第95話 入学試験基礎知識

ロマニア法国は他国から見ると魔法技術の発達した国として認識されている。

 この世界ミストガルにとって魔法技術が発達しているということは、強力な軍事技術を持つことに等しい。つまり、認識されているというのは一般的な表現であって、国家間の立場からはが正しい表現だ。

 一方、法国としては魔法技術が世界に対して影響力があるのは好ましいことであるが、恐れられることは本意ではない。人民に優しい豊かな国家を築くことが国是であるからだ。

 法国が他国から奇異の目で見られるのは魔法技術に限ったことではない。それは教皇と枢機卿による閉鎖的な政治が行われているからだ。地球の統治構造と比較すると、教皇が元首であり、枢機卿たちが元老院の役割を担っている。因みに、他国は王制であるが、既に二院制が確立され、合議による政治が執り行われている。

 教皇を元首とした一院制の一番のメリットは決断が早いことである。一旦決定されれば速攻で施策が実行される。ただし、その政策が上手く嵌まればいいのだが、失敗することも少なくない。だからこの統治構造が駄目かというと、そうでもない。失敗に対するリカバリーも迅速に実行されるからである。


 しかし、長い年月をかけてこの統治機構も耐用年数を過ぎ、変容を遂げようとしていた――


 変容の最たるものは他国を恐れさせた魔法技術の総本山である魔法学園である。

 近年、魔法学園は他国からの留学生を受け入れており、それが功を奏してルーテシア大陸の四カ国は世間で言われているほど魔法技術の面で格差は少なくなってきた。しかも、他国の卒業生でも賢者にまで昇進する者も排出されている。

 ただし、質の面での格差は少なくなってきたが、魔導士の数では依然としてロマニア法国が大陸一を誇っている。




    ◇ ◇ ◇




 ペルシーはエルザとレイランが待つ屋敷へと馬車を向かわせていた。

 所在地はクリスタが妖精通信でエルザと連絡を取っていたので判っている。魔法学園よりも少し北西にある閑静な住宅街だ。

 ペルシーたちは馬車の中でレベッカからロマニア法国の基礎知識を教えてもらっている。


「それじゃあ、何でロマニア法国は魔法技術を発展させたんだ? 軍事力を増強する目的はなかったんだろう?」

「それはね、ベールグラムという未開地が北方区域にあるからなの。別名暗黒地帯ダークテリトリと言われている恐ろしい領域がね」

「あっ、それ以上の説明はいらないかもしれない。そこには大森林があって、魔物がわんさかいるんだろ?」

「えっ、ペルシーさんてやっぱり天才ね。何で判ったの?」

「レビィー、俺をバカにしてないか? そこまで無知じゃないぞ」

「ごめんなさい……」

「謝らないでくれよ。俺が惨めになるだろ」

「お兄ちゃんは傷つきやすいから、配慮してほしいの。レビィーお姉ちゃん」

「分かったわ。冗談のつもりだったんだけど……」

「そ、それでさ、昔の賢人たちは、魔物たちを押さえ込むためには物理的な軍事力よりも魔力で対抗するほうが効果的だと判断したわけだな」

「その通りよ。遥か昔、法国では魔物災害対策本部がウエスティアに設置され、そこから魔法学園都市として発展していったの」

「魔法学園は後から造られたのか?」

「後からと言っても魔導士を育てることが急務だったから、造られたのは同時期じゃないかしら」

「今でもその役割に変わりはないのか?」

「そうね……、外国と友好関係を築くのにも役立っているけど、それ以上の違いはないと思うわ」

「ふ~ん、そうなのか」ペルシーは声にならない声で呟いた。

「何か言いたそうね?」

「いや、俺の思いすぎだから気にするな」


 ペルシーは意味ありげに呟いたが、誰もそれ以上問い質さなかった。特別の意味があるように感じなかったからだろう。


「それで、今更だけど……。俺が入学する意味はあるのか?」

「もちろんよ。ペルシーさんが入学してくれると、法国にとってもペルシーさんにとっても利益があるのよ」


 レベッカの説明を要約するとこうだ。


 ・レベルの高い生徒がいると、他の生徒の刺激になる(法国の利益)

 ・ルーテシア大陸闘技大会で優勝を目指す(法国の利益)

 ・卒業後はレベッカの助手として働く(レベッカの利益)

 ・実績を上げて「賢者」になる(レベッカの利益)

 ・学園都市に在籍すれば、古代魔法文明の情報が入手できるかもしれない(ペルシーの利益)


「なんかいろいろと間違っている気がするし、一番利益があるのはレベッカのような気もする」

「そんなことないと思うけど」

「でも、古代魔法文明の情報はありがたいな」


 ペルシーは千年ほど前にピラミッド神殿に囚われの身となった聖女ペネローペを捜し出すという使命がある。だが、今でものピラミッド神殿の所在地は見つかっていない。


「そうでしょ。ペルシーさんは魔法学園都市を根城にする運命なのよ」

「まあ、未来永劫というわけじゃないと思うけど、悪くはないな。でも、なんで俺が助手になるんだ?」

「私がやっている仕事は古代魔法文明の遺跡調査と古代魔法の研究よ。興味あるでしょ?」

「えっ、そんな仕事をしてたのか。それは願ったり叶ったりだな」

「入学試験が終わったら詳しく説明するわ」

「レビィーは俺が入学できることを前提に話してるよな」

「大丈夫でしょ?」

「いや、そう言われても分からない……」

「大丈夫よ。ところで、入学試験の申込みはしておいたわ。それで試験日は明後日なんだけど、勉強したの?」

「えっ、何もやってないぞ」

「嘘でしょ……」

「ど、どんな試験があるんだ」


 魔法学園の入学試験は二日にわたって実施される。

 一日目は筆記試験で、午前中が魔法学基礎テスト、午後が応用魔法学テストだ。試験会場は魔法結界が張られるので、魔法によるカンニングはできないらしい。

 二日目は実技試験で、筆記テストに合格したものだけが受験できる。試験内容は、規定魔法が発動できることを確認すること、そして魔力基礎諸元測定と魔法実技よ。


「魔法結界か~。クリスタさん、どうしよう……」

「魔法結界というのは外部からの魔法による通信を遮断するのですよね」

「そうよ。まさか内部で?」

「私も受験しますから問題ないのです。そもそも、私の通信は魔法ではありませんし」

「魔法ではないって、どういう意味かしら?」

「レビィー、それ以上は追求しないでくれ。クリスタは時々変なことを言う癖があるんだよ」

「そうなの。魔法以外で遠隔通信ができるなんて、聞いたことないし」

「一つ気になることがある。魔力基礎諸元測定って、どうやって測定するんだ?」

「魔法を客観的に評価するための基礎諸元は四つあるの。それはね……」


 レベッカの説明によると、魔法測定には四つの評価指標があるようだ。


 ・マナの保有量

 ・マナの回復速度

 ・マナから魔力への変換効率(単純に魔力ともいう)

 ・魔力属性


 最初の二つは魔道具で測定することができるようだが、回復速度の測定は時間がかかるので試験期間中には実施しない。魔力変換効率は測定条件が難しいため、これも試験期間中には実施しない。そして魔力属性であるが、水・火・風・土などの四大属性を調べるらしい。属性には四大属性以外にもあるのだが、入学試験では対象にしない。


「問題は魔法実技よね。いくら魔力があっても、それを使いこなせなければ一流の魔導士に成れないから」

「入学試験では魔法実技がもっとも重要ということか?」

「いえ、それを学ぶのが魔法学園だから、最重要ということはないわ。まあ、ペルシーさんなら問題ないわね。逆に、やりすぎないようにしないと」

「それには対策があるから大丈夫だと思う」


 ペルシーが使う幻想魔法イメージ・リアライザは精霊魔法ではない。精霊魔法の専門家が見れば、精霊魔法ではないことがバレるだろう。

 だが、ペルシーはレイチェルの召喚魔法から、精霊魔法の秘密を知った。少なくとも、今のペルシーならば水と火属性の精霊魔法を操ることができるはずだ。


「それよりも、魔道具でマナの蓄積量を調べられるとまずいな。魔道具によっては誤検出されてしまう可能性がある」

「えっ、どういうことなの?」

「ギルトンの冒険者ギルドで魔力がゼロと測定されたことがあるんだ」

「冒険者ギルドの測定はいい加減だからね。それに魔道具の最大魔力を越えたら、ゼロと表示されるかもしれないわね」

「入学試験では魔力測定はないから、問題はマナ保有量測定だな」

「実際に測定してみましょうか?」

「測定器を持ってるのか?」

「私のじゃないわ。研究所の備品よ」

「測定は明日でもいいかな?」

「大丈夫よ。魔法研究所まで来て貰う必要があるけど」

「それは問題ないけど、重大な懸案が残っているんだ」

「えっ、何かしら……。もしかしたら……」

「それ以外何があるというんだ」


 ペルシーたちが直面している懸案事項。それは討伐ランキング問題だ。

 それが魔法学園に入学する上でどのくらいの影響があるのか、今のところまったくの未知数だ――

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