第40話 閑話2

 ここは、ヘルウェン王国からユピクス王国へ続く道沿い。見渡す限り山と森が続いて見える、そんな場所を道に沿って進む1台の馬車があった。この馬車は、オルクスが帰国のアリバイ用として購入した物だが、それにしてはしっかりした作りで、バネやサスペンションが各所に備え付けられている最新鋭の馬車である。余談だが、オルクスの実家にある馬車より費用がかかっており性能が良かったりする。その馬車の御者台に座っているのはトヨネとアイリス、二人が揃って他に誰もいないのは結構珍しい場面かもしれない。


「トヨネさん、気づいているでしょうけど……」


「はい、後方を2セルスから3セルス(2kmから3km)付近を付かず離れずついてきている集団、でしょうか。ヘルウェン王国を出た時にはいませんでした。馬車を走らせて、大体2日目辺りから周辺の森を抜けてついてきています。3日目辺りで少し数が増えたようで、現在も徐々に増えつつあります」


「これって、やっぱろりそうですわよね?」


「恐らく、ご想像通り盗賊かと」


 2人は顔を合わせることなく前方を向いて会話している。そして、しばらく会話は続けられているが楽しげな雰囲気はなく、事務的なやり取りのようにも思える。別に2人は喧嘩をしているわけでもなく、徐々に増えつつある盗賊に怯えているわけでもない。これは、アイリスのお上品な話し方に、飾り気のない事務的な言葉で返すトヨネの図であるだけで、常日頃からの普段通りなのである。服装が違えばお嬢様とお付きのメイドのやり取りにも思えるところだ。


「どうしようかしら? 数は……、二人乗りが多いみたいですけど、20人くらいかしら。以前トヨネさんが相手したっていう盗賊団の規模より少ないかしらね?」


「もしかすると、二手かそれ以上に分かれている可能性もありますので一概には言えませんが、今のところは泳がしておくのが一番かと」


「集まったところを一網打尽にするのかしら?」


「それもありますが、ただ面倒なだけとも言えます」


「あら、身もふたもないこと」


 ふふ、っと笑ったアイリスに対して、トヨネは無表情で前方を見ていて特に返事も返さない。これは普段からの事だし、誰も二人のやり取りを気にしない。それに今は2人しかいないのだ。そしてまた沈黙が流れるかと言ったところで、トヨネが言葉を繋いだ。アイリスもそれに興味を引かれたようだ。


「ただ……」


「ただ?」


「オルクス様のこれからの行動には、なにかと資金が必要だと思うのです。特にここ最近は少し前にあったイベントで勝ち取った資金で問題なく買い物をされていますが、その資金もやはり使い続ければ限度があります」


「まぁそうですわね。それで? トヨネさんには何か考えが?」


「この馬車を襲ってくる盗賊を、できる限り捕まえて国に突き出す。そして報奨金を得るというのはいかがでしょう? あわよくば、盗賊の所持している物ももらい受ける。現在、この馬車には我々しかいません。多少無茶をしても問題ないでしょう。誰も損はしませんし、むしろオルクス様の評価が上がると思うのですが」


「あら、それは良い考えだわ! 私もその案に賛成です。なんで思いつかなかったのかしら。いやですわ、そういう考えがあるのだとわかると少し欲が出てしまいますわね。後ろの盗賊集団もっと増えないかしら?」


 アイリスは楽しそうに、流れる金髪を手で抑えながら視線を後ろに向ける。はるか後方には馬を使って距離を保ちながら不揃いな武装をした集団がいる。とても一般人には見えないギラついた目をして、トヨネ達の乗る馬車を距離を保ち付かず離れず追尾していた。


 最初トヨネ達は、ヘルウェン王国の見張りが来ているのかと考えていたが、統一感のない装備に、着崩した薄汚れた衣服。何日も水浴びなり風呂なりに入っていない不潔さとぼさぼさの髪。トヨネはそれを確認した瞬間に盗賊認定した。彼等はどこまで追ってくるつもりだろうか? まぁ襲ってくれば無力化してまとめて馬に縛り付けるまでのこと。馬が足りないなら引きずってでもユピクス王国に連れて行く。トヨネはそう意気込んでいるようだ。もちろん表情には出さないが。


「無力化するのは簡単だけど、馬に固定したりするのが面倒ですわね。モモカか、ケンプさんを呼ぼうかしら?」


「それはアイリスさんにお任せします。どうやら前方の2セルス(2km)先にある森に新たに別の集団が布陣しているようです。最初から挟み撃ちを狙っていたのでしょう。前後の集団を全て盗賊として合わせると50人程でしょうか。探す手間が省けます」


「全くだわ。……ヘルプさんによると、オルクス様は王族の方達に話し合いや食事に誘われているそうで、モモカとケンプさんは手が空いているそうよ? それとルルスさんも来ると言っているわね。任された仕事が終わって手が空いてるんですって。良かったわ、人手が増えて」


「そうですね。あの集団は一人も逃しません。全て換金対象です」


「言いえて妙ですわ、それ」


 馬車の御者台でそんなやり取りをされているとは微塵も思っていないだろう盗賊達は、馬車から目を離さず舌なめずりしていた。数人が望遠鏡で馬車を見ている。その中の一人が話し出した。


「馬車の中は分かりやせんが、御者台に乗ってる二人は見るからに上玉ですぜ。この辺りは村もありやせんし、人目もねえ。やっちまってもいいんじゃねぇですかい?」


「馬鹿が、かしらより先にうまい思いしちまったら、後でどんな目に合うか分かったもんじゃねぇ。予定通りやりゃ、うまい思いができるんだ。もうちょっと我慢しやがれ」


「へ~い」


 不服感丸出しで返事を返してきた手下に、男はいらついて後頭部をどっついた。注意を促した男も相当フラストレーションが溜まっていたようである。


「ユピクス王国側じゃ、それなりに名のある盗賊団が捕まって巡回も厳しいんだ。だから森が多く隠れやすいヘルウェン王国側に来てるんだろうが。俺だってご無沙汰なんだぞ。てめぇの不満ぐらいわかってらぁ。だが、基本的に俺達の襲う標的は金目の物積んでる商人か、警戒の薄い貴族だとかしらの指示だ。女がいれば当たりだと思っても目的を見失うな」


「わかってやす。言ってみただけでやすよ」


 どっつかれた頭をさすりながら、小太りな盗賊は言い訳がましく視線を逸らす。注意した男も、その小太りな男の言いたいことは分かるし、気持ちもわかるのでそれ以上追及はしないようだ。再び望遠鏡で追っている馬車を見る。もう2セルス(2km)も行けば男がかしらと仰ぐ人物のいる本体の集団と合流できる地点だ。最後までドジを踏まねぇようにと、男は溜まっているフラストレーションを抑え込み、追尾を続けるのだった。



 ♦



「とうちゃ~くぅ!」


「ほほ、間に合ったようですな」


 モモカとケンプがポータルを使い馬車の中に現れ、馬車の内部が賑やかになる。それから少し遅れて、あら? 私が最後ですか、とルルスが馬車の中に現れた。これで、今回の盗賊集団の捕縛班がそろったわけだ。


「いらっしゃいまし。けどまだ1セルス(1km)は先ですわよ。挟み撃ちなんて古典的でオーソドックスな方法ですけど、効果的ではありますものね」


「私は前回暴れたので、今回は馬車と馬達の面倒を見ることにします。今回の集団は皆さんにお任せしようと思いますがよろしいでしょうか?」


「ほほ、それはありがたいですな。最近は、訓練以外で身体を動かすことがないので腕が鈍っていなければよいのですが」


「モモカも、あっばれちゃうぞぉ!」


「私は、魔術で取り逃がしがないようにフォローしますね。話では馬が多いらしいですし、私の役目としては手ごろなところでしょ」


「では、トヨネさんが馬車の護衛。私とモモカ、ケンプさんで殲滅、もとい集団の無力化を行う。最後にルルスさんが無力化した者達を捕獲していくという手順でよろしいかしら? ……異存はなさそうですね。まぁ今回は殲滅ではなく捕獲、生け捕りが目的ですからね。各自程よく手を抜くようにお願いしますわ。あら、後ろで狼煙が上がってるわね。何の合図かしら?」



 ♦



 所変わって、ここはトヨネ達が通る予定の道沿いで森に挟まれ視界が悪い場所。道沿いから少し離れた、そこかしこで木陰になって分かりづらい場所にいる集団がいた。その集団の中で図体のでかい人物が視線を上空に上げると、狼煙が上がっているのが見える。合図が来た。それに反応して、集団はその存在を木々や土の曲面になっている場所にて土をかぶり、地面に落ちている葉っぱをかぶりと背景に溶け込むように身をひそめる。合図が来たということは、馬車がここまで来るのに大凡1セルス(1km)ほどと言うことだ。


かしらそろそろです」


「ああ、お前ら配置に待ってろ。足止めは俺がする。後は手はず通りだ」


 図体のでかいかしらは、約4分から5分の間に来るであろう馬車を仁王立ちして待ち受けるスタンスだ。突っ込んできても自慢の巨大な両手斧で御者台か車輪を粉砕してくれる、と意気込んでいる。そしてしばらく、その時は来た。


 見ると、馬車の後ろを追い立てる一団も見えていた。手下がうまくやっている、そう思っていたかしらだったが、どうも様子がおかしい。馬車はいくら後ろから煽られても一定のペースを守って走行していたのだ。それに、御者台にいる女二人の表情も、方や無表情、方やにこやかに何事もないかのように馬車を走らせている。


 罠か? 一瞬そう思ったが、周囲に自分達以外の気配はない。ただの強がりか? 依然変わらないペースで走ってくる馬車は、かしらの3セルク(3m)程手前でゆっくり止まった。なんだ、状況が呑み込めていないだけか? かしらがそう思っていると、御者台から一人長い金髪でメイド服を着た女性、アイリスが降りてきた。


「あら、これで全員? 50人ちょっとってところかしらね。で、貴方がリーダーさんかしら? それとも隠れている中にまとめ役がいるの?」


「お前、何でそれを……」


「当たり前じゃない。貴方達を一人残らず捕まえて、ユピクス王国に連れて行くんですもの」


「お前等は――」


「あー、断っておくけど私達は王国から派遣されてきたわけじゃないのよ。ただ、行き掛けのお駄賃欲しさに貴方達に付き合ってあげてるだけよ? その辺は勘違いしないでほしいわ、ってモモカ! 貴女抜け駆けなんてずるいわよ!」


「だって待ちきれなかったんだもん! えーい! とうっ!」


 かしらがアイリスの向いた方を見れば、既に戦闘が開始されていた。身長の低い見た目12、13歳くらいの少女が手下の男の腕を取って放り投げたところを目撃する。投げられた男は顔面から木の根元に嫌な音を立てて突っ込み、そのまま動かなくなった。馬車の後方には、ケンプが何人かと対峙し合っているし、ルルスは馬車の天井に上がって、周囲の馬が動けないように何かの魔術を発動しているらしい。馬に乗っていた盗賊達は言うことを聞かない馬に違和感を覚えたのか急いで下乗している。ただ一人、馬車の御者台にいるトヨネは我関せずといった様子だ。彼女の許している範囲外でのことはほんとに手を出さないらしい。


「おま――」


 もういいわ! っと、アイリスは何かを言わんとしたかしらの懐に潜り込み、踏み込んだ勢いに乗せて拳をみぞおちに突き刺すように打ち込む。防具を着けていない部分ではあったが、自分の鍛えぬいた筋肉を、自分より頭一つ以上低い女の細腕に撃ち抜かれたとは思えない程の痛みがかしらを襲った。貫くような打撃に皮膚は内側にめり込み瞬時には戻らない。体の中では内臓を直接強打したような強いショックが伝わり、呼吸をすることも困難になっていた。


「気絶しなかっただけ、お褒めしますわ」


気絶しなかっただけで褒められることだろうか? と、無意識に考える。内蔵が思わぬショックを受け呼吸困難で、その上今にも吐きそうな状態でとても立ってはいられない。かしらはそんなことを考えながら、みぞおちを抑えながら意識を手放し膝をついて前のめりに倒れ込んだ。ご自慢の両手斧を背中に担いだまま。かしらとしては情けないのではないだろうか、と思われるかもしれないがみぞおちは人間の急所である。


「良い子はマネしないように、ですわ」


 アイリスが独り言ちった。




「ほほ、お若いの、まだ運動は始まったばかりですぞ? 息切れするには早すぎると思いますがな。ほれ、足元がお留守ですぞ?」


「爺! て、めえ、ハァハァ……。うがっ!」


「そらそら、爺相手に複数で囲っているのです、もう少し気概を見せてほしいものですな。ほれほれ、若い身空でもう音を上げるのですか? おお、まだまだいけそうですな。遠慮せずかかっておいでなさい。しかし、さっきから単調なものですな。得物を振りかぶってくるだけとは……。さて、もう来ないのならこちらから行きますぞ」


 はぁ、とため息をついたケンプは、次の一瞬には盗賊の一人の目の前に現れ、トンと軽く小突く程度、傍から見てもケンプが男の胸辺りを押したように見えた程度だというのに、盗賊の男は一拍間を置くと、うおおおおおおぉぉー、ふげっ! っと言う感じでコの字に身体を曲げて叫びながら吹っ飛ばされ、そのままの勢いで周囲にある大木に背中から突っ込み、間抜けな声を上げた。身体を大木に叩き付けられ、後は重力に従いドスンと根元に落ちてきた男は、意識無くぐったりしているようだ。力なく項垂れて動かなくなった仲間を見た周囲の盗賊達は、次は誰が相手に行くのかと互いに視線をぶつけ合う。そんな隙だらけな場面を見過ごすわけもなく、最初の男と同様にケンプに接近され、これまた同じ動作でケンプに身体を触れられた盗賊達は、見事にコの字に身体を曲げ次々と吹っ飛び、別々の木々に背中を打ち付けていった。


 ふむ、芸のない若者達でしたな、と独り言ちるケンプは、白い手袋をした手をはたき、ゆっくりした動作で燕尾服えんびふくひるがえしもせず、その場にもう用はないと馬車に向かって歩き出した。



「お爺ちゃん、もう終わらせちゃったの? てえーい!」


 ケンプが馬車がある付近まで近づいてきた所に声をかけてきた、ピンク髪のツインテールをなびかせながら飛んでくるモモカ。その小柄な身体が向けている体制からはスカートがめくれそうではあるが、不思議とめくれない。スカートに重力でもついているのだろうか。


「モモカ殿は、あー今ので終わりですかな? 見事なドロップキックでございました」


「わー、褒められちゃった」


「ちょっとちょっと? 無力化するのは結構なんですけど? 手が空いてるなら回収もお願いしたいとこですね。てんでばらばらな方向に吹っ飛ばされていて、ここまで引っ張ってくるのめんどくさくなっちゃったわ」


「ルルスお姉ちゃんの仕事だもん、仕事は横取りはいけないんだもんねぇ」


「ですのお」


「あんたら、わざとかっ!」


 そのようなやり取りをしていると、アイリスが馬車に向かって歩いてくる。背後には、かしらと同じように膝をついた状態から前のめりに崩れた状態で、ぴくぴくと痙攣している者が多数いる。もちろん仕留めた、もとい無力化した盗賊は野放しに戻ってきたアイリス。貴女もか、という視線をルルスに送られながらも気に留めた様子もない。


 仕留め、もとい無力化した盗賊の一人から聞き出したのだけど、この辺りにこの盗賊達のアジトがいくつかあるらしいわよ。ケンプさんと私で見てこようと思うのだけどどうかしら? トヨネが言っていたことを途中で思い出して、盗賊の一人からアジトを聞き出していたようだ。この期に及んで盗賊団のアジトにまで手を出そうというらしい。そんなアイリスに向けてトヨネが無表情で労う。


「お疲れさまでした。まぁ疲れてもいないのでしょうけど、形だけでも述べておきます。アイリスさんはケンプさんと一緒に行かれるのですね。こちらは私達だけでも問題ないのでお願いします。ルルスさんが『シャドー・ムーブ』で集めてきた盗賊達を彼らが持っていた馬に固定していきますので、アイリスさん達が戻られるまでに終わらせられればと思います。手が空いている他のガーディアンがいないか聞いてみましょう。ルルスさんは引き続き回収と補助をお願いします。」


「じゃあ、おまかせしますわ」


「向かうとしますかな」


「は~いはい。了解了解。面白そうだから来てみたけど、全然面白みがなくて仕事だけさせられてつまぁんないわ」


 アイリス達が目で追うのも難しい速さで森を走り抜けていくのを尻目に、トヨネの指示にぶーたれながらも仕事はしっかりとするルルス。彼女の性格らしい。短い杖である黒いタクトを掲げて、見るからに不機嫌そうにしているそんなルルスに、何を思ったのかトヨネが提案する。


「ルルスさん、オルクス様から依頼されていた仕事を終えられているのでしたら、オルクス様がユピクス王国に滞在中または、ヘルウェン王国に帰ってから街で買い物をされますから、観光と称して付き添いに加わってはどうでしょう? オルクス様が忙しくなければ、お許しになられると思うのですが。もしくはお一人で自由に観光したいと言えば、オルクス様も用事がなければ自由行動も許可されるかと」


「! それいい! トヨネさん、ナイスよ! ヘルプさん、オルクス様の手が空いたらルルスが話があると伝言をお頼みします!」


『了解しました』


 トヨネの提案に気を良くしたルルスは、鼻歌交じりにタクトを機嫌良く振るいながら魔術のシャドー・ムーブを使い、気絶している、または魔術で動けなくなった盗賊や馬達をハイペースで影の中に溶け込ませ、自分達の使う馬車の近くに集めていく。トヨネ、アイリス、モモカ、ケンプの四人は手際よく余っている馬に盗賊達を固定していき、馬車の後部に馬達がぶつからない様に並べていく。後に馬車がユピクス王国へたどり着いた頃、途中でトヨネの説明を受けたオルクスは呆れを、到着後のアイリスの説明に門番は仕事の慌ただしさを与えられるのだった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る