第48話 白仮面と時空魔法
エルザ、クリスタ、そしてペルシーの三人はクリスタの探知魔法を使うために、龍王城の中央にあるダンスホールに移動することにした。
ダンスホールは学校の体育館程の広さがあり、この真上には龍王の謁見の間がある。
「俺の推測だと、第三者がゲルハルトを脱走させたんだと思う」
「なぜそう思われるのでございますか?」
「根拠は薄いんだけれど、龍王様がゲルハルトを泳がせるために逃したようなきがするんだよね」
「たしかにお父様ならばやりそうな気がします」
エルザは面白そうに続けた。
「お父様は見た目通りの策士ですから」
三人は声をこらえながら笑った。
「そ、それじゃ早速いいかな、クリスタ?」
「はい、もちろんでございます」
クリスタは目を瞑って両手を広げた。
彼女の体が白い光で包まれ、それはやがて光は空中に霧散していった。
十分ほど経った頃、クリスタの真剣な表情が曇りはじめた。
「ど、どうした? クリスタ」
「申し訳ありません、探知は失敗でございます」
「謝る必要はないぞ。既に城外へ逃げられている可能性のほうが高い」
正確な時間は判らないが、ゲルハルトが逃げてから数時間が経過しているはずである。
あの牢獄から逃げられたのだから龍王城から脱出することなど、ゲルハルトにとっては容易いことなのかもしれない。
「ペルシー様の言うとおりですよ、クリスタさん。あなたの能力を疑うものなどここにはいません」
エルザはクリスタを抱きしめて、頭を撫でた。
こうしてクリスタを抱きしめるエルザを見ると、姉が妹を慰めているかのようにみえる。
「ありがとうございます、エルザ様」
クリスタはペルシーに向き直り、こう言った。
「ペルシー様、お願いがございます。ペルシー様の魔眼で探査をしてくださらないでしょうか?」
「クリスタが見つけられなかったんだから結果は同じだと思うけど、やってみよう」
ちょうどその時、パメラがダンスホールに向っていると連絡が入った。
この場所はペルシーがテレパシーでパメラに教えてある。
「もうすぐパメラがここに来るから、その前にやってしまおう」
ペルシーは目を閉じて魔眼を発動した。
やはり魔眼を使う時は目を瞑ったほうがやりやすいようだ。
時間にして五分ほど経過し、ペルシーは目を開けた。
「城内にはゲルハルトらしき気配はなかった。やはり城外へ脱出済みだな」
「そのようですね。ペルシー様、このことはすぐにドロクスや警備隊に知らせたいのですが」
「ああ、その方がいいね。操作の中心を城外に移さないと」
エルザはダンスホールの出入り口にいる衛兵たちのところへ駆けていった。
ゲルハルトが城外に脱出したからといっても彼の怪我は治っていないのだから、竜化して逃げることはできないだろう。仮に竜化したとしても、城外の警備兵から飛んで逃げることはできないはずだ。
だが、それはゲルハルトが単独で逃げた場合の話である。龍王が故意に彼を逃したのならば事情は違ってくる。
そこへやっとパメラとレイランがダンスホールにやってきた。
エルザと合流してペルシーのいるダンスホールの中央に来ると、ゲルハルトの牢獄を警備していた四人の看守から得た情報を話しはじめた。
「お兄ちゃん、とんでもないことが分かったよ。ゲルハルトさんは第三者の手で脱獄したんだよ」
「やっぱりそうか。それは予測できたことだけど、詳しく教えてくれ」
この時、ペルシーは龍王の作戦だと思っていたので、慌てて彼を捜す必要はないと考えていた。
「看守の記憶を覗いてみたんだけど、その一人が脱獄させた犯人を一瞬だけ目撃していたの」
「それは衛兵じゃないのか?」
「えっ、なんで?」
「なんでって、龍王様の作戦でゲルハルトを泳がせたんじゃないのか?」
「違うよ! 犯人はね……」
ペルシーは彼女が見た看守の映像をテレパシーでみせてもらった。
「ば、ばかな……」
パメラからの映像を見せてもらったペルシーはショックを受けたようだ。暫くの間、呆然としていた。
「ペルシー様、どうしたのですか!?」
エルザは痺れを切らして、ペルシーを問い質した。
「黒いローブの男、以前に会ったことがある。いや、目撃したことがある」
「お兄ちゃんとパメラがシーラシアの町でアスターテという人を監視していたとき、黒いローブの男の人がいたの」
「アスターテはその男をギルティックという秘密結社の暗殺者だと言っていた」
正確には、パメラがアスターテの記憶を読んだので、暗殺者だと考えていた、が正しい。
「たしか《黒蜘蛛》という呼び名だったね、お兄ちゃん」
「あの野郎にはラーズ大砂漠で突然襲われたこともある。それに今回のことといい……」
ペルシーは怒りに震えだした――。
「お兄ちゃん、落ち着いて!」
「ペルシー様! 真相を解明しましょう」
「そ、そうだな。パメラから見せてもらった映像にはもう一人映っていた」
「もう一人は白い仮面を被っている。パメラは見たことがないよ」
「白い仮面か……。俺も知らないな」
その時、クリスタが何か思い出したように目を見開いた。
「どうした、クリスタ?」
「私は黒蜘蛛と白仮面の男が一緒にあるているところを目撃したのでございます」
「なんだって?」
「リディア様の執事であるジョルダン様に会いに行く途中のことでございます」
あの時クリスタは単独で《死んだ振りして脱出しよう作戦》の協力を要請しにジョルダンのところへ行った。その道中で彼らを目撃したようだ。
黒蜘蛛は禍々しい魔力を纏っていたので目立ったそうだ。もっともクリスタだからこそ、その魔力に気づいたのだろう。
「黒蜘蛛の魔力色相は禍々しいといえども、魔力自体は上級魔法使い程度のものでした」
「そういえば、あいつを目撃した時、それほど強い感じはしなかったな」
「パメラもそう思ったの。お兄ちゃんとは比べ物にならないよ」
「はい、クリスタも同意するのでございます。ただ、白仮面の魔力色相はちょっと変でした」
白仮面が持つ魔力色相は、クリスタが感じたことのないものだったらしい。
「魔力色相か? その違いは俺には分からないなぁ……」
「パメラにもなんとなくクリスタの言う魔力色相が分かる。クリスタは光の妖精だから、人間種が感じることのできない魔力の色がわかるんだと思う」
「さすがクリスタだな」
クリスタは顔を赤らめながらも話を続けた。
「おそらく特殊能力の持ち主だと思います……」
「特殊能力か……。どんな能力か分かれば警戒できるんだけどな」
「残念ながら……」
「そうか、その特殊能力で牢獄を脱出したのかもしれないな」
「ペルシー様、城外に出て探知してみてはどうでしょう?」
エルザからの提案だった。
「そうだね。それを議論するよりも城外で探知してみよう!」
(完全に失敗した。こんな議論は後回しにすればよかった)
◇ ◆ ◇
ペルシーたちは急いで龍王城から出て、その真上に立った。
城外の上空には衛兵たちが龍形態になってゲルハルトの捜索を行っていた。
「よし、魔眼を使うぞ!」
ペルシーは魔眼で広範囲の探知を試みた。
「あっ! 見つけた!」
ペルシーはゲルハルトとギルティックの二人を北側の山脈に発見した。
距離はおよそ二十キロほど離れている。
「パメラ! ヘッドギアになって!」
「了解!」
パメラを頭に装着するとすぐにペルシーは最高速で空中を飛んだ。
エルザとレイランは龍形態になって、クリスタは妖精形態になってペルシーの後を追った。
数分でゲルハルトたちが潜伏する岩山に到着して三人を確認した。
「どうした。遅かったじゃないか」
黒いローブの男がペルシーを挑発するように言った。
「お前は黒蜘蛛だな」
「自己紹介はしてなかった思うが……。そうだ、俺は黒蜘蛛と呼ばれている」
「秘密結社ギルティックの暗殺者」
「そこまで知っているとはな……。だが、暗殺者というのは間違っているぞ」
「お前が何ものでもいい。ゲルハルトを引き渡してもらおう」
「それはできない相談だ」
『パメラ! クリスタ! 白仮面に警戒してくれ!』
『任せて!』
『了解でございます!』
そこでエルザとレイランが到着した。
「エルザ! レイラン! 奴等が攻撃してきたらすぐに反撃して構わない!」
エルザたちは龍の首で頷くと、ペルシーの左右に開いた。
これで戦力的にはペルシーたちの方が圧倒的に上のはずだ。
「俺たちは人前に姿を晒すことに慣れていないんだ。そろそろお
「ふ~ん、人見知りなんだな」
『ペルシー様、白仮面の
「ところで、その白仮面の男は誰だ!?」
「な、なんだと! 僕は男じゃない!」
白仮面を被った者はブルブルと震えだした。
『ペルシー様、グッジョブ! 魔力が乱れて霧散した』
「それは失礼した。彼女、名前は?」
「白蜘蛛! お前は馬鹿か! 魔力を練り直せ! お前に感情などないはずだろ。あいつの言葉に惑わされるな!」
黒蜘蛛が激怒したためか、白仮面の女は再び魔力を練りはじめた。
「僕は白蜘蛛ではない! 僕の名前はレイチェルだ!」
『『ボクっ娘だ!』』
ペルシーとパメラが同時に考えたため、エルザたちにもテレパシーで伝わってしまった。
「白蜘蛛、おまえ一体どうしたんだ……」
黒蜘蛛は白蜘蛛の反応に動揺しはじめた。
ゲルハルトは口を閉じたまま何も言おうとしない。
「ペルシーさん! 僕はあなたと同じマギだ!」
レイチェルと名乗る魔法使いは黒蜘蛛とゲルハルトに両手を向けて叫んだ。
「転移!」
黒蜘蛛とゲルハルトは一瞬で姿を消し、彼等がいた場所は、はじめから何もなかったかのようだった。
そして、レイチェルが魔力を使い果たして倒れ込んだところをペルシーが支えた。
(うっ、胸がでかい。この世界のデフォか?)
『ペルシーのエッチ。どさくさに紛れて胸を揉むなんて鬼畜ね』
ペルシーが白仮面の女をその場に横たえると、全員が人間形態になってその場に集まった。
「ペルシー様! ゲルハルトたちはどこに逃げたのでしょうか?」
「お兄ちゃんには追跡能力はないのよ。と言うか、誰にもできないかも」
「パメラ、今のは時空魔法か?」
「この世界の時空魔法なの。お兄ちゃんの時空魔法とは違うの」
「えっ? 時空魔法は二種類あるのか?」
「時空魔法はこの世界には一つしかないの。その意味ではペルシーお兄ちゃんの時空魔法は異質だから、幻想魔法という定義でいいんじゃないの?」
パメラはニッコリと首を傾げて言った。
「なんとなく騙された気がするけど、まあいいか」
その時、ボクっ娘、もとい、レイチェルが意識を取り戻しつつあった。
「ボクっ娘が目を覚ましそうなの」
「クリスタ、ボクっ娘に水を飲ませてあげて」
「は、はい。ペルシー様……」
なんでペルシーとパメラがレイチェルを嬉しそうに眺めているのか、他の三人にはまったくの謎だった。
ペルシーは日本人なので、分からないでもない。
パメラはおそらくジュリアスに訊いたことがあるのだろう。
伝説の大賢者ジュリアス・フリードの正体は日本人で、しかもヲタクだったのだ。
「仮面を取らないと水を飲ませられないのでございます」
「よ、よし。俺が取る」
何故か全員がペルシーの手の動きを追った。
ペルシーが仮面を取ると――あっさりと取れた――紛れもない金髪の美少女が現れた。
「こ、これがボクっ娘の正体か……」
全員が息を呑むように美少女を見つめていると、クリスタが一言……。
「また女の子が増えたのでございます」
「え~と……」
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