第59話 召喚魔法とギルティックのアジト
精霊クロノスと会うのは二度目になるが、未だに不思議なのは精霊がこんなにはっきり見えることだ。
俺には精霊魔法に対する先入観がある。
例えば――詠唱・魔力供給・魔法行使――の一連のプロセス。
その中で精霊が登場する余地はないはず。
つまり、普通のファンタジー小説に登場する属性魔法と同じだ。
ところが、精霊がこんなにもはっきりと見えている。
それはまるで、人形のように、ぬいぐるみのように――
「普通、人間の魔法使いは精霊の姿を視認することはないのです」
「この場合は何が普通じゃないんだ?」
「精霊を見ることができるのは限られた一部の人達なのでございます」
「この中ではエドだけがクロノスを見ることができないのか」
「俺が普通だということだからな。みんなが変なんだよ」
「この際エドさんは置いといくのです。それに、もう一つ普通じゃないことがあります」
最近、クリスタのエドに対する接し方が雑になってきたような気がする。まあ、気のせいだろう。
「精霊がここまで実体化するのは異例なのです。ひょっとしたら会話ができるかもしれないのです」
「それじゃあ試してみようか」
俺はクロノスの前にしゃがみこんで、目線を合わせた。子供やペットと話をするときみたいに。
「よお、クロノス。逢ったのは二度目だな。俺はペルシーだ。よろしくな」
「僕はクロノス。よろしく、ペルシー」
「まあ、素晴らしいのです!」
「パメラとレイチェルは前から話をしてたの」
「なんだ、そうだったのか」
しゃがみこんでは話しづらいので、俺はクロノスに手の上に乗ってもらった。
「レイチェル、マナの消費は大丈夫か?」
「話をするだけならマナの消費は少なくて済みます。その代わりなんですが、転移の際はお兄様の魔力を使わせて下さい」
「えっ、俺の魔力を使えるのか?」
「もちろんです」
「それができるなら、転移先をもっと遠くできるんじゃないか」
「それは可能でございます」
俺の魔力を使っていいならば、魔法学園があるウエスティアまで一挙に転移することができるはずだ。
だが、今回はそこまではしない。なぜなら、陸路を選んだのは冒険がしたいからだ。
「クロノス、俺の魔力で転移してもいいか?」
「レイチェルがそうしてほしいならいいよ、ペルシー」
「ありがとうクロノス。ところで、精霊のことをもっと聞きたいんだけどいいかな?」
「ペルシー、僕たちは友達?」
「もう友達だ」
「それならいいよ」
「早速だけど、レイチェルに呼ばれる前はどこにいたんだ?」
クリスタが「精霊を召喚する」と言っていたので、とても気になっていた。召喚魔法とは違うのだろうか?
「分からない……とてもフワフワした感じのところにいる。透明で、すべてが混ざり合っているような」
なんだか詩的な回答だな……、さっぱり解らない。
「クリスタ、もっと解りやすく説明できるか?」
「はい、おそらく時間とか空間の概念がない世界だと思うのです」
「それ、解りやすくないから」
「それでは……その世界を精霊界とでもいいましょうか」
「この際、精霊界を理解するのはやめておこう」
「そうでございますね」
「賛成! まったく分からねぇ」
エドは魔法剣しか使えないから、精霊に関してはまったくの素人だ。魔法に関する知識もないだろう。
「クロノス、もう一つ質問だ。君は一人なのか?」
「ひとり? 実体化できるのは三人まで。でも、意識は一つしかない」
それは時空魔法使いが少ないことと関係があるのだろうか?
「クロノスと話せる人間はどのくらいいたんだ?」
「千年前は数人居たけど……。レイチェルと話をしたのは久しぶりのこと」
「クロノスが人と話すのを拒んでいたのか? それとも呼ばれなかったか?」
「呼ばれなかった。理由は知らない」
なるほどね。時空魔法が使えないのは人間側に問題があったのかも知れないな。
「クロノスからは俺達にしてほしいことないか?」
「時々呼んで欲しい。レイチェルとその子と遊ぶのが楽しいから」
「パメラのことか?」
「お兄ちゃん、私もクロノスちゃんと遊びたいの」
「よし、いいだろう。パメラがクロノスを直接呼び出せればいいのだけれどな」
「お兄様、私はいつでもクロノスちゃんを呼び出せます」
「レイチェル、ありがとう」
精霊のことはもう少し時間をかけて勉強しよう。クリスタ大先生もいることだしな。
それなら俺は魔法学園で勉強する必要ない気がしてきたぞ。
「他の精霊魔法も見てみたかったな。レイランがいてくれたら……」
「お兄様。私を誰だとお思いですか? 精霊魔法を使うのは自由自在なのです」
「そうだったなレイチェル、ごめんよ。何か見せてくれるか?」
「もちろんですわ」
レイチェルは誰もいない草原に向って手を伸ばして詠唱をはじめた。
「地獄の火炎を司る精霊よ、誇り高き灼熱の戦士よ、我が命じる。顕現せよ! イフリータ!」
レイチェルの前に人間の姿をした精霊が出現した。
だが、その精霊は俺が想像していた精霊とはだいぶ異なっている。
その精霊は青白い炎に包まれ女性だったのだ。
「開放せよ、ファイヤーブレス!」
その炎からは凄まじい熱量が発せられた――
目の前の草原が、百メートルほど先まで焼き払われ、焼け爛れた黒い道ができた。
その道は前方の森にまで達して、森の一部が焼失している。
「こ、これは凄い……」
炎の精霊イフリータは魔法をぶっ放した後、俺に向ってウインクした。
かっこいい。色っぽい。惚れそう……。
「イフリータが俺を認識してくれた」
俺が見惚れていると、イフリータは突然姿を消した。
あっ、綺麗なお姉さんが……。
「ペレルシー様、まだもてたいのでご・ざ・い・ま・す・か!?」
「クリスタ……精霊に嫉妬するなんて」
「後で話をしましょう、ペルシー様」
「はい……」
「兄貴! お取り込み中に悪いんだけど、森林火災になりそうだ」
この地域は湿度が高いから森林火災にはなりにくいのだが、今の火力は強過ぎた。
「レイチェル、魔力切れが大丈夫なら、水魔法で火を消してくれ」
「それくらいなら大丈夫です、お兄様」
「静謐なる湖の底に眠る水の精霊よ、清らかなる水の支配者よ、我が命じる。顕現せよ! アルベルティー!」
レイチェルの前方が鏡のような水面になり、薄衣を纏った美しい精霊アルベルティーが現れた。
精霊アルベルティーはこちらを見て微笑んでいる。
「アルベルティー、森が火事になりそうなの、あの火を消してちょうだい」
精霊アルベルティーは微笑むと、両手を森に向けて開いた。
突然、何もない空間から水の激流が現れ、草原にできた黒い道の上を森まで一気に流れて行き、森と激突した。
激流に晒された森の一部が押し流されて、扇型のような広場ができた。
「アルベルティー……君は美しくて奥ゆかしく見えるのに、魔法は過激なんだね……」
アルベルティーは微笑みながら俺の頬に軽くキスをすると、静かに消えていった。
ちょっと怖かったけど、惚れそう……。
でも、クリスタが睨んでいる……。
「森林火災は防げたけれど、かなり森林が削られたな」
「これを見たら町の人達はどう思うのでございましょうか?」
「まあ、魔物大戦の直後だし、そんなに気にしないんじゃないか」
イフリータもアルベルティーも魔法を行使した後は消えている。精霊魔法とはそういうものなのだろうか?
「レイチェル、ありがとう。それにしても凄まじい威力だな」
「あのくらいで良かったですか?」
「想像してたより数倍凄かった」
「もっと凄い精霊も召喚できますよ。バハム……」「止めてくれ!」
「それ以上は言わないでくれ。頭が痛くなってきた」
それはだけは止めてくれ……。
レイチェル、お前はこの草原を火の海に変えるつもりか?
「今のは冗談ですよ。さすがにあれを呼ぶにはマナが足りません」
「お、おう」
そいつはいるのか? 精霊なのか?
「ペルシー様、人間が精霊魔法を使う時、精霊があのようにはっきりと顕現することはありません。つまり、精霊の姿を見ずに魔法が使われるので、威力がとても小さいのです」
「それって、同じ種類の魔法なのかな?」
「といいますと?」
「レイチェルの魔法は、精霊魔法というよりも召喚魔法なんじゃないかな? 威力が桁違いだし、精霊も明確に召喚しているし」
「そう言えば、レビィ―様や、エミリア様の魔法と違いましたね。私から見ると同じ系統の魔法なんでございますが……」
クリスタにはどちらも同じ系統の魔法にみえるのか。それなら精霊を召喚しない精霊魔法って、なんだろう?
「精霊魔法は、精霊が精霊界にいたまま精霊にお願いするということか?」
「はい、クリスタはそう考えているのでございます」
「もしそうならば、魔法効率は悪そうだな」
「当然、威力も小さくなるのです。ペルシー様はなぜ召喚魔法に拘っているのでございますか?」
「漠然とだけど、召喚するほうがイメージが湧きやすいと思うからだよ」
「もしかしたら、召喚が使えそうでございますか?」
「分からないけど試してみたいな」
もしかしたら、俺にも精霊魔法を使うことができるのかもしれない。なんとなくイメージが湧いてくる。
「パメラはどう思う?」
「お兄ちゃんは召喚魔法が使えると思うの」
「それは何で?」
「イフリータとアルベルティーはお兄ちゃんのことを気に入っていたの。精霊に好かれることが、召喚魔法が使える前提条件なの。レイチェルは精霊に好かれる体質だから分かるの」
「なるほどね。それは面白くなってきたぞ」
ギルトンに着いたらどこかで試してみよう。
召喚魔法か……なんだかワクワクしてきた。
「あっ、ひょっとして、レイチェルがクロノスを召喚した時、詠唱というよりも適当に読んでたよな? あれと関係があるのか?」
「お兄様、もともと詠唱など必要ないのです。心が通じ合えば呼び出し方など何でもいいのですわ」
「そういうことか。ますます面白くなってきた。因みに、クリスタの魔法は精霊魔法ではないよな?」
「私は光の妖精ですから、精霊を介する必要がありません。直接魔力を行使できるのです」
「そうだったな。だからクリスタの魔法は威力が凄いんだ」
「でも、光魔法しか使えませんが」
光魔法しか使えないとはいえ、直接魔法を行使できるのならば、マナの変換効率は高そうだな。
「今日からクリスタ大先生と呼ばせてもらおう」
「いえ、普通にお呼び下さいませ」
「はい……」
「私は思うのでございます。幻想魔法も精霊を介する必要が無いのですから、ペルシー様は私と同じ妖精のようなものですね」
「なるほど、自分を妖精と呼ぶには抵抗がすごくあるが、現象としてはそっくりだな」
「そうでございますとも。似た者夫婦なのです」
「ひょっとして、それが言いたかったのか?」
クリスタは俺の袖を掴んでクネクネしているが、とりあえずほっとこう。
§ § §
「さて、そろそろ出発するか。ギルトンで夕食を摂りたいしな」
草原のこと? それは黙っていよう。特に被害があったわけでもないしね。
「全員俺の周りに集合!」
後はクロノスを手のひらに乗せて。
「私がクロノスちゃんに転移先のイメージを送ります。その後、魔力をクロノスちゃんに渡して下さい」
「分かった、レイチェル」
「クロノスちゃん、転移するわよ」
レイチェルがイメージをクロノスに送ったようだ。
そしてクロノスが俺の方を見たので、魔力をクロノスに供給した。
俺達の周りの空間が歪みはじめて、次の瞬間、森の中だった。
「クロノスは?」
「帰りました、お兄様」
「それで、ここはギルトンなのか?」
「はい、ギルティックのアジトの近くです」
「えっ、それは危険だろう」
「転移するのに都合のいい場所はここしか知らないので」
ギルティックの戦力が判明する前に彼等とは戦いたくない。
まさか、レイチェルが裏切ったのか?
「クリスタ! 警戒と探知!」
「了解です!」
「パメラ! ヘッドギア形態に!」
「了解したの!」
「エドも警戒してくれ」
「おっす!」
「レイチェルは俺の横で助言してくれ。それ以外は何もしなくてもいい」
「お兄様……そんなつもりじゃなかったんです」
「ああ、判っている」
ちょっと、拙いことになってきたぞ。いきなり戦闘になるかもしれないな。
【 後書き 】
今回で第一部完結ということにさせて頂きます。
それから、作者のモチベーションになりますので、評価のほどよろしくお願いします。
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