第91話

 パソコン、以後PCとするが、こいつは画期的だ。何のソフトが入っているのかはよくわからないが、グラフ制作とかも可能である。これなら、記録にあるフィナトリーとカイルナブイのデータを打ち込んでいけば、何とか知りたい状態を見比べることは可能だろう。紙ベースを電子情報に書き換えてやるだけでかなり見やすくなるというものだ。


 それにしたって、何と言うかクラス委員と副委員を寄せ集めた会議に、僕等が出ているわけだが、何か議題があるわけでもないし、挨拶は先ほど済ませたばかりである。担当はカッニー・フリーヌ先生である。誰も喋らないところで僕は資料を開いてそれをPCに入力する作業に没頭しているわけだが、僕の周囲にはメイドと、派遣されている補佐の大人がいるわけで、視線がこちらに向いている。


 サイレントを使っているので、こちらのやり取りは分からないだろうが、何かしらやっている事には気になって仕方ないのだろう。


「大将はそのように言ってくれたんですか。凄く助かりますがよかったのかな?」


「伯爵の動向には極力協力したいそうです。それと、ヘッケン所長と時間の都合がとれまして、移転先の場所に意見を求めましたが、現在地よりよっぽど活用できるだろうと」


「そうですか。それはよかった」


「役員の補填は期日通り行って問題ないという事なので、移転作業を明日の18時以降から行うそうですが」


「雨が降らないと良いですが、荷物の移動だけなら、僕の家から従者を出すか、日雇いとするか、その辺は決めてらっしゃるんですかね?」


「日雇いでは、重要書類がばらけたときに問題ですので、できれば伯爵の力を借りたいとのことです」


「なるほど、手配しましょう」


「助かります。そのように伝えて、今日は上がらせて頂きます」


「お疲れ様でした。帰りに気を付けて」


 彼等は礼をとってその場を後にした。そして僕はデータの入力作業に戻る。そんな僕に、フリーヌ先生が声を掛けて来た。


「ヴァダム君は、本当に仕事しながら学院で授業を受けているんですね」


「ええ、まあ。立ち上げたばかりで仕事の地盤が緩いので、問題をすくい上げて処理しないと、民衆の生活に直結することですから」


「そう言うのは、普通大人に任せるもなのだけど」


「任せるべきところは任せていますし、必要な場所だけ指示を出しているにすぎません。ところで、この委員会はこのままでいいのですか?」


 というと? フリーヌ先生僕の質問におどける様に返してきた。


「挨拶は先ほど終えましたし、先の行事は健康診断に魔力診断。その後は球技大会です。先々の事として、もう話しておいてもいいかもしれませんが、議題はそれくらいだろ思うんですけど」


「まあ、それもそうね。じゃあ、球技大会の項目、一覧は手元にないから」


「それでは、解散にしますか? それとも、先生が用意してくださいますか?」


「解散でもいいけど、また集まるのも面倒よね。書類持ってくるから待っててくれるかしら? 皆もそれでいい? じゃあ、ちょっと待っててちょうだい」


 とりあえず、10年分の各領地のデータを入力してみたが、面白いことに基本的な水準は変わっていない。可もなく不可もなく、無難なやり方でその年を終えているのがわかる。これは代官が有能なのか、それとも領地が何もしなくても十分やっていけるのか、どちらかだろうとは思うが。貰った資料ではざっくりし過ぎるのがいけないな。


 領民が何を求め、代官は何を考えているのか、この辺は話し合いが必要だろうか。


「トヨネ、悪いが今月中にまとまった休みがあるときに、飛竜を使って代官に挨拶に行く。その旨を伝書鳩で連絡に出してくおくれ。向こうにやる気があるのかないのかだけでも知っておくべきだろう」


「かしこまりました」


「ネルカ、すまないが飲み物を頼む。書類とにらめっこしてたら疲れたからね」


「はい、すぐに」


 こうしている間も、委員会は沈黙を守っている。誰も何も話さない。話さないというか、こそこそと耳打ちくらいはしているようだが。


「ウェッバーさんに、アストリーさんも、何か飲むかい?」


「先生は直に来るだろうけど、こう会話がないと何ともしがたい」


「あ、ではお言葉に甘えて」


「私もー」


 そう言うことなので、目で追加を要求するとネルカはすぐに応えた。


「お姉さん方には職場でお世話になってるけど、君達の話は食事会の時に少しした程度だったからね。何かあれば言ってくれればいいよ」


「その……。ヴァダム伯爵は――」


「オルクスでいいよ。学院では爵位は意味を成さないと校則にもあるしね」


「では、私もスヴィで良いですよ」


「私もソイラでいいよ」


 ふむ、で。何を聞きかけてたの? そう言って先を促すと、二人はPCを指さしてさっきから何をしているのかと尋ねてきた。


「大したことじゃない。賜った領地のここ10年ほどの情報を整理していただけだよ。あー、このままじゃ見えないか。これで見えるかな?」


「おお!」


「何これ!?」


 この資料をこいつに入れてるだけだよ。さすがに手入力じゃないとできない事だけど。過去10年の比較した数値を見やすくしてるだけだよ。


「凄い魔道具ですね……」


「僕しか使えないのがネックだけどね。領地のどこが安定して、どの辺で不安定になっているのか。その時の代官の行動を見たり、その結果を調べたりしてるだけだよ」


「書式や日記なんかを精査すると、色々その土地の性質が分かってくるからね」


 領地の記録なんて、興味を持たないと見ないものだけど、二人とも恐らくそう言ったことに興味を持ったことはないのだろう。はー、とか、へー、と返してくるだけだった。そんなことをしている内に、フリーヌ先生が戻ってきて、それぞれのクラスに書類を配っていく。


「球技大会、と言ってもそれほど多く種目があるわけではありませんが。参加する生徒もいれば応援だけする人もいるでしょう。その辺は各クラスで決めてください。ちなみに、優勝と準優勝には、食券が30日分と15日分、1クラス全員に配られます。なので、それ目当ての子は、あ、十分やる気でてるんですね。それを決めて提出は6月中。遅くても中頃には決めておくように」


「これでやる気出るって……」


「ヴァダム君、食事代が浮けばその分、浮いたお金で欲しいものが買えるんですよ? まあ、実感が持てない子もいるでしょうけど。金銭で困っている子はいますし、仕送りで毎日計算してお金を節約している子もいるんです。だから、この食券は非常に有効活用しやすい景品なんですよ」


「なるほど……」


「では書類も配り終えたことだし、今日の委員会はこれで終了します。忘れ物がないように気を付けてください。では、ごきげんよう」


「お疲れさまでした」


 食券ねぇ……。僕がそこで思考に浸る前に、副委員二人が目を輝かせてきた。


「食券は有難いよね」


「だねぇ」


「お金に困ってない人は、こう言うのどうでも良さそうだよなぁ」


「そんなことはないよ? 節約できるならするに越したことはない。ただ、うちのクラスは、女子の方が多いから。班分けやグループの集め方はどうするかって悩んでただけ。身体検査の後に、女子は女子で決めてもらっていいかな? 男子は僕の方でやるし。足りない人員はトレードすることで補えばいい」


「おーし、それでいこう」


「じゃあ、私達も帰ろっか」


 

 ♦



 僕は教室で副委員の二人と分かれ、そのまま執務室まで直行する。そして今日オリエンテーションで習ったところを軽くおさらいする為に教科書を開いて目を通す。


 それと並行して、領地に何を広げていくかを考える。食料をとりあえず、毎年必要になるだけではなく、多少の過剰で採取していくのが無難だろうか。ユピクスの王都で店をあちこち回って、苗や種を買ったはいいが、奴隷の人数が班を分けたことにより足りていなかったので、作物は通常通りの範囲で育てることにしていた。


 今では奴隷の人数が120人を超えているので、多少配置転換で栽培に力を注ぎこんでも大丈夫だろう。それに、エルフ達に頼まなくても僕が行けば多少の栽培促進が望めるのだ。それから、川辺に堤防が必要な個所や、橋を必要とする場所も考えていかなくてはいけない。この辺は父上やビジルズに確認した上でやらないといけないかな。木ではなく、コンクリートやレンガを積み上げて作るのが無難だろう。


 職人を集めておいて本当に良かった。僕は部屋にいたケンプに実家宛の手紙をと思ったが、念話で相談した方が早いよなと思い直した。


「それで、川が何年も決壊していないのは承知しているのですが、念の為に堤防を作っておきたいのです。それから食料の種類増加をみこし、堤防を作る際に生簀いけすを作りたいと思います。川魚も貴重な食料になりますので。

 また同時の作業進行になりますが、ついでに行き来できる橋を作り、作物の栽培地への行き来をしやすくし、田畑を増やすことを目的としたいのですが、ご許可頂けますか?」


『備えあれば何とやらと言うことか。俺は良いと思うがビジルズはどう考える』


『そうですな。今のところ昨年と変わらず作物は良い成長を見せていると調査で知れております。エルフや奴隷の数が増えているのですから、その分の栽培は必要でしょう。そこは問題なく賛成いたします。ただ、堤防や生簀を作るにしては材料がとんと足りていないように思われますな。また送ってくださるのでしょうか?』


「そのつもりだよ? 極力木材を使わない方法で建設をしたいからね。かまどや管理する人間が最低数いれば、飛竜で送ることになると思う。僕の現在地はヘルウェンだから、粘土や土や石なんかは不足なく送れると思うんだよ。作業は急がないから、先にある材料だけで進めておりてくれると良いかな」


『それならば、可能でございましょう』


「そういえば、家畜は順調ですか」


『ああ、お前の言った通り、順調に増えている。人手を増やしても良いと相談していたところだ』


「では、そちらの見合ったタイミングでこちらから奴隷を調達していきます。何かあれば言玉に吹き込んでおいてください。学校の方も、もう数日で本格的に始まります。そちらに着手することができなくなりますが、よろしくお願いします」


『任せておけ、元々は俺がする予定だったのを、お前が先々やってしまっていたのだ。父としては嬉しいことだが、ちょっとは遠慮してくれないとこちらも立つ瀬がないわ』


 わははは、と笑っている父上。僕も苦笑いながらそれではまた。と通信を終える。


言玉で要件がすぐに片付く場所と違い、フィナトリーとカイルナブイの方はそうもいかない。最近の資料と古い資料を飛竜で運んでもらっているが、大凡領地の代官は、基本的に成長もさせなければ衰退もさせないのが基本であるらしい。


 飛竜乗りに上空から、領地を隅から隅まで写真で摂ってもらいそれを繋ぎ合わせてPCで画像合成し、一枚の大きなMAPにしてしまうことで、大まかな領地の全容を知ることができる。



 それと、数値を基にしたことから代官に住民票を発行して、領民の把握を漏らさず行ってもらうことにしたのがつい先日だ。そんなすぐに準備はできないだろうが、大凡の住民の数を予想して住民票を送ることにした。今頃こちらの要求にてんてこまいだったりしてね。


 さて今の時刻は18時過ぎ、夕食を食べるには早い時間だし、資料の入力作業を続けておくか、ついでに学院の授業に使う教科書を予習しておくかな。といっても2、3度は読み返したので内容は分かっているんだけど、これが1年生の授業内容と言うのはいささか、少ないように思うのは僕の欲が大きい所為だろうか?


 部屋の明かりをつけて、食事を摂ることにする。そこで不意に食券……、と思い出す。インベントリを持つ身としては、従者達が買い溜めしてくれているもので事足りているから、食堂自体をまだ使っていないのだけどね。この学院は貴族も平民も関係なく成績で区別されて、学費が軽減されたり免除されたりする。


 宰相様もそう言う面では、色々と工夫を凝らしているらしい。ただ、僕は主席を譲る気はないよ? 体力面や身体能力は魔術で何とか補えばいい。学力面だって仕事をしながらの両立くらいして見せるさ。僕は意気込んで見せる。



 うーん、大体1時間くらいはしたかな? 時計を見ると20時前だった。おいおい、今は部屋に誰もいないから、集中していても誰も声を掛けてくれない状態だったようだ。僕は自分のインベントリ、これ空間収納というスキルになるらしい。持っている人は稀だけど、レア寄りな平凡なスキルである。何故かって言うのは収納能力に差があるからだが、マジックバックというものが出回ってからは、あまり見向きもされないスキルのようだ。


 存外に使えるスキルだろうと思うのは、利用頻度が高い僕だけなのだろうか? ならもう、マジックバック云々は気にせず使ってしまおうか? うーむ、そうすることにしよう。さて今日の夕食は何にしようかなぁ~。



 ♦



 食事を終えて寝ようかなと思った時、僕の執務室にノックする音がした。こんな時間に誰だろうか。従者なら名を告げるのだが……。


「何方ですか?」


「キーリ・ヒーデルと申します。夜分に恐れ入ります。急用で参りました」


 僕はそんな名前に聞き覚えはない。なのでトヨネとケンプを呼び、何事にも対処できるように場を整えておく。


「名前に聞き覚えがないのだけれど、部屋を間違えられているのでは?」


「いえ、オルクス・ルオ・ヴァダム伯爵に、折り入ってお頼みしたいことがございます。個人的要件ですので、お人払いをお願いしたいのですが……」


「入室は許すけど、人払いは用件次第だ。とりあえず入ったらいい」


「では、失礼します」


 入ってきたのは、明るい紫色の髪を少しカールさせた髪型の女子生徒だった。


「用件を聞くけど、僕は君を知らない。自己紹介してくれると助かるのだけど?」


「はい。私は今年2年に上がった生徒で、キーリ・ヒーデルと申します。8月にある生徒会役員について、お願いがあってまいりました」


「そう言えば、その時期にそう言うのが行事で入ってたと思う。けど、お願いって言うのは何なんだい? 予測できるちゃちい内容ではないと思うのだけど……。まさか何かに立候補しろとか言わないよね? これでも僕はそれなりに忙しい身なのだけど」


「そこを何とか……。会長でも副会長でも、書記でもいいので立候補して頂けませんか」


「僕の話聞いてました?」


「お忙しいのは重々、いえ、私にはわからないほどの責務を負っているのだと、叔父から聞いております。ですが、今期の生徒会は不作でして、オルクス殿ならなんとかしてくれると……」


「その、期待の眼差しやめてくれませんか。それに敬語も不要。年齢も学年も僕の方が下なんですから。それに一体、どこの何方どなたから頼まれたのです?」


「叔父は、アドニスと言います。実家からは廃嫡はいちゃくを受けております。オルクス様とは、軍備部で知り合ったと伺っております」


「あの、アドニスさんか……。しかし、貴方は2年生で僕は1年生です。様とかいらないので、普通に話してください。具体的に何を助けてほしいのですか?」


「今年の会長、及び副会長は、3年生の先輩が3年続けてくださいまして、問題なく生徒会をまとめて頂いていたのですが、今年の立候補者はどの方も……、その言いにくいのですが、私利私欲に動かれる方々ばかりでして。今年卒業された先輩がとても心配なさっていました」


「それで何故僕のところに、その話が来るんですか?」


「叔父が丁度学院について、兄と話していたところに出くわしまして。貴方が入学されたことや、貴方が軍務部と言う過酷な場所で働く手腕を、学院でも見せてくれるかもしれないと……、あ、兄は5年で書記を務めていた生徒です。ですが、自分は生徒会長や副会長になるには、とてもできそうにないと」


「いや、そこがまずおかしいですよ。僕の名前を出したアドニスさんもそうですが、それを鵜呑みにする貴方もそうです。僕はクラス委員なので、会長とか副会長とか、雑務に追われる書記なんてしたくありません。期待に沿えなくて申し訳ないですが」


「そんな……」


「大体、不作って言ってもその中でもマシな人はいないのですか? わざわざ僕が引っ張り出される意味が分かりません。学院に慣れてもいないのに、そんなもの、といっては何ですが、生徒会に入ることはしたくありません」


「先生方もそれで悩まれているんです。何とかなりませんか?」


「なら、恐れ多いことですが王族方に頼んでみては? ヨウシア殿下、ターヴィ殿下、ユルマ殿下、この三人なら問題ないでしょう。もう頼んで断られましたか?」


「いえ、さすがに私では伝手が無くて……」


「確か立候補は7月中まで、時間はまだありますよね。僕から手紙を出します。了承して頂いたら2、3年は何とかなるでしょう。それでどうですか?」


「あ……」


「何か?」


「いえ、ほんとに何とかしてくださるとは、正直思っていませんでした。失礼を承知で、ここまで来ておいてなんですが、将来的に生徒会長に是非立候補なさって欲しいです」


「その要求が呑めないから代案を提示しているのです。手紙は明日届けさせますので。それがもしダメなら、他の人を頼ってくださいね?」


「はい、あ、あの! ありがとうございました」


「そう思うなら厄介ごとを持ってこないでください。話は以上ならそろそろお引き取りを。手紙とか準備もありますので」



 ♦



 次の日、三名の王族方に僕の名義で手紙を送り、事情を理解してくれた彼等は、僕の頼みとあっては、と承諾してくれた。ただし、僕にユルマ殿下の卒業後の後任として、生徒会長を務めろという条件付きでだ。


 僕はそれに頭痛を覚えながら、溜息をついて承諾することにした。結局やらされるのかよ。とは心の中でのみ吐くことを許された言葉である。



 さておき、今日も今日とて仕事に追われる日々である。PCの画面には、たまにポンっと音が鳴りメールが届くようになった。女神様である。女神様案外暇なのかね? そんなことを思っていると、またポンっと音が鳴る。気になるのでメールを開いて見ると、暇じゃないわよ、と親指を立てた手のアイコンが添付されていた。


 さようで、と思いながら作業を続ける。今日の1時間目は“地理”である。この世界、の大まかな国の国土や名前などが書かれている図を暗記していくというもの。ついでに国風や、民族衣装、制度なども追加される。一度は行ってみたいが、行くって言っても、もう少し年齢を重ねてからでないと無理だろうなと思いながら図を見てこの世界にはよく物語などで見る世界樹、ユグドラシルのような物が無いことが分かった。


 一神であるのに、そう言うのがないってファンタジーとしてどうなんだろう。昔あったけど朽ちたとかそう言う理由だろうか? 兎も角、気になったことはメモしておくことにする。


 1年生から2年生は担当の講師が教卓につくわけで、担任の先生が教卓で教鞭を執るわけだ。なので今もホームルームから引き続きデインズ先生が黒板に図と字を書きながら説明をしている。僕は一番後ろの廊下側の席に陣取っており、度々来る補佐達にこれまた色々と指示を出して、黒板を埋め尽くす勢いで書かれているものを、ノートに書き写す。そこはPC使わないのな、と思われるだろうけど、やろうと思えばできるけど、そこで生徒である部分と、仕事人である部分を明確に分ける。


 ちなみにノート提出もあるようだ。なのでちゃんと正確にノートに記入しないとね。学生気分と責任ある仕事に切り分け。かっこよさげに言ってるけどやってることはあまり変わらないからね。先生の説明はスムーズなのに丁寧で分かり易い。字もきれいだし、重要なポイントはマーキングしてくれる。


 僕も色々と他の国に行ってみたいと思いつつ、教科書に載っている見たこともない地図にある街や国の名前を憶えていく。ちなみにこの教科書に載る国で、西にあるマスクヴァと言う国らしいが、人口の殆どが獣人と言う。国王も大臣も基本的に獣人が基礎を築いている。覚えやすいといえば覚えやすいか。


 特産品はいくつもあるが、中でも宝石類は結構な種類あるらしい。宝石ねぇ……。興味ないなぁ。何かもっと他に役立ちそうなものはないのだろうか。熱帯に強い木だったり、実をつける木もあればいいんだが……。そんなことを考えていると。


「ヴァダム君? 何か不満そうな表情ね。何か問題でもあったかしら」


 説明を中断してこちらを伺ってくる先生。そんなに表情に出てただろうか?


「いえ、不満そうでしたか? ただ、宝石よりももう少し実りのある、現実的利用価値の高いものはないのかと思いまして」


「うん? 宝石では価値がないと言いたいのかしら?」


「いえ、宝石は金銭に変わるものであり、価値は相応にあるでしょう。僕が言いたかったのは、気候にあった作物や木々、旨味や香辛料がないのかと言う点です。宝石だけでは人の腹は満たせません。彼等が主食としている食べ物や、特産品はないのでしょうか?」


「なるほど。一応香辛料はあることはあるけど、獣人は人族より鼻が敏感で、香辛料を好まない傾向もありますから。やはり熱帯地でも丈夫に実る木の実などが特産品と言えばそうかしら。ただ輸入が難しいのよ」


「日持ちしなかったり、運ぶのに適さないものだったりしますか?」


「そうね。付け加えるなら、木の実の汁を粉にして粉末にしたものや、木の実り自体が少ないからよ」


「なるほど……」


 では続けるわね、そう言って僕が黙ったのを見た先生は授業を再開する。輸入が難しいなら現地から種か苗を入手できないだろうか。ビニールハウスを建てれば何とか気候を真似できると思うんだけどな。僕があまりにも難しい顔をしていたので、先生は気にしているし、先生以外の生徒にも僕が何に悩んでいるのか見えないのだろう。


 そう言えば、ビニールって作れるのか? もし無理ならガラスの温室を造ればいいだろうか。うーん、意外と難しいぞ?レンガとコンクリートとガラス、素材は何とでもなるが、水を引ける場所でないといけない。立地条件をもう少し見直す必要だあるだろうか。


 この件は一度持ち帰ってマティアにガラスの強度と耐熱耐寒、どちらにも適合するものを作ってもらう必要がある。難しい、難しいができれば手を出したい分野だ。温室を作れば薬草の種類だって増やせる。これは、遅れても良いから始めさせた事項だ。人手が足りないなら、奴隷も増やすべきだろう。


 あっちを立てればこっちが立たずでは意味がない。人口の増加で食料がないとかでは問題だしな。これは少し先延ばしの予定で準備だけ進めておこう。ご利用は計画的でないとダメだ。











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