第15話 情けないけど女の子たちに説得された

 ミゲル騎士隊とのトラブルがあった日から、ペルシーはミゲルと別行動をとることにした。

 と言っても、彼らの後方を移動しているので別行動とは言えないかもしれない。


 レベッカとエミリアの二人は、なぜかペルシーたちと一緒に行動している。いや、理由は単純である。異次元屋敷ミルファクから離れることができないだけだろう。


「ふふふ、あの二人はミルファクから離れられない体になってしまったのだ」

「ペルシー様、いやらしいのです……」


『パメラはペルシーから離れられない体』

『ヘッドギアだしな……』

『ペルシー、いやらしいのです』

『パメラ、真似をしなくてもいいぞ』


 その後、魔物はミゲル騎士隊が討伐してくれるお陰で、シーラシアの町まで続くダルタニアの森を数日で抜けることができた。


 そしてシーラシアの町まで残すところ一日となった。





「ペルシー様、お茶のお代わりはよろしいでしょうか?」

「もうそろそろ寝るからいらない。クリスタも休んでいいよ」

「はい、それではペルシー様、お休みなさいませ」


 クリスタはそう言うと、ペルシーの部屋の一角にあるメイド部屋に姿を消した。

 この屋敷には部屋がたくさんあるのだから、そちらを使ってくれとペルシーは何度も言ったのだが、頑として受け入れてくれなかった。


「メイド部屋は狭いのにな~」


 と言っても、日本に住んでいた時の自分の部屋と比べたらかなり広い。少なくとも二十畳くらいはあるだろう。日本の住宅事情と言ったら……。


 そこへ扉を叩く音が聞こえた。クリスタが気がつく前に扉を開けなくてはと、ペルシーは急いで扉を開けた。


「ペルちゃん、こんばんは~」


 エミリアではなくて、レベッカだった。

 就寝前なのでネグリジェを着ている。どこにネグリジェなんてあったのだろうか?


(顔が赤いぞ。レベッカさん……)


 レベッカはミルファクに備蓄してある酒を飲んでいるようだった。


「うっ、酒臭いな~」

「うん、ちょっとね。エミリアと飲んでたの。うふふふ……」


 美人だけれど堅物のレベッカとは違う色っぽさが漂っていた。

 レベッカが強引に部屋に入ってきて、ソファに寝転んだ。


「レベッカ、飲み過ぎだな。大丈夫か?」

「そんなことないわよ~。もっとお酒をちょうだい。ここにもあるわよね」

「あるけど、水でも飲め」


 ペルシーは水をレベッカに渡すと、嫌そうな顔をしたが受け取った。


「それで、なんのようだ?」

「考え直してほしいのよね……」


 そう言うとレベッカは立ち上がって、ペルシーの右腕に絡みついてきた。


「なんのことかな?」

「惚けないでちょうだい。あのことに決まってるでしょ」

「ちょっと、近い……」


 ペルシーは扉の外に気配を感じた。


「何を言うんだレベッカ! エミリーと俺とじゃ、身分が違いすぎるから結婚なんて無理な相談だ!」

「えっ!」


 ペルシーが唐突にエミリーとの結婚発言をすると、扉の外で大きな声がした。

 すかさずレベッカを引き剥がし、扉を開ける。


「エミリー、君の入れ知恵だろ?」

「もうバレちゃった? 『酒によって色仕掛け』作戦は失敗か。残念だわ~」


 顔が赤い、エミリアもかなり飲んでいるようだ。


「こんなことになるとはな。まったく予想がつかなかったぞ」

「でも、ペルちゃんが私との結婚を考えていてくれたなんて……嬉しいわ」


 もちろん、エミリアは左腕に絡みついてきた。

 それも就寝前なので、レベッカと同じくネグリジェを着ている。直に胸の感触が左腕に伝わってきた。

 そしてレベッカは右腕に……。


(レベッカも結構胸があるな。いい感触……)


『ペルシー! パメラが許す。押し倒すべき!』

『あのな~』


「ところで君たち……、離れてくれないか。俺だって男なんだぞ」


(こんなところをクリスタに見られたら、なんて言われるか分かったもんじゃない)


「ペルシー様、お楽しみのようでございますね!」


(これだけ騒げば気がつくよな……)


「クリスタ、二人を引き剥がしてくれないか」


 どうにかこうにか、二人をテーブルの椅子に座らせると、事情を聞くことになった。


「レベッカがね~、あまりにも落ち込んでいるので、協力することにしたの。でも、ペルちゃんて一度決めたら曲げないタイプでしょ。普通に説得しても駄目なのは分かっていたから、ここは色仕掛けしかないかな~なんてね」

「あのな~。だからと言って、若い女性が色仕掛けは感心しないな」

「え~、ペルちゃんっておじさんみたいなことを言うのね。面白~い」


(俺の実年齢は三十二歳だからな)


「でも、レベッカには無理だったみたいね~。ふふふ」

「な、何を言ってんのよ! 私だって、私だって……うわ~ん」


 レベッカは泣き出してしまった。


「泣き上戸じょうごかよ……」

「ペルシー様、それは違うと思うのです」

「レベッカちゃん、ごめんなさい。レベッカちゃんだって色っぽいから大丈夫」


(何が大丈夫なんだろうな?)


「それで、レベッカが落ち込んでいる理由は何だ?」

「魔法学園のことなのよ」


 レベッカが泣いているので、エミリアが応えた。


「想像はついたけどな」

「考え直してくれないかしら?」

「俺にはデメリットしかないのだが」


 ここで妖精通信――。


『ペルシー様はジュリアス様に何と言われましたか?』

『いろいろだよ。『少年よ。冒険の始まりだ』とか……』


(そんな感じだったよな?)


「ペルシー様、冒険は一人でするものではありませんよ。この世界の人たちと積極的に関わらないと、冒険はできないと思いますが?」

「クリスタちゃん、なんのこと?」

「エミリア様はちょっと黙っててくださいませ」

「今日のクリスタちゃん、ちょっと怖いわ……」

「少なくとも、ペルシー様はこの世界での冒険を楽しむべきだと思うのです」


 ペルシーはまだ日本での生き方を引きずっていた。

 自分が楽しんで生きることに、なぜか臆病であったのだ――。

 積極的に人々に関わらず、目立つのが嫌で自分の能力を隠していた。

 その生き方は否定されるべきではない。人の生き方は千差万別だからだ。

 しかし、しかしだ。そんな生き方が面白いのだろうか?

 地球とは違うこの世界で、比肩するものがいないほどの魔法を有し、超人的な体を手に入れた。

 そのメリットを活かして、この世界を楽しんで何が悪いというのだ。


「ペルシー様、クリスタは全力でペルシー様をお守りいたします。躊躇しないでくださいませ」

「クリスタ……」

「ペルちゃん、経緯は分からないけれど……。私にもペルちゃんの冒険を応援させてちょうだい」

「エミリーまで……」

「私も……。ついて行きます」

「レベッカ……」


(そうだ、ここは地球じゃない。生まれ変わったことを自覚しなくては)


「俺は以前の俺じゃない。生まれ変わったんだ! そうだろうクリスタ」

「もちろんでございます。ペルシー様!」

「分かった。新生ペルシーの再出発だ!」


 ペルシーは漸く自分の曖昧な生き方を精算し、生まれ変わることを宣言した。

 これからは創造もつかないほどの困難がつきまとうであろう。

 しかし、ペルシーは一人ではない。彼女たちがサポートがあれば大丈夫だ。

 根拠のない期待かもしれないが、ペルシーには何故か確信があった。


「それでは魔法学園には入学してくださるのですね」

「ああ、入学するよ」

「それにしても何で三人とも抱きついてるの?」


『ペルシー、ちょろい』

『おいっ。でも、たしかに……』

『でもパメラは、ペルシーのそんなところも好き』


 ペルシーはいネグリジェ姿の美少女たちに抱きつかれながら、担がれてみるのも悪くない気がしていた。


 おお神よ! ペルシーに極上の困難を与えたまえ――。

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