第50話 時空精霊と怒りのパメラ、そして……

 ここは異次元屋敷ミルファクの一室。

 ペルシーたちはレイチェルの洗脳のことや、彼女の転移魔法について侃々諤々かんかんがくがくと議論を続けていた。

 しかし、結論が出るはずもなく、結局はレイチェルの覚醒を待つしかなかった。


 そしてようやくレイチェルが目を覚まそうとしている。

 レイチェルを五人がじ~っと見つめている状況は、傍目から見るととても異様な雰囲気に見えるだろう。


「う、う~ん。ここはどこ? はっ!」

「こ、こらっ! 止めろ!!!」


 ペルシーの制止にもかかわらず、レイチェルは時空魔法を発動してしまった……。


 この屋敷はペルシーの共次元空間に存在する。つまり、この空間の外へは転移できないのだ。

 その結果、レイチェルは気絶した――。


「レイチェル! 大丈夫かっ!」

「「「レイチェルさん!」」」


「お兄ちゃん、魔法の発動が失敗した反動で気を失ったから、すぐには目覚めないの」

「発動失敗の反動?」

「精霊魔法は失敗すると、その代償として反動が来るの。殆どの場合は失敗した魔法で消費するはずだったマナの倍以上を一気に失い、外的要因でマナを消費してしまうから、かなりの身体的苦痛が伴うの」

「目覚めたら転移魔法で逃げることは想定していた。でも、あんなに早く発動できるとは思ってなかったよ」

「今の発動の早さは精霊魔法としては異常なほどなの。レイチェルは特殊な能力の持ち主かも」


「ところで、この世界には時空の精霊なるものが存在するのか?」


「ペルシー様、時空精霊は存在するのでございます」


 光の妖精クリスタは時空精霊の存在を知っているらしい。


「この異次元屋敷にも?」

「はい、時空精霊には空間や時間の境界は存在しないのでございます」

「それで転移魔法が使えたのか……。勉強になるな~。クリスタ、ありがとう」

「どういたしまして」


 振り出しに戻ってしまったが、今度はクリスタの治癒魔法が功を奏したようで、一時間ほどで目を覚まそうとしていた。


 先程の失敗から、ペルシーはレイチェルの上に跨り、手を押さえ込んだ。

 残りの四人がそれを見つめる。傍目からはかなり異様に見えるだろう……。


「う~ん、ここはどこ? はっ!」

「デジャブーだ。いや、さっき見たのは事実だからデジャブーじゃないな」

「お兄ちゃん、そんなことはどうでもいいの!」


 レイチェルが先ほどと同じ反応をしたせいで、ペルシーは動揺している。


「レイチェル! 大人しくして俺の言うことを聞いてくれ!」


 ペルシーの言葉が届いたのか、レイチェルは目を見開き、彼の顔をじっと見ている。


「ここでは転移魔法を使うことはできないっ! 無理に使うとまた苦しむことになるぞ!」


 レイチェルはペルシーを見つめたまま固まっている……。


「あの~、レイチェルさん……? どうしたの?」


 その状態が数分間続いた後、レイチェルはペルシーの腕をどけて起き上がり、予想外の行動に出た。


「お兄様……」

「はい?」

「お兄様!!!」


 レイチェルはペルシーに抱きついて、大泣きしだした。


「「「「え~っ!」」」」


「ペルシー様、隠し子でございますか!?」


 何故かエルザとレイランに睨まれるペルシー。


「クリスタ、こんな時にボケないでくれ!」

「ペルシーお兄ちゃんは、パメラのお兄ちゃんなの!」

「レイチェルのお兄様なのです!」


 泣き叫ぶレイチェル――。

 怒りまくるパメラ――。


「ペルシー様には妹君がいたのでございますね……」

「妹なら何も問題ないだろう! いや、そうじゃなくてね……」


 再びエルザとレイランに睨まれるペルシー。


「だめだ……、みんな混乱している……」


(うっ、頭がくらくらする……)


 その時、ペルシーは目眩を感じていたがこの喧騒である、誰も気づいていない。

 いつもならばペルシーの異変に対して真っ先に気がつくパメラさえも、感情が高ぶっていたので気づいていないようだ。


 結局その後、クリスタがボケ続け、エルザとレイランはペルシーを睨み、二人の少女が口喧嘩をしているという喧騒は小一時間ほど続いた……。





   ◇ ◆ ◇





 いい加減痺れを切らしたペルシーはエルザとレイランにレイチェルを任せて、パメラとクリスタを別室へ連れて行った。


 別室へ移動しすると、パメラの怒りは次第に収まりはじめた。

 それよりも、取り乱したことの恥ずかしさが怒りを超えてきた感じだ。


 いずれにせよ、普段は表情に乏しいパメラが、これほど感情的になるのは初めてのことである。


「パメラ、いったいどうしたんだよ。レイチェルがまだ混乱しているのは分かっているだろう?」

「でも、私……」

「ペルシー様、パメラを責めないでくださいませ」

「おっと、そうだね。ごめんパメラ。君があんなに怒るのを見て、俺も動揺しているみたいだ」

「いいの、お兄ちゃん。わたしが悪いの」

「いや、パメラは悪くないよ。それで、怒った理由を聞かせてくれるかな?」


 パメラはポツポツと怒り狂った理由を説明してくれた。

 それはペルシーにとって耳の痛い内容だった。


 パメラの告白はこうだ――。


 ペルシーにとって自分は何なのだろう? 人族の社会的に自分のポジションはどこなのだろうか? パメラはずっと悩み続けていた。


 ペルシーとクリスタとパメラの三人の時はその程度で済んだのだが、エルザとレイランが婚約者になってからというもの、自分が疎外されているような気分になった。


 エルザとレイランがペルシーと仲良くなるように仕向けたのはパメラ自身だった。それはよく分かっている。だけれど、人ではない自分にとって、根拠のない疎外感が次第に強くなってきた。ペルシーがパメラを邪魔者になどするはずないのに……。


「悩んでいた時に、せっかく築き上げた妹ポジションをレイチェルに乗っ取られそうな気がした。そう思ったら、後は理屈じゃなかった。寂しさと悔しさが込み上げてきて……」

「そうだったのか。最初パメラに《お兄ちゃん》と言われた時、ただの気まぐれかと思っていた。ごめん、パメラ。気づいてやれなくて……」


(俺はパメラのことを人間扱いしきたつもりだ。でも、パメラにとってはそれだけでは駄目だったということか……。いやそうではないだろう。人間扱いという発想自体が既に間違っているのだと思う)


「パメラは俺にとって体の一部みたいなものだ。パメラが居てくれなかったら、俺はこの世界で生き残れないだろう。それは間違えようのない事実だ」


「お兄ちゃんとパメラが一蓮托生なのは理解している。でも、そうじゃないの。パメラは精神的な絆が欲しかっただけなの。お兄ちゃんと本当の家族になりたい……」


「絆か? よく聞いてくれパメラ。俺はパメラのことを家族の一員だと思っている。それはパメラがよく知っていることだよな?」


「うん……」


 パメラはヘッドギア形態でペルシーの頭に装着されている時、ペルシーの心の中を

覗くことができるし、実際頻繁に覗いていた。


「だけど、それが人としての絆だったのかどうかは自分でもよく分からない。でも、これからは違う」


「お兄ちゃん……」


「パメラは俺の妹だ!」


「お兄ちゃん、ありがとうなの!」


 パメラはペルシーの胸に顔を埋めて、泣きはじめた。

 そして、クリスタのことについても話しはじめた。


「お兄ちゃん、お願いがあるの。クリスタも家族にして欲しいの」

「わ、私はメイドですよ、パメラちゃん。家族なんて……」

「クリスタは強情で素直じゃないから、家族になりたいと言い出せないだけなの。パメラはクリスタのことはよく知っている」

「そうなのか? クリスタ」

「そ、そんな。滅相もございません、ペルシー様」

「クリスタは龍神族と同じように神と人の中間に存在する種族。お兄ちゃんと結婚もできる。だから、クリスタもお兄ちゃんの嫁にして欲しい」

「パ、パメラちゃん!」


(うっ、立っていられない)


「パメラ……」


 クリスタが叫んだちょうどその時、ペルシーは唐突に膝をついて崩れ落ちた。


「ペルシー様!」

「お兄ちゃん!」

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