第96話 ベルトラン司祭
メレンデス枢機卿は自身が主宰を勤めるゲルミナム修道会の応接室で一人の司祭を待っていた。
その人物とは、ガラリア大穀倉地帯に属するクライストンに居を構えるベルトラン司祭だ。
「お久しぶりです、メレンデス枢機卿。今回の道中は平穏無事にすみました。魔物の気配をまったく感じない良い旅でした」
真新しい司祭服を纏ったベルトラン司祭は旅の疲れを感じさせない笑顔で挨拶をした。実際によい旅だったことが窺える。
何故、ベルトラン司祭がこれほど喜んでいるのか? それは彼がクライストンから首都ドワーナを訪れるとき、何故か必ずと言っていいほど魔物に襲われるからだ。
彼にとっては中型以下の魔物に数頭で襲われることに何の問題もない。教会の事務処理を熟すのと同じように淡々と討伐するだけだ。だからといって、魔物の処理が簡単なわけではない。いや、魔物を倒すこと自体は簡単なのだが、事後処理が結構面倒なのだ。
もし冒険者ならば、強力な魔物を除き、魔物の出現は歓迎すべきことだ。それはそうだろう、討伐した魔物の種類や数によって、相応の対価を受け取ることができるからだ。
だが、それが司祭だと話が違ってくる。
その地域の警備隊と接触し、詳細を報告する……。運が良ければ半日で済むが、そうでない場合は一日以上無駄になる。もし対価を受け取ることができたとしても、せいぜいお布施程度である。だから、彼にとって魔物と遭遇しない旅はこの上なく良い旅なのだ。
「遠いところご足労いただき、感謝しますベルトラン司祭。神も私たちの再会を祝福して下さっているのでしょう」
「はい、仰る通りだと思います」
メレンデス枢機卿とベルトラン司祭が再会するのは、一年前の豊穣祭以来になる。というのも、ベルトランにはクライストンを魔物から防衛するという指名があるからだ。
クライストンは大規模な農業都市であり、ロマニア法国に富をもたらす重要な役割を担っている。だが、ベールグラムという魔物の巣窟(別名
複数の中型魔物が出現するのは年に二、三回しかない。それでもベルトラン司祭がクライストンを離れられない理由としてじゅう分なのである。
それでは何故この時期に彼がクライストンを離れることができるのか? それは大規模な討伐隊が
「旅の疲れが出ているところ申し訳ありませんが、早速本題に入らせて下さい」
「もちろんでございます」
メレンデス枢機卿は目の前に配膳された紅茶を一口飲んでから用件の説明をはじめた。
「あなたも知っていると思いますが、一昨日オランジュがペルセウス・ベータ・アルゴルという人物と接触しました」
「はい、知っております。オランジュさんが両手首を切断されたと聞き及んでいます」
「それがアルゴル氏の従者にされたことも?」
「いえ、それは存じません。オランジュさんがその従者と決闘して負けたということですか?」
「そのようです。私からは平和裏に接触するよう指示したのですが……。彼には困ったものです」
「結局のところ、アルゴル氏の非常識な討伐ポイントの真偽は判らず終いということでしょうか?」
「巷では討伐ポイントの真偽にばかり注目が集まっていますね。司祭もそこが気になるのですか?」
「もちろん気になります。だって、それまで一位だったガーゼス子爵の一七八倍のポイントですよ。人間業とは思えません」
ガーゼス子爵はガンダーラ王国の貴族である。
彼は貴族でありながら魔物討伐の先頭に立つ勇者として知られている。ただし、彼は公の場に姿を現すことが殆どなく、謎めいた人物としても知られている。
「ガーゼス子爵の討伐ランキングは現在四位のはずです。ということは二位と三位も存在するということです。それはどのように考えますか?」
ベルトラン司祭は自分の持っている魔導士カードを取り出して、討伐ランキングを確認した。
魔導士カードとは、騎士カードや冒険者カードと機能的には同じ古代魔法文明のアーティファクトから製造されたものである。
彼は司祭でありながら魔物の討伐を許された魔導士でもある。
「ガーゼス子爵の討伐ポイントが八三〇〇だから、二位のクリスタ・ベータ・アルゴルが八一倍、三位のソフィア・ヴァイス・エルミタージュが三七倍……。二人の討伐ポイントも神がかっていますね」
「そうです。二位と三位も非常識な討伐ポイントなんです」
「枢機卿は討伐ポイントの計測ミスではないと考えているのですね?」
「今までも正しく計測されていることは確認されていいます。それどころか現在もです」
「上位三人だけ計測ミスだとは考えにくいか……。なるほど」
「因みに、一位と二位は親族のようですね。名字が同じです」
「わたしもそれが気になってました。一緒に行動しているのでしょうか?」
「オランジュからの報告によるとアルゴル氏のグループは男性が二人、女性が五人だったそうです。その中にクリスタ氏もいたのかもしれません」
「一位と二位が一緒にいるグループって、何の冗談でしょうか……」
「それと三位のソフィア・ヴァイス・エルミタージュですが、私は彼女のことを知っています」
「確か帝国で最強といわれている騎士だと記憶しています」
「その通りです。彼女の討伐ポイントも疑いますか?」
「非常識な討伐ポイントだとは思いますが、彼女の実力ならば信頼できます」
「つまり、計測ミスではないと考えたほうが真実に近づけるのではないでしょうか?」
「そうですね。そうかもしれません」
「私はね、あなただって魔物討伐に専念すれば、一万ポイントを超えることができると思っているのですよ」
「う~ん、そうかもしれませんね。計算してみないとわかりませんが……」
「それどころか、やり方次第でアルゴル氏のように百万を超える討伐ポイントを稼ぐことができるのではないか……と思っています。私が知りたいのはその方法なのです」
「つまり、枢機卿の依頼はその方法を探れということですか?」
「オランジュは
「私がその任につくには条件があります」
「解っています。魔物討伐隊で
「それではその任、お引き受けしましょう」
ベルトラン司祭は、恭しく一礼した。しかし、そこで踵を返すことはしなかった。彼には確かめなくてはならないことがある。
「アルゴル氏の魔物討伐方法を知って、メレンデス枢機卿は何をするつもりなのでしょうか?」
「
「私が知りたいのはその先のことなんですが」
いつもポーカーフェイスを維持しているメレンデス枢機卿の眉間に皺がよったことをベルトランは見逃さなかった。
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