第94話 オランジュの失脚
オランジュはペルセウスたちと小競り合い(彼にとっては小競り合いではなかった)をした後、教皇領内に幾つかある礼拝堂のひとつに来ていた。任務が不調に終わったことを特務機関のトップであるメレンデス枢機卿に報告する必要があるからだ。
教皇領の礼拝堂はロマニア法国を司る枢機卿十三人に一つづつ与えられている。この礼拝堂はメレンデス枢機卿が受け持つもだけでなく、特務機関の本部が設けられている。
オランジュの両手首には包帯が巻かれ、首から三角巾で吊るされていた。両手ともそのような状態なので、まるで拘束された囚人のようにも見える。どうやらエドに切り落とされた両手首は繋ぐことができたようだ。そうできたのはエドが鋭利に切り落としてくれたからだろう。だが、現代魔法では神経繊維を元通りに繋ぐことはできない。
「もうよい、下がっていろ」
「はっ、オランジュ様」
両手が拘束された状態だと、普通に歩くここともままならない。オランジュは仕方なく付き人を礼拝堂の裏側にある会議室まで連れてきた。しかし、ここから先の話しは誰にも聞かれてはならない。
「枢機卿は赦してくれるだろうか……」
権威を振るうことが好きな人間は、得てして権力には弱いものである。彼はメレンデス枢機卿との謁見でどのように言い訳しようか必至で考えていた。
オランジュには二つの任務が課せられていた。そのひとつがペルセウスと接触し、討伐ランキングの真偽を確かめることだった。
――あんな無茶苦茶な討伐ポイントなどあるはずがない。
彼はペルセウスの討伐ポイントを端から信じていなかった。だからペルセウスを自分の手で叩き潰そうと考えていた。ところが失敗した。
敗因は何だったのか?
間違いなくペルセウスの従者のエドがいたからだ。自分よりも強い戦士はロマニア法国でさえ数人しかいない。まさか自分よりも強い戦士がペルセウスのようなイカサマ野郎の従者だったとは思いもしなかった。彼奴さえいなければペルセウスを仕留めることができたのに……。
そしてもう一つの任務は、最近になって魔物の暴走が頻発している原因を調査することだった。
魔物が湧き出てくるのはロマニア法国の北西にある未開地ベールグラムだということははじめから判っている。それは昔から少なからず起こっていたことだからだ。しかし、最近になって暴走が頻発している原因については何も判っていない。
オランジュの任務としてはペルセウスのことよりも、
オランジュは自分の運の無さを嘆いた――
彼がどうやってペルセウスたちに復讐してやろうかと策略を巡らせ始めた時、メレンデス枢機卿が現れた。
――しまった。言い訳を考えるほうが先だった。
「オランジュさん、今回の任務は災難でしたね」
「この度はとんだ失態を晒してしまいました。申し訳ございません」
「わたしが諍いを望んでいないことはあなたも知っていたはずですが」
「はい、存じております。しかし、次の任務もあるので、ペルセウスの実力は自分が手合わせをすれば直ぐに判ることだと思いまして……」
「まあいいでしょう。それで、彼の実力はどうだったのですか?」
「それが……、彼の実力を確かめる前に従者と戦う羽目になりまして……」
「その従者に両手を切り落とされたというわけですか?」
「はい、不本意ながらそのとおりでございます」
「あなたはロマニア法国の中でも上位にランキングされている聖騎士だと記憶していましたが、それはわたしの記憶違いでしょうか?」
ロマニア法国では教皇領直属の兵士のことを聖戦士と呼ぶ。彼らは魔法と武術の専門教育を受けて、ロマニア法国軍とは一線を画する強さがある。
その中でも枢機卿に直接つく聖戦士を聖騎士と呼ぶのだ。オランジュはメレンデス枢機卿の聖騎士として名声を馳せていた。
「いえ、それは間違いございません。しかし、不覚を取りました」
「その怪我ではこれから起こる動乱の時代を乗り切ることはできませんね……」
オランジュは体が凍りついたように固まった。
――最悪の事態だ。枢機卿が何をもって動乱と言っているのか分からないが、俺は解雇されるだろう。
「怪我が治るまで療養してください。それがあなたにとってもいいことだと思います」
「し、しかし、わたしにはやり残した任務があります」
「その手ではねぇ。それに調査任務は他の者に頼んでいるのですよ」
早すぎる……。
オランジュはそう思った。調査隊を編成するにはそれなりの時間が必要だ。
「じつはですね。
メレンデス枢機卿は特務機関を任せられるだけあって優秀な男だ。いや、抜け目のない男と言ったほうが的を射ているかもしれない。実際に、オランジュの失敗をリカバーする必要もなかった。
「そ、そんな……。もう一つの調査隊は誰が隊長なんですか?」
「それは言えませんよ。だけれど、これだけは言えます。その人はとても優秀な人材ですから、あなたが心配する必要はまったくありません」
枢機卿はニッコリと笑ってその場を後にした。
これでオランジュの謁見は終了した。そして、彼のキャリアも終了した。彼が今まで築いてきたものが音を立てて崩れていく。
今までオランジュは上手く行き過ぎたのだ。一度の失敗もなく、ここまで上り詰めてしまった。その成功体験が彼の身を滅ぼす結果となった。彼のようなエリートには自分自身の驕り高ぶりが身を滅ぼしてしまったことを理解できない。
「ペルセウス……許すまじ!」
オランジュの目が充血してらんらんと輝く。その形相は人間とは思えないほど変化していた――
【後書き】
なんと、この小説が久しぶりに異世界ファンタジーでランキングしました。★を入れて下さった方、ありがとうございます。応援してくださった方、ありがとうございます。
もう少しで100話の大台に乗りますので、それを支えに頑張りたいと思います。
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