第17話 白鯨亭で海鮮料理

 ペルシー達は宿屋を兼ねた食事処「白鯨亭」に来ていた。

 なんでもレベッカのお気に入りの店らしい。

 この世界では宿屋と食事処を兼ねた店が一般的なのだそうだ。因みに、今晩泊まるのもこの店である。


「この世界に来てはじめての地元料理だ。それも海の幸が食べられるなんて」

「興奮し過ぎですよ。ペルシー様」

「ペルシーさんって、ときどき変なこといいますよね? 『この世界』とか……」

「ペルシー様は隠遁生活をしていらしたので、この町が別世界に見えるのです」

「クリスタ、俺がまるで田舎者みたいじゃないか」

「そう思われたくないのなら、もう少し大人しくしてくださいませ」

「でも、ここはそんなに畏まって食べるとところではありませんから。少しくらい騒いでも大丈夫ですよ。それに、ここは夜になると居酒屋になるんです」

「ほ~れみろ」


 ペルシーはどさくさに紛れてクリスタのほっぺたをツンツンした。


「む~っ!」


(うわ~、膨れているクリスタって、めっちゃ可愛い……)

『ペルシーは今頃になってクリスタの可愛さが分かったの?』

『いや、分かってたけど、改めて感じたんだよ』

『ふ、二人とも何を言ってるのですか!』

『クリスタは可愛いな~と』


「クリスタさん、どうかしましたか? 顔が紅いですよ」

「どうもしてないのです……」


 レベッカは何事かと首を傾げている。


「ところで、先程のならず者たちがペルシーさんには賞金がかかっていると言ってましたね」

「言ってたな。賞金の情報ってどこで手に入るのだろう?」

「合法な賞金首の情報は普通冒険者ギルドに寄せられます。でも、今回は裏の世界がかかわっていそうですね」


(せっかくの異世界なんだし、冒険者ギルドに行ってみるか……)


「あの襲撃はフェイクなんじゃないかと思う。理由は俺を雷野郎だと知っていたからだ。もし、それが判っていたのならもっと強い奴等を使うはずだからな」

「そのフェイクとはどういうことでしょうか?」

「俺のことは知っているぞという、彼等なりのメッセージだろう。もうこの町では襲ってこないと思う」

「それならばいいのですが……」

「でも、一応警戒はしてるから大丈夫だ」


 ペルシーとクリスタには、自分たちに敵意を持っている人間を見分けることができる能力がある。もちろんその能力があるからといって100パーセント安全というわけではない。実際、砂漠で襲撃された時は、事前に予期できなかったからだ。


 砂漠の襲撃では、敵は予めどこかに隠れていたふしがある。しかし、ペルシー達は警戒している。彼等が利口ならば、リスクのある襲撃はしてこないだろう。

 実際、彼等はペルシー達にメッセージを残している。しかし、それは傲慢ではないだろうか?


「そう言えば、あのときの雷魔法は凄かったですね。あの衝撃音を聞いた時、正直言って恐怖で体が竦みました。あれ程の魔法はなかなか見ることができないです」

「えっ、そうなのか?」


 ちょうどその時、八歳くらいの少女が食事を運んできた。


「はい、お待ちどうさまなのです!」

「うわっ、うまそう!」

「お客様、うまそうじゃなくて、美味しいのです。さっさと召し上がれなのです」

「ああ、そうするよ……」

 

 運ばれてきたのは、丸いパン、魚介類のスープ、魚のソテー、そしてサラダだった。

 さすがに港街である。魚介類を豊富に使ったスープは、まるでブイヤベースそのものだった。


「このブイヤベースは絶品だな……。この赤みはトマトかな? ほんのりとした酸っぱさといい素晴らしい。どうやったらこの味が出せるんだろう?」

「お客様はお目が高いのです。この赤い色と酸っぱさは、ロッソの実を使っているのです。ところで、トマトとかブイヤベースって何なのです?」

「この魚介類のスープは、俺のいた世界……ブイヤベースっていうんだ。旅の途中で食べたことがある。そしてトマトというのは野菜の一種で、サラダにも使うものだ」

「ブイヤベース……その名前うちの食堂で使ってもいいのです?」

「ああ、構わないよ。ぜひ使ってくれ」

「ありがとうなのです!」


 可愛いウエイトレスは嬉しそうに戻っていった。

(もう少しこの世界に慣れたら、食べ歩きをしてみるか……)


「ペルシーさん、また『俺のいた世界』といいましたね」

「そうだっけ? まあ気にしないでくれ」

「私はブイヤベースという料理を聞いたことがありません。どこの国の料理でしょうか?」


 レベッカはペルシーの出身地について今まで訊いたことがなかった。それは遠慮していたのか? それともこの世界のマナーなのか? ペルシーには分からなかったが、彼は答えに窮していた。

 そして、レベッカは明らかに怪しんでいる。


 ここで妖精通信を使う。


『クリスタ。どう答えたらいいと思う?』

『失われた大陸の料理だと言ってくださいませ。それなら探りようもないですから』

『おお~、クリスタは機転が利くな!』


「失われた大陸の料理だと聞いている。旅の途中だったから、それ以上は俺も知らない」

「そうなんですか。残念です……。えっ?」

「どうかしたか?」

「旅の途中といいましたね?」


『しまった……嘘が嘘を呼んでしまう罠に落ちた……』


「いくら俺でも、少しくらいは旅をしたことはあるぞ」

「まあ、そういうことにしておきましょう」


 レベッカは追求しないでくれるらしいが、何故かクリスタは悲しそうな目をしていた。


『クリスタ、そう言えば失われた大陸というのはクリスタの故郷だったよな』

『はい、そうです……』


 故郷をなくしたのはペルシーだけではなかったのだ。千年前とはいえ、クリスタには先日のことだったはず。まだ、過去のことだと割り切れるはずがないではないか……。

 ペルシーは自分の不幸を嘆くばかりで、クリスタの気持ちなどまったく考えていなかった。


『クリスタ、ごめん……』

『ペルシー様が謝ることなど何もないのです』


 食事が済むと、ペルシーはレベッカと別行動をすることになった。

 その理由はレベッカが三ヶ国同盟の会合に出席するためである。その会合は明日の夕方まで続くそうなので、それまでは自由にできる。

 いろいろと話したいことがあるのだが、急がなくてもいいだろう。





 三ヶ国同盟とは、ルーテシア大陸にある、ロマニア法国、アムール王国、そしてガンダーラ王国の三ヶ国の同盟のことである。


 はじまりの大陸の北側にはルーテシア大陸が位置していて、ルーテシア大陸には四つの大国がある。

 北側にはソロモン帝国、大陸のほぼ中央にあるカーデシア山脈が他の三ヶ国をほぼ分断している。

 分断された南側には、西からロマニア法国、中央にアムール王国、東側にガンダーラ王国がある。

 シーラシアの町からルーテシア大陸に船で渡るには、アムール王国のギルトンが一番近い。


 レベッカは三ヶ国合同調査隊の一員であるし、後半はリーダーになっていたので、今回の顛末を各国の責任者に説明をしなければならない。失敗したプロジェクトの説明をするのは辛いことであるが、レベッカならば乗り切ることができるだろう。


 さて、ペルシー達はいよいよ冒険者ギルトデビューだ――。

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