第90話

 ♦♦♦



 僕だって好き好んで人の人生に介入したくなんてありませんから、そう言って彼は出されたお茶を飲んだ場を濁した。妹のアルドラから、彼の人となりを聞いていたのだけど、確かに普通の子供とは違うわ。地下のゲームを攻略したのだってそうだけど、彼は相当頭が切れるのだろう。


 それに彼が望めば宰相様だって動くのだもの、それがいかに怖いことなのか、ご息女をクラスにねじ込んできた親御さんには、全く理解されていないのではないだろうか。ご息女が粗相をしたら? 相手の怒りを買えば? そんなこと考えもしないのだろうか?


 でも、理性の強い子だとも聞いていたし、駄々をこねる様子もない。天才だ秀才だなんて言われる子だから、多少気位が高い子をイメージしていたが、私のイメージとはかけ離れている子だわ。ちゃんとこちらの事情も加味して考えてくれているみたいだし、私が心配にしていたことは恐らくないだろう。


 強権を振るって気に入らないものは排除する。そう言った人間は多く見て来たけど、彼はどちらかと言うと、相手の出方次第で自分との関わりを考えて動くタイプだ。言わば後だしの傾向が強い。それだけ相手の人格を尊重すると言うことかしら?


 でも、話を聞いた限り無茶をするような子ではないし、堅実でガードが堅い印象を受けた。これならちょっとしたことで気分を害したからと、相手を蹴り降ろしたり、蔑ろにするようなことはないだろうと思う。私の懸念は何とか回避できそうだった。今はそれだけで十分だわ。


 それと、彼が自分の権利を再確認してきたことも、評価的にはプラスだわ。宰相様と言う後ろ盾がありながら、自分が好き勝手して良しとは思ってないとこに私は彼を評価した。彼は勘違いをするタイプじゃない。ちゃんと枠組みの中でものを考えられること。短い会話だけど、彼の人となりが伺えたわ。



 彼は確認は以上だと言って、席を立つ。お茶のお礼も言って部屋を後にした。彼が今後どのように成長するのかが、不安でもあり楽しみでもある。教師としてこんな子を相手するなんて、そうそうないと思うのだけど、良い意味で経験させてもらうことにしよう。



 ♦



 自分の執務室に戻ってから、席に座ってある程度の予定は消化したと考える。後は、パソコンが思うように使えるか、それだけだろうと思うが。メールアイコンに数件受信されているのに気づいた。少し不安ではあるがウイルスとかではないことを祈りつつそれを開いて見る。


 すると、アイコンを開いて見てびっくり、女神様から僕宛にメールが来ていた。バージョンアップはしておいてね、と言う内容と、パソコンについての内容がそれなりの長文ではあるが書かれていた。


 これの前の持ち主は、数の暴力で命を落とした転生者らしい。元々は神様の部下である天使が、その転生者にステータスを決めさせる為の者だったらしいが、彼は転生と一部の能力を引き換えに、このパソコンを授かったとのこと。それで死んでたら意味ないじゃない、と思う僕ではあるが、元は天使が転生者用にカスタマイズされたパソコンであるらしい。なので、使うなら使うで特に問題ないようだ。


「棚から牡丹餅とはよく言ったものだ。前任者がいなくなったとはいえ、使えるものが放置されているのは凄く勿体なく感じるな。ヘルプさん、バージョン上げとこうか?」


「それがよろしいかと」


 僕はバージョンアップの作業を進め、ボタンをクリックして作業を開始させた。おーう、こりゃー進み具合から一日がかりじゃないか? どんなカスタマイズがされるのかは知らないが、仕事はパソコンが無くてもできないことはないからね。


 そんなことを思っていると、不意に窓の方からコンコン、とノックされたような音がした。窓を開けるとそこには一羽の伝書鳩が。あー、そう言えば伝書鳩。部屋の外に備え付けられた窓辺に何羽かとまっているみたいだ。餌やりをしとかないとな。普段は直接ここに来ることはないはずだが? 緊急の手紙かな?


 鳩の足に付け垂れた手紙を入れる筒を開けて、鳩には砕いたクッキーを与える。これは改装中の自宅からのようだ、とりあえず離れの家だけ早めに改装を優先してもらって、城から派遣してもらっている手紙の整理や返信の手続きをしてくれる人員が住んでいるはずだが。


 あー、ギルドからの緊急依頼と、返答に困る内容の手紙をどうするか、という単純なものだ。返答に困るってどういう類の手紙なんだろうか? 婚約の内容については全部お断りを入れてもらってるし、贈り物もその品物の価値の半額で返金してるし、あー、お茶会とか舞踏会も全部断りを入れておこう。


 それくらいの付き合いしろよと言われそうだが、僕はそう言うのが苦手なんだ。貴族の付き合いとか、派閥の集会とかそう言ったのには関わり合いになりたくないと言うのが本音ではあるけど、呼ばれたら呼ばれたで何かあるような気がするんだよね。


 ウダウダ言ってもしょうがないが、パソコンは使えないし、他の仕事でもしようか。伝書鳩には学業が始まったので断る旨を前面に載せて欲しいと書いて、鳩を送り出した。それでもしつこい相手はどうするか、ラクシェ王女を伝って、王太后様に助けてもらうか、良い案をもらえばよいだろうか?


 僕が一息ついたのを見計らってアイリスが飲み物を出してくれた、僕はそれを飲みながら今年の1学期にある行事に目を通しておく。


 役員会議に、学院のオリエンテーション、1年生の1回目の授業は基本が授業の流れを説明されることが多い。それから、2年生以降の生徒会役員を決める立会演説。その後は基礎能力テストに魔力診断か。それが終われば進路を軽く決める相談会が行われる。7月の終わりに球技大会なんてのもあるぞ? 先ずはそこまで何事もなく進めば良いが。学院と言っても1年生は大して何かやらされると言うのがあまりないらしい。各委員で役割分担を決めておけば問題ないレベルだ。



 学院生活と意気込んでみたけれど、案外時間は取れるのかもしれないな。これなら仕事の方も何とかなりそうだ。ビスラ殿やヘッケン殿には、仕事の負担を分担できるようにしてもらえばいいとして、書式はこちらで話を聞いた通りに編集させてもらって、印刷を発行部に任せておけばいいだろう。


 手紙では書式の変更だけで大分仕事がやりやすくなったとあった。それは良いことだが、まだまだ最適化できる部分はあるはず。その辺も今度話し合いましょうと手紙に書いておいた。



 さて、大抵のできることはしたつもりだが、もう夜の19時を回っているじゃないか。食事を摂ってもう寝ると言うのは早すぎる。ちなみに僕が6歳になった時点で1時間だけだが強制で睡眠をとる時間が22時に伸びたのだ。ちょっとしたことだが嬉しいことだ。12歳になる頃には徹夜とか解禁されるのだろうか? まあ、それは楽しみにしておこう。


 さておき食事か、今日の気分は何だろな。あまり重いものは食べたくない気分だ。アイリス、軽めの食事で構成してくれるかい? それと、集落の名前を考える。食事が終わって僕がまだ考えていたら21時には止めておくれ。


「かしこまりました」



 ♦



 それから21時まで考えた末、漸く集落の名前をリストにまとめてみた。前世の記憶で、何処かの国で当時の我が国の総理大臣がスピーチした時、アーシャ希望ダヤー慈愛スーリヤ太陽という象の話をした記憶を思い出した。もう一頭は確か娘さんの名だったかな? 僕はその中でも無難で、呼びやすいアーシャ希望と言う名前を選んだ。


 この集落にどこか希望で満たされるものがある様に、そんな単純な願いを乗せて付けた名前だが、説明いるかな? まあ、こっぱずかしいが立て札に書いておけば誰かしら見るだろう。


 次の日には集落に名前が付けられることになったことから、その日は特別な日として、希望の日と呼ばれるようになることなど、その時の僕は知ることもなかった。ただ、希望はここにあるんだと、僕がいなくなった後も世界があり続けるのなら、その集落がいずれ街になった時に、思い返されるようになると嬉しいな。


 僕はここで思考を打ち切った。



 僕は寝る前に布団に腰かけて、読書に耽っていた。何かを成し遂げるという事は、それを一から考える必要と、継続させるための力が必要なんだ。僕が陛下に提案した、民衆の底辺に存在するもの、浮浪者、流民を拾い上げて使い物にする職業訓練所、そこで設けられる施設での食事や寝床の確保ができれば、人はある程度生きていける。そこに甘えがあれば自堕落な生活になっていつかは、その生活水準に追いつけなくなる自分がいる。そこまでの面倒は見れない。努力したものが全てをとは言わないが、ある程度の満足を得るはずなのだから。


 職場や街の中で縁が繋がれて、いつしか愛をはぐくむことができて子供を育てるようになった時、貯金や蓄えのない人間がどうすれば生きていけるかを考えてやる必要はあるだろうな。銀行と言うシステムが無難だろうけれど、担保と言うのを人が理解するまでに時間がかかるだろうか。


 人は借金をするのに、凄く警戒する者もいれば、踏み倒す前提で借りる者も出てくるだろう。期限を設けて借りたものを返すという文化を創り出すには何年かかるだろうか。商人や貴族達だけに甘い汁が行くようでは意味がない。その辺をどうするかも考えなくてはいけないだろう。


 いずれ国で出来る事は、僕の領地でもやろうと考えているものだ。だから全く領地に手を付けていないと言う風に映っていても、下準備はして言っているつもりなんだ。内政でなんだかんだとのし上がるような、主人公のようなことはできないかもだけど、自分の領地の事はしっかり考えているつもりだ。


 その内、自分の領地が活性化するように持っていければいいのだろうけど、僕には国王様や宰相様達とのパイプはあっても、他の人達との繋がりが欠けているんだ。学院での生活が落ち着いてきたら、折を見てヘッケン殿に人伝ではあるが人を紹介してもらうべきだろうか。


 僕はそこまで考えて、睡魔が僕を深く落としていくような感覚を覚える。もう22時と言うことなのだろう。傍に控えて編み物をしていたアイリスに、おやすみと小さく告げて、本を枕の脇に置く。



 ♦



 そして、4月の2日目がやって来た。魔力は訓練に使う程度であまり消費がない所為か溜まるのが早い気がする。講堂に行くには早すぎる時間だ。いつもなら軍務部の職場に向かう前の朝食を食べて身支度をする流れだが、そういうことをすることもなくなってしまったので、寝間着姿で伸びをしながら、領地の報告を聞きながら、昨日バージョンを上げる為に放置していたノートパソコンを、軽く触って待機状態から、起動モードに移行する。するとアップグレードの影響か、笑えるほど前世の記憶にあった僕のパソコンのようなモチーフに内容が変更されていた。これはご褒美だろうか? まあ、そう言うことにしておくか。


「朝食をとったら保健室の先生が出勤しているか確認しに行く、8時には宰相様の手配してくれた人が僕のクラスに合流しに来るだろう。彼等と協力してフォローを頼む」


「かしこまりました。今日の付き添いはトヨネ殿とネルカ殿ですな」


「ケンプ達の予定は何かある?」


「訓練とダンジョンでの演習予定ですが」


「そうか、ハニークイーンを同行して警護の演習もすると良い。彼女も魔術は使えるし知恵もあるが、種族的弱点はあるからね。他のところは任せる。ちなみに、役所の方はどうなってる?」


「以前よりも人員の削減が叶いまして、今は30名程が人員整理に従事しております。その他は時間で交代して、各々が連帯や能力スキル等を習得することに時間を割いているところですな」


「そうか、順調ならそれでいいが、問題があればすぐに知らせてほしい。代案を考えるのも僕の役目だしね」


「かしこまりました」



 僕の朝食は最近ではサンドイッチが多い気がする。ただ、朝から重いものを食べると言うのが僕には合わない様な気がする。さておき、お行儀が少し悪いが、食べながらパソコンをさらにカスタムして使いやすいようにアイコンなどの設定もパパっと済ませてしまおう。


「フィナトリーと、カイルナブイに資料を提出するように飛竜を向かわせてくれ。街の概要と上空からの写真も依頼してくれ。使っている商会や、何が不足しているのかが知りたい。

 それと、人口や職種の割り当て、住人のリストの制作がされてなければ急ぎで把握するように。うちで使っている住民票の書類を人口分持っていくようにしてもらおうか。ペガサスは伝書鳩よりも効率が上がるからね、数人は待機状態でいてほしい。緊急でと言うのは今のところ想定できないからね」


 ん、メールだ。女神様も豆だな。んー、内容は分かるけど。迎えに行けってことかな?WI-FIワイファイもネットもないのに、なんで以前の世界のネット関連ソフトが使えるのも謎だ。調べものするにはいいが、こっちのアイコンは、こっちの世界の事が調べられるのか? これってほぼヘルプさんなんじゃ?


「私の機能自体が入っているので、その所為だろうと思われます」


「使うかどうかは別として、これって覗かれたらすごくやばいんじゃないの?」


「ブラウザーは普段、貴方か従者にしか閲覧は不可能な仕様になっております。所謂フィルターがかかっているものと思って頂ければよろしいかと、相手に許可を与える場合は念じれば問題はないと思われます。さらに、無断で動かすことはできない仕様になっていますし、壊すことも不可能です」


「よくわかった。ありがとう、そう言う便利仕様ならば、悪戯されても問題ないってことなんだろうね。堂々と使い倒せるってもんだ」



 ♦



 僕は予定を早めに8時前に保健室に行き、そこで担当の先生に予定表にある書類を前もってほしいことを告げる。相手も、健康そうな人が何ようかとは思ったようだが、こちらの要求に納得してくれた。


「大抵は当日の前に取りに来ることが多いからね。早めに持って行ってくれるのは助かるよ」


「いえ、6月前の予定まではあまり行事もないようですので、早めにできることはしておきたいと思ったまでです。朝早くに失礼しました」


「いやいや。早め早めに動ける人間は素晴らしいと僕は思うよ」


 僕は礼をとってそのまま保健室を後にした足で、職員室に向かう。


「デインズ先生はおられますか?」


「ん? 君か。奥にいるから入るといい」


 そう言ってきた男性教師に、頭を下げてデインズ先生の下へ行く。


「あら、早いのね、ってその書類は? ああ、身体検査と魔力診断の書類ね。もう動いているなんて、さすが優等生」


「先生の書類サインを頂いて、保健委員に渡しておきますので」


「そう。保健委員のイーナ・ヴレーデさんとアフメド・アーレ君、彼女達に早目にサインして出すように言っておいてくれる?」


「その予定です。では、朝早くにありがとうございました。失礼します」


「はいはーい。ご苦労様~」



 ♦♦♦



 私、イーナ・ヴレーデと言います。昨日、突然保健委員に決められたしまったのだけど。まあ、特にやる事ってないよねって軽く考えてました。


 私が学院の寮から教室へたどり着き、自分の机に落ち着いた時を見計らって声がかけられた。彼は何歳も飛び級して、この学院に入ってきた超がつくほどの天才って噂の生徒。普通入学の私よりも6歳も年齢が低いのに、凄くしっかり者のイメージだ。そんな彼が私に手渡してきた数枚の書類。


「これを、男女の保健の書類です。できれば今日中にサインしてから保健室へ、アフメド・アーレ君と一緒に持って行ってもらえますか。当日前になると人が混むらしいので、よろしくお願いします」


「わ、分かりました。今日中に出しておきます。ほとんどやってもらってるみたいで何だか申し訳ないです」


「ついでにしただけだからあまり気にしないで。それじゃ」


 そう言って彼は自分の席に戻っていった。彼を目で追っていると、同じクラスで気心知れた子が近づいて来た。彼女も、彼を視線で追っている。


「何か言われた?」


「うん、保健室の予約許可証と、身体検査と魔力診断の予定表。もらってきてくれたみたい。先生のサインもしてあるし、ついでだって言われたけど、気を使われたのかな?」


「さあねぇ。あの子何考えてるのか今一わからないのよね」


「カネルヴァ、あまり学校でスキル使うの良くないよ?」


「まあ、そうなんだけど。あの子いつも見通せないって言うか。防壁に守られてるみたいなのよ。意図的なのかしら……」


「カネルヴァ……」


 私の事を気にかけてというよりは、気にしてる男の子の考えを見通したい。そんな願望のようなものが透けて見える。


 その視線の先にいる彼は、何事もないように鉄製かしら? その板を折り曲げて、カタカタと触り始めた。それと、もう一つ取り出したものを線でつないでいるようだけど、彼は一体何をしているのかしら?



 ♦



 さっきから、あの図書委員になった子にやたらと視線を受けてる。それに何かしらスキルを使っているらしい。これは、一言言っておいた方が良いかな。


『ネルカ、悪いがスキルを使っている子にやんわりと、スキルの使用を止めさせてくれ。僕に対して使っても良いことはない。自分が逆にされたらどう思うか。その程度の話でいいと思う』


『かしこまりました』



 そう念話で会話をして、ネルカを送り出す。トヨネでも良かったのだが、ガーディアンの中に、順列というものが出来上がりつつあるらしい。ただ、僕はそう言うのをあまり考えたりはしないのだが、指示をなるべく、元からいるトヨネやケンプ達ではなく、他の者達にも指示を出すことで、ガーディアン達の満足感を満たす、と言うわけである。


 僕はパソコンに視線を送りつつも、ネルカの動向を見る。


 彼女は僕から言われた通り彼女に注意を促したようだ。図書委員の子はもの凄く驚いているのがわかる。自分の能力に余程の自信があったのだろう。だが、そうしつこく使用されると僕としても鬱陶うっとうしい思いはする。それに、僕や従者はレジスト出来るにしても、合流してくる宰相様からの派遣された者達にも害が及ぶ。



 ん、どうやら無事話は終わったらしい。件の女子が二人ともこちらに頭を下げてきている。僕は片手を上げてそれを制する。ネルカがまた何か言っているようだが大したことはないだろう。


 8時になる10分前、教室にはそれなりに生徒が入ってきている。だが視線は僕の方に来るのは仕方がないことか。


「役所の移転場所の精査、少し急いでください。折角の人員の増加が無駄になります。ヘッケン殿には話を通してあるので、移転準備に取り掛かっているはず。所長が無理なら補佐のビスラ殿にお願いしてください」


「分かりました」


「効率が上がる様に発行部にお願いしてあった書類の形式。職員の反応はどうですか?」


「概ね、以前よりはかなり良くなったと。ただ、書類の書き込み覧に相手の生活や、住所等の記載が必要なので、識字率の低い所為もあり、やりにくい場所はあるとのことです。ただ、それは仕事の上で仕方がないことだと思いますが」


「……、写真付きの履歴書を発行させましょう。同じことが何度もと言うのは非効率すぎます。書類一枚にいくつもの意味を持たせるだけの事で手順は変わりません。代わりにその書類の修正、誤字は明確にその人の足を引っ張ることになるので、職員には対応の迅速さよりも正確さを優先させるべきでしょう」


「伯爵が考案された、履歴書というものですね。確かに写真付きであれば、誰が見ても本人だと分かりますし、それは効率が上がりそうです。早速発行部に書類の依頼を――」


「……、発行部に負担を強いているので、あれもこれも、と言うのはすぐには難しいでしょう。発行部には予定を聞いた上で、仕上げにどれぐらいかかるか聞いてください。急ぎではありますが、発行部を過労させてまで負担を強いては、他の部署への影響が出ます。そんなことは望まないでしょう?」


「は、気が急いておりました。言われてみれば確かに。ではそのように、頼んできます」


「お願いします。優先度は高いけれど、急ぎでミスされるよりよっぽどいい。そう、発行部の大将に伝えてください」


「はっ」


 大の大人が6歳の子供相手に頭を下げ、敬礼している。その光景がシュールで、目を引いているらしい。


 時間は8時半となり、ホームルームが始まった。そのタイミングで僕は、魔術を発動させる。術名は改良型サイレントと、僕の意識次第で僕の声だけは周囲に聞こえるし、話し声も聞こえてくるようにしてある。正に改良型の魔術であるが、案外思考の流れ的に扱いが難しいときもある。


「ホームルームを始めます。特に大きい議題はないのだけど、各委員は今日の放課後に、指定の教室に行って挨拶と、連絡を受けるように」


 ここの教室はクラス委員、つまり僕や福委員の移動はないということになる。



「それと、皆さんが持っている学生手帳、これを持っていると割引してくれるお店もあるので活用することをお勧めします。ただ、店に迷惑を掛けたり、商品の買い占めがあった場合は、その生徒さんの学生手帳の使用が制限される場合がありますので特に注意してください。それと紛失も厳禁ですよ。特にその辺を注意して利用してください。分からない場合は手帳に説明が書いてありますし、先生に聞いても問題はありません。後は、学院のマークが入っているお店が、先ほど言った割引対象のお店ですので、分からなければ店員さんに聞きましょう」


「はーい」


 生徒からの返事を受けて、先生が周囲を見渡す。


「イーナ・ヴレーデさん」


「はい?」


「保健の書類、受け取ったかしら」


「はい、さっき受け取りましたので、お昼休みか放課後に提出しておくつもりです」


「はい、よろしくね。提出が早い順に順番が決まることもあるから」



 先生がそう言ったので、皆が自分の身体を気にし始めた。


「順当に行くなら数の少ない男子が先で、数の多い女子が後になるわ。体重が気になる子は朝食抜くのもありだけど、お昼はちゃんと食べなさいよ?」


「あたし、自信あるからあんたには負けないわよ?」


「体重が何よ。女は出るとこ出てる方が良いに決まってるのよ!」


「あん?」


「何よ?」


「ほらほら喧嘩しないのー。勝負するなら当日の保健室で結果見てからやってちょうだい」


 先生がそう締めくくったことで、話題がそれ一色になりかけていたのが四散した。さすが教師である。年頃の女子の話題などお手の物か。



「では、ホームルームもこれで終わりよ。講師の先生が来られるまで、各自騒がないように」


 そう言ってデインズ先生は教室を出ていった。

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