第58話 詠唱って、そんなんでいいの?

「皆さん、ここが白鯨亭でございます」


 なんだかクリスタが張り切っている。彼女は料理が好きだから、美味しいものを食べるのにも興味があるんだろうな。俺も少しは料理ができるから、食べるだけじゃなくて作り方も気になる。


「お客さん、久しぶりなのです」


 前回来た時に料理を運んでくれた小四くらいの女の子だ。相変わらず元気そうだな。


「魚介類のスープに、お客さんが教えてくれたブイヤベースという名前をつけたら、大人気メニューになったです」

「そりゃあ良かったな」


 あの時はブイヤベースという言葉をレベッカ達に聞かれてしまい、それを誤魔化すために失われた大陸の料理だと嘘をついてしまった。


「今日も美味しい料理を頼むよ」

「もちろんなのです」

「それで、今日のおすすめは何かな?」

「今日はギルトンからお米が入ってきたのです。

 それと魚介類を混ぜた料理をお出しするのです」


 こ、米があったのか。知らなかった。それに魚介類といったら、あの料理しか思い浮かばない……。


「よし、それを五人前!」

「かしこまりました、なのです」


 前回来た時はパメラが人間形態になってなかったので、彼女は初めて白鯨亭の料理を食べることになるな。


「勝手に頼んじゃったけど、エドとレイチェルは魚介類は大丈夫か?」

「俺は何でも食えるから大丈夫だ」

「この店は衛生的ですし、私も大丈夫ですわ」

「それは良かった。パメラも大丈夫だよな?」

「多分大丈夫だと思うの」

「駄目ならば食べなくてもいいからな」

「うん、わかったの」


 今のところパメラは何でも食べられるようだけど、一応注意しないとな。


「兄貴、ちょっと質問があるんだけど」

「珍しいなエド、答えられることなら答えるぞ」

「兄貴は行ったことがない場所へは転移できないんだろう?」

「ああ、そうだよ。幻想魔法というのは対象を明確にイメージする必要があるからな」

「なるほどね……。もし、入学試験に間に合わなくなったら、俺が皆を乗せて飛べばいいだけだよな?」

「間に合わないのは確定しているぞ」

「そこで提案なんだけど、レイチェルに転移してもらえればいいんじゃないか?」

「あっ!? それもそうだな」

「お兄様が行きたい場所って、ロマニア法国のウエスティアですか?」

「そうだよ。そこまで皆を転移させることはできるか?」

「ウエスティアには行ったことがあるので転移できるのですが、一遍には無理ですわ」

「そうなのか。転移するのにどんな制限があるんだ?」

「人数と距離は反比例します」


 時空魔法というのは、それなりにマナを消費するんだな。


「ここにいる五人を連れて行くと、どのくらいの距離を転移できる?」

「この町からルーテシア大陸のギルトンくらいまでです」

「ちょうどいい距離だな。早速だけど、食事が終わったら転移してくれるか?」

「大丈夫ですわ、お兄様。でも、その距離だと転移した後は動けなくなるかも知れませんわ」

「もしそうなったら、俺がおんぶしてやるから問題ないぞ、レイチェル」


 レイチェルの転移を試してみたいから、ちょうどいいタイミングだ。

 どれくらいマナを消費するのかも確かめておかないとな。


「レイチェル、クロノスに会いたいの」

「パメラちゃん、もう少し待ってね」

「うん、わかった」


 精霊クロノスを召喚するのか……そして魔法を発動する。

 ひょっとしたらすべての精霊魔法は同じ手順で発動できるのでは?

 後回しにしようと思ってたけど、クリスタ大先生に精霊魔法の秘密を聞いてみたくなってきた。


「ペルシー様、クリスタに何か御用でございますか? そんなに見つめないでくださいませ」

「ごめん、クリスタ大先生」

「大先生……でございますか?」


 クリスタ大先生に魔法少女の衣装を着せたらどうなるだろう?

 胸が大き過ぎて合わないかもしれないな。


 俺がしょうもないことを考えていると、元気いっぱいの少女が料理を持ってやって来た。


「お待たせなのです!」


 華麗に料理を配膳すると、俺の顔を見つめている。


「この香り、この景色……まさしく『パエリア』」

「お客様、『パエリア』頂いたのです!」


 白鯨亭の少女は喜び勇んでマスターのところへ走っていった。

 明日から新しいメニューが並ぶことだろう――


 それにしても美味しいものを食べている時は、皆が無言になる。

 どこの世界でもそれは変わらない事実だ――


「ああ~、食った食った」

「こんなうまいもの食ったのはじめてだ。もっと早く降りてくればよかった」


 神が降臨して人間界に来たような言い回しだな。

 まあ、龍神だから近いっちゃ近いか。


「ペルシー様、エド様、お下品なのです」

「しょうがないだろう。半分オヤジが入ってる歳なんだから」

「お兄ちゃん、オヤジってなぁに?」

「まあなんだ。気にするな」


 俺たちは食後、食材の買い出しに来た。

 復興の邪魔をしてはいけないので、お米だけでも買っておいたほうがいいだろう。


 残念ながら、ジャポニカ米そのものはなかった。

 まあ、それはあたり前だろう。日本じゃないのだ。

 でも、ラッキーなことにジャポニカまいとインディカ米の中間的なお米を見つけた。

 匂いもインディカ米ほど臭くないし、これを使えば日本料理も再現できそうだ。


 俺たちが港の周辺を彷徨いている時、大変な光景を目にした。


 獣人だ――


 この世界には妖精もエルフもドワーフもいるのだ――はじまりの森調査隊のリーダーはエルフだったらしい――獣人がいても不思議ではない。


 どうも、港湾労働者として働いているようだ。

 人間よりも力はありそうだからな。といっても、奴隷ではないようだ。


「ペルシー様、そんなに獣人が珍しいのですか?」

「前回来た時は居なかったからな」

「獣人は数が少ない上、労働作業に向いている種族が多く、とても人気があるのでございます」

「なるほどね~。今見えているのは狼族かな?」

「おそらくそうだと思うのです」


 猫族、犬族、兎族……早く見てみたい。


「この町で入手する必要があるものは、もうないよな?」

「はい、ボスコニア山脈越えの物資はギルトンでも手に入るのです」

「それじゃあ、そろそろ行くか!」


 俺たちは、復興で賑わっているシーラシアから遠ざかり、人目のつかない草原まで足を運んだ。


「ここなら大丈夫だろう。レイチェル、準備はいいか?」

「はい、お兄様」


 レイチェルは両手を広げて、こう行った。


「クロノスちゃん、来てちょうだい!」


「「「えっ、それでいいの!?」」」


 精霊クロノスがレイチェルの前に姿を現した――


「クロノスちゃん!」


 電光石火でパメラが精霊クロノスを抱っこしたが、彼はとくに嫌がっている様子はないな。

 ひょっとしたら精霊は子供が好きなのか?

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