第82話 ソフィアとの別れと実技試験

 次の朝、俺たちは廃屋の玄関からぞろぞろと出て行き、ミゲルさんの部隊と合流した。


「おはようございます、ミゲルさん」

「おはよう、ペルセウス殿。今日の天気は上々だ。おそらく、山越えの最中に天候が崩れることはないだろう」

「それはよかったです。これが約束の物です」


 布袋に入った長尺物をミゲルさんに渡すと「かたじけない」という言葉が返ってきた。彼は大事そうにそれを背負う。


「確認しなくてもいいんですか?」

「ここではちょっとな……」


 ミゲルさんは、独りで楽しむことにすると、俺に囁いた。

 賄賂を渡しているような気もするが、考えすぎだろう。


「それで、護衛する町娘というのは?」

「こちらの二人です」


 ソフィアさんはフードで綺麗な金髪を隠しているので、近くから観察されない限り町娘に見える。しかし、ミリアムさんの大柄な体格は隠しようがないので、目立ってしまうかもしれない。こんな町娘はいないし……。


「はじめてお目にかかります。私は」「ミゲルさん!」俺は慌てて止めに入った。

「町娘に丁寧な口上は必要ありませんよ。そうでしょう?」

「そうだったな。それでは行くぞ、町娘達」


 その時、ソフィアさんは俺の手を握り締めた。その真剣な眼差しに、ちょっとドキッとしてしまう。


「お待ちしています。ペルシー様」


 三人は馬に乗って旅立って行った。俺としてはもう逢うことはない気がする。それは帝国に旅をするという状況が想像できないからだ。

 でも、ちょっと心配だな~。


「それじゃあみんな! 実技試験に行くぞ!」

「おうっ!」反応したのはエドだけだった。

「みんなテンション低いな~」

「私は緊張してるのです、お兄様」

「今日は手加減してやれよ、レイチェル」

「でもよ、兄貴。今回の実技だとレイチェルは戦い難くないか?」

「確かにそうだな……」


 レイチェルが使う召喚魔法は他人に見られていいものではないし、通常の属性魔法と比べて強力すぎるのだ。何か策を考えないといけない。


「レイチェル、放置しといてすまない。もっと早く相談に乗るべきだったな」当日になってから作戦をたてる話ではないのは確かだ。

「今からでも精霊に直接相談するのはどうでしょうか?」

「精霊のことは精霊に聞けということか。レイチェルの言う通りだ」


 まだ朝の早い時間帯なので、誰もいない草原地帯へ転移し、精霊を呼び出してみることにした。


「ここならいいだろう。アルベルティーを呼び出してくれ、レイチェル」

「はい、お兄様」

「ちょっと待って。俺が呼び出してみよう。レイチェルのマナを温存したいし」

 精霊を呼び出すのは初めてのことなのですごく緊張するなぁ。

「お兄様、詠唱は関係ありません。心で願うことが大事です」

「そうか判った」


 彼女をイメージしてと……。


「静謐なる湖の底に眠る水の精霊よ、清らかなる水の支配者よ、我が命じる。顕現せよ! アルベルティー!」


 んっ? 来ないぞ?


「ペルシー! 後ろ後ろ!」

「だ~れだ!」目隠し?

「この胸の柔らかさは……、じゃなくてな!」

「へへへ、来ちゃった」

「変な精霊を呼んじゃったよ!」

「嫌だったの……」

「あっ、ペルシーが精霊を泣かした」


 絶対うそ泣きだろ。


「そんなことない。来てくれて嬉しいよ、アルベルティー」

「やたーっ。今日は何をして遊ぶの?」

「今日はね、強い冒険者をいじめて遊ぶために来てもらったんだ」

「強い冒険者って、本当?」

「……弱いかもしれないけど、ルールがあってね、難しいかもしれないぞ」

「ふふん。私を見くびらないでよペルシーちゃん。どんなルールがあっても冒険者ごときに負けないわよ!」

「頼もしいな~」


 俺は丁寧にルールを説明した。

 一つは姿を隠して戦うこと、もう一つは冒険者を殺してはいけないことだ。


「それと、召喚するのはレイチェルな」

「きゃーっ、レイチェルちゃん!」


 今度はレイチェルがアルベルティーの餌食になっているが、まあいいだろう。でも、以前会ったときよりテンション高いな~。

 それでも、アルベルティーとの作戦会議は無事に終了したといっていいと思う。


 その後俺達は、玄関だけ使った廃屋に転移してから、冒険者ギルドへと向かった。




◇ ◆ ◇




「ペルシーの怪しさが一段と強調される」

「そんなに変かな?」


 レイチェルに貰った白い仮面をつけて、フードまで被っているのだが、やはり怪しすぎるかもしれない。なるべく顔を晒したくないんだけどな。


「パメラ、先に言っておくけど、いたずら書きをしたらお仕置きな」

「ペルシーのばか! ふんっ」


 やっぱり、そのつもりだったようだ。パメラの考えることくらい判るからな。


 ギルドの中は、朝の混雑が緩和しつつあるようだ。

 エドとレイチェルは受付で呼ばれるのを待っているところだ。試験官の準備が遅れているらしい。


「お前怪しいな。何で仮面を被ってるんだ?」


 うわー、こいつ大きいな。見た目は典型的なパワーファイターだけど、顔つきをみるとバカじゃなさそうだ。


「他人を不快な気分にさせないように被ってるんだ」

「酷いのか?」

「ああ、食事ができなくなるくらいな」

「そうか。急に話しかけて悪かったな」

「気にするな」


 あいつはちょっと気になるな。訓練場の方に向ったし……。


「俺たちも訓練場で待とう」


 冒険者ギルドの訓練場は建物の裏手にあった。ここの訓練場は、出入り口付近に見物できるスペースがあり、俺たちはそこで待つことにした。

 今日の注目はレイチェルが召喚魔法を属性魔法のように使えるかどうかだ。もし、うまくいけば、人目を気にしながら召喚魔法を使う必要がなくなる。精霊にとっては失礼な話なのだが、そこは勘弁してもらおう。


 ギルドの職員に続き、エドとレイチェルが訓練場に入ってきた。後は試験官が来れば実技試験がはじまるはずだ。


「あっ、あの人はさっきペルシーに話しかけた冒険者だ」

「やっぱり、やつが試験官だったか」

「魔法使いもいるのでございます」

「黒いローブを着ている人だな。やっぱり、魔法使いは女性が多いんだな」


 最初はエドから始めるようだ。

 エドの得物は片手剣だ。ギルドが用意した訓練用の剣なので、刃は潰してある。

 そして、大柄な試験官はバスターソードだ。もしかしたら斧で来るかと思ったが、普通の選択だった。あの人の冒険者ランクはどのくらいなのだろうか? まあ、冒険者ランクと強さは一致しないから、参考にもならないのだが。


「はじまったぞ!」

「あのおっさん、エドのスピードについて行けるかな?」


 剣戟は非常にオーソドックスな展開を見せたが、途中からエドが焦れてスピードアップした。それでも試験官は追従してくる。そしてもう一段階スピードアップ。さすがに、無理だったようだ。それにしても、人間にしてはかなり速いほうだろう。

 そして、エドの実技試験は終了した。これは実技試験なのだから、勝敗は関係ない。試験官が合格だと認めればいいわけだ。エドは文句なしの合格だろう。


「次はレイチェルちゃんなのです」

「やる気満々だな。きっと、アルベルティーが盛り上げているんだろうな。テンションが上りすぎなければいいんだが」

「はじまるよ。ペルシー」


 魔法対魔法の戦いが、いや、試験が始まった。

 試験官の属性は火だ。手にファイアーボールを浮かべている。レイチェルはどうするのだろう?

 ウオーターウォールか? とりあえず受けるみたいだ。

 試験官のファイアーボールがウオーターウォールにぶつかり、大量の水蒸気を発生させた。


「だから火対水の戦いはいやなんだよな。何も見えないじゃないか」


 視界の悪さで人影しか見えなかったが、結果はあっさりとついた。

 水蒸気で視界を遮られたのを利用して、試験官が突っ込んできたのだ。そして、レイチェルにワンドを叩きつけようとした。それは、はじめからの作戦だったのだろう。しかし、レイチェルの横にはアルベルティーがいるのだ。可哀想に、試験官はアルベルティーの水球弾で反対側の壁まで飛ばされた。

 これはレイチェルの本当の勝利といえるのだろうか? 真実はともかく、レイチェルも試験合格だろう。それにしても、試験官は生きているかな?

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