第14話 レベッカの思惑

 ペルシーたちは龍神山脈とラーズ大砂漠の堺にある南北に細長く伸びた森林地帯を超えることができた。


 次に待っているのは東西に長く伸びた《ダルタニアの森》である。この森はシーラシアの町の南側に位置している。

 ダルタニアの森は面積でいうと、《はじまりの森》の三分の一程度しかない。そして、東西に細長いので、シーラシアの町までの直線距離はそれほどない。ただし、この森には強力な魔物たちがたくさんいる。


「みなさん、ようやくダルタニアの森に着きました」


 全員が安堵の吐息を漏らす。しかし、シーラシアの町まではまだ数日かかるはずだ。


「ペルちゃんの屋敷があって助かったわ。特にお風呂が良かったわ。毎日野宿じゃ精神的に参ってたかも」

「俺は野宿に慣れているが、毎日風呂に入れるのはありがたかったよ」

「レベッカちゃんもそう思わないの?」

「もちろんお風呂は良かったですよ。そうじゃなくて、まだ気を抜かないほうがいいですよ。この森にも強力な魔物がたくさんいますし……」


 レベッカの様子がおかしいことに、全員気が付いた。


「んっ? どうしたんだレベッカさん」

「私の苦手な魔物がいるんです」

「それはね~、どろどろしてベトベトした魔物なんだよ、ペルちゃん」

「分かった! スライムだろ!」

「残念! 外れたので肩を揉んでもらいます」

「おいおい、エミリーって何歳?」

「女性に年齢を聞いてはいけないって、ママに教えてもらわなかったのかな~」

「い、痛いです。エミリーさん……」

「ゾンビでございますね、エミリア様」

「正解です、クリスタちゃん。ご褒美です!」


 エミリアはクリスタをギュッと抱きしめた。


「く、苦しいのです~」

「クリスタちゃんって、小さくて、大きくて、ふわふわしていて、抱き心地が良いんだよね~。ペルちゃんもそう思わない?」

「だ、抱きしめたことなんてないぞ」


(どっちのご褒美なんだよ……)


『パメラも抱きしめられたい』

『パメラはヘッドギアだしな……』


「お前らな~、もう少し緊張感を持てよ」


 ミゲルの言うことはもっともである。

 恐ろしい魔物たちが闊歩する森を行く人々には思えないような、余裕の会話をしながらペルシー一行は歩を進めていた。





「ペルシー様、魔物がいます!」

「森に入ったばかりなのに早速かよ!」

「気配が薄いので、アンデッドだと思われるのです」

「マジかよ……滅入るな~。レベッカ、采配を頼む」

「それでは左はエミリア、中央はペルシーさん、私が右側です。ミゲルさんは後衛でフォローしてください」

「えっ、俺が前衛の中央なの?」

「アンデッド相手に接近戦は愚の骨頂ですから」

「それは判るけどね。釈然としないな~」


 ペルシーには光の妖精クリスタという最終兵器がいることを忘れてはならない。


「クリスタ……」

「はい、分かっております。ペルシー様」

「私はいいメイドを持ったものだ。ふっふっふっ」

「ペルシー様、冗談は後にしてくださいませ。誰かがアンデッドたちと交戦しているのです!」

「レベッカ!」

「はい、援護に向かいます。全員! 慎重に前進!」


 数分でアンデットの集団を視認した。反対側で騎士隊らしき人たちがアンデッドたちと戦っている。


 すぐに、レベッカとエミリアが火属性の魔法をアンデッドの集団に放った。

 アンデッドの集団はこちらに気づき、およそ半数が向かってきた。数にして二十体ほどいるだろう。

 ここのゾンビは意外と速く歩き、すでに十メートルほどまで近づいている。


「クリスタ。浄化魔法!」

「了解しました、ペルシー様!」


 クリスタは無詠唱で浄化魔法を発動した。

 地表から聖なる光の粒が次々と湧き出してアンデッドたちを包み込んだ。

 光の粒に触れたアンデッドたちは、もがき苦しみだし、徐々に蒸発していった。


「えっ、今の魔法はクリスタちゃん?」

「クリスタさんって、何者なのですか?」

「はい、ペルシー様のメイドです!」

「とんでもねぇ~メイドだな。おっと、まだ終わってないぞ!」


 実際戦闘はまだ続いていた。

 騎士たちは残りのアンデッド十数体と交戦中である。


「騎士たちが邪魔なのでもう少し離れてくれないかな」

「お~い、お前たち! こっちに退避しろ!」


 ミゲルの支持で彼らは一斉にこちらに向かってきた。まるで隊長にでも指示されたようにだ。


「ミゲル隊長! ご無事でしたか!」

「アスターテか。話は後だ! 今はアンデッドの殲滅に集中せよ!」

「了解しました!」


 騎士の集団はミゲルの騎士隊だったようだ。全員で十五名ほどいるようだ。


「アンデットは首を落とさなくては死なん! 首を狙え!」


 騎士隊はミゲルの指示に従い、集中的に首を狙いに行った。その甲斐あって戦闘は数十分で終了した。


 ペルシーとしてはあまり手を出さないほうがいいだろう。これからはこの世界の人々との関わりが増えてくる。目立たないに越したことはない。


 騎士隊は整列するとミゲルに向かって敬礼をした。


「隊長! よくご無事で戻られました。帰還が遅いのでここまで迎えに来た次第です」


 はじめの森調査隊のホスト国はアムール王国なので、ミゲルの部隊がここまで援軍を送ってきたようだ。アスターテはミゲルの隊の副隊長らしい。


「アスターテよ。あまり無事ではないんだ。調査隊に参加した四人は命を落とす結果になった」


「そうでありますか……。それで人数が少ないのですね」

「詳しくはあとで報告する」

「了解しました」


 アスターテはミゲルとの話が済むとペルシーのほうを向き、険しい表情でこう言った。


「そこのお前たちは冒険者か!?」

「俺たちは冒険者じゃなくて魔法研究家だ」

「魔法研究家だと。よくもぬけぬけと、この冒険者風情が!」


 エミリアの顔つきがみるみるうちに変わった。いつものエミリアじゃない――。


「アスターテとやら! 我が国の客人に対してそれ以上の暴言は許しませんよ!」

「し、しかし、エミリア様。こやつは間違いなく冒険者です!」


「ペルシー様が冒険者であろうとなかろうと、ガンダーラ王国を代表して参加しているわらわの恩人である。貴公の立場でとやかく言えることではないのだ」


「アスターテ! わきまえろ! エミリア様、まことに申し訳ございません。この場はミゲルに免じて矛を収めてはくださいませんでしょうか」

「む、ミゲル殿がそこまで言うのであれば一旦引くことにしましょう。ただし、このことを蒸し返すようであれば、ガンダーラ王国第三王女としての立場を行使することになりますよ」

「も、申し訳ありません。エミリア様」

「謝る相手が違うであろう、アスターテよ」

「はっ、申し訳ありませんでした、ペルシー殿。今後このようなことがないよういたしますので、何卒平にご容赦を」

「ああ、気にしてないからいいよ。もう頭を上げてください」


『エミリアさん、かっこいい……。ちょっと惚れたぞ……嫁に』

『ペルシー様! ご自分の立場を弁えなされませ』

『はい……』


「ペルシー殿、本当に申し訳ない。アスターテの非礼を許してやってくだされ」

「もういいって、ミゲルさん。この件は終わりにしよう」


 ペルシーたちとミゲル隊は、一旦別々に離れて行軍の準備をはじめた。





   ◇ ◆ ◇





 ペルシーは、レベッカ、エミリア、そしてミゲルを異次元屋敷ミルファクのラウンジに呼び出した。


「みんなに集まってもらったのは、これから先のことをどうするか決めたかったからなんだ」

「先のことって? ペルシーさんもシーラシアの町に行くのでしょう?」

「もちろんシーラシアの町には行くぞ。でも、俺たちの護衛はもういらないだろう」

「たしかに護衛としての役割は終わりましたね。後ほどお礼はさせていただきます。それで、別行動をしたいということですか」

「そういうこと。俺たちはあまり人前に立ちたくない。だから団体行動は避けたい」

「それは何故かしら?」

「人と接するほど、俺たちの秘密がバレやすくなるからな」

「それは道理だな」

「俺たちのことはもちろん、この屋敷のことも内密にしてほしい」

「それは分かってるわよ。時空魔法のことも他言しない。それでいいよね、レベッカちゃん」

「……それは……どうでしょう」


 レベッカは何かを考えているようすだった。ペルシーからすれば嫌な予感しかしないのである。


「ペルシーさん。お願いがあります」

「秘密を漏らさないもらえるなら、できる限りのことはしましょう」

「私の国、ロマニア法国には、魔法学園があります」

「魔法学園だと?」

「そこを優秀な成績で卒業すれば賢者の称号が授与されます。その称号は三ヶ国で通用するものです」

「そこに入学しろと?」

「私はペルシーさんの魔法の一部しか見たことがありませんが、底が知れぬ畏れをいだいております」

「それは買い被り過ぎだ。たしかに俺は魔法の研究をしているけど、まだ初めたばかりのひよっこだからな。底なんてたかが知れてる」

「私の目からはそうは思いません。宝の持ち腐れと言うと語弊があるかもしれませんね……。腕試しだと思ってくださってもかまいません。是非、我が国の魔法学園に入学していただきたいのです」

「もしも、俺がそこで優秀な成績を修めることができたら、賢者の称号が与えられるわけだな」

「もちろんです」

「そうなると俺には何かの責任とか義務が発生することになるな」

「……ええ、そうですね。仰る通りです」

「それなら断るしかないな。俺は何からも縛られたくない」


(俺は前の世界では社畜だった。この世界でも縛られるのはゴメンだ。

 自由に行きたいのだ)


「そうですか。考え直してはいただけないですか……。でも、ペルシーさんの秘密は口外しません。約束します」

「それはぜひお願いする」


 レベッカはとても落胆したようすだった。

 彼女にとっては何か思惑があるように感じられたが、ペルシーがそれに乗っかる理由がない。この世界のことを殆ど何も知らないのに、責任のある立場などになっていいはずがないではないか。


「ペルちゃん……」

「今度はエミリーか?」

「せめてシーラシアまでは同行させてくれないかしら」

「それはなんで?」

「野宿は嫌……」

「なんだって?」

「お風呂に入りたい……」

「あのな……」

「毎日お風呂に入りたいのよ~!」


『あの毅然としたエミリーはどこに行ったんだよ~!』

『ペルシー様は女性に幻想を持ち過ぎです。《幻想の魔法使い》のくせに』

『ごめんなさい……』

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