第102話 戦闘開始

 マナ放出作戦は半分だけ成功した。

 最良の結果は魔物軍団の全てがレイランを追尾することだ。残念ながらそうはならなかった。魔物軍団の進行は停止したが、小隊規模の五〇頭しか追ってこなかったからだ。


 ――やはり魔物の動きには意思があるようね。


 魔物軍団は明らかに統率が取れていた。

 彼らの本能である異質なマナに近寄る習性までも抑え込んでいるうえ、偵察斥候を寄越すなんて本来の魔物の知性とはかけ離れ過ぎている。もはや奴等は魔物軍団ではない。人間の軍隊を相手にしていると考えるべきだ。

 レイランは魔物軍団に対する意識を切り替えた。ペルシーたちが来てくれるという安心感からレイランは柔軟に発想できるようになっていた。


「どうしたらいい……」


 もうすぐペルシーたちは到着するだろう。だが、彼に頼り切りではいけない。その前にできることがあるはずだ。


「情報よね……。私なら魔物たちの情報が欲しい」


 レイランは偵察斥候が来るのを待たずに、こちらから突入することを選んだ。人目を気にしないで自分の脳力を発揮すれば、小隊規模の魔物を殲滅することなど造作もない。

 だが、レイランはペルシーを待つべきだったのかもしれない。人間を相手にしていると意識するところまでは良かったのだが――


 最初の戦闘は五頭のウォーウルフだった。

 狼系の魔物だけあって、スピードはかなりのものだ。単体に対する魔法ではなく、殲滅系の魔法を使ったほうがいいだろう。


 ――ここは草原だから、火事を気にする必要はないわね。


「ファイアートルネード!」


 強烈な風に煽られた炎の奔流が、五頭のウォーウルフを天空へと押し上げた。ウォーウルフたちは断末魔の叫び声を上げるが、その声はやがて途絶えた。

 数秒後、こんがりと焼けたウォーウルフだったものが落ちてきた。


 次にやってきたのは一三頭の猿人系魔物ガリラと一二頭の槍鹿やりじかだった。比較的足の早い魔物を選んで組織されたように思える。レイランは統率者がいないか魔物たちを見回した。しかし、変な表現であるが、だ。特に変わったところは見当たらない。

 レイランがみせた少しの隙きに、魔物たちは彼女を囲むように布陣する。殲滅系の魔法を警戒するだけでなく、レイランを逃さないという意図があるように思える。


「これで判ったわ。こいつらを操っている奴は魔物軍団の本隊にいる。ひょっとしたら一頭かも知れない」


 魔物たちはレイランを囲んだ後、襲ってくる様子もなく、撤退するわけでもない。

 レイランは魔物軍団の本隊の方向へ一点突破しようとするが、一頭倒す毎に魔物たちは間を詰めて来る。魔物たちの目的はレイランを足止めすることなのだろうか?

 そうこうしている内に、三〇頭のミノタウロスと五〇頭のオークがレイランを取り囲んだ。しかも本隊方向の囲いが若干厚めになるように布陣されている。


「これってやっぱり足止めよね。作戦に乗ってやる義理はないわ」


 レイランは一旦退却することを考えたが、その判断は遅かった。

 それはレイランの頭上に黒い雲が急激に発達してきたからだ。辺りが暗くなってきたので、レイランはそのことに気がついた。

 黒い雲は稲光を放ちながら徐々に発達している。稲光の強さも高まってきた。かなり帯電していることが判る。


 ――魔力だわ。強力な魔力が集中している。


 レイランが今まで経験したことがないほどの強力な魔力を自分の頭上に感じた。彼女はペルシーがシーラシア魔物大戦で使ったという殲滅魔法を直接見てはいない。だから、事実上これが初めて見る大規模殲滅魔法だ。


 ――この布陣は私一人を殺すために敷かれたものなの? 仲間を犠牲にしてまで。


 魔物軍団の行動からは知的な計略を感じる反面、仲間を犠牲にすることを是とする戦術にレイランは驚愕した。


 ――いったい私は何と戦っているのだろう?


 彼女は寒気を感じた。その感覚は自分が今まで経験したことがない恐怖。未知の敵との戦い。


 ペルシー様に報せないと――。


 レイランがペルシーのために欲した魔物軍団の情報。それは割に合わないものだった。

 何故なら、レイランはこの黒い雲から落とされるであろう雷から、既に逃げ切ることができないからだ。。


 雷を落とす準備は魔法で行なう。しかし、雷そのものは魔法ではない。もし、魔法障壁を張ったとしても、雷の威力を半減させることはできるのだろうか?


 その時はやって来た。


「魔法障壁!」


 レイランが魔法障壁を張ると同時に、彼女の周辺に青白い稲妻が煌めき、轟音が響き渡った。


 それはまるで、この世の終わりの始まりを告げる天からの啓示のようだった――

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