第92話 エド対オランジュ
「ペルシーさんが本気を出してくれるならね」
オランジュは悪びれた様子はない。それどころか、エリシアを拉致したことを当然の権利であるかのように堂々とした態度を取っている。
「貴様っ、何をしているのか解っているのか!」
ペルシーの顔がみるみる紅潮してくる――
つい先日、ペルシーは彼自身のミスでクリスタに重症を追わせてしまった。彼はその時に二度と仲間を危険に曝すことはしないと誓ったばかりだった。しかし、またしても自分のミスでエリシアを人質に取られている。
ペルシーは自分の甘さを呪った。自分の愚かさを呪った。
いくら後悔しても遅い。この世界は人の過ちを簡単に覆せるほど寛容に創られていない――
「もちろんですよ、ペルシーさん。私達はあなたにかかっている嫌疑を晴らそうとしているのですよ。感謝してもらいたいくらいです」
「大きなお世話だ。おまえが俺のためにできることなど一つもない。早くエリシアを開放しろ」
「だからペルシーさんの本気を見せて下さいと言ってるじゃないですか。エリシアさんの開放はその後です」
「この野郎……」
「オランジュさん! そんなこと止めてください!」
レベッカが慌ててオランジュに走り寄る。彼女は人質のことを知らされていなかったようだ。
ペルシーの体に異変が現れ始めたのはその時だった。彼固有のマナが溢れ出し始めた。
おそらく、ペルシーは人を殺めることの精神的なハードルが下がり始めている。それは、ギルトンの闘技場でマチルダ達を吹き飛ばしたことが引き金になっているのだろう。
「ペルシーさん、落ち着いて! レビィ―さん近づいちゃ駄目、逃げて!」
クリスタの悲痛な叫び声も、我を忘れたペルシーには届いていない。
「お兄ちゃん、こんなところで時空振動波を使っちゃダメだよ!」
パメラにはペルシーが何をやろうとしているのか判ったようだ。
時空振動波は
「エドさん! ジーナさん!」クリスタが大声で叫ぶ。
その時、二つの物体が動いた。人間でないものが動いた。その動きは人間に追うことのできない速さだった。
「い、今のは何ですか?」
オランジュには突風が通りすぎたようにしか感じられなかっただろう。
次の瞬間、エリシアを両脇から抱えていた二人の兵士の首が落ちた。
血を吹き出しながら兵士だった物体がオランジュのほうに倒れる。
「ひっ……こ、これは……」オランジュが絶句した。
エリシアの横にはいつのまにかエドとジーナが立っていた。
「兄貴、エリシアは無事だ」
「こんな茶番は止めじゃ、ペルシー」
「ペルシーさん……」
「こいつら、皆殺しにしてやる!」
クリスタが後ろからペルシーを抱き締めた。
「もう大丈夫ですから。エリシアさんは無事なのです。ペルシーさん!」
「クリスタ……」
ようやくペルシーが正気に戻りつつある。マナの流出が終わったことからも、彼の精神状態が安定してきたのが分かる。
「何でお開きにしようとしてるのですか? 試合はまだ始まってもいませんよ、うっ!」
エドがオランジュの首に剣を押し付けた。首から血が滴り落ちる。
「これ以上しゃべるな。首が飛ぶぞ」
圧倒的な速さだった――
オランジュからすれば、突然エドの剣が首元に現れたように見えただろう。エドとオランジュでは格が違いすぎるのだ。
「よくも俺の仲間を人質に取ってくれたな」
エドは本気で起こっていた。怒り心頭なのはペルシーだけではなかったのだ。
「お前程度の相手は俺がやってやる。俺が倒せないようならペルシー様を相手できると思うなよ」
エドの剣がオランジュの首に再び食い込む。
「わ、分った。助けてくれ。俺が悪かった」
「お前が悪いのは当たり前だ。俺が勝負してやると言ってるんだよ」
「よし、そうしよう」
ジーナがエリシアを連れてペルシーの下へ走る。レベッカもその後を追う。
「エドめ、いいとこ取りをしおって」ジーナが愚痴をこぼす。
「オランジュ! 準備はいいか」
エドとオランジュが二〇メートル程の距離を取って、向かい合った。
「エドさんとやら、手加減はしませんよ。先ほど殺しておけばよかったものを、後悔しても遅いですからね」
オランジュは連れてきた魔導士に首の治癒をしてもらい、余裕を取り戻しつつある。エドの実力を見ても勝つ気でいるからには秘策があるのだろう。
オランジュが懐から短いロッドを二つ取り出した。おそらく魔道具の類だろう。
「エドさん、始めますよ!」
オランジュは左手のロッドを降った。エドはダッシュしてオランジュの目の前に迫っている。
だが、すでにオランジュはそこにはいなかった。
「飛翔魔法か!」
オランジュの持っているロッドは古代文明のアーティファクトのようだ。それは呪文を詠唱しなくても魔法が発動できる魔道具らしい。
エドのようなスピードのある剣士には魔法を詠唱している時間が致命傷になる。だから、魔法使いは盾になる剣士と組んで戦う必要があるのだ。ところがオランジュはその欠点を魔道具で補った。
オランジュは一挙に二〇メートルほど飛翔し、今度は右手のロッドで眼下のエドに攻撃魔法を放とうとしている。
「あっけない幕切れですね、エドさん」
「何を言っているのか意味が解らないぜ」
「あなたは剣術バカなんですね。この状況を正しく分析できないのですか?」
「分析する必要もないんだがな」
「それでは死になさい!」
オランジュは右手に持ったロッドを振ろうとしたが……。
「あれ? 右手がない……」
ワンドを握ったオランジュの右手が地上に落ちていく。そして、それを見ているオランジュと彼の左手が後を追った。
エドがオランジュの背後から両手首を切り落とした結果だった。
「ギャーッ!」
ここが草原とはいえ、二〇メートルの高さから落ちたら無事ではいられないはずだ。
「何で俺が飛べないと思った? ちゃんと分析できなかったのはお前の方だったな」
だが、エドの言葉はオランジュには届かなかった。
オランジュは地上に激突し、意識を失っていたからだ――
エドは龍人だ。飛べないはずがない。しかし、そこまでオランジュに察しろというのは酷なことかも知れない。だが、オランジュの敗北は、彼自身の傲りが原因であることは間違いようのない事実だ。
オランジュが連れてきた兵士や魔導士は、どういう訳かオランジュを心配して駆け寄ったりしなかった。
「あいつら、オランジュの安否が心配じゃないのか? 魔導士も治癒魔法をかけようとしていないし……」
エドに切り落とされた手首は二度と元に戻らないだろう。現代の魔法技術では切り離された体の一部を繋げることは不可能なのだ。
それにしても、オランジュの人徳のなさ以前に、オランジュの小隊は組織としての機能していない。オランジュの特務機関とはどんな組織なのだろうか?
「エド、よくやってくれた。ありがとう」
「気にするなよ兄貴」
ペルシーは完全に平静を取り戻したようだ。
「お兄ちゃん!」
「お兄様!」
パメラとレイチェルがペルシーに抱きつく。どさくさに紛れてジーナも抱きついて、ペルシーの顔を舐めている。
「ペルシーさん、ヘマをしてごめんなさい」
「エリシア、これは俺のミスだ。謝る必要はない。むしろ俺から謝りたい。ごめん」
「ペルシーさん……」
「もういいだろう、エリシア。兄貴もそう言ってることだし」
エドはオランジュが持っていた二つのロッドをエリシアに渡した。
「これ戦利品だ。エリシアが持っているといい。絶対に役に立つ」
「エドさん、ありがとう」
エリシアはエドに抱きついて泣き出した。身体強化や気配を絶つ魔法くらいしか発動できないエリシアにとって、二つの魔道具は役に立つだろう。ただし、飛翔魔法ロッドではない方のロッドについては、どんな魔法が使えるのか確かめる必要がある。
「それにしても、エドはうまいことやりよったな。妾がオランジュを叩きのめしたかったのに」
「そりゃあ悪かったな。次回はジーナに譲ることにするぜ。ハッハッハ」
みんなが笑った。いつものペルシー達にもどったようだ。
しかし、笑っていない人物が一人いた。
「ペルシーさん、こんな事になってごめんなさい。オランジュさんがあんな人だとは思ってなかったし、事情があるの……」レベッカが今にも泣きそうに言った。
「
「それではみなさん、先を急ぎましょう」
クリスタの一言で、ペルシー達は馬車に乗り込んだ。
ロマニア法国は何か問題を抱えているようだ。ペルシーは魔法学園の入学試験がまともに受けられるとは思えなかった。
しかし、それを熱望しているレベッカがここにいるのだ。たとえ
「おっちゃん! 出発してくれ!」
「あいよ!」
馬車が出発すると、ようやくオランジュ達の小隊が動き始めた。
「よく解らない連中だな……」
ペルシーは馬車の揺れで再び気分が悪くなったが、レベッカの話を聞かなければならない。
「さてレビィー、話を聞こうか」
魔法学園都市に到着するまでに、話は終わるのだろうか?
ペルシーは馬車酔と格闘しながらレベッカの話に耳を傾けるのだった。
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