第106話 異世界人のマナはガンマ群
聖女ペネローペはシオリ・アユカワの体に憑依し、ペルセウス・ベータ・アルゴルと戦おうとしていた。
大賢者ジュリアスが愛した女性ペネローペ。自分の命と引き換えにペルセウスを召喚し、自分の力をペルセウスに与えてまで助けようとした女性。それが聖女ペネローペである。
ジュリアスに庇護されていた彼女が、ジュリアスの継承者であるペルセウスと戦おうとしている。ペルセウスの捜索活動が進めば無条件で助かる可能性があったのに、なぜ自らその機会を摘もうとしているのか? もし、ペルセウスを斃せば、その機会は永遠に来なくなるというのに……。
彼女の真意は謎だ――
異世界からの転移者であるシオリ・アユカワに憑依した聖女ペネローペは魔物軍団を三つのグループに分けた。先頭のグループがペルセウス達と戦闘を開始したら、後ろに隠れていた二つのグループが左右に別れてペルセウス達の後方に回り込む作戦である。
これは作戦と言える代物ではない。何故なら完全な消耗戦だからである。本気で勝つつもりならば、通常はこのような作戦は採らない。
むしろ、ペネローペはそれを狙っているかのようだ。一万の魔物集団を捨て駒に使って、何か企んでいるのかもしれない。
「ペルセウスさんは、本気を出してくれるかしら?」
ペネローペはペルセウスの実力をほぼ把握しているはずだ。それはジュリアスと愛し合っていた彼女だからこそ判ることだ。ジュリアスの能力を継承した人間、いや龍人であるペルセウス。彼には人知を超えた破壊力がある。
「一万頭の魔物といえど、ペルセウスさんからすれば余興にすぎないのではないかしら? もしかしたら遊びにもならないかも? 今のペルセウスさんって、ジュリアス様を遥かに越えている気がするの」
ペルセウスには〈ペルセウス座流星群〉や〈時空振動波〉などの殲滅魔法がある。それでも一度に一万頭の魔物を殲滅するのは不可能だろう。この聖女はペルセウスに何を期待しているのか?
ペネローペは不意に眉を吊り上げた。
「別働隊が動き出したわ」
残存兵が隠れている山へ、ペルセウスがエドガー達を送ったことに気がついたようだ。
「うまく作戦に乗ってくれたようね。これでペルセウスさんが一人で待っていてくれたら、とても嬉しいのだけれど……」
修道女の服を纏ったペネローペは巨大な牛の魔物ベヒーモスの上に騎乗し、ペルセウスに向かって進軍し始めた。
「ペルセウスさん、もうすぐ逢えるわ」
◇ ◇ ◇
「やつらは三つに分かれたな」
先頭が四千、後方の左右に三千という三つの連隊を配置した陣形だ。
ペルシーは魔物達の戦術的な振る舞いにまったく動揺しなかった。いや、むしろそうでなければ困る。彼はこの戦いで魔物軍団の秘密を暴こうとしているのだ。ただのスタンピードでは手がかりが掴めない。
「先頭が交戦状態になってから、後ろの連隊が左右に別れて俺達を囲むつもりだろう」
「それって消耗戦ですわね」
「消耗戦なのでございます」
「どうするの? お兄ちゃん」
「みんなには悪いけど、一発で決めたい。もし、取りこぼしたらみんなで殲滅戦だ」
「それだと敵の魔物使いも殺してしまうのではないかしら?」
エルザの疑問は当然だ。
敵がこれだけの魔物を操る魔力を持っているとしても、ペルシーの殲滅魔法が滅してしまう可能性が高い。それほどペルシーの魔力は尋常ではないのだ。
もちろん、その敵が魔物軍団の中に存在していれば……だが。
「時空振動波ならば魔物使いも滅してしまうかもしれない。でも、そいつはそんな玉じゃないだろう」
「お兄ちゃんは自分の力をとても過小評価しているの」
「いくら魔物軍団を操るほどの魔力を持っていても、ペルシーさんの幻想魔法を防御できるとは思えないのです」
「まったくですわ。自覚がないのは困りものでございますわね」
「そ、そうかな……。小さな流星くらい防御できるだろ」
「やはり、ペルセウス座流星群を使うのですわね」
「まあ、そうだけど。今度のは前回の反省も兼ねて、流星の形状を流線型にするつもりだ。そうすれば空気抵抗による減速が少なくなるので流星の質量を小さくできる」
もし巨大な流星を落とせば、地上に大きなクレーターができてしまい、被害が大きくなる。なるべく小さめの流星を広範囲に降らせたほうが、地形を変えてしまうような被害はなくなる。
「何を反省しているのか分かりませんけれど、私の魔法障壁でも流星の衝撃を完全に防ぐ自信はありませんの。もし、それを防ぐことができるのならば、その者が人間であるはずがないのですわ」
この世界の人間がそれほど高い魔力を持っていないことは、ペルシーは経験上分かっている。それならばペルシーは何故殲滅魔法を使おうとしているのか?
「まさか魔物使いが魔王とか悪魔とか邪神だと思っているのではないでしょうね?」
今日のエルザはいつになく食いついてくる。何か思うところがあるようだ。
「そんなのが本当に存在したら恐いな……。逃げちゃうかも?」
「ペルシー様、茶化さないでほしいのですわ」
(やっぱり、正直に言った方がいいだろうな……)
「魔物使いのマナの性質は、パメラによるとガンマ群に属するらしい」
「ガンマ群とは何ですの?」
「魔物使いのマナの性質は俺と同じ種類だということだ」
「つまり……、龍人族?」
龍王の娘のエルザなら、最初に龍人族を思い浮かべるだろう。だが、それは違う。
もし魔物使いが龍人ならば、エルザのマナもガンマ群に属するはずだからだ。
「パメラ、エルザのマナは?」
「エルザさんは、というより龍人族のマナはシータ群に属するの。ついでに言うとクリスタちゃんのマナもシータ群よ」
人間よりも神に近い龍人、それに光の妖精クリスタのマナは、同じシータ群に属するようだ。おそらく神獣のジーナもシータ群だろう。
「俺は龍人だけれど、こことは別の世界から来た転生者だ」
ペルシーは大賢者ジュリアスの体に憑依しているので、憑依転移者と言ったほうが正しい。
それに、ジュリアス自身は地球からの転生者だ。マナの質がミストガルの生物と異なるのも不思議ではない。
「俺は龍人であると同時に異世界人でもある。みんなと俺のマナの質が異なる理由はそれしか考えられない。つまり、あの魔物使いは転生者か転移者だ!」
もし、魔物使いがペルシーの言うとおり転生者か転移者ならば、流星くらい防げるはずだだろう。だからペルシーはペルセウス座流星群を使おうとしている。
「異世界人ならば流星を防げるという理屈は理解できませんけれど、ペルシー様の考えは解りましたわ。私達は高みの見物をすることに致します」
エルザは両手を左右に開き、諦めましたわという身振りをした。
クリスタは何故かニヤついている。
パメラはペルシーの背中によじ登ろうとしている。
「俺にも異世界人の魔力が強い理由は解らないけれど、魔物使いの魔力が強力なのは、魔物軍団を操っていることからも判る。ペルセウス座流星群に耐えられるのは間違いないと思う」
「お兄ちゃん、そろそろ始めないと安全距離が保てないの」
パメラはペルシーにおんぶすると、急かすように言った。
「よし、始めようか!」
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