第105話 黒幕と必殺技

 その少女の周囲では獰猛な魔物達が唸り声を上げていた。

 彼女を取り囲んでいる魔物達は、オーガの上異種であるオーガジェネラルや冒険者の天敵として恐れられているミノタウルスがほとんどのようだ。

 今まで知られている魔物の常識では、中型の魔物がこれほどの群れを成すことなどありえない。それどころか、ここに集まっているのはオーガだけではないのだ。この世界ミストガルはじまって以来の異常事態が生じている。これが魔物のスタンピードであるはずがない。まさに天変地異が現在進行形で起こっているとしか考えられない。


 傍目から見ればその少女の未来は風前の灯としか映らないだろう。次の瞬間に魔物達に捕食され、骨さえも残らないかもしれない。そのはずであった……。

 ところが、魔物達は一向に彼女を襲おうとしない。それどころか跪いている魔物もいる。

 信じられないことだが、彼らはその少女の命令を待っているのだ――


 人に対して敬意を払うなどあり得ない魔物達がその少女に跪いている。

 それに敬意を払うという知性を魔物達が備えているなど、この状況を目撃しても信じることは難しい。


 多種族の魔物の群れ……、少女に跪く魔物達……、この異常事態を引き起こしている原因はその少女なのかもしれない――


 彼女名前はシオリ・アユカワ。ロマニア法国の修道女である。

 名前から分かる通り、何者かによって召喚された転移者だ。転移したのは三ヶ月ほど前になる。


「私は何でこんなところにいるんだろう?」


 シオリは数十分前には雷滅魔法ヘルサンダーを放った。それは覚えている。だが、それ以前の記憶がない。

 雷滅魔法ヘルサンダーを放ったのは、シオリが純粋に恐怖を感じたからだ。自分とは違う何かが敵意を向けている。彼女は純粋に自己防衛本能で雷滅魔法ヘルサンダーを選択した。それほど敵が怖かったのだ。

 恐らく、雷滅魔法ヘルサンダーを使わなければ自分が殺されていただろう。シオリはそれほどまでに敵の強さを無条件で信じていた。


 敵とは龍人族の姫君であるエルザの従者であり、ペルシーの婚約者の一人、レイランのことである。

 シオリが放った雷滅魔法ヘルサンダーに撃たれて、エルザは瀕死の重傷を負った。彼女の魔法障壁でさえ雷滅魔法ヘルサンダーを完全には防ぐことは失敗に終わった。それほどまでにシオリの放った魔法は強力だったのは紛れもない事実だ。


 シオリは自分の置かれている状況がまったくと言っていいほど解っていなかった。

 なぜなら、自分はロマニア法国の教会で働いていたはずだったからだ。それが今は恐ろしい魔物達に囲まれている。


 ――冗談じゃないわ。悪夢にも程があるでしょ。いくら強力な魔法が使えるからと言って、私は魔導士でも冒険者でもないよ!


 彼女は心の中で慟哭した。恐怖のあまり、叫び声も上げられないのだ。


「うっ……」


 シオリは呻くと、彼女の表情が突然変化した。

 姿形は変わらないのに、纏う雰囲気が一変した。まるで別人のように見える。


「やはり、私の力だけでは彼女の精神を支配することはできないようね。一時的にせよ主導権を奪い返された……」


 その別人格はシオリに憑依しているのだろうか? シオリの精神支配を試みているようだ。恐らくその条件がまだ整っていないのだろう。別人格の呟きから推測できる。

 もし、別人格がシオリの体を乗っ取ろうとしているのならば、シオリは被害者なのだろうか?


「レッドホーンよ。前方の山に逃げ込んだ討伐隊を追撃せよ!」


 赤い体をしたオーガジェネラルが唸り声を上げる。そして、ウォーウルフ、オーガ、そしてミノタウルスの混成部隊を引き連れて行動を開始した。その部隊の数はおよそ千頭、大隊規模である。山中に逃げ込んだ敗残兵は百名あまりなので、彼らを狩るには充分過ぎる数だ。まともに戦えば、万に一つも敗残兵に勝ち目はない。

 その上、山の中という条件である。敗残兵にとってウォーウルフから逃れることは不可能だろう。


「ブルーファントムよ。お前たちは南から此方に向っている敵を撃て!」


 南から向っている敵と言えば、ペルシー達のことで間違いない。


「ガルーッ!」


 返事を下のはオーガの中でも最上位種とされるオーガキングだった。その体長は三メールほどあり、筋骨隆々で全身が青い。

 そのオーガキングは残りの魔物たちを率いてペルシー達がいる方向へ進軍した。

 魔物達の数はおよそ一万頭。

 もし、これだけの大群がが魔法学園都市フェルミナージを襲ったら、魔法使いが大勢いるとはいえ、壊滅的な被害を被る可能性がある。だが、学園都市に被害が出ることはないだろう。


「待っててね。ペルシーさん」


 シオリの体を支配しようとしている者のターゲットは魔法学園都市ではない。あくまでもペルセウス・ベータ・アルゴルなのである。




    ◇ ◇ ◇




 約一万の魔物達が自分達に方向転換したことは、ペルシーたちは気づいていた。

 だが、重要なのはそこではない。千頭ほどの別部隊が敗残兵を追撃していることである。


 ペルシーは決断した。

 魔物軍団をここで迎え撃つ。


「お兄ちゃん、討伐部隊の生き残りはどうするの?」

「エドを中心にして援護してもらう」

「それはいいけどよ。いくら兄貴でも一万頭を相手できるのかよ?」

「俺には必殺技があるのだよ、ふふふ」

「まじか?」

「まじだ」

「お兄様、まさかあれを使うのですか? 危険です!」

「レイチェル、お前は兄貴の必殺技を知っているのか?」

「ごめんなさい。ノリで言ってみました……」


 いつも真面目なレイチェルの発言だったので、その場にいた全員が爆笑した。

 これから魔物軍団との先頭を控えているとは思えない雰囲気だ。


「エドについて行くのはエルザ、ジーナ、エリシアだ。残存兵の援護を頼む。相手は千頭ほどの魔物だが、問題ないだろう」

「そうだな。時間はかかるかもしれないけれど、問題ない」

「ペルシー様、私は自信がありません」


 エリシアが涙目になってペルシーに訴えた。


「大物は三人が倒してくれるから、取りこぼしを狩ればいい」

「でも……」

「エリシア、さんざん訓練しただろ。空中からの攻撃に、あいつらは無防備だから楽勝だぜ」

「そ、そうでしょうか?」

「ああ、問題ない。訓練の成果を見せてくれ」


 ペルシーがエドをリーダにしたのは正しかった。楽天的な性格も、類まれな戦闘技術も、素質は十分である。


「ペルシー様、意義があるのですわ」


「エルザ、何か問題でも?」


「おおありです。オオアリクイです」


「はい?」


「私はペルシー様と離れたくありませんの。たった千頭の魔物など、エド、ジーナ、エリシアで殲滅できますわ」


「そ、そうか……」


 三人で千頭の魔物を殲滅するなど、この世界の人間からすれば神の力としか思えないだろう。もっとも、神に近い龍人のエドと、同じく神に近い神獣のジーナが一緒なのだ。神の御業とも言えなくもない。


「兄貴、姫様の言う通りだ。姫様は兄貴のチームに入れて欲しい」


「分かった。エルザは俺と一緒だ」


「当然ですわ」


 エルザはペルシーの右腕に絡みついて、満面の笑みを浮かべた。


 ――その笑顔で俺を殺す気か……。


「ペルシーさん、私をお忘れないで下さいませ」


 今度はクリスタはペルシーの左腕に絡みついてきた。


「そ、それじゃあ作戦開始!」


 ペルシーの合図と同時にエドは龍形態に変身した。そして、ジーナとエリシアがエドに飛び乗り、大空へと飛び立った。

 おそらく敗残兵を追撃している先頭の魔物はウォーウルフだろう。一刻の猶予もないのだ。


 ――任せたぞ、エド。


「エルザ、クリスタ。離れてくれないか」


 ペルシーのお願いで二人は素直に離れてくれたが、顔がなんだか紅い。


「レイチェル。君はミルファクでレイランの看病をしてくれないか」

「はい、お兄様。私もそのつもりでした。戦場では役に立てそうもないですし」


 レイチェルの精霊召喚により、どのくらい強力な精霊を召喚できるのだろうか? もし、バハムート並の精霊を召喚できれば、一万頭の魔物など、一度のブレスで消滅させることもできるのではないだろうか? しかし、今はそれを試す時ではない。いずれその時は訪れるだろう。


 レイチェルはミルファクの中に入っていった。

 ペルシーの傍に残ったのは、エルザ、クリスタ、そしてパメラである。


「お兄ちゃん。もし、ペルセウス座流星群を使うなら、十回くらい使わないと一万頭の殲滅はできないんじゃない?」


 シーラシア魔物大戦でペルセウス座流星群を使った時、約八百頭の魔物を殲滅した。あの時の魔物は大型がとても多かったので、今回とは正確に比較できないが、その時の威力は参考になる。


「もしかしたら時空振動波を使うの?」

「時空振動波の威力は最強だけれど、エネルギー効率が悪いから広範囲には使いたくないな。それに大地が抉れてしまうし……」


 時空振動波はペルシーから円錐状に放出されるので、大地も抉られてしまう。つまり、この草原の地形が大きく変わってしまうだろう。地球出身のペルシーとしては、なるべく自然破壊は避けたいのだ。


「ふふふ、歴史が塗り替えられるのですわ……」


 魔物の軍団が近づくに連れてエルザのテンションが可怪しくなってきた――


「どうかしたのかエルザ?」


「私の知っている歴史では、一万の魔物が集団で襲ってきたことなどありませんの。それをペルシー様は殲滅するのです。新しい歴史の始まりなのです」


「それはそうか……」


「ペルシーさんは自分の魔力が人知を越えていることを自覚したほうがいいのでございます」


「クリスタも人知を越えているけどな」


「私とは桁が違うのです。比較しないでくださいませ」


「そ、そうか……」


 一万頭の魔物軍団は、十分程の距離まで接近していた。すでに先ほどから砂煙が見えている。果たしてペルシーの必殺技はうまくいくのだろうか? 何かのフラグでなければいいのだが……。

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