法文明人たちは魔物たちに対抗するため、あらゆる策を講じたのだが、魔物の数が多過ぎて対処しきれなくなっていた。

 その対抗策のひとつとして地球から召喚されたのがジュリアス・フリードである。


 ジュリアス・フリードの能力は魔法文明人たちを驚嘆させた。


 その一つは、魔法文明人が使う精霊魔法よりも強力な《幻想魔法イメージ・シンセサイザ》を使えたからである。


 ミストガルの世界で使われる魔法は精霊の力を借りて行使する、いわゆる精霊魔法だ。

 火魔法の場合だったら、精霊サラマンダーの力を借りて魔法を発動することになる。


 一方、ジュリアスの幻想魔法イメージ・シンセサイザは精霊の力を借りるものではない。

 世界のことわりを理解し、イメージし、それを実現するものなのだ。

 ただし、それは表向きの話である。


 幻想魔法の秘密、それは魔法文明人さえ知らないアーティファクト――パメラ―ドール――だ。


 ジュリアスとパメラドールが精神的にシンクロすることによりイメージが強調され、シンクロ率が高ければ高いほど強力な魔法を自由自在に発動できるのだ。


 それとは逆に、ジュリアスは精霊魔法を使うことができなかった。

 その原因は判明していないが、一説には精霊との相性が問題なのではないかと言われている。

 しかし、ジュリアスが精霊魔法を使えないことは些細な問題だった。


 そしてもう一つの凄いことは、ジュリアスの身体能力が常人を遥かに凌ぐものだったことだ。

 どうやら素手で魔物を殴り倒すことができるらしい。


 幻想魔法イメージ・シンセサイザと超人的な身体能力――。


(チートだよな。ラノベの世界だ。おっさんでもそれくらい知ってるぞ。いや、まだおっさんじゃない、断じてそんな歳ではない)


 ジュリアスは大賢者としてミストガルのために数限りなく魔物討伐を繰り返した。

 ところが、陰謀に巻き込まれて魔王の汚名を着せられ、挙句の果てには《ピラミッド神殿》という場所に封印されてしまったのである――。


 どこの世界にも政治的謀略はあるらしい。それは人間の性なのかもしれない。


 ジュリアスが封印されてからしばらくして、魔法文明の中枢である魔法研究所が大規模な災害を引き起こした。

 それが原因で、魔法文明はユリシーズ大陸ごと消失してしまった。


 悠斗が夢の中で見たイメージはユリシーズ大陸が消失した瞬間のようだ。

 ジュリアスは囚われの身になりながらも、魔眼でその有様を見ていた。


 そして、ジュリアスが封印されてから既に千年の時が経っていた――。


「理解して、イメージして、魔力を操作する? 幻想魔法?」

「ああ、そうだよ。使ってみれば判るけど、とても幻想的で綺麗だよ」

「へぇ~そうなのか。ところで、そろそろ目を覚ましたいんだけど……。失礼、夢ではなかったか。地球に還りたいと言ったほうがいいのか?」

「悪いけど、それはできないんだ」

「はい?」

「悠斗くん、君はこれからぼくの体に憑依する。そして生まれかわる――」

「憑依するだって?!」


 悠斗としては寝耳に水である。いや、青天の霹靂と言ったほうが適切だろう。

 なぜなら悠斗は死んでいないからである――。


「ジュリアスさんよ、俺は死んだ覚えがないんだけどな」

「もちろん、悠斗くんは死んでいない」

「それじゃあ憑依するって、どういうことだ?」

「悠斗くんの体は生きたまま共次元空間に保存されている。つまり、今の君は魂だけの存在なんだ」

「共次元空間? よく解らないが、生き還ること……じゃないか。元の体に戻って、地球に還ることができるのか?」

「ああ、できるよ。それを実現するために悠斗くんの体を共次元空間に保存しているんだ」


(そうか……。日本に還ることができるのか。とりあえず安心できたそうだが……。

 だけど、この非現実的な状況を手放しでは喜べるはずないだろう――)


「それで、地球に還るための条件って何だ?」

「君は察しがいいね。君を選んでよかったよ。適合率シックスナインだしね」


 ジュリアスは見るからに体調の優れない様子だったが、表情だけは満面の笑みを湛えていた。


「ぼくの願いを叶えてほしい……。条件はそれだけ」

「やはりそうくるよな。詳しく教えてくれ」


(無理難題じゃなければいいのだが……)


「ぼくをこんなところに封印した奴らに復讐したい……と思っていけど、千年も経つうちにそんな気持ちは風化してしまってね。それに復讐の対象もこの世にいないだろうし」

「復讐は負の連鎖がはじまるだけだ」


(俺はその立場になってないから言えることだけどな)


「ああ、その通りだね。俺には復讐よりも大切なことがあるんだ」

「大切なこと?」

「千年前……。ぼくには愛する人がいた――」


 ジュリアスが封印される前、彼には愛する人がいた。

 その女性の名前は聖女ペネローペ。


 ジュリアスとペネローペは魔物討伐の仲間だったようだが、長い時間を過ごすうちに惹かれ合うようになったらしい。


 その聖女ペネローペはジュリアスと同じように陰謀に巻き込まれ、この世界のどこかに封印されている。

 ジュリアスの願いとは、彼女をその封印から解き放ってほしいということだった。


「ぼくはもうすぐ死ぬ……。アストラル体が千年の間にすり減ってしまってね。残りのエネルギーは悠斗くんの召喚で使ってしまった。もうほとんどエネルギーは残ってないんだよ」

「それならば、その聖女さんも同じように死んでしまうのでは?」

「彼女は封印された後、仮死状態になったままだから大丈夫だ。ぼくはここから脱出しようとさんざん足掻いてしまったからね……」

「なるほど。それでアストラル体がすり減った。しかし、封印されているのでエネルギーを補給できない。そんなところか……」

「その通りだ」


 それでは誰が悠斗を地球に還すことができるのだろうか?

 当然の疑問が湧いてくる。


「ちょっと待って! ジュリアスさんが死んだら、誰が俺を地球に還してくれるんだ?」

「その方法はペネローペが知っているよ」


(そうきたか。聖女を救い出さなければ地球に還れない。つまり、俺はジュリアスの願いを叶えるしかないのか)


「それで、聖女ペネローペをどうやって捜したらいいんだ?」

「ぼくには忠実な召使いがいる。名前はクリスタ。一緒に捜してくれるはずだ」


 右も左も分からないこの世界で、どこかに封印されている聖女ペネローペを捜しだすのは無理な相談というものだ。

 しかし、ジュリアスは悠斗に案内人をつけてくれるらしい。


「それにしても……、なんか大変なことになったな~」


 悠斗の日本での生活はとても幸せとは言えなかった。

 自分が生きていて何が楽しいのかさえも見失っていた。

 この異世界にしてもそうだ。

 望んでもいない義務を負わされ、それを果たさなければ日本に帰れないのだ。

 もううんざりだった……。


「悠斗くん。誤解があるかもしれないから言っておくけど……」

「まだあるのか」


「この世界の女性は美人ばかりだよ」

「えっ! マジですか?」

「ああ、マジだよ」

「もしかしたら、お友達になれるのか?」

「ああ、もちろんだ。気に入った娘がいたら彼女にできるかも?」

「二人でもいいのか?」

「ああ、悠斗くん次第だ。ここは異世界だからね」

「プチハーレムをつくったり……」

「何故プチをつけるかな? ハーレムでいいと思うよ」


 悠斗は渾身のガッツポーズをした。

 やっと、運が向いてきたのかもしれない。


「ぼくはこの世界で生き抜くことに失敗してしまった……。けれど悠斗くんならば上手く立ち回ることができるだろう。ぼくににとって悠斗くんは特別な存在なんだ――適合率シックスナインだしね」

「その適合率って何?」

「パメラドールとの相性のことだよ。99.9999%の適合率。ひょっとしたら、君はこの世界で最強の魔法使いになれるかもしれないね」

「パメラドールって、秘密のアーティファクトのことか?」

「ああ、そうだよ。彼女との精神的な結びつきが悠斗の未来を左右することになる」


 悠斗はジュリアスの言っていることが半分も理解できていなかったが、異世界を生き抜くための条件はすべてそろっているということだと判断した。


 もっと、ジュリアスの話を聞いてみたが、無慈悲にもその時は唐突にやって来た――。


「申し訳ない……、時間が来たようだ……」

「ちょっと待ってくれよ。この世界のことをもっと知らないと!」

「星野悠斗くん。冒険の始まりだ……」


 時間が来たというのは本当のことのようだ。

 ジュリアスの体が徐々に形を失いはじめた――。


『願わくば、女神ミレイユの加護があらんことを……』


 ジュリアス・フリードは逝ってしまった。

 そして、悠斗は再び意識を失った――。

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